第2章 天界。



まさに一瞬だった。



「光にでもなったみたいだった」



呟いた大義に

天使は笑う。


天界にいた。



辺りを包む

光の質や

空気そのものが違う、


大義には不思議な場所だった。



辺りには

たくさんの天使が

たくさんの霊体といる。


大義のように

連れて来られたのだ。



背の高い

威厳を帯びた一人の天使が

彼らの前にやって来た。



「彼は翼を閉じていても、翼が大きいままだね」



大義を連れて来た

天使の少女は


翼を閉じると

手のひら大のふわふわになる。


随分な違いだった。



「天使には階級があるの。上の階級になるほどその羽翼は大きいのよ」



小さな声で

耳打ちした少女に

大義は頷き


上位階級の天使に

視線を戻した。



「諸君、ようこそ天界へ。いい人生を送れただろうか。何度か見た顔もいるようだ」



転生を繰り返す者を意図して

彼はそう言う。



「人としてまだ悔いのある者は転生を許可しよう。何度でも納得のいくまで人生を楽しんでもらいたい」



大義は不思議な気持ちで

それを聞いていた。


悔いはない。

そう感じながら。



「それ以外の者は天界の住人に迎えたい。まずは見習いの天使として頑張ってほしい」



ぼんやりと

大義は思い描いた。


天使。


それになる自分。



彼が去っていくと

霊体たちは

ざわざわと


目の前の

それぞれの天使と

相談を始めた。



「天使は何をするの?」



例に漏れず

大義も天使に訊いた。



「主に神様のお手伝いだけど、それはずっと上位階級の天使のお仕事ね」



「神様……」



漠然としすぎて

よく解らなかった。






「僕も天使になっていいものなの?」



とりあえず

特にこれといって

自慢出来るほどの特技も

才能もない。


普通の人生を終え

何の偉業もなしてはいない。



天使になるには

どうなんだろうと

疑問が付きまとう。



「大丈夫よ。人間の魂は死後大きく二通りに分かれるわ。天使風味と悪魔風味ね。君は天使風味だったから私が迎えに行ったでしょ?悪魔風味だったら今頃魔界に行ってるわ」



天使の少女が

笑顔で答えるのを聞いて


肉体ならば

嫌な汗をかいていただろうと

そう感じた。



「魔界……悪魔になるの?」



「そうよ。でも彼らは魔王様の為のお手伝いをしてるようには見えないわね。私たちとは違うけれど、悪魔は悪魔で素敵な生き方かもしれないわ」



天使が悪魔を否定しないのは

いささか問題なのではないか、


大義は

思わず辺りを見回した。


だが

今の発言を気にとめて

睨んでくるようなものは

見当たらない。



「人間の尺度では、天使と悪魔が仲違いをしているように思うのかもしれないけれど、」



天使は

苦笑している。



「違う種族ながら、同じ立場であると私は彼らを尊重するわ。個性の違いだとね」



どうやら

大義が思うよりも

天使の心は寛大らしい。



「それで、天使風味悪魔風味って?」



「簡単に言えば『自分を優先して物事をとらえる』か、『相手を優先して物事をとらえる』か。人間にはこの二通りのタイプがあるとするじゃない?」



風味、という表現は

天使のおちゃめだろうと


大義はあえて聞き流し

話の要点に集中した。



「どちらでもいいの。それが『良い悪い』じゃなく個性だから。自分を優先してゆくと『悪魔風味』になって周りの人は二の次になるわ。人間のうちはわがままとか言われて気分悪いでしょうけど、悪魔になれば後はやりたい放題好き勝手楽しめるはずよ」



何故か

天使の少女は

目をイキイキさせて

熱く語った。




「僕が聞きたいのは『天使風味』の方なんだけど」



大義が言うと

天使は軽く咳払いをした。



「つまりその逆ね。誰かの役に立つのが自分の幸せだと思えるのが天使風味。君もそう。だから特に説明いらないよね!」



大義は少し考えた。



「天使も悪魔も……それぞれのやり方で幸せそうだね」



「ええそうよ。人間の間はなかなか辛いことも多いでしょうけど、上手くいかない中でこそ自分をしっかり認識出来るでしょ?何に惹かれるか、何を嫌悪するか。私たち天使は少しでも多くの人が天使になればいいって思ってる。だから時々反省してほしくて天罰とかつい悪戯しちゃうけど、それはほんの些細なことよ?悪魔もいっぱいそそのかすでしょ。全部スカウトね」



