第3話 敗北ルート回避計画

 気付いた時には、全てが手遅れだった。

 逃げ道は塞がれ、四方を六倍以上の戦力に囲まれ、残された道は座して死を待つことだけだった。どう足掻いてもあらがいようのない絶望が、手を伸ばせば届く距離にいた。

「クソッタレ! どうして、こんな場所にこんな数の連合軍がいるんだ!」

 おそらく誰もが思っているであろう疑問を口にして、彼はトリガーを引き続ける。

 いくつかの銃弾が砲台型無人機に命中し、その足を破壊した。歩くガトリング砲は機動力を奪われて戦闘不能に陥ったが、すぐにその後ろから次の機体が飛び出してくる。一機潰すだけでも大変な苦労を強いられるというのに、敵は倒しても倒しても無尽蔵であるかのごとく湧き出てくる。悪夢としか言いようがない光景だった。

 正直、いますぐ逃げ出したい気分だ。

 味方は半数以上が撃破され、母艦であるブラックバッカラも沈んだ。もはや勝ち目は万に一つもない。戦ったところで、生き残れる可能性はない。

(だが……それでも!)

 歯を食いしばり、回避と応射を繰り返す。

 戦場に散らばる僚機の亡骸や、撃沈されて爆発、炎上している母艦の姿が、彼に逃走を許さなかった。猛る怒りと戦士の誇りは、心身に戦えと命じている。どんなに絶望的な戦いであろうとも、背を向けるなと叱咤している。

 それに――まだ一つだけ、希望も残っている。

「ハウンド3、聞こえるか! お前はまだ待機だ! 敵の包囲が崩れきっていない! 俺たちが《スカーレット》を抑えて、敵の隙をつくるまで待っていろ!」

『了解した、ハウンド1。……すまない』

 答える女性の声は、悔しさと無念さに溢れていた。

 仲間を見捨てて逃げるしかない自分を恥じているのだろう。だが、それは誤りだ。彼女が逃げるのは保身のためではない。ここで散っていった自分たちの記録を味方に届け、このクソッタレな連合軍どもに一泡吹かせてやるためだ。

ハウンド1リーダー、右翼はもう駄目だ! 弾幕が集中して――うわああああっ!』

『こちらハウンド4、推進器をやられた。もう動けない。後は頼――』

『武器が……くそっ! エメル1、特攻する! ハウンド小隊は『宅急便』を必ず届けてくれ! うおおおおおおっ!』

 仲間を示す青い光点が、次々と消えていく。

 彼らは奮闘していたが、もはや限界を超えているのは誰の目にも明らかだった。全滅するのは時間の問題だ。辛うじて保っていた部隊としての体裁すら、すでに風前の灯火となっている。

(ここらへんが潮時か……)

 彼は決意を固めると、警告と撤退勧告を垂れ流す通信機に向けて怒鳴りつけた。

「総員、突貫! 目標は《スカーレット》! ハウンド3は100セコンド後にスタートし、最大出力で六時の方角に突っ切っていけ!」

『ハウンド2、了解……!』

『ここが散り時か! 良い死に場所だぜ!』

『エメル3、お供する。我々の意地を見せてやろうぞ!』

 残った仲間が口々に答え、彼の後に続いていく。

 敵の砲火が豪雨のように降り注ぎ、傷ついた彼らにトドメを刺さんと苛烈な歓迎を行った。目の前が白くなるほどの発砲炎マズルフラッシュが瞬き、モニタを明滅させる。

 半ばまで進んだところで、右にいた《ブレイザーⅠ》が動力炉を撃ち抜かれて動かなくなった。もう五十メートル進んだところで、後ろにいた《コボルド》がミサイルの直撃を受けて爆散した。最後まで付き従った《ブレイザーⅢ》は両腕を失い、無人機を道連れに自爆した。

 全ての部下を失ってなお、彼はひたすらに前へと進む。

 その視界に、真紅の装甲機が姿をよぎらせた。

 騎士を連想させる流麗な形状、翼を模した推進器、血のような紅に染められた装甲。

 彼らが《スカーレット》と呼ぶ、連合軍の第三世代装甲機だ。

 おそらく、こいつが襲撃部隊の隊長格だろう。彼は雄叫びを上げながら、《スカーレット》目掛けて突進していく。

 と、不意に《スカーレット》の姿がモニタの中からかき消えた。

 同時に、今までで最も強い衝撃が走る。

 いつの間にか接近していた《スカーレット》が、その手に持った剣で彼の機体を貫いていた。圧縮成型炭素ハイパーカーボノイドの剣は装甲機の複合装甲をも容易く貫通し、速やかに、かつ確実に対象を破壊する。視認すらできない早業だった。

「この……死神、め!」

 剣は操縦席の三十センチ上を貫いていた。歪み、変形したコクピットの中で、彼は唸る。

 ここまでか。だが、タダでは終われない。このクソ野郎に、是が非でも一矢報いなければ、散っていった戦友たちに申し訳がたたない。

 彼は機体に最後の力を振り絞らせ、《スカーレット》の機体に両腕を巻き付ける。真紅の死神が体をわずかに仰け反らせた。

「せめて、貴様だけは……!」

 彼は自爆装置の起動式を呼び出し、

 それを実行するよりも早く、死神の剣がコクピットごと、彼の機体を引き裂いた。



「……以上が、ブラックバッカラの交戦記録だ」

 ロー少佐の声と共に映像が停止し、正面のスクリーンパネルが無機質なデジタルマップへと切り替わった。

「とんでもねー数だな。本当に、なんでこんな場所にこんな数の連合軍がいるんだ?」

「連中はゴキブリみたいなもんだ。一匹見つければ、五十倍はいるってこった」

「問題は、そのゴキブリが物凄く強いことなんだけどね」

 行馬たちは軽口とも愚痴ともつかないやり取りをするが、その表情は硬い。

 他の者も、おおむね似たようなものだった。戦略分析室にはロー少佐と情報分析士官の他、テイル小隊の面々と砲兵長、整備隊長など、各部署の責任者が緊急招集されていたが、眉間にシワを寄せていない者は一人もいなかった。

「ブラックバッカラはトリポリ沿岸から南下し、我々と合流する道すがらに襲われたようだ。単独行動をしている餌を、敵はまんまと食い逃げしたことになる。わずか二時間前の出来事だ」

 その場で唯一、平静を保っている艦長が話を続ける。

 行馬たちがハウンド3を保護したのが、およそ三、四十分前。彼女が時速百キロ以上で逃げてきたとはいえ、かなり近くに敵艦隊がいた計算になる。

「一歩間違えば、鉢合わせしていたのか……」

「敵が大所帯なのが幸いした。ブラックバッカラが粘り強く敵の足止めを行ってくれたおかげもあり、戦闘地点も辛うじて敵の索敵範囲外となっていたようだ。イード中尉」

「はっ。ハウンド3が保持していたデータ、及びテイル小隊が持ち帰った敵機コアユニットを解析した結果、敵の戦力はこのように推定されます」

 傍らに控えていた、細身の中年男性が答える。情報分析士官のイード中尉だ。彼は眼鏡の位置を正しながら、手元のノートパソコンを操作する。

 スクリーンパネルが箇条書きの文字列へと切り替わった。

 敵の戦力リストだ。彼我の戦力差が数値となり、綺麗に整理されて並んでいる。あまり見たくなかった現実を目の当たりにし、何人かが小声で運命を呪った。

 イードは神経質そうな動きで再び眼鏡の位置を調節し、解説を加える。

「敵の装甲機は、おおよそ四十。甲母艦は三隻か四隻でしょう。大隊規模に準ずると考えて構いません。単純に考えれば、我々の八倍以上の戦力を持っています。ただ、装甲機は通常よりもやや無人機が多い編成となっているようです」

