第155話 俺、今、女子飲み会中
コリドー街から少し路地に入り、目的の店に着いた、俺と桜さんだった。
特に予約していた訳ではなかったが、品川の職場から移動してきて、ちょうどコリドー街に入る辺りで合流した津田摩耶さんを含めて女3人。それくらいであれば、いくら人の流れのとぎれない今話題の繁華街といっても、結構なんとかなるものである。
桜さん的には最初の店だめなら、他も何件か巡るつもりで近くの店のチェックもしていたようだが、店頭で聞いてみたらあっさり奥に通される。
そこは、チャラくもなく、寂れてもない、ちょうど良い雰囲気のこじゃれたイタリアン。桜さん行きつけなのか、店員のお姉さんが親しげに話をしている。
で、話の盛り上がるうちに、実はという感じで、桜さんの妊娠と婚約を話したら店内は騒然。一気にお祝いモード。たまたま隣りに座ってたおじさんおばさんのグループも巻き込んで、そのまま乾杯の連続。
酒、酒、酒であった。
中身は高校生男子で、アラサーの体に入れ替わっただけの俺としては酒はまだ遠慮したいところなのだが、ちょっと今日は断れる雰囲気ではない。
別に飲んだら悪いわけではない。俺が今中に入っている稲田先生は成人などとうに超え(失礼)、次の大台も間近のアラサー女性だ。仕事に、遊びに、恋に……。最後のだけどうにもうまくいかないようだが、ーー決してものすごく社交的なわけではなく、どちらかというと内気、引っ込み思案の先生ではあるのだけれど、今日一緒の桜さんや摩耶さん、他にも少数だけれども良く気心のしれたど友達がいて、こんな風にささやかな飲み会をすることも度々。
というか、どうも、仲間内では酒好きで通ってる稲田先生が、こんなめでたい席で飲まないのは変だろ?
というわけで、高校生である中の人ーー俺、向ヶ丘勇ーー的には、飲酒に抵抗がないわけではないけれど、今日は進められるままに飲むことにしたのだった。
すると、
「さすが、
遅れてきた摩耶さんからほめられる。
「この間はウーロン茶ばかりでいったいどうしたのかとおもったのだけど……」
桜さんが言っているのは、先週の合コンの時のことだ。稲田先生と入れ替わったばかり、アラサービギナーである俺は。そんな大人の、ただれてそうな集まりに参加なんて無理だと必死に抵抗したのだが、前から決まっていたから、もしかしたら良い出会いがあるかもしれないからと、無理矢理行かされた飲み会であった。
いや、男子高校生たる俺が、三十がらみのおっさんたちとなんで合コンしなきゃいけないんだ? 俺は前世でいったいどんな罪を犯してインガオホーを受けているのか? と、鬱々とした気持ちの中、俺はソフトドリンクばかりのんでいたのだった。
だが、
「……稲田さん、そろそろ日本酒なんじゃないですか?」
「え……? は、はい」
ちょうど皿を片づけに来た、どうやら稲田先生も顔なじみらしき店員のお姉さんが言うと、
「じゃあ、私もそうしちゃおうかな?」
便乗しようとした桜さん。
「桜はだめよ! ほんと。子供できたって自覚ないんだから……」
「へへ。冗談、冗談。正直、つわり始まってて、お酒なんて飲む気なんて起きないんだよね」
で、摩耶さんにたしなめられる桜さんが、
「……じゃあ私の分も初美が飲むと言うことで。この大吟醸いってみようか?」
俺ーー稲田先生ーーに全ふりで。目の前にはいつの間にか、小さめのコップの乗った木の升が置かれ、店員さんのもった一升瓶からお酒がつがれる。
酒はコップをあふれ、こぼれ、受け皿となっている升も一杯になるくらいまでつぐのをやめない。酒の表面は緩やかに膨れ、こりゃ表面張力の限界に挑戦しているな。と、こぼれないぎりぎりで止める店員さんの腕前に俺が感心して、じっと見つめていると、
「…………」
「…………」
「…………」
「…………?」
ああ!
みんな、稲田先生が飲むのを待ってるんだ。
いつの間にか満席になった店内。忙しそうな中、お酒をつぎ終わった後も足を止めて、期待した表情で俺、稲田先生を見ている店員のお姉さんと目があって気づく。
きっと、稲田先生、普段、本気で飲みっぷり良いんだな。
じゃあ……。
ーーぐいっ!
「「「おー!」」」
一気にコップをからにした俺に感性が飛ぶ。
「「「「おー!」」」」
隣の席のおじさん、おばさんからも賞賛の声。
そして、
「いやー。君、見ていて気持ち良い飲みっぷりだね……」
「ーー?」
声のする方向に振り返れば、後ろに立つさわやかイケメンからもほめられるが……誰? この人?
