第2話 遭遇戦

 談笑しながら進むこと、十数分。

 行馬とシーネはようやく、装甲機用格納庫へとたどり着いていた。

 広大な空間にはクレーンやら電源車やらが並んでおり、無骨な工場といった趣きを見せている。行き交う兵士も、作業用の服装をした者がほとんどだ。時折、金属同士が衝突する音や、それを掻き消す整備兵長の怒号などが聞こえてきた。

 行馬たちが運んできた装甲機は、すでに整備が始まっていた。

《影式》が一機、第二世代のBランクに位置する《ブレイザーⅢ》が一機。どちらも装甲を剥がされ、内部の骨格系が露出した状態となっている。こうして見ると、危険極まりない兵器である装甲機も、精密機械の一種なのだと実感できた。

 オイルと油の臭いを感じながら、行馬は口元を綻ばせた。

「早速やってるみたいだな。かなりガタがきていたから助かる」

「この二機が終わったら、上の《影式》も整備するみたいです。予備の部品はありますから、パーツごと入れ替えしても問題は――」

「おお、行馬! やっと来やがったか、この野郎!」

 シーネの言葉を遮って、聞き慣れた大声が行馬の鼓膜を襲撃した。

 続いて、背中に強烈な衝撃が走る。張り手をされたのだと気付いた時にはすでに、行馬の体は前方に向かって泳いでいた。危うく転びかける行馬の体を、隣のシーネが慌てて支える。

「げ、げほっごほっ」

「大丈夫ですか、行馬さん!?」

「ああ、なんとか……」

 一瞬、胃の中のものが出そうになったが、行馬はどうにか耐えた。

 犯人は分かっている。こんなことができる馬鹿力は、自分の知る限り一人しかいない。行馬は後ろを振り返り、そこに立っているであろう相手へとジト目を向けた。

「いきなり叩くなっつってんだろ、ベルンハルト。お前の馬鹿力だと、そのうち死人が出るぞ」

「軽くだからいいじゃねえか。鍛え方が足りないぜ、行馬」

 ガハハ、と豪快に笑って、ベルンハルトは行馬の苦情を受け流した。

 甲板の時のように、誰かが私怨から嫌がらせをしてきたと思ったのだろう。シーネは硬い表情で身構えていたが、行馬とベルンハルトが知り合いらしいと判断すると、大きく息を吐いて肩の力を抜いた。

 行馬はシーネを庇うように前に出て、相棒ベルンハルトに抗議する。

「ほら見ろ。お前のせいで彼女が怯えてるじゃないか」

「い、いえ! そんなことはないです! ただ、ちょっと驚いてしまっただけで……」

「あー、そうなのか? そりゃあ悪いことしたな」

 短く刈り込んだ髪をかき、ベルンハルトは素直に謝罪した。がさつで粗暴な男だが、悪い奴ではないのだ。できればその素直さを、行馬に対しても発揮してもらいたいところではあったが。

 行馬は周囲を見回して、残り二人の仲間を探す。

「マリアと教授はどこに行った? まさか、もう問題を起こしてるんじゃないだろうな」

「あいつらなら、もうすぐ戻ってくるんじゃねえか? ほら」

「あ、隊長。もう来てたんだ」

 噂をすれば、ということか。近くにあった重機の影から、眼鏡をかけた気弱そうな中年男性と、体重と胴回りが三桁はありそうな太ましい女性が姿を現した。

 教授とマリアだ。技術士官と共に機体状態のチェックでもしていたのか、手には何枚かの書類とデータ端末を持っている。戦闘にしか興味がないベルンハルトと違い、彼らは基本的に職務を真面目にこなすので、事務処理の面では非常に頼りになった。

 分厚いまぶたを大儀そうに上下させ、マリアが重い体を震わせる。

「機体データの受け渡しはやっておいたわよ。この艦、部品のスペアだけは大量にあるから、要整備箇所は全部直せそうね。弾薬の補充も十分だし、次の出撃は万全の状態で行けそうよ」

「僕としては、その機会が永遠に来ないことを願うけどね。……ところで行馬。君の影に隠れているその子は誰だい? もしかして、ナンパでもしてきたのかな?」

 マリアとは対照的に、ひょろ長い体をした男性――教授ことベーコン・ライン軍曹が眼鏡の位置を直しながら尋ねてくる。

 行馬は自らの体を横にどけ、シーネの背中をそっと押した。

「彼女はシーネ・ヴァルセル少尉。今回、俺たちと合同で作戦を行うことになる。シーネ、こいつらは俺が統括するテイル小隊の連中だ」

「あ、えっと、よろしくお願いします」

 ぺこり、と頭を下げて、シーネは謙虚に挨拶をする。

 ベルンハルトは「おう」と威勢良く応えたが、教授とマリアは驚いたような顔で口を半開きにしていた。恐らく、シーネの素性を知っているのだろう。それでも彼らは、すぐにいつもどおりの飄々ひょうひょうとした顔に戻り、新たな仲間のことを歓迎した。

「なるほど。君も結構なわけありの人ってわけだ。よろしく頼むよ」

「色々あるでしょうけど、気にしないことよ。なにしろこの部隊の連中は、ろくでもない奴しかいないからね。あんたの経歴なんて、すぐに霞んじゃうわよ」

「そ、そうなんですか?」

 三人と順番に握手をしながら、シーネは首を傾げる。見た目からでは、いまいち実感が湧かないのだろう。

「ああ。ベルンハルトは命令無視上等の戦闘狂だし、マリアは連合軍からの亡命者だ。おまけに教授はロリコンだし、とんでもない部隊だぞ、ここは」

「ちょ、ちょっと隊長!? 僕だけ妙に端折はしょられてないかい!?」

 教授ロリコンは情けない声で行馬へと泣きついた。

 彼はネットワーク技術やハッキングに深い造詣を持ち、その手の学校で教授職に就いていた。だが、その腕を買われて軍に招聘しょうへいされた結果、子供と触れ合う機会が激減して持病のロリコンをこじらせ、あろうことか軍のサーバー機を使ってロリ動画サイトにアクセスしてしまった。

 そうして軍の内部にウィルスを蔓延させたベーコンは左遷させんされ、この部隊に追いやられたというわけだ。そんな彼を、行馬たちは面白がって『教授』と呼んでいる。

「本当のことだから良いじゃないか。それとも、詳しく全部教えた方がいいか?」

「それはもっと勘弁してくれ!」

「シーネちゃんも気を付けなさい。このムッツリは意外とアクティブだから、手を出してくるかもしれないわよ」

「だーかーらー! マリアさんまで僕を犯罪者扱いするのは止めてくれよ! そもそも、彼女は十八歳かそこらだろう!? 僕は年齢二桁未満の子にしか興味がないんだ!」

「うわあ……」

 分かってはいたが、改めて言われるとドン引きする。

 物理的にも精神的にも教授から距離を取る三人だったが、その横でシーネはぽつりと、神妙な表情で呟いた。

「……私、やっぱりそのくらいの年齢に見えますよね」

「え、違うのか?」

「はい」

 まさか、もっと年下なのか。本当に学生だったりするのか。そんな年齢の者を徴用しなければならないほど、機構軍は人材難に陥っているのか。

 戦慄する行馬たちとウキウキする教授を前に、シーネは諦念を交えた溜息と共に真実を告げた。

「……これでも、私は二十歳です。成人です。大人です。大学は飛び級したので、戦場には二年ほど出ていることになります」

『うそぉっ!?』

 その場にいる全員が驚愕に目を見開いた。

「え、ちょ、マジで? 俺も十代だと思ってたんだけど……」

「おいおいおい、童顔すぎじゃねえのか? 成人してるようには見えねえぞ」

「よく言われます。装甲機の操縦資格を取る時も、機構軍への入隊の時も、何度も年齢確認をさせられましたし……」

 シーネは落ち込んだように目を伏せる。

 だが、この外見であれば無理のないことだと言えた。不法移民やら罪人やらが名前も年齢も詐称して入隊希望の列に並ぶことなど、軍では珍しくもない。装甲機の操縦者ともなれば、徹底した身元調査が行われるのは自然なことだ。

「凄いわねえ。でも、若く見られるのは良いことよ。特に、女性にとってはね」

 肩を落とすシーネを、マリアが慰める。

 彼女の貫禄とシーネの幼い風貌が相まって、まるで親子のようだと行馬は思った。言うと殴られそうなので、口には出さなかったが。

 そうこうして皆がおおよそお互いの紹介を終えたところで、不意に艦内放送が響き渡った。

『艦内の陸戦要員に告ぐ。乗艦手続きが終わり次第、戦略分析室ブリーフィングルームまで集合せよ。繰り返す。艦内の陸戦要員に告ぐ。乗艦手続きが――』

 繰り返された後半は、重機の奏でる騒音によってよく聞こえなかった。手を止めて耳を澄ませていた整備兵たちが、自分に関係のない話だと判断し、迅速に作業を再開したからだ。

 行馬たちは顔を見合わせ、お互いのことを指差した。

「……俺らのことだよな?」

「はい、おそらく。この艦にはまだ、他に戦闘要員がいませんから」

「乗艦手続きって言ってる時点で私たち以外にいないでしょうね。ほら、とっとと行くわよ、アンタたち。場所は分かってるから、ついておいで」

 へーい、とやる気なさげな声を出し、隊の全員がマリアに続いて格納庫を出る。

(だが……妙だな)

 最後尾を歩きながら、行馬は首を傾げた。

 わざわざ艦内放送で呼ぶということは、艦長もまだ誰が乗船してきたか、正確に把握していないということだ。随分とお粗末な管理体制である。わずか六日で急造された部隊なので無理もないのだが、行馬はどこか妙な違和感を覚えていた。

 まあ、いい。今は会議室へ急ぐとしよう。

 十分ほどで、行馬たちは戦略分析室へとたどり着いた。

 といっても、同クラスの戦艦に備え付けられているような立派なものではない。備蓄庫を急遽きゅうきょ改造したような、無骨極まる造りの部屋だ。後で聞いたところによると、本来の戦略会議室は床の一部が抜け落ちているため、使用禁止になっているとのことだった。

「道中ご苦労だった、テイル小隊の諸君。まずは君たちの迅速な合流に感謝する」

 定員十五人ほどの部屋で椅子に腰掛けた行馬たちを、壇上に立つ男が見渡す。

 白い顎髭あごひげを生やした、老年の白人男性だ。口元に柔和な笑みを湛えており、一見すると好々爺こうこうやのように思えるが、その瞳には深い知性と確固たる信念が宿っている。