 画面が、より詳細な情報を映し出す。

 敵の構成は有人機と無人機が3:7の比率になっていた。イードの言うとおり、標準よりもやや無人機が多い。だがそれ以外は特徴といえる特徴もなく、戦場でよくある部隊構成だった。飛行能力やステルス機能など、特殊な機構ギミックを持つ機体も見受けられない。

 いや、一つだけ例外があった。

「あの《スカーレット》ってやつは、やっぱり第三世代なのか」

「機動性、瞬発力、反応速度などから見て、ほぼ間違いない。背面リアユニットの形状からすると、飛行能力もあるかもしれん。司令部のデータベースにもない機種なので、断言はできないが……」

 後退した生え際に浮かんだ汗を手で拭い、イード中尉は難しい表情を浮かべる。

 先程の映像で最後に映った《スカーレット》は、六日前に行馬が相対した赤い死神と同一の機種だ。

 常識外れの性能を持つあの機体がいるならば、戦力差は数字以上に絶望的なものとなる。行馬たち以外にも赤い死神の噂を聞いている者はいるのか、後ろの方から「マジかよ」だの「クソがファック」だのと悲鳴が聞こえてきた。

 雑音を手で制し、艦長が話を進める。

「現在、敵艦隊はレーダー範囲外にある。磁流層の影響もあり、位置は特定できていない。すぐさま交戦という事態にはならないだろう」

「けど、近いうちに戦火を交える必要はあるんだな」

 机をコツコツと指で叩き、行馬が告げた。

「敵の目標は、俺たちの後方三百キロにある基地と港湾地帯でしょう。偵察か、破壊工作か、陽動か……連中の目的は分からないが、そこに近づけるわけにはいかない。主戦力が出払っている今の状況では、一個大隊程度が相手でも陥落しかねない。違いますか?」

「いや、君の言うとおりだ。なお、この件は司令部にも報告を行ったが……」

 ロー少佐は続きを口にすることを一瞬、躊躇した。その時点で、部屋にいる大半の者が覚悟を決めた。

 艦長はひとつ咳払いをしてから、意を決したようにして言葉を発した。

「……司令部の答えはこうだった。『援軍は出せない。だが敵は殲滅しろ。決して後方の基地には近づけるな』。以上だ」

「おおう……」

 ど直球な死刑宣告に、全員が天を仰いだ。

「たとえ偵察目的であったとしても、敵に基地までたどり着かれては、『本命』のために戦力を移動していることがばれてしまう。故に、相手の狙いにかかわらずこれを撃破せよとのことだ」

「だとしても、援軍なしなんて無茶言いやがるぜ」

「私もそう思う。……おっと、イード中尉。これは議事録から消しておいてくれ」

「すでに消去してあります。私も同意見ですからな。しかし、グランツ中将も非現実的なことを仰るものです」

 イードの溜息に、やっぱり死神グランツの仕業かと、そこかしこから呪詛めいた非難が上がった。

(おっと……これは良くない空気だな)

 隣の席に座るシーネを横目で見る。

 彼女はいたたまれない表情でうつむき、拳を握りしめていた。強く噛みしめた唇からは血の気が失われ、体は小刻みに震えている。その姿はまるで、世の中にある全ての罪を自分一人で背負い込もうとしているかのようだった。

 あまり歓迎はできない兆候だ。

 彼女は恐らく、父親の所行に対する責任も全て自分が負うべきだと思っている。周りからそう言われ続けるうちに、思考が誘導されてしまったのだろう。自己評価が異様に低いのも、『グランツ中将の娘』という枷が自己肯定を妨げているからだと、行馬は推測していた。

 どちらにせよ、放っておいて良いものでもない。

 行馬はさりげない動きで、手を隣席へと伸ばす。そして机の下で、固く握られたシーネの手に自分の手のひらを重ねてやった。

「あっ……」

 シーネが小さく声を上げる。

 行馬の意図を理解しかねているのだろう。彼女はおずおずと視線をこちらに向け、上目遣いに彼の様子をうかがう。

 そんな小動物じみた怯え方をする彼女に、行馬はニカッと白い歯を見せた。

 悪戯が成功した悪ガキのような笑顔。自分たちが置かれている苦境など忘れさせるような、とことんまで突き抜けた笑顔だ。ややもするとアホに見えかねない類のものだったが、それが故に人を安心させる力があることを、行馬は知っている。

 悩むくらいなら笑え。そうしてこそ、道は切り開ける。

 行馬が常々意識している言葉だ。実践できているかはともかくとして、そういう前向きな意識を持っておくことは大事だった。死神は笑顔を嫌う。行馬は半ば本気でそう思っていた。

 シーネの手から、力が抜ける。

 彼女は小さく「ありがとうございます」と言って、正面へと向き直る。そして手の向きを変え、重ねられていた行馬の手を、しっかりと握り返した。少し照れくさかったが、行馬も彼女の小さな手に指を絡めた。

 ちらりとシーネの横顔をうかがうと、彼女の顔からは先程までの陰鬱さが消えているように感じられた。

 無論、完全に影が消え去ったわけではない。だが、今はそれでいい。彼女は聡明だ。味方が隣にいてくれると気づけば、後は自分の力で鎖を叩き切れるはずだ。

 行馬は一安心して、視線を真正面へと戻す。

 すると、いつからこちらを見ていたのか、ロー少佐と見事に目があった。

(うお、やべっ)

 狼狽する行馬だが、ロー少佐は優しげに微笑んだだけで何も言わなかった。

 彼はこころなしか口元を緩め、話を続ける。

「現実的に考えて、現有戦力だけで敵を殲滅することは不可能だ。よって我々がとるべき行動は、敵に手痛い打撃を与えて本国までお帰り願うことになる。敵の目的を阻みつつ全員が生き残るためには、それしか手がない」

「結局、戦う羽目にはなるのかぁ……」

 情けない顔で頭を抱える教授。

 一方で彼とは裏腹に、ベルンハルトは両の拳を打ち合わせ、口の端を獰猛に歪めた。

「話が分かるじゃねえか、少佐! 八倍の敵相手に戦えることなんざ、滅多にない。こんな楽しいパーティーを逃す手はないよなぁ!」

「楽しいのは君だけだと思うよ」

 げんなりした顔で呟く教授に、半数以上の兵士が無言で頷いた。

 ベルンハルトは教授の控え目な抗議を完全に無視し、

「それで、イカした作戦はあるのかよ? 俺は戦うのは好きだが、自殺は嫌いだぜ?」

「奇遇だな、私もだ。だから、多少の策は考えておいた」

 ロー少佐が合図をすると、再び正面に付近のデジタルマップが投影された。

「これまで機構軍に発見されなかったこと、一機の逃走者に五機の追っ手をかけてきたことなどから、敵は隠密性を相当に重視していると考えられる」

 デジタルマップに、赤い線が浮かび上がる。それをポインタで示して、眼鏡の分析官が艦長の後を継いだ。

「これが、敵が通ってきたと推測されるルートです。戦艦四隻が通れる道で、かつ我々の索敵から逃れられるとなると、経路はかなり限られてきます」

「平地は極力、避けてきているな」

 マップを見て、行馬は瞳を細める。

 磁流層が活性化している状態でも敵の動きを探れるよう、機構軍は簡易探査レーダー塔を随所にばらまいてある。特に支配圏の曖昧なこの地域には、敵軍の侵入をいち早く察知できるようにと、かなりの数が設置されていた。