*
結局、そのイケメンは見ず知らずの人で、俺たちが隣のテーブルを巻き込んで盛り上がっているところにさっと入ってきただけの人のようだった。
といっても、とても自然な感じで、そのまま古くからの友達ででもあるかのように、桜さん、摩耶さんとも打ち解けて、隣のおじさんおばさんグループとも仲良くなり、イケメンのつれらしき男女もやってきて乾杯。他にもう一組いた女子会の五人組も巻き込んで、一気に大宴会の
この辺で働いているらしい桜さん行きつけで、稲田先生も店員に顔を知られているくらいには来訪回数があって、他のお客さんもなんとなく知っている感じの人が多いらしく身内感がある。そんな中での慶事の報告であった。盛り上がらないわけがない。
そして、その中で、俺は今の自分の置かれている立場は、場を盛り上げること。気のよい飲兵衛キャラが求められていることであるのを知るのだった。
いや、でも、それは……、正直楽しかった。
元々の俺ーー向ヶ丘勇ーー聖なるボッチ高校生男子としては、誓って言うけれど、未成年の飲酒の経験などはない。まあ、一緒に酒飲んで騒ごうっていう友達などいないともいうがーーともかく、俺はいままで、酒を飲んだことなどはない。
なぜか、二日酔いの経験だけはあるけどね。パーティーピーポー
稲田先生に入れ替わってからも、今日はまでは酒を飲まずにすましてきた。合コンでも、先生のマンションに帰って風呂上がりに冷蔵庫にびっしりと詰め込まれたビールを見ても(喉がゴクリと鳴ったけど)、その禁酒の意志は揺らがなかった。
でも、今日はさすがに……。飲まないと無粋だよね。
と思って飲み始めてみれば、すぐになんか良い気持ちとなって、
「イタリアンにも日本酒結構あうんですね」
「この頃の日本酒って結構すごいみたいね。若手のやってる酒蔵が最新の醸造技術で品質の高い日本酒作り始めて、それに老舗も刺激されて……。ワインに比べて同価格ならずっと高品質ということで、世界のワインバイヤーが買い始めてプレミアつくのが心配されているみたいね」
いつまにか俺と桜さんの間にさわやかイケメンが座っているのも自然と受け止めている、というかそんな細かいことなんてどうでも良い気分になっていて、
「……へえそうなんだ」
「そうなんだ……って、この間あんたから教えてもらった話でしょそれ」
「ーー?」
「って、忘れちゃったの初美?」
というか、俺、初美じゃないもんね。
「……まあいいか」
うん、まあ良いんじゃない? 酒の席だし。良くわからんが。
「……はは。良い感じの飲み会ですね」
そう。良い感じ。何でも良い感じ。
「いえいえ、ツレが酔っぱらいでお恥ずかしい」
「そんなこと、一緒にさせてもらってありがたいですよ」
ほら、このイケメンもかまわないみたいじゃない。
それよりも、
「……あ、酒がなくなった。次、頼もうか?」
何杯目か忘れたけど、目の前のコップの日本酒が空になっているのに気づく俺。
「初美、ちょっと明日も仕事なのにそろそろ飲み過ぎじゃない?」
「まあ、大丈夫。大丈夫もう一杯くらい……めでたい席なんだし……」
「でも……まあ、気持ちは嬉しいけど」
「それなら、次は僕のおごりで……日本酒続きだったから、次は日本ワインなんてどうですか?」
「おお、良いね! それ行ってみよう!」
「こら、初美! ずうずうしい」
「……かまいませんよ。こちらこそ、ずうずうしく女子会に割り込んでワインの一本もいれないと申し訳ない」
「……すみません。それじゃご厚意に甘えて」
桜さんも、これ以上拒否すると逆に失礼かと思って、イケメンの進める日本ワイン(日本産のブドウで日本で作ったワインをそう呼ぶみたいね。それも、この頃、世界的にも話題になってるって後で知ったけど)が、テーブルにやってきて、
「乾杯!」
いつの間にかテンションマックスで、頼まれてもいないのに立ち上がって乾杯の発声をする俺は、ひどく酔っぱらって、気持ちも大きくなって、
「……あ、甘い。おいしい」
その時には気づかなかったのであった。
「甲州品種のワインで、甘いけどさっぱりしてますよね」
「うん。でも、それだけでなく……なんだろ」
「それは、きっと……」
甘い時間の中に潜む、大人の苦みというものを。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます