終演として

第11章 聖人。




20X X 年、――日本。










この夏の暑さと言ったら

異常も異常、


9月も半ばになった今

ようやくほんの少しだけ

涼しさを感じられるようになった。



近所でも

熱中症で倒れる人が

続出したこの夏を


ただの異常気象と呼んで

やり過ごすには

さすがにそろそろ無理を感じる。



地球規模で

温暖化なのだと


もう何年も前から言われてきたのに

私たちは未だに

その事実に認識が甘いみたいだ。





違った。


お姉ちゃんは

ずっと深刻に

世界を見ていた。



だからこそ

あんなにも


必死だったんだよね。







私のお姉ちゃんは


昔は

明るくて頭もよくて

とても人気のある人だった。



でもある時を境に

おかしな人になってしまったの。



夜中に

大声をあげて

裸足で外を徘徊する日もあった。


テレビを見ていて

突然に暴れだす日もあった。



大好きなお姉ちゃんは

よくわからない怖い人になって

私たち家族は

なす術がなかった。








何年か前の冬、


朝一緒に

テレビを見ていた時。



これまでは

雪の少ないのが当たり前の地方に

たくさん雪が降り続く


そんな異常気象に



テレビの中で

コメンテーターが

「温暖化なんて嘘ですね」と

笑っていたの。



あの時も

お姉ちゃんは

物凄い剣幕で怒って


家のテレビを壊してしまうほどだった。





お姉ちゃんが言うには


温暖化だからこそ

その反動で

異常気象になるんだって。


地球が

なんとか世界を冷やそうと

頑張っているんだって。




頭のおかしなお姉ちゃんは

今は施設に入院している。






私たちは

お姉ちゃんの言葉に

耳を傾けなかった。



ご近所への迷惑とか

世間体とか


怪我の心配とか


そんなことばかりに気を取られ、



だからちゃんと

お姉ちゃんの話は聞けなかった。






呑気で無責任な

コメンテーターの言葉を


私たちは

受け入れていた。



その方がきっと

都合が良かったからだ。



あんなにも

怒り狂いながら


お姉ちゃんは泣いていた。


温暖化の最先端の

アイスランドに行って

詫びて来い、なんて言ってたかな。







こんなことを

不意に思い出してしまったのは


北海道に住む

友達からの手紙を読んだからだ。



小学生の時に

転校してしまったけれど

今でも時々

手紙のやり取りをしている

幼なじみのよっちゃん。



よっちゃんの手紙に

何気なく書かれた北海道の話は

私には

衝撃的だった。





『Dear さやちゃん



暑いよー。。。


今年の夏はしんじゃいそうに暑いね!


って言ってもそっちのほうがずっと暑いんだろうから、あんまり暑がってたら怒られちゃうかな?


でもね、普段北海道は暑い日なんてそう長くないのに、今年は真夏日の期間がすでに二倍以上なんだって!毎日毎日アイスばっかり食べちゃう~


北海道にはクーラーのない家のほうが多いんだよ?とけちゃうよ~



あ、そういえば夏より冬の方が大変だよ。根雪の期間は去年3分の1だったもん!やばくない?超温暖化だよね

根雪っていうのは、降った雪がすぐ融けたりしないでずっと積もってることだよ


雪が降らないと除雪しないでいいし、去年は融雪槽使わなかったし、楽だけどね~


その分夏が辛いのは困る!