 その網をかいくぐるのは、容易な作業ではない。敵は慎重に慎重を期して、ここまで行軍してきている。つまり、

「連中は速度を捨てている。イコール、僕たちの手札は知られていないってことかな」

「今、こっちには正面突破でも蹴散らされる程度の兵力しかねぇからなぁ。奴らが俺らの懐事情を知ってるなら、とっくに基地は落とされてる。過剰にこっちを恐れているってのは、張りぼてがバレてねぇっつう証拠だな」

 ベルンハルトが悪代官じみた笑みを浮かべる。逆境の中で活路を見つけることこそ至上の喜びとでも言いたげな、危険でしたたかな笑みだった。

 イード中尉はそんな二人に眉をひそめながらも、否定はしなかった。

「ハッタリはある程度有効と見ていい。敵本隊が深追いしてこなかったのは、ありもしない迎撃部隊を恐れたからに違いない。奴らは一度後退してから、再び監視の目が届かない経路で接近を試みるだろう」

「我々はそこを叩く。奇襲で打撃を与え、速やかに離脱すれば、被害も最小限に抑えられるはずだ」

 艦長の言葉に、兵士たちが「なるほど」と頷く。

 人間性のなせる技だろう。ロー少佐の説明には、人を納得させるだけの深みがあった。この人が言うのなら大丈夫、と思わせる力が、彼にはある。

 だがそんな中、行馬だけは、一言も発さずに沈思黙考していた。

 果たして、そう上手くいくだろうか? 単なる奇襲では、良くて相打ち程度で終わってしまうのではないだろうか? なにしろ、敵部隊には赤い死神が配備されている。ラビヤーナ砂漠攻防戦で三十機もの装甲機を葬った奴ならば、こちらを全滅させることなど造作もないことだ。もう一つ二つは奇策を重ねなければ、勝ちは見えてこない。

 手に、少しばかりの圧迫感が加わる。

 見ればシーネが「どうかしましたか?」と言いたげな顔でこちらを見つめていた。行馬は笑顔をつくることで「なんでもない」という答えに代える。だがシーネは納得しない様子で、重ねた手に力を込めてきた。

 そんな行馬たちを見咎めたか、ロー少佐は名指しで彼に問いかけた。

「何か言いたそうな顔をしているな、行馬中尉」

「えっ? ええ、いや、まあ……」

 さすがに叱責されるか。

 身構えた行馬だったが、飛んできたのは真逆の言葉だった。

「遠慮することはない。聞かせてくれたまえ。そのために、私は皆を呼んだのだ。すでに決まった方針を伝えるだけならば、わざわざこの場に集めたりはしない」

「え……いいんですか?」

「もちろんだ。特に、七道行馬中尉から良い意見が出ることを期待していた。さあ、君ならばどうするか、教えてくれるかね?」

「は……いや、でも俺は……」

 いきなりそんなことを言われても、と行馬は困惑の表情を見せる。

 自分たちは実働部隊であり、作戦を指示されるだけの立場だ。現地での状況判断ならともかく、根本からの立案に関われる人間ではない。盤上の駒が勝手に動いたりしたら、どんな作戦も成り立たない。

 イードや他の兵たちも同じ意見のようで、艦長に向けて疑念のこもった眼差しを向ける。中にはあからさまに眉をひそめる者もいた。行馬の負けフラグとしての噂を知っているのだろう。

 だがロー少佐は、そんなことは意に介さずに続けた。

「行馬中尉は、逆境の中でも諦めずに活路を見出す力を持っている。私はそれを肌身で知っている。いや、私だけではない。諸君らも、彼の力は知っているはずだ」

「は? なんだそりゃ? 行馬、そんなことしたのか?」

「いや、身に覚えはないぞ」

「私語は慎め! ……ごほん。艦長、詳しい説明はしていただけるのでしょうな?」

 行馬たちをたしなめてから、イード中尉が上官に問いかける。

 しばしの沈黙。

 ロー少佐はたっぷりと間を置いて、十分に皆の注意を引きつけてから口を開いた。

「私たちは六日前、彼に命を助けられているのだよ。『歩く負けフラグマークド・デス』兼『生存フラグアライブ・メイカー』たる、七道行馬中尉にな」



 荒野を熱風が駆け抜けていく。

 熱と塵だけで構成されたかのような風は、戦場という地獄を体現していると彼は思っていた。吹き付けてくる一瞬は肌を焦がすほどに熱く粘りつくが、過ぎ去れば後には何も残らない。その苛烈さも無情さも、戦場には相応しいものだ。

 連合軍第八遊撃大隊所属のレオン・クラード大尉は、ひざまずく愛機の背に立って激戦の跡地を眺めていた。

 彫刻と見まごうばかりの端正な美貌を持つ彼だが、今はそこに戦士としての峻厳さが加わっている。貴公子然とした風貌は騎士のそれへと変わっており、ある種の威厳が生まれていた。まだ青年と呼べる年齢だというのに、レオンには勇者の風格が備わっていた。

「ふむ……八割方は回収が終わったな。出ようと思えば、もう出られるか」

 風にもてあそばれる赤銅色の髪を手で押さえ、彼は涼やかな呟きを声に出す。

 眼下では、多数の兵士と三機ほどの装甲機が、地面に散らばった機械の残骸を選別、回収していた。

 それらは全て、先程撃破した機構軍のものだ。ほとんどスクラップと化した屑山の中から、彼らは使える部品や無事な記憶媒体などを探していた。今後の任務を、少しでも楽にするためだ。

(正直、あまり気乗りはしないがな……)

 誰にも気付かれぬよう、小さな溜息を一つ。

 野盗のようで気が引けるが、『敵地に侵入しての長期の強行偵察』という任務に就いているからには、仕方のない行為だった。補給の見込みがない以上、奪えるものは奪っておかなければならない。躊躇いは自分の命を削るということを、レオンは良く知っていた。

「レオン大尉」

 作業の様子を眺めていると、地上から無機質な声が投げかけられた。

「む……なんだい、フェイ曹長?」

「めぼしいものは回収し終えました。もう撤収の頃合いかと」

 機械のごとく無感情な言葉を浴びせかけたのは、若い東洋人の女性だった。

 飛鈴フェイ・リン曹長。

 レオンの部隊に所属する装甲機乗りであり、若年だが優秀な副官だ。言葉尻がきついのが玉に瑕だが発言自体は的確なので、レオンは叱責もせず放任していた。

 レオンは現在の時刻を確認し、

「成果のほどは?」

かんばしくはありません。戦艦や装甲機など、主要なものはことごとく自爆されていましたから。せいぜい、固形燃料と水がいくつか手に入った程度です」

「だろうな。まあ、元からあまり期待はしていなかった。そろそろ帰還するとしよう」

 手元の端末を通じて足元の機体を操り、レオンは外部スピーカーで兵たちに撤収を命じる。

 彼らも、これ以上の長居は必要ないと分かっていたのだろう。手にしていたガラクタを放り出し、作業班は素早く装甲車へと戻っていく。そして定数がそろい次第、レオンの指示に従って、後方にある甲母艦へと走り去っていった。