 ロー・バイデル少佐。戦艦シルバーエッジの艦長にして、行馬たちの上官となる人物だ。

 彼は一同に配ったものと同じ資料を手に持ち、顎髭を撫でながら続けた。

「早速だが、今回の任務について詳しく説明する。各自、資料を見ながら聞いてくれたまえ」

「わざわざ艦長が説明をするなんて、俺たちは随分と歓迎されているみたいですね」

 心にもない台詞をぬけぬけと言い放つ行馬。

 ロー少佐も皮肉だということは理解しているようで、わざとらしく肩をすくめて見せた。

「そのとおり……と言いたいところだが、残念ながらただの人手不足だ。なにしろ、実働部隊の長すらいない有様でね。小隊長である行馬中尉には今後、その役割を担ってもらうことになる」

 やっぱりな、といった表情で行馬とベルンハルトは顔を見合わせる。元々、『歩く負けフラグ』である自分が歓迎されるなどとは期待していなかった。

 艦長は手元の資料をめくり、

「今回、テイル小隊にはシーネ・ヴァルセル少尉を加えた五人編成で作戦を行ってもらう。やや変則的になるが、いつものことと諦めて欲しい」

「嫌だと言ったら?」

「同じことを言うことになるな。もっとも、今度は命令として、だが」

 試すようなベルンハルトの挑発に、ロー少佐は穏やかな、しかし譲らぬ意志を秘めた笑みで返した。

 どうやら、今度の上官はなかなかの大物であるらしい。

 こういう風に部下から挑発された場合の対処は難しい。下手に怒れば反発を招くし、迎合すれば舐められるからだ。ことを荒げず、だが一線は決して超えないように対処するのは非常に困難なことだった。

 その点、ロー少佐の対応はほぼ満点に近い。

 上官の器をはかろうと目論んでいたベルンハルトも、少佐の切り返しには満足したようだった。戦闘狂はごつい肩をすくめて、素直に了解の意を示す。今回は相棒の独断専行を見なくて済みそうだなと、行馬は内心で安堵の息をついた。

 少佐は「ならばよい」と鷹揚おうように頷いて、話を先に進めた。

「さて、我々に与えられた作戦だが……実をいえば、さほど難しいものではない」

 ロー少佐はスクリーンパネルに表示された地図をポインタで示した。

「先のラビヤーナ砂漠攻防戦で、我ら機構軍の戦力は大きく削られた。しかし我々は、一度負けたからといって素直にこの地を明け渡すわけにはいかない。ここには大量のアダマントが眠っているからだ」

「西方面軍全体の補給に関わってくるわけですね」

「そうだ。故に機構軍は二週間後、総力を結集して、この地域で最大のアダマント採掘拠点が存在するラビヤーナ砂漠南西部へと奇襲をかけ、これを奪還する」

 地図上の光点が、シルバーエッジの位置する現在地から大きく離れた場所を示した。

 首をかしげたシーネが、律儀に挙手をしてから質問する。

「何故、そんなに間を空けるんですか? 私たちが敗戦からたった六日で再編成されたのは、勝利に油断している敵を急襲するためだと思ったのですが」

「良い質問だ」

 ロー少佐曰く、今回の作戦はそこが肝なのだという。

 先日の敗戦で戦力を大きく低下させている機構軍では、敵と正面からぶつかり合うことはできない。

 そこで必要となるのは、敵戦力を分散させるための囮だ。

 囮となる別働隊は敵本隊の居座るラビヤーナ砂漠を迂回うかいして、後方に存在する補給拠点を攻撃。敵が補給路を守るべく援軍を出した隙を見計らい、機構軍本隊がラビヤーナ砂漠へと急襲をかけ、アダマント採掘基地を奪還する。

 これが、司令部の立案した作戦であった。

「敵は勝利したことでラビヤーナ砂漠を支配できたが、同時に戦線が伸びたことで、補給は困難になっている。そこで我々は、補給の要である連合軍のフェザン基地を攻め、圧力をかけていく。罠かも知れないと分かっていても、敵は増援を出さざるを得ないだろう」

「なるほど。砂漠のど真ん中で孤立無援になっちゃたまらないもんな」

「しかしロー少佐。我々と言いましたが、このシルバーエッジ単独で攻めるわけですか? それはいくらなんでも無謀なのでは?」

 顔を不安の色に染めた教授の質問へと、艦長は柔和な笑みで応えた。

「それについては心配ない。あと数時間で、同級の甲母艦こうぼかんブラックバッカラが合流するはずだ。装甲機を十機保有しており、これによって大隊規模での作戦行動が可能となる」

 ロー少佐は一同に資料をめくるように促した。

 そこにはブラックバッカラの詳細な保有戦力が記されていた。艦の規模は行馬たちと同程度だが、人員や兵装はあちらが上のようだ。おそらく、シルバーエッジの人員不足も、ブラックバッカラからの補充で乗り切るつもりだろう。

 ロー少佐はスクリーンパネルを気象図に切り替える。

「観測部からの報告によると、このフェザン地方には最低でも二週間以上、磁流層の活性化が起こるそうだ。敵の衛星観測が機能不全に陥るこの期間に、我々は敵拠点へとちょっかいをかけることになる」

