第6章 対立。
***
その日は
激しい雨が
大地を叩き付ける。
深夜、
少年たちを乗せた
一台の乗用車が
スピードの出しすぎにより
交差点での
ハンドル操作を誤り
ガソリンスタンド脇の
電柱へと追突する
大事故が発生した。
車体は無惨にも
くの字に変形し、
辺りは悲惨な光景があった。
幸いと言えるのは
突撃した先が
スタンドではなかったこと。
歩行者などを
巻き込まなかったこと。
周りの車を
巻き込まなかったこと。
すぐさま
スタンドの従業員が
救急車を呼んだが、
少年四人は即死、
唯一
一命をとりとめたのは
ハンドルを握っていた
まだ十代の少年一人だった。
事故直後に
滝のような大雨が降り出し、
現場検証は
困難な状態であったが
スタンド従業員の証言もあり、
彼らの身元も
遺留品から割り出すことが
容易であったため
事故処理は速やかに行われた。
運転していたのは
自動車運転免許を
取得すべく
自動車学校へ
通い始めたばかりの
18歳の少年、
堀 孝信。
仮免許を先日
取得したところだった。
死亡した
同乗者のうち三人は
同じ自動車学校で友人となった
いずれも18歳。
そして
最後の一人が
16歳になる
孝信の弟、洋介であった。
***
そして、
その大雨の中で
悪魔と天使が
真っ向から対峙していた。
洋介であった彼が
ふと気付くと
彼らがハッキリと
言い合うのが解った。
洋介を背に庇うように
毅然と立っている彼と
向こう側で
悪魔のような
恐ろしい笑顔を見せる
異様な人物――
いや、
それは真実悪魔の者で
だが
死したばかりの洋介には
それをまだ
認識出来てはいないだけであった。
「かえしてくれよ」
強く厳しい口調が
最初にそう言った。
洋介からは
彼は顔は見えず
ただその背中だけだ。
ほのかに
夜だというのに
彼の身体は
淡く光って見えた気がして
目を擦る。
そうしている間にも
恐ろしい笑顔が笑う、
「かえせ、だ?テメェのもんじゃねえだろよ」
その冷たい笑い声に
ゾッとした。
この人たちは
こんな雨の中で
何を揉めているんだろうか。
何故か
彼らの声は
激しい雨の音に
掻き消されもしない、
何か普通ではないと
洋介は気付いた。
そしてふと、
わきに人だかりと
大破した車体を見る。
「――っ!?」
なんだあれは!
あまりの衝撃に
声も出なかった。
誰もが普通に驚く光景だ、
だが洋介は
その車を知っていた。
つい今しがた
そこに自分が乗っていたのも
ついでとばかりに
思い出した。
あれは父の車だ。
兄が友人と
ドライブに行くと
コッソリ拝借した、
それが今は
白い煙を立ち上らせて
見るも無惨な形になっていた。
辺りには
パトカーや救急車、
消防車までもが来ている
大騒ぎだ。
いつ爆発するか解らない、
よりによって
ガソリンスタンド前という
極めて危険な状態だった。
洋介は
事故の記憶が抜け落ち
理解が及ばない。
あれだけの事故で
よく自分が生きていたな、と
胸をなでおろした。
だが。
「僕にじゃない。堀 孝信の魂はまだ生きている。彼に返せ。キミが勝手に持っていっていいものじゃないよ」
耳に飛び込んで来た
兄の名前に
洋介は
目を瞬いた。
「めんどくせーこと言うんじゃねぇよ。一度に狩る魂の数は多いに越したこたねぇ。別にそっちのヤツまで連れてこぅってんじゃねぇんだし、細かいこと言うなよな?」
ニタニタと
笑う男が
こちらを見た。
なんて恐ろしい顔だ。
あれはもぅ
人間じゃない、
そう思いながら
洋介は
彼の手に
いくつかの淡い光が
握られているのを見た。
(……何を持っているんだ?)