 あっという間に人気ひとけがなくなった戦場跡で、飛鈴も自らの乗機である《ストゥム》へと戻っていく。

「大尉、我々も撤収を。この場に留まる意味は、さしてありません」

「作業班が全て戻ったら向かおう。まったく……後味の悪い作業だ。遠征任務はこれがあるから気が乗らない」

「そうですね。しかし、私たちの好みは度外視されるべきです。任務の重要性が高ければなおさら。特に、小隊長である大尉はそういう発言を控えていただくべきかと」

「分かっている。だが、愚痴くらいは許されるべきだろう? 私は軍人だが、一人の人間でもあるのだよ」

 彫りの深い顔に苦い色を浮かべて、レオンは嘆息する。

 レオンが属する第八遊撃大隊は、三日前から秘密裏に機構軍の領域へと侵入していた。

 彼らに課された役割は、強行偵察だ。

 先日、レオンたち新世界国家連合軍は機構軍との激戦を制して、周辺地域で最大のアダマント採掘場であるラビヤーナ砂漠を手中に収めた。

 熾烈を極めた戦闘により、連合軍と機構軍はともに多大な損害を出した。普通なら数週間は身動きが取れないほどの被害だったが、情報部の報告によると、機構軍は潤沢な資金と予備兵力を活用して、すでに再戦の準備を整えつつあるらしいとのことだった。

 この動きに対し、連合軍は情報収集を強化。その結果、上層部は『機構軍はフェザン基地の攻略を目指した再編を行っているらしい』という結論に至った。

 フェザン基地は大陸北部における連合軍の要衝だ。

 ここが落とされればラビヤーナ砂漠駐留部隊は孤立し、補給もないままでの持久戦を余儀なくされる。そうなれば敗北は確定的だ。多大な犠牲を払って手に入れた拠点を守り抜くためにも、フェザン基地を落とされるわけにはいかなかった。

 そうした事情から、レオンたち第八遊撃大隊はフェザン基地と相対する機構軍の拠点に接近し、敵戦力の集積具合を見張る強行偵察の任務についていた。

 磁流層が活性化してあらゆる観測機器が無効化されている現在、敵の詳細な動きを探るには地上からレーダーを使うしかない。敵勢力圏内まで侵入し、情報を収集。可能ならば集結する敵戦力を各個撃破しつつ、240時間経過後にフェザン基地まで帰還するというのが、彼らに下されている任務の内容だった。

(重要な任務であることは理解しているのだがな……)

 こればかりはどうしようもない。

 貴族の血を引くレオンは、常日頃から清廉潔白であれと教えられてきた。軍人になっても可能な限りその信条を貫いてきた彼だが、このように現実に屈さねばならないことも、ままあった。

 そんな彼の心情を見抜いたかのように、《ストゥム》の操縦席に半身を滑りこませたまま飛鈴が口を開いた。

「大尉。貴方は第八遊撃大隊の陸戦部隊をまとめる身です。今は、その役割に徹していただかなければ」

「ああ……そうだな。心配かけてすまない」

「いえ、別に心配はしていませんが。私はただ、自分の負担を増やしたくないだけですので。退役後に『パワハラで精神的苦痛を受けた』と訴訟を起こされたくなければ、しっかりしてください」

「…………」

 彼女はきっと、照れ隠しに素っ気なくしているのだ。そうに違いない。ポジティブに思いこむことで、レオンは精神的ダメージを軽減しようと努めた。

《ストゥム》の中に乗り込んだ飛鈴が、通信機越しに会話を続ける。

『ただ、大尉の精神状態を良好に保つことは重要だとも考えます。なにしろ、その試作機は大尉以外に扱える人間がおりません。最強の矛と一個大隊の命を預かっているのだと自覚なさってください』

「最強か……確かに、性能だけは高いがな。あと、見た目もか」

 足元に広がる真紅の装甲を見下ろし、レオンは呟く。

 第三世代特有の流麗なフォルムを持つこの装甲機は、《ストゥム》などと比べて遥かに洗練された印象を与える。遠目に見れば、騎士か天使のようにも見えるだろう。乗り心地はともかく、この外見はレオンも気に入っていた。

 全ての装甲車が撤収を始めたところで、レオンも操縦席へと入り込む。

 操縦席は、ほとんど余剰スペースのない息苦しい空間だった。他の装甲機もあまり快適な操作環境にあるとは言えないが、この機体と比べれば遥かにマシだ。レオンは機体に乗るたびに、棺桶の中に放り込まれたかのような気分になっていた。

 試験機故の狭さに辟易としながら、レオンは起動手順を進めていく。

 反応導体を活性化。動力炉をアクティブに設定。主要な力場制御針リプルーバー・ホーンを作動させ、重量軽減を開始。

 複雑で面倒な操作をこなすたび、真紅の死神が目を覚ましていく。反応導体が活性化して鋼の巨人に命を吹き込み、動力炉が獰猛な唸り声を上げた。推力限界値がみるみるうちに上昇していき、既存の装甲機よりも三割ほど高くなったところで、ようやく止まる。

 ありあまる馬力を暴走させないよう、慎重に操作をしてレオンは己の乗機――連合軍試作型装甲機『GGR-1n』を立ち上がらせた。

『ただ立つだけで、地盤が揺れますか。さすがの推力パワーですね』

「その分、気を遣うがな。下手をすると己の力で自爆しかねない」

 言葉のわりには危なげなく操作を行いながら、レオンはぼやく。

 型番だけで正式名称が与えられていないこの試作機は、第二世代を遥かに凌駕する運動性能を持っている。そのうえ骨格系や各種装甲も強固さを増しており、防御力は鉄壁だ。さらには飛行能力まで有していて、連合軍でも最高峰の高性能機と謳われていた。

 だがその反面、扱いは非常に難しい。

 今までの試験機動では、高すぎる運動性能に振り回されて操縦中に失神した者二名、着地の仕方を誤って下半身を潰した者三名、トップスピードで転んで操縦席内で挽肉になった者一名と惨憺たる結果を出しており、高性能のわりに機体の評価は高くなかった。

 くいくい、と器用に指を動かして、レオンは機体の状態を確かめる。

「何を思って開発部は、こんな機体を造ったのだろうな。真っ赤な外見というのも、いまひとつ理解しかねる」

『国力で劣る私たちは、技術革新に頼らざるを得ない側面がありますから。あの赤色も電磁反射ステルス塗料の影響だと聞いています』

「見た目は全くステルスしていないがな……」

 実際、この荒野では彼の機体は非常に目立った。悪目立ちと言っても良い。おかげで、先程の敵にもしつこく絡まれた。

「それに、まだ型番しかないのも物足りない。先ほどの通信を傍受した限りでは、機構軍はあれを《スカーレット》と呼んでいるようじゃないか。我々も彼らにならってみてはどうだろう?」