 磁流層とは、アダマント隕石の落下によって発生した、強烈な磁場を持つ気流層のことだ。

 この中では電子機器の動きが阻害されるため、航空機の飛行が制限される。さらに、これが活性化した場合は電波と光を複雑に屈曲させるため、GPSや偵察衛星を完全に無力化してしまう。

 つまり二週間という期間は、敵の戦力誘導に必要な時間であると同時に、行馬たちが姿を隠したまま動き回れる限界時間でもあるということだ。

「ようするに、『本来は別働隊を組織して陽動をかけるべきだけど、兵力が足りてないから磁流層の動きに便乗して二隻だけで突っ込んでね』ってことか」

「なかなかシビアだねえ。二発しか銃弾が入ってないガトリングガンを持って、銀行強盗するようなものだ。バレたら一巻の終わりだね」

 教授の身も蓋もないたとえに、ロー少佐は苦笑して同意した。

「そうだ。しかもこの戦力では、敵が本気で迎撃してきたら逃げに徹するしかない。先遣部隊の強行偵察であると臭わせつつ、全力の反攻をさせないという、微妙な距離感を保った攻撃を行わねばならないのだよ」

「きつい注文ね。ま、やるしかないんでしょうけど」

 うんざりした様子のマリアの言葉に、全員が頷いた。決定された作戦に、兵士が異議を挟むことはできない。できるのは、愚痴をこぼすことくらいだ。

 だが、行馬の横で資料を流し読みしていたベルンハルトは、ロー少佐に向かってぞんざいな口調で疑問を呈した。

「少佐、確かに俺たちは寡兵だが、戦力不足ってのは本当なのか? 資料の最後、シルバーエッジ搭載装甲機の欄には面白い名前が載っているけどな」

「なんだと?」

 行馬も急いでページをめくり、ベルンハルトの言う項目を探す。

 そこには現在、シルバーエッジの保有戦力が記載されていた。第二世代A級の《影式》が三機、B級の《ブレイザーⅢ》が一機、C級の《コボルド》が一機。そして――

「第三世代のS級装甲機だと……!?」

 意外すぎる名前を見つけ、行馬は当惑の声を上げた。

《テュポーン》。

 第三世代に属する最新鋭機であり、その中でもごく一部にしか与えられないS級装甲機の栄誉を持つ機体である。出力は《影式》を軽く超え、武装も専用のものを持つ。資料によれば、荷電粒子砲――先日の戦場で行馬たちを救った、あの超破壊力を誇る兵器まで持っているようだ。冗談ではなく、一機で戦況を変えうる化物である。

「ああ、それか……」

 ロー少佐は眉間に厳しいシワを寄せ、重い息を吐いた。

「確かに、あるにはある。だが使えない」

「何故ですか? 反応導体は十分な量があるはずですが」

「外部の要因ではない。機体の問題だ。その装甲機は、先日の戦いで下半身を喪失している」

 スクリーンパネルが切り替わり、格納庫に収められた《テュポーン》の姿が映し出される。

 丸みを帯びた、重厚な機体だ。《影式》と比べて各部の装甲が三割以上は増強されている。あちらが侍なら、こちらは相撲取りといったところか。威圧感のある姿だったが、下半身は完全に撤去されており、上半身だけが格納庫に横たえられていた。

 若干情けない映像に、一同は微妙な表情になった。

「……それ、実戦で使うことは」

「無理でしょうね。《テュポーン》の出力は凄まじいものですが、それ故に土台は相応の頑強さを要求されます。他の機体の部品を回しても、動くことはできないでしょう」

 行馬の疑問には、シーネが答えた。

「そうなのか?」

「はい。あの機体に乗っていたのは私ですので、機体特性は良く知っています」

 壊しちゃいましたけどね、とシーネは苦笑した。

 装甲機にとって、下半身は重要な役割を持つ。

 二本の足で装甲機の重量を支えるには、力場制御による補助が不可欠となる。その機構が集中しているのが下半身部分だ。これがなくては、装甲機は自重を支えることすら覚束なくなる。足のない装甲機は、戦車にも劣る欠陥兵器だ。

 艦長はスクリーンパネルを手の甲で叩き、

「上半身の補修は間に合ったが、下半身は部品が足りなかったようだ。戦力として数えることはできないな」

「なんとか補充できなかったんですか? 足は飾りじゃないんですよ?」

「偉い人にはそれが分からんのだよ」

 彼には彼なりの苦労があるのだろう。ロー少佐は皮肉げに肩をすくめてみせた。

 その時、艦内に鋭い警報が響き渡った。

何事なにごとだ」

 艦内電話機を素早く取り、ロー少佐は艦橋へと連絡をする。

 二言、三言を交わすと、彼の表情は途端に険しいものへと変わっていった。少佐は手短に通話を終えると、勢いよく行馬たちへと振り返った。

「緊急事態だ。君たちは至急、出撃準備を整えてくれ」

「何があったんですか?」

 行馬の問いに、少佐は一言だけ告げた。

「敵だ」



 シルバーエッジの甲板では、多くの兵士が慌ただしく動いていた。

 彼らは空きスペースに待機させていた《影式》の係留措置を解除し、邪魔な機材をどけていく。整備隊長が怒鳴り声で矢継ぎ早に指示を飛ばし、作業に駆り出された他部署の兵たちは、慣れない作業に悪戦苦闘しながらも着実に己の責務を果たしていった。