目を凝らしたが
よく解らない。
「生きている魂を勝手に人間界から持ち出すことは出来ない」
「だからこうして、脱け殻の肉体が死ぬのを待ってやってるだろがよ?」
ニヤニヤと
いやらしい笑いで
だがご満悦。
その様子に
洋介は吐き気すら
催すような気がした。
いや、
それ以前に
話の内容が
理解出来ない。
あるいは
理解したくはない、の
間違いかもしれない。
「テメェは黙って、そっちのボクちゃんだけお世話してりゃいいんだよ。どうせコイツは死んだらこっちに来るんだしよぉ?真面目にお仕事してるだけだぜ、俺はよ」
その言い分に
背中しか解らない彼が
でも歯ぎしりをしたようだった。
「僕の目の前で『殺し』が叶うと思うなよ……!」
洋介は
足がすくんだ。
自分は何故
こんな場所にいるのだ。
すぐにでも逃げ出そう。
そう思いながらも
腰が抜けたのだろうか
足も恐怖で
動きそうはない、
いや
見ればそこに
洋介の足など
ありはしなかった。
「まぁ落ち着けよ兄弟、」
悪魔のような男が
そう含み笑いで言う。
「俺は人助けのつもりなんだぜ?」
人懐っこい笑顔を浮かべても
恐怖を煽るだけだ。
何様だ、と
彼は小さく呟いた。
たぶん
悪魔のような男には
届かない程度の
舌打ちみたいなものだ。
「コイツだけ生き延びて何になるよ?他のヤツラは皆おっちんじまったんだぜ?責任だとかそんなもん、背負えるヤツでもねぇよ!」
腹の底から
楽しそうに爆笑しながら
何故
そんなふうに笑えるのか。
「だいたいな、生還したところで一生ベッドの中!金はかかるし介護はいるし、良いことなんて一つもねぇだろ?」
洋介はすっかり
青ざめを通りこして
蒼白になっていた。
ようやく、
事態を認識しはじめ
自分の手を
じっと見た。
それは
向こうが透けて見えた。
滝の雨も
素通りしていた。
生きた者の身体ではなかった。
死を
否応なしに
認識して
ゆっくりと
思考をめぐらす。
呆然と
現実をみつめる。
「だから。俺が魔界へ連れてくのが、コイツにとっても身内にとっても、一番ハッピーなんだよ」
ひけらかす、
アイツの手にあるのは
孝信たちの魂だ。
よく漫画に出てくる
火の玉のように
ゆらゆらゆらゆら
揺れている。
「それを決めるのは僕らじゃない。たとえ本人たちがそう思おうとも、僕らが勝手を許されるわけじゃない」
「あぁ?神様か?テメェは神様か?テメェの神様はコイツラを救うのか、あぁん!?」
牙を剥いた悪魔に
洋介は縮み上がる、
笑っていても
恐ろしいのに
怒りを露にした様は
もう言い様がない。
「手を出すな。決めることも、僕ら風情の役割じゃない!」
どちらも
自分の意見を
曲げる気は
さらさら無さそうだ。
「テメェこそ何様だぁ!この俺に喧嘩を売って勝てる気でいやがる!!」
そう叫び
アイツは手にしていた魂たちを
丸飲みした。
「キミを倒すしか、堀孝信の魂を解放する術はないみたいだね」
静かに。
彼が覇気を震わせる。
「ご苦労なこった、誰も感謝はしねぇぜ!テメェなんざいらねぇよっ」
「一は全、僕は全に従う一にすぎない!」
二人の叫びを最後に
洋介は意識を失った。
***
再び気付いた時には
目の前に
可愛い女の子がいた。
頭に光るわっかを浮かばせ
色白の頬が
ピンクに染まっていた。
「気分はどう?」
天使の微笑みだ、
洋介はひどく納得した。
「彼らの決着はどうなったの……?」
恐る恐る
洋介は尋ねる。
女の子は少し
困った顔をして
首を横に振った。
「ごめんなさい、それは貴方にはお話出来ないの。私もその結末を知らされてはいないわ」
嘘をついて
はぐらかすようではなかった。
夢でもみたような
曖昧な気持ちだ。
「貴方には他に、今すべきことがあるわ」
優しく言われ
顔を上げた。
「貴方の行いを見守っていた彼の記憶は、神様から私が受け継いだから心配はいらないわ」
「?……なんの話?」
首をかしげる洋介に
女の子は笑った。
「いいの、こっちの話」
今度ははぐらかされたが
悪い気はしなかった。
安心すらする、
先ほどまでを思えば
当たり前である。
「何か、用があるんでしょ?」
「えぇ、正確には貴方に用事があるというよりは、貴方の今後を少しサポートするために来たの」
促され
眼下に広がり出す映像から
慌てて飛びのいた。
「大丈夫よ、何も踏んだりしないから」
足があるわけではないから
それはそうだと思った。
そこに映し出されたのは
兄、孝信の姿だった。
包帯をアチコチを巻かれ
たくさんの機械に繋がれ、
病室のベッドに眠っている。
「兄ちゃん……っ」
あの二人が
孝信をめぐって
揉めていたのなら、
兄が生きているのは
彼が勝利したからだろうか。
孝信の傍らに
やつれた母親の姿があった。
まるで別人だった。
洋介は驚いて声を無くす。
「あらあら……貴方の関心は自分の死よりもお兄さんなのね」
女の子はそう呟いた。
意味は解らない。
「兄ちゃんは死ななかったんだよね」
「……そう、みたいね。でも」
意識のない
植物状態だと
彼女は続けたかもしれない。
洋介の頭の中で
何かが途絶えた。
あの悪魔が言っていた。
恐ろしい声が
今一度思い出された。
~ Sincerely yours ~
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