第10章 堕天。






***



「エンドレア、事情がよく見えない。説明してくれ」



仲の良い天使仲間は

皆心配そうにそう問いただす。


エンドレアは

もう何度目かになる説明を


苦笑まじりに

繰り返した。



「天界に属する天使は、大天使様の決定に従い、人類の抑制をしていかなくてはならないわ」


「それが我々の使命だ、何の不満があるのだ」



不満などない。


ただ

あの若き黒翼の目指した道も

自分は応援したいのだ。



「神様はきっと、そのほうが喜んでくださる」


「堕天など、……自己を尊重しない愚かな行為だ」



否定をされ

笑う。



「それは違うわ」



しっかりと

相手の目を見て

はっきりと

言葉を紡ぐ。



「世界も人類も救いたい。神様の意思は私の意思。その為に行く、という自分の意思を貫くことは自己の尊重。それを否定する貴方が私を尊重しないだけ。貴方は貴方の思うようにやればいいの」



背を向けたエンドレアを

追うものはいない。



「私は私の思うままに」



だが

並んで歩き出す者がいた。



「僕も僕の意思で」






隣を歩く天使は

世間話でもするように


何気なく話し出す。



「人類の歴史上、有名な大予言がハズレただろ」


「1999年」


「そう」



アンゴルモアの大王が

人類に危機をもたらすはずだったその年。


だが

何事もなく

予言はハズレたとされていた。



「あれは何者かが、ちょっとした正義感に目覚めて。うっかり食い止めてしまったからだよ」


「そう。大した偉業ね」



歩調を崩さない二人の

向かう先は大天使のもと。


堕天には

大天使の許可が必要だった。



「あのアンゴルモアの悲劇で、人類が壊滅的なダメージを受けていたなら。世界を病から救うことが出来ていたのかもしれない」


「文明が進むたび、失ったように。やりなおしが出来たかもしれないわね」



バビロニアからエジプト、

エジプトからギリシャ。


古代に栄えた文明は

他にもたくさんあった。


それは

現代とはまったく異なる

力を持った文明だった。



「文明が救われたことで、世界は」


「過去には戻れないわ。仮にどんな経緯だったにしろ、私たちは未来へ向かうの」




「そうだね」





***



大天使のもとへは


黒翼に続き

堕天を申し出る天使たちが

それからも

度々訪れていった。



大天使は

そのすべてを

快く見送る。



堕天、


それは

天使たちの魂を解放する

罪深き行い。


天界からの追放を意味する。



だが

自ら望んで

それに挑むなど


これまでの天界の常識では

ありえなかった。



世界の終わり、

黒翼期には


思いがけないことが

よく起こるのだ。



とはいえ

天界に残る天使は大多数、


彼らは

堕天使たちの行く末を杞憂した。



転生とは違い

一人の個体として

生を受けない堕天は


現世の魂に

憑依し融合される。



どれほど意識や記憶が残るか

まるで保証もなく、


どれほど強く理解してなお、

一人の人間に何が出来るものか。



堕天など

意味はない、


そう嘆く天使が

大半だった。




「貴方たちには貴方たちの仕事があります。自身の心配をしなさい」



杞憂、


彼らは

道を分かった者が

どうなるか

どうするかではなく


今自分たちがすべきを

真剣に見つめなくては。



大天使以下、最上級天使達は


天界に残った天使達の

自覚の足りなさにため息をついた。






                        ~ Sincerely yours ~

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