 行馬は《影式》の操縦席に座り、起動のための手順を進めながら、外部スピーカーを使って整備隊長に問いかける。

「反応導体の活性度はどの程度残っている?」

『四割だ! この距離なら十分持つが、飛行は極力抑えてくれ!』

「了解した。準備できている武装は?」

『38ミリ突撃銃アサルトライフルだけだ! 弾数は2000! 固定武装は腕部と脚部の収納刃、腕部ワイヤーガンだけ使える! あと閃光手榴弾の余りが一つだけ、腰部ラックにつけてある!』

「それだけかよ……くそっ、これだから緊急発進は嫌なんだ」

 怒号に近いやり取りを交わしつつも、行馬は全ての起動手順を完了。最後に機体のチェックを手早く行う。

 動力、火器管制、センサーに異常なし。ロックは解除。推力上昇値は予定どおり。

 全て問題なし。いつでも発進できる。

『こちら艦長のローだ。二人とも、準備はどうだ』

「もう行ける。整備班の退避が完了次第、出撃する」

『よし。ではその前に、再度状況の確認をしておく』

 老年の司令官の落ち着き払った声と共に、モニタに周辺地図が表示された。

 その一カ所を、味方を示す青い光点がかなりの速度で移動している。やや後ろには、正体不明アンノウンを意味する黄色の光点が五個。こちらはまず間違いなく、敵だろう。

『先程、本艦より三時の方向に高速で移動する物体が認められた。数は六。うち一つは、識別信号からしてブラックバッカラ所属の装甲機と思われる。七道行馬中尉とシーネ・ヴァルセル少尉は《影式》にて出撃し、これを保護せよ』

「了解。残り五機はやっぱり敵ですかね」

『味方でない以上、そうだろうな。保護対象と交信できないのも、それらが至近距離から電波妨害ジャミングを行っているせいだろう』

「まあ、そうなりますよね……」

 しかし、疑問は残る。

 ここはまだ連合軍の拠点から遠い。むしろ機構軍の支配圏に近い位置だ。どうして敵がいて、しかも甲母艦搭載の装甲機が逃げているのか。考えても、理由は思いつかない。

 艦長も同様らしく、彼は行馬の疑問にかぶりを振った。

『理由は分からん。だが、その手掛かりは対象が持っているものと思われる。今後の作戦展開にも関わってくることだ。必ず対象を保護してくれ』

『他の装甲機が出撃可能になるまでの時間は分かりますか?』

 同じように甲板上の《影式》に搭乗しているシーネが問いかける。

『それも不明だ。なにしろ、すでに整備を始めてしまっていたのでな。生体認証の関係もあり、戦えるのは君たちだけだ。増援はないものと思って行動してもらいたい』

「ですよねー」

 予想どおりの答えに、行馬は乾いた笑いを漏らす。

 だが、艦長を責めることはできない。ここは自軍の影響下にあり、本来は安全圏のはずだ。そして敵は大攻勢直後で、部隊再編のために時間を費やしている可能性が高い。侵攻に打って出るような余裕は、存在しないはずなのだ。

 だが、現実に敵は来ている。ならば、戦いは避けられない。

『テイル1、テイル5、準備はできたぞ!』

 眼下で怒鳴る整備隊長の声を、集音マイクが拾ってくる。

 その報告はロー少佐にも行っているのだろう。彼は二人からの質問がないことを確認すると、出撃命令を下した。

『私からは以上だ。無事の帰還を祈る』

「了解。最善を尽くします」

 行馬が頷くと、退避警告のサイレンが甲板に鳴り響く。

 現場に残っていた数人の整備兵は、その音を聞いて蜘蛛の子を散らすように《影式》から離れていった。彼らが完全に退避したことを確認し、行馬は《影式》を立ち上がらせる。

「さーて……それじゃ、鬼退治に行ってくるとするか!」

 掛け声と共に、前進。艦に負担をかけないよう慎重に、しかし素早く歩いて、甲板の上から飛び降りる。

 人間で言えば二、三メートルの高さから飛び降りたようなものだったが、着地の衝撃はほとんどなかった。瞬間的に大出力の力場が生成され、装甲機の重量を擬似的に軽減したのだ。アダマントがもたらした力場制御技術がなければ、こんな芸当は不可能だっただろう。

 一拍おいて、すぐ隣に群青の《影式》が着地する。

 シーネが乗る機体だ。行馬は「ついてこい」と手で合図をすると、いまだ何者かから逃げ続けている青い光点目掛けて疾走を開始した。

「まさか、合流から一時間もしないうちに戦闘になるとは思わなかったな」

『そうですね。上手く連携できるでしょうか……』

 不安を滲ませて、シーネが自問する。

 装甲機という高価な兵器に乗っている以上、行馬もシーネも標準以上の技量は持っている。通常の作戦に従事するなら、初対面の相手でもそれなりの連携はできるだろう。

 だが、今回は突発的な出撃だ。敵がどれだけいるのか、保護対象がどのような状態かも分からない。現場で判断しなければいけない事柄は多く、お互いの呼吸を把握していなければ、最悪の事態を招きかねない。