『少し安直すぎはしませんか』

「だが分かりやすい。私は常々思っているが、ネーミングセンスは確実に機構軍の方が上だ。《砲台》など、連合軍ですら誰も正式名称で呼んでいないだろう」

『それは、まあ……』

 やたらと長く面倒な《砲台》の正式名称を思い出してか、さすがの飛鈴も言葉を濁した。

 レオンは乗機――彼は勝手に《スカーレット》と呼ぶことにした――を反転させ、自分の母艦へと向けて浮遊ホバー移動を始める。

 第八遊撃大隊を構成する四隻の甲母艦は、回収作業中も陣形を組んで周囲を警戒していた。

 作業班とは異なり、レオンたちが目指すのは最も遠い位置にある旗艦『クラウディウス』だ。主に戦闘の任を司るその艦には、レオンたちの他にも無人機が多数搭載されている。有事の際にはそれらが各部隊に展開し、戦闘に参加することになっていた。

 変わり映えのない荒野を、二人は省エネ移動で進んでいく。

『大尉。ああ言っておいて何ですが、その機体はやはり目立ちますね。光が反射して眩しいので後ろを走って下さい』

「前々から思っていたのだが、飛曹長は遠慮という言葉を知らないようだね? それとも、私が上官だということを忘れてしまったのかな?」

『心外ですね、大尉。私は遠慮しているからこそ『消えてください』とまでは言わなかったのです。それに人格者である私の上官は、この程度の些事に文句は言わないと信じております』

「…………」

 いっそ異動させてやろうかと、レオンは本気で悩んだ。

『冗談はともかく、大尉にその機体は似合っていると思いますよ。それとも、目立つ機体はお嫌いですか?』

「そうでもない。敵の目をひきつけることができるからな。私に攻撃が集中してくれれば、味方の損害も抑えられる」

 思い上がりからではなく、ごく自然にレオンは応えた。

 事実、彼の技量は凄まじい。

 通算撃墜数二十三機という化物じみた戦績が、その操縦技術を物語っている。先のラビヤーナ砂漠攻防戦でも、レオンはこの《スカーレット》を駆って三十機余り敵を撃破し、その卓越した技量を戦果をもって証明していた。一度の戦闘でこれまでの撃墜数を超えたのは、乗り換えた機体スカーレットの性能に依るところが大きいが、それを抜きにしてもレオンの戦闘力は異常なレベルにあった。

 まだ若年の域にあるレオンが第八遊撃大隊の陸戦部隊長に任命されているのも、その実力を買われてのことだ。

 連合軍のデータによると、彼に匹敵する戦績の持ち主は機構軍のギョー何とか中尉という人物しかいない。派閥や運の力ではなく己の腕で勝ち取った今の地位を、レオンは誇りに思っていた。

 と、その時、突如として甲母艦クラウディウスから通信が入った。

『こちらクラウディウス。マウヌ1、現状を報告せよ』

「こちらマウヌ1。現在は作業を終え、帰投中だ。先程も定例信号にて伝えたと思うが……?」

《スカーレット》の起動を進める時、ついでに帰投開始を意味する信号は母艦へと送っておいた。間違いはない。

 オペレーターはレオンの疑問に構わず、『了解。少し待て』とだけ言って通信を保留する。

 嫌な感じだ、とレオンは思った。こういう時は大抵、ろくなことが起きない。居心地の悪い静寂に、彼は小さく身じろぎした。

 しばらくして聞こえてきた通信は、覚悟したとおりの内容だった。

『マウヌ1。貴官はただちに本艦へと戻り、無人機を配下登録して戦闘待機状態へと移行せよ。我々は至急、この地域を離脱する』

了解ラージャ。しかし、何があったんだ?」

《スカーレット》の腕を振り、身振りで『急ぐぞ』と飛鈴に指示をしながらレオンは問う。

『逃げた敵機を追撃していた部隊からの通信が途切れた。直前の映像記録を見る限り、全滅したものと思われる。どうやら、敵の迎撃部隊が動き始めたらしい』

「なんだと?」

 レオンの驚愕が機体に伝わり、速度が落ちる。

 慌てて姿勢を立て直しながらも、彼は沸き上がる疑問を抑えきれなかった。

 おかしい。敵の動きが早すぎる。

 こちらが敵艦隊へと強襲をかけてから、まだ二時間程度しか経過していない。しかも、襲撃は敵の通信を全て遮断したうえで行っている。こんな早期に察知されるなど、ありえない事態だった。

 だが、続く言葉はさらにレオンを驚かせた。

『規模は不明だが、敵は第二世代のA級装甲機 《影式》を有している。しかも連中は《影式》二機だけで、五機編成の追撃部隊を殲滅したようだ』

「それだけの数で、五機全てを撃破したのか?」

『相当な手錬れのようですね。奇襲も伏兵も使えない平地で、大きく数に勝る相手を破るとは……』

 飛鈴の声にも、珍しく驚きの色が混ざっていた。

 ここのところ、数で勝る戦いを続けてきた連合軍だが、それだけに彼らは数的不利を覆すことの難しさを知っていた。特に、奇策が通用しない状況下ではそれが顕著である。

 オペレーターも緊張感を滲ませ、

『敵は最精鋭だ。相応の規模も有しているだろう。我々は退路をふさがれる前に離脱し、安全圏へと逃れる。その後、迂回路をとってから再度、敵拠点への接近を試みる予定だ』

「妥当だな。包囲されては一巻の終わりだ」

『そういうことだ。レオン大尉の『GGR-1n』は唯一の飛行能力保有機であるからして、有事に備えて待機してもらう。至急、本艦へ帰投せよ』

「了解した。飛ばすぞ、飛曹長」

『はっ』

 レオンは《ストゥム》がついてこられる限界まで速度を上げ、荒野を疾走する。

 もとより楽な任務だとは思っていなかったが、思ったよりも厳しい戦いになりそうだ。

 危機感を覚えるレオンだったが、彼はその裏で、密かに気持ちを高ぶらせてもいた。

 楽な任務など誰にでもこなせる。強敵と戦い、これを打ち破ってこそ、自分の力は認められる。いささか不謹慎ではあるが、この展開は彼にとって望ましいものでもあった。

 口の端を歪ませるレオンに応えるかのように、《スカーレット》のブースターが唸りを上げる。

 それはまるで、鋼鉄の獣が歓喜の声を上げているようだった。



 ガスッ、ガスッ、ガスッ、と。

 黄昏時の荒野に、硬い物を削る音が響き渡る。

 音の源は、行馬の操る《影式》だった。漆黒の装甲機は廃材から作られた即席のスコップを用いて、切り立った丘陵の斜面を掘り進めている。世界一高価な兵器が土木作業の真似事をしているのは、かなりシュールな光景であった。

「こんなもんか……発破するぞ。みんな、少し離れていてくれ」

 行馬はスコップを地面に置くと、傍らに立てかけてあった白い棒を手に取る。

 一見するとただの棒だが、それはC4爆薬を加工した導爆剤だった。行馬はプラスチック爆弾の塊を、岩石質の地盤に突き立てていく。そして周辺の人員が全て避難したことを確認すると、彼は起爆スイッチを押した。

