第4章 現世。



***




私は死んだ。


映画のように

ドラマチックな

哀しい哀しい結末。


どうして?


神様は意地悪だ。



彼は愛してくれたのに


私は愛してると言ったのに


届かなかった

叶わなかった


あんまりよ



あんまりだわ。




――そんな

哀しみの声が

ガンガンと鳴り響いた。



女のひとの泣き声だ。


現世はいつも

嘆きに満ちてる。



耳を塞いでしまいたくても

天使見習いには

それは難しい。


だって

心の声は

強いものほど

大きくて


どんなに頑張っても

頭に響いてくるのだから。



仕方ない――


そんな感情が

彼を動かした。



聞き続けるのは

いささか耐えがたい、


ならば

その嘆きは

止めてあげなくてはならない。



神を呪うと

そう喚き泣く女の前に


だから彼はやって来た。



かれこれ

こんな相手は

何人目になるだろう。



「やぁ、そこで泣いてるのは誰だい?あぁ待って、今当てるから」



そう声をかけると

涙に濡れた目が

彼を見た。



「君はそう……確かエリー」



何億という

データから

浮かぶ名前。



「貴方は誰」



エリーは

涙を拭って

呪いの言葉をしまいこんだ。



「僕は天使の見習い。君の文句をちゃんときいてあげるのが僕の仕事さ。神様は君を愛しているからね」



エリーは

怒った顔をして

彼を睨み付けた。



「嘘だわ。神様は意地悪だもの」



「何故君はそれを神様のせいだと言えるの?」



都合の悪い不幸を

すべて神様の仕業だと


たくさんの

霊体や人間たちが

嘆く。



彼はやんわりと笑って

エリーの隣に座り込んだ。







「神様は神様なんだから何だって出来る力があるでしょう?」



強い口調で

エリーは言った。



「そうだね」



間違ってない、

彼は頷く。



「私を助けてくれなかったわ!あんなにお願いしたのに!?」



悔しそうに

涙を浮かべた目が

神様の代わりに

その使いである彼に

悪意を向けていた。



彼はそれでも

優しい眼差しで

エリーの話を聞く。



エリーは

流行り病だった。


もう死ぬのが決まっていたが

それでもいいと

愛してくれる男性がいた。



「あと一週間で結婚式を迎えられたの」



ボロボロと涙を流し

エリーは


本当に本当に

哀しそうに語る。



「知ってるよ」



神様は

エリーの気持ちも

知っていた。


毎日毎日

どうか命を繋いでくださいと

熱心に祈る


エリーの声は聞いていた。



「でも神様は助けてくれなかった!!」



それが事実だ。



「あんまりだわ」



彼は

泣き伏せたエリーの頭を

小さなこどもを

あやすように


優しく優しく撫でた。



「神様も悲しんでいたよ」



彼の腕を振り払い

エリーは叫ぶ。



「そんなわけないじゃない!」



だがエリーが見たのは

天使見習いの瞳に浮かぶ

哀しい色の涙だった。



「神様はいつも悲しんでるよ」



すべての想いを

神様は一緒に抱えてくれる


だが

それをひとは知らない。



どんな小さな想いも

神様はひとつももらさず

感じているのだ。



「僕らは神様の気持ちも感じることが少しだけ出来るんだ。ほんの少しだけだよ。全部を知ったら僕らは狂ってしまうだろうからね」



綺麗なしずくが

ぽたぽたと落ちていく


エリーはそれを

黙って見ていた。



「神様も君の願いが叶うことを願っていたんだ」



「だれに……?」



エリーがぽかんと

彼に訊ねた。



「――世界に」






「世界を創ったのは神様だから。世界のすべて神様には責任がある」



彼の言葉に

エリーは目を丸くする。



「神様なのに?」



「神様だからさ」



彼はそう頷くけれど

エリーには

到底理解が及ばない。



「人間も本当は自分の行動、作り出したもの、それらには同じように責任が生じるだろ」



解りやすく例えようと

彼はエリーに確認した。



「こどもを見守るのは親の責任だし、力を持つなら管理しなくちゃいけないよね?」



言葉をなくすエリーに

彼は続ける。



「エリーは物凄い兵器を作ったら、それをどうする?」



「兵器?」



「たくさんのひとを殺せてしまう力さ」



彼の言う大袈裟な例えに

エリーは怖くなり

身体をぎゅっと縮みこませる。