 それは行馬も分かっていたが、まあ何とかなるだろうと彼は思っていた。

「シーネ、あのS級機体……《テュポーン》には、いつまで乗っていた?」

『えっ? えっと、六日前のラビヤーナ攻防戦まで、ですけど……』

「そうか。じゃあ、撤退間際に荷電粒子砲をぶっ放したのもシーネか」

 際どいところで紅の死神を退けた一撃を思い出す。

 後日、あの砲撃の軌跡を見た時、行馬は心の底から驚いた。おおよそ五キロ先から放たれた一撃は友軍にほとんど損害を与えず、逆に敵軍の密集している箇所をことごとく貫いていたのだ。

 敗走の最中にある混沌とした戦場で、これだけ精密な一撃を放てるとは。

 計算して撃ったのだとしたら、とんでもない技量の持ち主だ。狙撃手としては、今まで行馬が見てきた中でも随一の腕に違いない。そう思って、行馬はまだ見ぬ操縦者に畏敬の念を抱いたものだ。

(まさか、学生と見間違うような可愛らしい相手だとは思わなかったが……)

 てっきり、渋いおっさんかと思っていた。現実とは分からないものだ。

『あっ、あの! 私は、そこまで期待していただくほどの腕前ではないですよ? 射撃は得意ですけど、あの時のような真似をもう一度するのは無理というか……』

 行馬が言わんとしたことを察したのか、シーネは慌てたような声を出した。

 過度な期待は抱かないでくれということか。だが、それは謙遜が過ぎるというものだ。あんな針の穴を通すような射撃……いや、『狙撃』は、偶然や幸運を頼んでできるものではない。彼女には間違いなく、行馬が期待するだけの技量が備わっている。

 行馬は詰問調にならないよう、言葉を選びながら返した。

「そうかな? 自信がなければ、味方を巻き込みかねない位置から大砲を撃つことなんてできないと思うんだが……違うかな?」

『うっ……』

「味方に被害を出しても良い、って考えて撃ったわけじゃないんだろう? シーネはその分別がつけられる奴だと、俺は思っている。だろ?」

『そ、それは、そうですけど……』

 シーネは煮え切らず、もごもごと口ごもる。

 どうも、彼女は自己評価が低いようだ。親の負い目があるからだろうか。もっと自信を持って良いと思うのだが。

 行馬はシーネの固さを取り除くべく、軽い調子で続けた。

「ま、それでもいいさ。得意分野とその精度が分かっていれば、俺の方で大体合わせられる。大船に乗ったつもりでいてくれ」

『す、すみません……お願いします』

「ああ、任せろ」

 気休めではなく、行馬は頷く。

 シーネには自分の腕に対する驕りがない。こちらが上手く誘導してやれば、上手く連携ができるはずだ。ベルンハルトのような問題児と長年組んできた行馬には、その手の経験値が無駄に溜まっていた。

『こちらシルバーエッジ。テイル小隊は最終合流地点をポイントE《エコー》に変更せよ。接敵まではおよそ300セコンド

「了解。ジャミングの影響は、まだないようだな」

『だが、じきに通信も難しくなるだろう。暗号化しているとはいえ、位置を悟られる危険性もある。以降、本艦からの通信は封鎖する』

 行馬が了解、と答えると、船からの通信は回線ごと閉ざされた。

 追跡している敵にシルバーエッジの位置を悟られないよう、行馬たちは艦から離れた場所で逃走機と合流する手はずになっていた。事前に決めてあったいくつかの地点のうち、二番目に近い場所が白く光ってメインモニタに映し出される。行馬たちは進路を微調整し、目的地へと急いだ。

『起伏が少ない土地なのは助かりますね。思ったよりも早く合流できそうです』

「ああ。だが、戦闘になると厳しそうだな」

 周囲を見回し、行馬は苦い顔をする。

 この地方は荒野が広がっており、遮蔽物となるようなものがほどんとない。辛うじて岩場や低木がある程度で、身を隠せる場所など見当たらなかった。数に勝る敵と交戦しなければならない場合、非常に不利な戦いをいられることだろう。

 厄介な戦闘になる。

 そう行馬が確信した時、通信機からノイズと共に乱れた音声が聞こえてきた。

『……ッジ、応答してくれ、シルバーエッジ! くそっ、駄目か……! 連中のジャミングさえなければ!』

 切迫した女性の声。

 間違いない。ブラックバッカラ所属の装甲機だ。シルバーエッジの名前を知っているのが、何よりの証拠である。

 行馬は素早く回線を調整すると、彼女に向かって呼びかけた。

「こちらシルバーエッジ所属、テイル小隊長のテイル1だ。お姫様の救出に来た。誘導に従って進め!」

『……そうか! こちらハウンド3、白馬の騎士に感謝する! だが気を付けろ! 追ってきている敵は五機、うち二機は《ストゥム》、三機は無人機ドローン――《砲台》だ!』

「やっぱりそう来るか……」

 予想どおりの組み合わせに、行馬は小さく呻いた。

 連合軍の《ストゥム》は、白熊のような姿をした標準的な装甲機だ。こちらの基準に合わせると第二世代のB級といったところになる。《影式》よりもやや性能は劣るが、決して圧倒的な差があるわけではない。

 加えて、敵には無人機もついている。

 無人機はその名のとおり、AIによる無人操縦で動く装甲機だ。人間よりも遙かに素早く確実な動作で、敵性存在の排除を行う。複雑な作業や柔軟な判断は苦手だが、プログラミングされた動きに限っては、並みの兵士を凌駕する性能を持っている。