 轟音。

 結構な衝撃が地面を揺らし、大気を叩く。機体ごしであっても、その音は酷くやかましく響いた。

「本気で土木工事している気になってきたな……測定班、地盤の強度はどうなっている?」

『問題ありません。上手くいったみたいですね。中尉は土砂と岩石をかき出して下さい』

 了解、と答えて行馬は再びスコップを取る。

 測定班とやり取りをしつつ十分ほども採掘作業を続けたところで、粗暴な声の通信が操縦席に響いた。

『おい行馬! そっちはどうだぁ!』

 ベルンハルトだ。この戦闘狂は相変わらず声がでかい。

 行馬は機体になるべく負荷をかけないよう、のろのろと土石をかき出しながら答えた。

「うるさいぞベルンハルト。そっちはもう終わったのか?」

『とっくだぜ。見ろよ、あの装甲機が余裕で入れる大穴を』

 行馬は《影式》の動きを止めることなく、視線とカメラだけを横へと動かす。

 そこでは土埃にまみれたベルンハルトの《影式》が、得意げに親指を突き立てていた。黒い装甲機の肩越しには、洞窟めいた大穴を穿たれた丘陵が見える。彼の言うとおり、装甲機がすっぽり収まってもまだ余裕のありそうな大きさだった。

「ちゃんと崩れない程度に掘ったんだろうな? 俺は生き埋めになる趣味はないぞ」

『心配するな。俺だって計算くらいはしている。ちゃんと、完成祝いの大爆破にも耐えられる程度の強度は残してある』

「おい馬鹿やめろ、余計なことはするな! この作業の意味、分かってるのか?」

『ハッ、当然だ。心配性だなテメェは。ちったぁ部下のことを信用しろ』

「信用して欲しければ普段からまともな行動を取るんだな。お前ときたら、上官を挑発するわ、書類の字は汚いわ、馬鹿力で備品を壊すわ……戦闘中以外は本当にトラブルしか起こさねえ」

『はん。小させえな。まったく小せえ。そんなケツの穴が小さい行馬に、俺が良いことを教えてやるよ』

「ほう。いいだろう、どんな寝言か聞いてやる」

『いいか? 戦場ではな、弾薬をケチる奴から死んでいくんだ。分かったか? だから俺たちは特大の祝砲をだな』

「だから止めろっつってんだろこの破壊魔が! 失敗フラグ立てんな! 大人しく機体から降りて待機しておけ!」

 穴の中の岩や砂をおおよそ取り除いた行馬は、ベルンハルトの《影式》を追い立てるようにして集積場へと戻る。

 丘陵地帯の中ほどにある平坦な窪地に、臨時の集積場は設けられていた。そこには行馬たちが乗ってきた輸送艦を中心に、様々な工具や機材が並べられている。その合間を縫うようにして、多くの兵士が作業のために動き回っていた。

 行馬たちは集積場の片隅にある空き地へと装甲機を移動させ、待機状態に移行させる。

「ほら、降りろベルンハルト。祝砲はなしだ」

「ったく、つまらねえ奴だ。お前には失望したぞ、行馬」

「うるせー馬鹿。明日、敵に勝ったらいくらでも撃て。そして生き埋めになってしまえ」

 言い合いながら、二人は専用のワイヤーを使って機体から降りる。勢いを衰えさせない日差しが目を直撃し、行馬は額に手をかざした。

 長いこと作業をしていたので、すでに日は地平線の彼方に沈みかけていた。

 荒野の日差しは黄昏時でもなお焼けるように赤く、丘陵の斜面を煌々と照らし出す。山火事でも起こったかのようだと、行馬は思った。

 この丘陵地帯は、昼に戦闘があった地点から百キロほども離れた場所にある。

 元は岩山がそびえたっていたらしいのだが、アダマント隕石がこの地方に落下した際、大きめの破片が爆撃よろしく降り注いで地形そのものを変えてしまったらしい。今では三十メートル前後の岩石質の丘が、広い範囲に散らばっているだけだ。草の一本もない禿げた丘が延々と広がるさまは、墓標のない墓場のようでもあった。

 装甲機から離れ、二人はテント造りの臨時指揮所へと向かう。

「ここが岩山のままだったら、もうちょっとマシな手があったんだがな」

「『天然の要害』っつーには弱いんだよなぁ。丘は低いし、道も広い。中に入り込んでもせいぜい、視界が悪くなる程度だ。装甲機なら乗り越えて直線的に進むこともできる。『天然の迷路』がいいところだな」

「まったくだ。だが、それだけに敵も誘い込みやすい」

 くっくっと、行馬は悪人の顔で喉を鳴らした。

 敵は必ずこちらの策に乗ってくる。

 連中はきっと、単なる強行偵察部隊ではない。可能な限り敵艦を撃沈し、機構軍の戦力を削るという任務を帯びているはずだ。偵察だけが目的であれば、あれほどの大戦力を動員する必要も、ブラックバッカラを襲う必要もない。

 つまるところ、今は敵も動かせる戦力が少ないのだ。

 だから複数の任務を全て、動かせる部隊にぶん投げることになる。だが、それだけで全てを得ようとするのは強欲というものだ。二兎を追う者は一兎をも得ないということを教えてやる。

 完全に悪役じみた台詞を心の中で呟き、行馬は天幕の中に入る。

 彼の姿を認めた作業着姿の兵士たちが、小走りでこちらにやってきた。手には爆弾やら溶接器具やらを持っている。

 彼らは友人に対するような気安さで、行馬に話しかけてきた。

「行馬中尉、採掘はまだ続けますか?」

「まだC4はありますぜ。用意しましょうか?」

 プラスチック爆弾を掲げる兵士に、行馬は首を横に振る。

「いや、もう必要な空間は確保できた。中に入って硬化処理を進めてくれ。明日の夜まで耐えられる程度でいい。頼んだぜ」

「任せてくださいよ。俺、実家が左官屋だったんです。プロの技を見せてやりますよ」

「本当にできるのか? お前、実家を継ぐのが嫌だから軍に入ったって――」

「うるせー。俺はやればできる子なんだよ」

 明るい声で笑いあい、兵士たちは仲間の元へと戻っていく。

 その後ろ姿を見て、ベルンハルトが感慨深げに呟いた。

「……少し前までは考えられなかったな。こんな風に、俺らが連中の指揮をするなんてよ」

「ああ。しかも、あいつらが友好的なおかげで作業も早く進んでいる。艦長のおかげだ」

「あの話は全員に行き渡ってるみたいだな。噂好きな連中だぜ」

 珍しく、ベルンハルトの顔に穏やかな微笑みが浮かんだ。



『六日前のラビヤーナ砂漠攻防戦で、我々が敵部隊に包囲された時のことを覚えているかね』

 数時間前。不信と懐疑でざわめく戦略分析室の中で、ロー少佐は落ち着き払ってそう言った。

『あの時は、すでに戦線の維持が不可能になっており、指揮系統すらも破壊されていた。情報は錯綜し、我々は数隻の僚艦と共に敵陣に取り残され、死を待つばかりだった』

 続く艦長の言葉で、行馬たちも当時のことを思い出した。

 戦いの終盤、完全に敗走状態に陥った機構軍は、我先にと逃げ出す兵が続出して混乱と無秩序のさなかにあった。

 統率の取れない撤退戦ほど悲惨なものはない。

 敵は反撃を恐れずに追撃をかけられるし、味方の援護は期待できない。誰も彼もが逃げることだけに精一杯となり、他人を蹴落としても生き延びようとする。結果として誰もが誰かの足を引っ張り、全滅への道を転落していく。