「そんなものいらないわ」



「じゃあ捨ててしまう?」



「知らない」



そんなものの責任は

負えるはずがない。


エリーは

恨めしそうに

彼をじっと見た。



「責任放棄だね。人間らしいよ」



「そんなものは作らないわ」



エリーの主張に

彼は頷いた。



「それは利口な判断だね。誰かがその恐ろしさを教えてくれたから君は回避が出来る。つまり予想が可能だから自分の責任の取れる範囲でしか行動しないように気をつけられるんだよ」



エリーは

彼の言いたいことが

つまり何なのか、


胸元を掴み

怖そうに怯えていた。



「でも人間はその判断さえも誤り、たくさんの失敗と後悔を繰り返し、責任を放棄して全うしない――それすらも神様は許してくれるんだよ」



だけどね、と。


彼は

温かい眼差しで

怯えるエリーの頭を


優しく撫でる。



もうエリーは

抵抗すらしなかった。







「神様は小さな人間とは違うから、放棄は許されないし、だから総てを担うんだよ」



それは人間や

天使の見習いくらいでは

到底及ばない領域だ。


総てとは何か

責任とは何か


世界とはどれだけのものなのか


その全て

まるで見当がつかない。



エリーは

さっきまで

たくさんの言葉で

神様を呪うと言っていた。


それを思い起こし

震えていた。



「神様は小さな人間たちの存在を愛してくれる。君は何故神様を恨んでしまうのかな」



彼の再びの問いかけに

ビクリと肩を震わせる。



「私は……」



「彼と結婚式を挙げたかったんだよね」



エリーは

口元をおさえて

嗚咽をもらし


再び泣いたが

もう神様への恨みはなかった。



「素敵な恋人に逢えて幸せだったね」



エリーは

愛されていた。



それは確かだった。



エリーの足元に

愛しいひとの姿が

浮かび上がり


ハッとして

食い入る。



「よく頑張ったね……苦しかっただろうエリー…!」



最愛の亡骸を抱き締めて

その人は泣いていた。



「ありがとう、君と過ごせて、幸せだったよ」



悲しみの声とは

まるで裏腹に


感謝を告げる

エリーの婚約者に


エリーは

驚いたまま

身動きをなくした。



しばらく呆然と

その愛の結末を見届け


やがて呟く。



「……私は幸せだったの……?」


「それは君が決めるんだ」



健康であったら

もっと幸せだった、


せめて結婚式まで

生きられたなら

もっと幸せだった、


愛するひとを

哀しませなければ

もっと幸せだった。



だから

幸せではないと

エリーは神様を憎んだのだ。



もっともっとと

幸せをねだり


手にしたものを

見ていなかった。



「でも私……彼ともっと幸せになりたかった」







愛していたのだから、と

エリーは項垂れる。



「それも。神様は許してくださるよ」



信じがたい目で

エリーは彼を振り返る。



欲深い自分を

だが神様は許してくれると

彼は言うのだ。



「私を生き返らせてくれるの?」



だが

彼は微笑みながら

首を横に振るう。


死者はかえらない。



「別の新しい生をうけ、もう一度人生を楽しんで」



それは転生であり

現世に未練を残す

霊体たちへの救いだった。



「彼のところへ行ける?」



「それは解らない。君のエリーとしての記憶はなくしてしまうし、例え彼の元へ行けても君はエリーではないひとだよ」



その答えに

少しガッカリして

エリーは伏し目がちに

足元の現世の彼を見た。



「私は彼を愛しているの」



「その想いがあれば、また幸せに向かえるよ」



例え彼の元へ行けなくとも。


純粋に

愛情を求め

幸せになろうという

強い想いがあれば。


エリーの記憶はなくしても

まっすぐに

望むままに生きるだろう。



彼は

皆まで言わず

思いはエリーに託した。



「その魂が満足するまで。何度でも生きていいんだよ」



健康に

恵まれなかったハンデは


だが

真実の愛を

エリーにもたらした。


違う人生を

歩むことで


何かを納得出来るのならと


それは

すべての魂たちに

約束されたものだった。








                        ~ Sincerely yours ~



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