 機構軍も無人機の研究は行っているが、いまだ実用化には至っていない。

 現在のところ、無人機は連合軍の専売特許だ。死を恐れず、ただ命令に従って粛々しゅくしゅくと進む死の軍勢は、行馬たち機構軍の兵士にとって非常に厄介な相手だった。

『反応、捉えました。行馬さん、来ます!』

 緊迫感を帯びたシーネの声が響き渡る。

 同時に、行馬もそれを目にしていた。

 地平線の彼方から、猛スピードで一体の装甲機がこちらへと駆けてくる。

 機構軍の《ブレイザーⅢ》。先程の女性兵士の機体だろう。

 その後ろには、獲物を追う猟犬のごとく合計五機の装甲機が追従している。うち二機はずんぐりした白熊のような機体――《ストゥム》だ。一機は電子戦仕様なのか、頭部が大きい。《影式》と比べて一回り太いシルエットは、人型と呼ぶにはいさかか不格好だった。

 だが、残りの三機はさらに人型から離れた姿をしていた。

 下半身こそ《ストゥム》と同じものだが、その上半身は丸ごとガトリング砲に置き換えられていた。胴体部分は弾薬庫になり、頭部は可動式の巨大な砲身となっている。

 機構軍が《砲台》と呼ぶ無人機である。

 正式名称もあるにはあるが、長い上に間違えやすいので、ほとんどの人間はこちらの名前で呼んでいる。平地での火力を追求した機体で、いわば移動砲台の究極形だ。厄介な地形で厄介な奴が出た、と行馬は小さく舌打ちした。

『敵機、減速しましたが、撤退の様子はありません。交戦するつもりのようですね』

「こんな見通しの良い場所じゃ、伏兵を警戒する必要もない。三対五なら勝てると思っているんだろう」

 それが普通だ。実際、行馬が敵の立場だとしても同じことを考えるだろう。ハウンド3は戦えないので、実質的に味方は二機。敵は五機で、しかも《砲台》の得意な平地の戦いときている。

 だが――

(勝てない戦いじゃない)

 シーネの腕が期待どおりなら、何とかなる。それに、《シルバーエッジ》まで敵を連れて逃げるわけにもいかない。

 そう判断を下した行馬は、シーネたちに向けて矢継ぎ早に指示を出した。

「ここで殴り合う! お姫様は俺たちの後ろに退避していろ! シーネは距離200を保ったまま、右翼から回り込んで《砲台》を潰してくれ! 俺は連中の攻撃を引きつける!」

『は、はい! でも、どうやって引きつけ――』

 シーネが疑問を呈するより先に、行馬は機体をフル加速させた。

 景色があっという間に後ろに流れ、敵機の姿が大きくなっていく。動力炉が唸りを上げ、空気抵抗で装甲がビリビリと震えた。シーネを引き離し、逃げてきた《ブレイザーⅢ》とすれ違い、行馬はひたすらに前へと突き進む。

『ちょっと、行馬さん!? 真正面からじゃ蜂の巣にされますよ!?』

「大丈夫だ、連中の特性を利用する! シーネは自分の役割を果たせば良い!」

 シーネの悲鳴を受け流して、行馬は敵の射程圏内へと侵入する。

 二機の《ストゥム》は狂ったような速度で突撃してきた行馬バカに戸惑いを見せていたが、《砲台》の動きは迅速だった。

 歩くガトリング砲台は有効射程圏内に獲物が入るや否や、即座に42ミリ砲弾を斉射してきた。《影式》の周囲で銃弾が舞い踊り、空気を引き裂く。

『警告。脚部B列推進器損傷。機動力低下』

『左腕部被弾。5-8力場制御針機能停止。装甲破損率上昇。離脱を推奨』

 AIが悲痛な警告を連続して告げる。

《砲台》はこれまで散々に戦った相手だ。ある程度は射線の予測もできる。だがさすがに、これほどの銃撃に晒されては無傷ではいられない。

 それでも、これは勝つために必要な代償だ。

 無人機は対象の危険度が高いほど、優先的に攻撃を加える傾向がある。

 この場合で言えば、『高速で自軍に向かってくる物体』である行馬が最も危険だ。近接攻撃手段を持たない《砲台》は、格闘戦に対応できない。それ故に《砲台》のAIは、接近してくる相手を最優先で狙うようプログラミングされている。

 行馬が利用すると言ったのは、この性質プログラムだ。

 現在、《砲台》は突出してきた行馬を囲むように散開しつつ、激しい砲撃を加えている。

 だがそれは同時に、右翼へ回りこんだシーネへと無防備な背中を晒すことに繋がっていた。行馬が必要以上に接近しているおかげで、彼女は有効射程距離からフリーの状態で射撃を行うことができる。シーネの腕前ならば、これだけの好条件で外すことはないはずだ。

 行馬の意図に気付いた二機の《ストゥム》はシーネに牽制射撃を加え始めたが、もう遅い。

 囮となった行馬が回避に専念している間に、群青の《影式》は素早く正確な射撃を《砲台》へと叩き込んでいた。三機の《砲台》のうち、一機は砲身と胴体を支える『首』を破壊され、もう一機は胴体に穴を開けられて弾薬の誘爆を引き起こす。たちまちのうちに、二体の《砲台》は戦闘不能に陥った。

 これで二対三。

(良い腕だ。期待以上だな)

 自分では一機落とすのが精々だっただろう。これで謙遜されては、他の兵士の立つ瀬がない。

 心の中で賛辞を送りつつ、行馬も応射に移って一機の《砲台》を撃破。そして残った《ストゥム》たちに向かって加速しながら、腰部の武器ウェポンラックに取り付けられていた閃光手榴弾を手に取る。

「シーネ、花火を打ち上げるぞ! 電子防御のレベルを上げろ!」

『はい!』

 相方の返事を確認すると同時、行馬は閃光手榴弾を《ストゥム》目掛けて投擲した。

 山なりに飛んでいった手榴弾は、ライフル弾の歓迎を潜り抜けて《ストゥム》の目の前へと落ちる。そして地面に触れる寸前、起爆して猛烈なノイズをぶちまけた。

 対人用のそれとは違い、対装甲機用の閃光手榴弾は、音も光も出さない。

 その代わりに大出力の妨害電波と拡散性フレアをばら撒いて、電子機器の目を一時的にくらませる。強力だが使い捨ての電子妨害ECM弾だ。電子戦に対応した現代の目潰しであり、特に無人機に対しては威力を発揮していた。

『警告。磁気嵐による障害発生』

 行馬の元まで影響が及び、メインモニタの画像が乱れる。

 それに構わず行馬は推進器をフル稼動させ、地面を蹴った。

 脚部と背部のスラスターから噴射炎をたなびかせて、漆黒の巨体が宙に浮かぶ。大気を揺るがす轟音と共に、《影式》は空へと飛び上がった。

 A級以上の装甲機には、限定的な飛行機能を持つものがある。《影式》も、そのうちの一つだ。限界高度は百メートルに満たないし、飛行可能時間も十分未満と短いものであったが、航空戦力のない現代においては十分な脅威であった。

 閃光手榴弾の影響から立ち直った《ストゥム》たちは、行馬の姿を探して頭部カメラを右往左往させる。

 彼らからしてみれば、敵が真正面から突っ込んできたと思ったら、次の瞬間には視界から消えていたことになる。混乱するのは無理からぬことと言えた。

 だが、その隙を見逃してやる義理はない。

「シーネ、足を狙え!」

『はい!』

 行馬は《ストゥム》の頭上から、シーネは側面から十字砲火を浴びせかける。

 ほとんど無防備な状態で銃撃を受けた敵機は、為す術もなく38ミリ徹鋼弾の洗礼を受けた。

 行馬は腕を、シーネは脚部を正確に射抜き、たちまちのうちに《ストゥム》を行動不能に陥らせる。四肢を破壊され、立つことすら覚束なくなった鋼鉄製の白熊たちは、力無く地面に横たわった。

 最後に《ストゥム》の頭部通信機器を破壊し、行馬はレーダーで敵影を探る。

 他に装甲機の影は見当たらない。追っ手はこれだけだったようだ。平坦な荒野なので、敵機が伏せているという危険性もない。

 戦闘終了を確信した行馬は、肩の力を抜いて息を吐いた。

「ふう……どうにか片付いたな」

『そうですね。行馬さんのおかげです。最初に突っ込んで行った時は、何をするつもりかと思いましたけど……』

 シーネが乗る群青の《影式》が、通信機越しの苦笑と共に歩み寄ってくる。

 他人から見れば、やぶれかぶれの特攻にも思えたのだろう。実際、重機関銃の掃射の中へと飛び込むのは自殺以外の何者でもない。行馬が五体満足でいられたのは、長年の戦闘経験によって《砲台》の動き方を知り尽くしていたおかげであった。

 行馬は機体のダメージチェックを行いながら、シーネに笑いかける。

「こっちがどう逃げれば《砲台》がどう追ってくるかは知っている。二、三十秒なら生きていられるさ。シーネこそ、良いタイミングでの援護だったじゃないか」

『そ、そうですか? ありがとうございます』

 照れたような声で、シーネは礼を述べる。

 ああ、癒されるなぁ。ベルンハルトたちじゃ、こうはいかないからなあ。あいつら、文句しか言わないもんなぁ。

 普通の部下という存在の重要性を行馬が実感していると、退避していた《ブレイザーⅢ》から通信が入った。

『こちらハウンド3。和んでいるところ悪いが、早いところシルバーエッジに連れて行ってくれないか。この機体も長くは持たないだろうし、報告事項もある』

「ブラックバッカラは近くにいないのか?」

 嫌な予感を覚えて、行馬は早口で尋ねた。

 合流時間はまだ先だが、彼女の母艦はシルバーエッジへと向かって移動してきているはずだ。ならば、そちらと連絡を取る方が優先ではなかろうか。恐らく、彼女の安否を巡ってブラックバッカラは一騒ぎ起きていることだろう。

 通信は返ってこない。

 長い沈黙の後、ハウンド3から絞り出すような声が送られてきた。

『……ブラックバッカラは、もうない。奴らに落とされてしまった』

「落とされた、だと?」

 不吉な単語に、心臓が締め付けられる。周りの空気が一気に質量を増し、肺を圧迫してきたかのような錯覚を、行馬は覚えた。

 ハウンド3は「ああ」と首肯する。

『赤い死神。奴が、我々に死を運んできた』



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