大義は頭を抱えた。


よく葛藤した記憶を

今一度思い起こす。



「人間はそれを凄く真剣に悩んでるのに、天使と悪魔がまるでサークルの先輩みたいに勧誘して来ていたわけか」



「君はサークル関係ないでしょ」



大義はそこで

別の疑問が生じた。



「人間の知識に精通してるよね。天使なのにさ」



「そうね、なんて言えばいいかしら。自分よりハイクラスのものを理解するのは容易じゃないけど、下は簡単ってことかな?」



天使より人間は

格下の存在である。


見れば解るとばかりに言われ

大義は苦笑いを浮かべた。



「軽く毒舌だね」



「解りやすく言ってあげただけでしょ!」



天使の少女が頬を染めた。



「それで君は転生したいの?天使に昇級したいの?」



「うん……天使かな」



大義の応えに

少女は

よろしい!とばかりに

胸を張って頷いた。





「じゃあ天使見習いに昇級する為の審査を受けに行くわよ」



天使がくるりと

背を向けて歩き出した。



「審査?落ちたりするの?」



「まず落ちないから安心して。私がついてるわ」



自信たっぷりに

天使が明るい声で言った。



「これはむしろ私の昇級審査でもあるの」



「……どういう意味?」



目の前の少女の階級の低さは

その羽翼で見て解る。



「天使見習いを卒業して、その上の階級は、天使の中で一番下の****」



「ごめん、今なんて?」



大義は耳鳴りみたいな

謎の言語に眉をよせる。



「階級が上がれば知能や技能が上がるわ。今はまだ君の霊体階級じゃ聞き取ることが出来ない言葉がたくさんあるの。とにかくその私の階級から次の階級に行く審査では、『一人の霊体をサポートして天使見習いに昇級させる』という課題があるの。他の霊体さんたちにも私と同じ階級の天使がついていたでしょ?」



大義は急に

不安になって来た。


目の前の少女の実力如何では

自分も審査に失格する、


そう感じた。



もしかすると

そこを合格出来ないと

しばらく霊体のまま

どうにかしなくてはならない、

例えば幽霊的な何かで。



(怖くて聞けないな)



目の前の少女が

自信満々なのに

水をさすのも悪いと思い

大義は黙ってやり過ごした。



「さぁ行くわよ」



意気揚々と

少女が

一つの部屋に乗り込んだ。



中には

少し上級と解る

天使達が席についていた。



「長谷川大義の天使見習い昇級審査をお願いいたします」



少女がハキハキと言い

大義は尻込みしながら

後ろで小さくなっている。



(せめてもう少し予備知識が欲しかったよ)



いきなり審査とは

大義は心の準備が出来ていない。





幸い

どの天使も

優しく微笑んで

見つめていた。


魔界じゃなくて良かった!と


大義は心から思う。



プレッシャーには

弱い自分を知っていた。




「では****天使、******。長谷川大義の***を」



天使の最初の言葉に

大義は度肝を抜かれた。


殆ど解らない。


確かにこれは

少女のサポートがないと

昇級出来そうになかった。



そしておそらく。


これまで

少女が

自分の名前を

口にしていないのも


大義にはまだ

それを聞き取る能力がない、


そういうことだろう。



そんなふうに

大義が思っていると


少女は

小さなメモ帳を取り出し

喋りだす。



「では報告させていただきます。長谷川大義の***より100の行いを私が保証いたします」



(100の行い?)



大義は

不思議な顔で

少女の横顔を見る。



「1月3日、道端の衰弱した猫を保護、両親の反対を押し切り世話を開始」



「!?」



「1月10日、猫が快復。里親探しを開始。


1月12日、近所の一人暮らしの老婆に猫を託す」



どうやら

天使にふさわしい行いを

100個

発表されているらしいと解り


大義は恥ずかしくなり

顔を赤くした。



「1月15日、猫を見に来たと口実、老婆の話し相手に。


1月22日、猫の餌を買いに行くついでと言い、老婆のお使い。


1月30日、自宅の雪かきを自ら実行」



「それは単に家に鍵がかかってて入れなかったから仕方なく――」



あまりの恥ずかしさに

大義はつい口をはさんだ。


天使達がクスクスと

笑いをこぼしている。



「備考、父親がギックリ腰、母親は腱鞘炎でした」



「うええ!?そんなこと知らな――」



「2月2日……」



大義を無視するように

少女は報告を続け


その数99まで来た時に

あら、と動きを止めた。



「どうかしましたか?」



少女のメモには

99しか

行いが書かれていなかった。


少し考えて

少女はゆっくり記憶をたぐる。



(ここまで来てまさかのカウントミス!?)