 ラビヤーナ砂漠攻防戦も、その例に漏れなかった。

 一個の塊となって退くのではなく、各々が勝手に逃げ出したおかげで、敵の追撃を食い止める者はいなかった。おかげで機構軍は逃げる背中に全力射撃を受け、見る間に戦力を損耗させていった。

 そんな惨状にあって行馬は、数々の負け戦を生き抜いてきた『歩く負けフラグ』としての経験を活かし、潰走する機構軍をどうにか取りまとめようと奮闘していた。

 真っ先に撃沈された指揮艦の名前を騙って片端から退却指示を下し、損傷が激しい部隊を優先的に撤退させる。比較的マシな部隊は自分たちと共に足止めを行い、可能な限り敵の侵攻を遅らせる。

 半分は耳を貸さずに逃走していったが、もう半分は行馬の指示を聞き入れ、素直に協力してくれた。上官の名前を借りたとはいえ、指揮系統を無視して他部隊に命令を飛ばすことは完全な越権行為であり軍規違反であったが、この火事場にあっては、咎める者は誰もいなかった。

 そうして行馬たちテイル小隊は、七隻の戦艦と二十三の部隊を無事、離脱させることに成功した。

 どうやらその中に、シルバーエッジも含まれていたらしい。

 よくよく思い出してみれば、たしかにやたら冷静な艦長がいたような覚えがある。行馬は彼に撤退する部隊のまとめ役を頼み、さらなる足止めのためにベルンハルトと二人で数多の敵を相手に戦いを挑んでいった。そして三十分以上も粘ったところで囲まれ、あの赤い死神と戦う羽目になったのだった。

 ロー少佐は、その時のことを集まった者たちに詳しく説明していった。

 当時のシルバーエッジは、よほど絶望的な状況にあったのだろう。兵たちの多くは「あの地獄から生還させてくれた奴ならば」と納得し、行馬の意見に従う意向を示した。中にはまだ行馬たちの手腕を疑問視する者もいたが、自分が六日前の苦境を打破できなかった以上、異論を挟むようなことはしなかった。

 そして行馬は自分の案を披露し、戦略分析室にいた全員を仰天させた。

 途轍もなく危険だが、うまくはまれば八倍の敵相手に勝ちが見込める。慎重派と積極派の話し合いの末、彼の案は採用されて、それぞれが準備へと動きだした。

 そして――行馬たちは現場での指示を行いつつ、この丘陵地帯で作業をこなしていた。

 あの赤い地獄を懐かしく思い出し、行馬は天幕を出る。

「こんなところで縁が繋がるとは思わなかったな。世の中分からないもんだ」

「まったくだなぁ。考えてみりゃあ、こうして感謝されたのも初めての経験じゃねえか?」

 愉快そうにベルンハルトが肩を揺らす。どれだけ周りを助けても『負けフラグ』扱いされてしまう現状に、彼も不満を感じていたのだろう。

 行馬も同調し、

「表沙汰にできないから仕方ない。ドサクサに紛れて、とんでもない数の軍規違反をしてるわけだしな。密告されたら銃殺刑ものだ」

「裏の取りようがないから問題ねえよ。ちゃんと足跡が残らないように、教授とマリアに証拠隠滅してもらってるだろうが」

「そうだな。だからこそ、俺らの名前が『救世主』じゃなくて『負けフラグ』になるわけだが」

 違いない、と二人で笑い合う。

 証拠を残さないよう立ち回るがゆえに、助けられた側も相手が分からない。そのため、行馬たちは長らく『負けフラグ部隊』として貧乏神扱いされ続けてきた。ロー少佐のような人間は、例外中の例外である。

 自分たちも作業に加わろうと、行馬たちが道具を取りに行こうとすると、背後から分厚いタイヤが地面を擦る音が聞こえてきた。

「行馬さーん!」

 続いて、戦場に似つかわしくない可愛らしい声。

 振り返れば、丘陵の合間から駆けてくる軍用ジープが見えた。

 乗っているのはマリアとシーネだ。シーネは助手席の窓から手を出し、ぶんぶんと振っている。彼女たちはシルバーエッジに乗って別行動を取っていたはずだが、もう向こうの作業は終わったのだろうか。

 ジープを行馬たちの真横で停止させ、二人は車から降りてきた。

「お疲れさん、二人とも。そっちは順調にいったのか?」

「バッチリよ。隊長と艦長の読みは当たったみたいね」

 ふふっ、とマリアが肉を揺らして笑う。本人は妖艶な笑みを浮かべているつもりなのだろうが、行馬たちには悪徳政治家のそれにしか見えなかった。

 マリアは腕時計を睨み、

「教授の作業は難航してるみたいだけれど……明日の朝には何とかなるでしょうね」

「行馬さんと一緒に持って帰ったお土産が役に立ったみたいです……けほっけほっ」

 シーネは埃っぽい空気に咳き込み、口元をタオルで押さえた。

「ええと、敵艦隊は、おおむね予想どおりのルートをたどっているようです。けど、いくつかの修正も必要なので、最終的な打ち合わせをしたいと艦長が言っていました」

「じゃあ一度、戻った方がいいな。ベルンハルト、ここは頼めるか?」

「おう、任せろ。どうせ後は大した作業も残ってねえ。祝砲の準備に精を出すさ」

 ベルンハルトが自信満々に頷き、親指を天に向かって立てる。

 行馬は笑顔で彼の親指をつかみ、関節の反対方向に曲げてやった。

「だ・か・ら! テメーは余計なことをするなって言ってるだろうがぁ! この馬鹿! 大馬鹿が!」

「痛ててて! この野郎、俺の指を折れると思ってるのか! 鍛え上げたこの筋肉に挑戦するとは良い度胸だぜ!」

「残念でしたー指に筋肉はありませんー! あるのは腱だけですー! はははバーカバーカ」

「んだとぉ!? 俺の筋肉をそこらの貧弱な筋と一緒にするな!」

「貧弱なのはお前の頭だ! 少しは考えて行動し」

「止めなさいな、この馬鹿×2」

 マリアが二人の頭を、手にしていた電磁警棒で容赦なくぶっ叩く。

 強烈な彼女不意打ちは、歴戦の兵士にも通用したようだ。行馬とベルンハルトは、後頭部を抱えて涙目でうずくまった。

 マリアはやれやれと肩をすくめ、

「筋肉馬鹿は私が監視しておくから、行馬はさっさとシルバーエッジに戻りなさい。シーネちゃんも一緒にね」

「え、私もですか?」

 折角来たのに、と残念そうな顔になるシーネを、マリアが軽く小突いた。

「あんたら二人の連携が、明日の勝負の鍵になるんだよ。最終調整に居合わせなくてどうするんだい。現場を見ただけで満足しておきな」

「はぁーい……それじゃあ戻りましょうか、行馬さん」

「お、おう……マリア、後は頼むぞ」

 なんとか立ち上がった行馬は、頭のコブをさすりながらジープへと乗り込む。

 普通は部下に運転させるものだったが、シーネに運転できそうなイメージがなかったので、行馬は自分がハンドルを握った。シーネは少し躊躇ってから、助手席に乗り込んでシートベルトに手をかける。