クーラーほしいよー



さやちゃんは熱中症にならないように気をつけてね



                          よしこ 』







ねえ、よっちゃん。


お姉ちゃんは

これは一時的な異常気象じゃなく


この温暖化は

年々厳しく

年々激しくなるって言ってたよ。



今年は

冬が来ないかもしれないね。



そしたらさ


そしたら



私たちは

あと何年くらい

生きていけるのかな。



私たちは

知っているのに、


何もできないのかな。




***


「や、久しぶり」



そう言って

部屋に入ってきた


お姉ちゃんは

普通に見えた。



目の前に座って

何も言わない私を

静かに見つめてくる。



「で? 何?」



面会なんて

初めて来たから

何を言えばいいか

わからなかった。



でもほら、

何か言わないと。



「お、沖縄のシャーマンってね?」



上擦った声で

変な話題を切り出した私に


お姉ちゃんは目を丸くした。



「テレビで見たの、ユタとか言ったかな」



内心焦っている私を


お姉ちゃんは

ぱちくりとまばたき。



「それで?」


「お姉ちゃんみたいだった。私、お姉ちゃんはシャーマンになったんだと思うよ!」



思い切って吐き出した言葉は

穴があったら入りたいほど

自分が恥ずかしく、


でも

そう思ってしまったのだから

後には退けなかった。



しばし

沈黙していたのに


お姉ちゃんは

からからと

可笑しそうに笑って


指で目尻で拭っていた。






「それでアンタは何しに来たの? シャーマンかもしれない姉に恋愛相談? 占いでもさせようって?」


「そんなこと自分でなんとかするよ」



顔を赤くしたままの私を

お姉ちゃんはわざとからかって

「言うじゃないの」と

口笛を吹くふりをした。



「前にお姉ちゃん言ってたでしょ。温暖化のこと。どうしたらいいと思う?」



私たちは今

何をすべきで

何が出来るのかを


すぐにでも

手遅れでも

少しでも


やらなくてはならない気がした。



自分でどんなに考えても

答は見つからない。


お姉ちゃんなら

何か


きっと何か。



「なんだ。そんなことか」






「自然の力に任せればいいんだよ。その邪魔を、しなければいいんだ」



人間の作り出す要因なら

人間にはやめることが出来る、


そう言って

お姉ちゃんは

つまらなそうに

そっぽを向いた。



人間以外の要因なら

天に祈るしかないしね、と。



「でも、自然って樹や土とか虫でしょ? 汚れた空気やなんかを戻すのはずっと時間がかかるはず」


「時間がかかるものなのに、人間はあっという間に汚すの。そのことを自覚したなら、少しは自重をしないと」



自然環境を

自分が壊しているのか、


考えてみても

よくはわからない。



ゴミのポイ捨てはしてないし

排水溝に油は流さない、


焚火も焚かないし

あとは何だろう。



難しい顔をして

黙りこんだ私に


「考えもなしにやたら何でもする人もたくさんいるって話」と


お姉ちゃんはため息をつく。



車の排気ガス

花火や爆竹

タバコ……エトセトラ。


それ自体を責めないけど

出来ることなら

控えなさい、と


お姉ちゃんは

よく苦々しく言っていた。



それが出来たら

若気の至りなんて

なくなるんじゃないかな。



「やっぱり庶民に出来ることなんてたかが知れてるよね。画期的な効力は期待出来ないし」



「もちろん、国や企業が考えをしっかり改めてくれたらもっと効率はあがるわ」



お姉ちゃんは

ニヤニヤと


悪魔みたいに

嬉しそうに

目を細めて笑う。



「生きていくために必要なものしか、製造しない――とかね?」



確かに

無駄なものも

中にはあるかもしれない。


工場で何かを造るたびに

資源を消費して

空気を汚しているなら


環境に大きな影響を

与えている原因の一つだろう。



「けど、今まで工業で暮らしを経ててた人はどうなるの? 工場を閉鎖して仕事を失ったら家族も養えない」



「人間の欲。儲けたいという欲。私は一番これがイケないと思うの」



お姉ちゃんは

もう笑ってもいなかった。


少し怖くなって

私はソファーに深く背中を付ける。






「家族を養う? 何を言ってるの?」



私の手には

いつの間にか

嫌な汗が握られていた。


今にも蛇に呑まれそうな

小さな蛙のように、


私は金縛りみたいに

身動きもとれない。


お姉ちゃんが

また豹変していく。


目を見ればわかる。



「この地球上から人類が消されようとしているの。今はそういう時なのよ。害虫だの雑草だのと言って自分たちだけの都合で地球に優しいものを排除する、そのお前たちが駆除される番なんだ! 目の前の小さな問題を大事にしてばかりで、本気でどうにかしたいなんて思っているの? 人間は危機感がまったく足りないの! 誰かがしてくれるとか、どうにかなるとか、平和ボケもいいところだわ! 仕事を失っても暮らしを支える政治に切り替えて、工業も商業もしばらく諦めて、自分たちがこんなにした地球を! 自分たちの世界を! よくも無視出来るわね!!」



泡をふくように

息を詰まらせて

もがきだしたお姉ちゃんに


私は泣いて

いつまでもごめんなさいと

繰り返し叫んでいたらしい。



しばらくして落ち着いた頃に

施設の人に

教えてもらった。




今まで

何でも新しい商品に

目を輝かせていた


あのときめきは

私にはもう訪れない。


すべてが

罪の意識に変わり


あるもので暮らそうと

頑なになった。



周りは

私までおかしくなったとか


中には

悪魔祓いまで

すすめてくれる友人もいたが。



私は

神を畏れることを

ただ知っただけだった。





                         ≡ The ∃ND ≡ 







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