大義はハラハラと

少女を見守る。



やがて再び

少女が口を開いた。



「少しばかり昔になりますが、」


そう前置きした。



「構いませんよ」



「幼少時代、戸棚のお菓子を盗み食いしようとして――」



天使達は目を丸くし

大義は

心臓が止まりそうになった。


むしろ動いている心臓は

すでにないのだが。



「その際に足の小指を机の脚にぶつけ、『天罰』と悟ってお菓子を戸棚に返して我慢しました!」





大義には拷問みたいな

100の行いが

すべて告げられると


天使の一人がやんわりと



「確かに。100の行いを認めます」



そう言って

何かの書類にサインをした。


白い羽のペンが

天使らしい。



だが

大義には最後の項目が

あまりにも衝撃的で

半ば失神しそうになっていた。





大義はただ

そこにいて

聞いているだけだったが


大変疲労した気分だ。



少女は嬉しそうに

天使達に礼をする。



「では私の昇級審査をお願いいたします!」



「よく頑張りましたね。エンドレアの昇級を認めます」



少女の名前を

漸く聞いた。


大義はもう

天使見習いだった。


ギョッとして手をやると

自分の背中に二つ

コブがある。


まだ羽翼ではない。



少女エンドレアが

先ほどの書類にサインし


更に天使が判を捺す。



エンドレアの羽翼が

フワリと成長し

大義は感動を覚えた。



「おめでとうエンドレア」



自然とそう言っていた。



「君のおかげ、ありがとう!」



二人は天使達に別れを告げ

部屋を出ると

少し興奮気味に話を始めた。



「翼、綺麗だね」



「大天使様の羽翼は信じられないくらい美しいわ」



くるくると踊るエンドレアに

大義は思わず笑った。


小さなこどもみたいに

無邪気に見えたからだ。



「今は天使見習いだから人間の頃の名前と姿と記憶をまだ引き継いでいるけど、次の昇級……本物の天使になる時、君は長谷川大義じゃなくなるの」



急に告げられ


大義から

笑顔が消えた。


エンドレアは

踊っていて

表情は見えない。



「必要なのはその決意だけ。頑張ってね」



すぐには

言葉はでなかった。



長い沈黙で

エンドレアの美しい踊りを

ただ見ているだけだった。



大義は

今の記憶を

なくしてしまうことの

その意味が解らない。


悲しいのか嬉しいのか

解らない。



いつしか

エンドレアの踊りは

終わっていた。



「迷いがあるうちはずっと見習いでいていいの。先へ進みたくなったならいつでも天使になればいいわ」



その判断は自由だと。


エンドレアの静かな目が

大義を見つめる。



「天界へ来てからの記憶は、消えたりはしないから。何もかも失うわけじゃないのよ」



大義は頷き


最後の質問をした。



「エンドレアはいつから僕を見ていたの」






「解らないわね」



小さく笑って

エンドレアが言う。



「自分がどれだけ、何で君を見ていたのか、それは天使になって消えちゃった。君が死んでしまうのを神様に聞いて、君の行いをメモして、君を迎えに行って、それで今。私が君をサポートするのはここまで」



「昔はエンドレアって言う名前じゃなくて、今の姿でもなくて、きっと僕の知り合いだったんだよね?」



「どうだろうね、そうかもしれないね」



エンドレアは

優しく笑って

大義を撫でた。



「立派な天使になるんだよ?それでまた、一緒に頑張ろう」



「解った。頑張って追いつく」



そう約束をして

大義はエンドレアを見送った。









前略。

おばあちゃんだった人



僕も天国に来れました。

天界というらしいです。


本当に良かったです。


今はまだ

僕は天使の見習いで

残念ながら翼もありません。


頭の上に光る輪っかも

まだです。



でも見慣れたこの顔や

大したことのない

人間だった頃の記憶も

今は何だか愛しいので


焦らずゆっくり

見習いを

続けて行きたいと思います。



霊体から見習いに

昇級しただけで

物事の見え方が

少し変わりました。


心が広くなった気がします。


僕は

僕の人生を

振り返る意味も含め


しばらく現世を

見学したいと思います。



そのうち天使になって

誰かの行いを100個集めて


その時は

貴女を追いかけていきます。


どんどん進みつつ

待っていてくださいね。




追伸。



こどもの頃


僕が

盗み食いをしようとしたところを

止めてくれてありがとう。



だけどぶっちゃけ


あれは

凄く恥ずかしかったです。








                       ~ Sincerely yours ~





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