「よろしくお願いします、行馬さん」

「日が沈みかけだから、少し飛ばすぞ。シートベルトはしっかり締めていろ」

 言うが早いが、行馬はアクセルを思い切り踏み込んで山間の悪路を駆け抜ける。

 こういった起伏の激しい地形こそ装甲機の出番なのだが、あの《影式》を動かすわけにもいかない。夜闇に道が隠れる前にと、行馬は恐ろしい速度でジープを走らせた。

「そういえばシーネ、気になっていたことが一つあったんだが」

「ななな、なんですか?」

 あまりの速さにガクガクブルブルと震えながら、シーネが尋ね返す。

 行馬は急角度でハンドルを切り返しつつ、少し前に気づいた疑問を彼女へとぶつけた。

「シーネは俺のことを、今回の配属前から知っていたんじゃないのか?」

「……どうして、そう思ったんですか?」

「最初に会った時、自己紹介の前に名前を呼ばれたからだ」

 行馬は甲板での初顔合わせを思い出す。

 あの時はまだ、艦長も誰が配属されてきたのか分かっていないような状態だった。直後の艦内放送が、個人名や部隊名で呼ばれなかったのがその証拠だ。

 なのにシーネは、行馬の名前を最初から知っていた。『歩く負けフラグ』ではなく、『七道行馬』を知っていた。行馬の方に覚えはないが、以前に面識があったと考えるのが妥当だろう。

 シーネはしばし黙っていたが、道が急勾配に差し掛かり、車の速度が落ちたところで口を開いた。

「ええ。私は行馬さんのことを以前から知っていました。直接会ったのは、今回が初めてですけど」

 真面目な表情で、彼女は行馬の横顔を見る。

「でも、声は聞いたことがありました。ラビヤーナ砂漠攻防戦よりも、もっと前……名前もない小さな砦の防衛戦で、私は行馬さんに命を助けられたんです」

「あ、そうなのか? 俺は全然覚えてないんだが……すまん」

「いえ、謝られることじゃないです。あの時の行馬さんには、私個人を認識する手段なんてありませんでしたから」

 シーネはゆっくりと、過去を懐かしむように語り出した。

 それは二年前、行馬とベルンハルトがまだユーラシア大陸方面軍にいた時のことだった。

「あの時、撤退戦での連携が上手く行かなかった私たちの部隊は、連合軍の追撃に押し切られて捕虜になっていました。辺境の土地でしたので捕虜協定も無視され、私たちは殺されるか、もっと酷い目に遭うか……そのどちらかになっていたはずでした」

「……思い出した。中国の端にあったド田舎渓谷での撤退戦だな?」

「はい。味方が戻ってくるはずもなく、私は生きることを諦めていました。そして殺されるよりはと、隠し持っていた薬で自害する寸前まで行きました」

 だがそこへ、行馬たちが戻ってきた。

 装甲機が通れば崩れるような谷間の細道を、彼らは慎重極まる行軍で踏破してきた。たった二機だけで引き返してきた行馬とベルンハルトは不意打ちで装甲機を沈め、歩兵を制圧して捕虜を解放。少数であるが故の隠密性を活かし、渓谷の間を這うようにして、どうにか全員を生還させることに成功した。

 あれもしんどい逃避行だったなと回想しつつ、行馬は記憶を蘇らせる。

「そういえば、誰かにしつこく名前を聞かれたような記憶がほんのりとあるな……」

「私ですね、それ。まだ新兵だった私は、あの時の行馬さんたちが本当に頼もしく見えたんです。それ以来ずっと、私は行馬さんみたいになりたいと思って戦ってきたんですよ」

「……俺たちみたいになっても、得はないと思うがな」

 行馬は照れ隠しに窓の外を見て、アクセルを踏み抜く。

 だがその時、車はちょうど下り道に差し掛かっていた。

 エンジン全開となったジープは、一気に坂を駆け下りていく。時速百キロは出ていようかというスピードだ。悪路なので、車体の上下動も凄まじい。ジェットコースターなど問題にならない恐怖に、シーネは特大の悲鳴を上げた。

「うきゃあああああああ!? 止めて止めて止めて止めてくださいいいぃぃ!」

「やべ、ちょ、っと!」

 行馬は巧みに速度を殺しながら、徐々にブレーキを踏み込んでいく。

 つられてパニック状態に陥らないのは、さすがに歴戦の猛者というところか。急停止すれば車ごとひっくり返った可能性もあるところを、行馬は辛うじて乗り切った。なんとか最悪の事態を避けた彼は、ジープを坂道の途中で停止させた。

「あ、あぶねぇ……」

 ダラダラと脂汗を流す行馬の横で、シーネは涙を浮かべていた。

「本当ですよぉ……ぐすっ。折角、ちょっといい話をしていたのに……ううぅ」

「わ、悪かった。ここからは安全運転で行くから許してくれ」

「約束ですよ? 絶対ですよ? 今度やったら、口をききませんからね」

 頬を膨らませるシーネに、行馬は首をコクコクと縦に振った。

 そろそろとアクセルを踏み込み、行馬は話を続ける。

「えっと……それで、望みは叶えられたか?」

「はい。今日、叶いました」

 ゆっくりと進む車両に安堵して、シーネは行馬の顔を見た。

 沈む太陽の赤さに染まりながら、彼女は朱色の唇から言葉を紡ぐ。

「今までは、信頼できる仲間がいませんでした。でも今日、私は背中を預けても大丈夫な人たちと仲間になれました。だから、今なら何でもできる気がします」

 ふわり、と。

 花のように微笑むシーネは、とても可愛らしかった。

 先程とは別の意味で照れ、行馬は彼女から目をそらす。そんな彼の行動がおかしかったのか、シーネは鈴の音よりも涼しげな声で笑った。

(随分と明るくなった気がするな……艦長には感謝しておこう)

 行馬はアクセルを踏みたい衝動をこらえ、人格者の上司に思いを馳せる。

 シーネが言う仲間とは、行馬たちのことだけではないだろう。

 行馬たち『負けフラグ』に対する先入観が薄れたせいか、シルバーエッジの乗組員たちはシーネに対する態度をも変化させていた。彼女がテイル小隊の一員になっていることも功を奏したのかもしれない。彼らは色眼鏡を使うことなく、シーネを一人の仲間として認識し始めていた。

 夕焼けに照らされたシルバーエッジが、彼方に姿を見せ始める。

 あの艦はもはや行馬の――そしてシーネの居場所だ。無事に帰れば仲間が喜んで出迎えてくれる、そんな当たり前で、しかし得難い『家』だった。

 行馬はハンドルを握る手に力を込めた。

「なら、今度は得たものを守らないといけないな」

「はい。必ず、勝って帰りましょう。私たちは死神でも、貧乏神でもないのですから」

 力強く、シーネも頷く。

 決戦の時は、すぐそこにまで迫ってきていた。

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