第154話 俺、今、女子銀座中?

 俺は、新橋駅前のSLのある側の広場から、桜さんについて駅の反対側に歩いて行った。

 で、そっちは、女子が多い(こっちは親父が多い)よという桜さんの言であったが……。

 ——?

 反対口に行ったくらいでは街の印象はそんな変わるわけでない。

 大きく違うのは、

『あ、ゆりかもめの乗り場あるな』

 って、そこに現れた未来的なフォルムの駅舎を見て、小学校での遠足の思い出が蘇るくらい。

 で、遠足とかの集団行動にろくな思いでのない俺はそっと眼をそらすが、他は駅の反対側と特に変わった印象はない。

 こっちも昭和を感じさせる街並み……って、平成になってかなり過ぎてからの生まれの俺は、昭和を見たことがある訳じゃないけれど、大人ががこういう風景見ると昭和とか言い出す、そんな建物がこちら側も立ち並んでいる。

 なんだろ、窓が小さめで、特に凝った意匠もなく、地味な感じの低めのビル。……って感じ?

 本当に昭和がこんな感じの世界だったかは知らない。正直、ぱっと見、薄汚れた様子ってだけに見えるビルも多い。

 でも、この頃の再開発された、一面ガラス張りの高層ビルばかりの街に比べて、なんか味わい深いと思わないでもないな。

 まあ、俺の地元駅前も、こんな感じのビルが多いから、都内に来たのに見慣れた風景で安心感が出ているだけなのかもしれないけれど。

 ともかく、駅の反対側とたいしてかわらんな……。

 と、思っていたら、桜さんが言う。


「やっぱりこっち側は風景違うね」


 は? 何言ってんの? この強者どもが夢の後的な、この哀愁漂うサラリーマンの天国はこっち側でも続いているじゃない?

 俺は桜さんの言葉を聞いて違和感を感じるのだが……。

 ——ん? 

 俺は、振り向き気づく。

 桜さんの視線を見て、俺と見ているものが違う。

 顔が、随分上の方を向いてるな。

 で、俺も、その視線を追って上を向けば……。

 ああ——!

 俺の眼に摩天楼、いかにもこの頃なガラス張りの高層ビル群の姿が飛び込んでくる。

 これは……、昭和の向こうに未来がそびえている感じ。

 そういや、新橋駅の海側って再開発されてたんだっけ。

 聞いたことがあるな。

 確か、汐留とかいう地区なんだよな。

 大きなビルが何個も造られて、日本を代表するような企業もどんどんと入って、一大ビジネス地区になっているとか。

 でもすると、桜さんはこの辺で働いている——だから今日はここらで集まることになった——のだけれど、あのきらきらしたビルのどれかで働いているのかな? と思ったけど、

「私の会社ある方向と違うねこっちはやっぱり」

 だそうである。

 桜さんは、反対側の古き良きなのか旧態依然なのかわからないけれど、イッツ・オールド・ジャパニーズ企業勤務のようだった。

 それが、良いことなのか悪いことなのか、そもそも良し悪しの問題なのかーー中身が世事に興味のないオタク高校生である俺にはさっぱりわからないのだが、

「こっちきたら、銀座だものね。店の名前が」

 俺がそんなことを考えているとは、露一つも思うわけもない桜さんはさっさと話題を代える。

 でも、——? 新橋なのに銀座? なんかさらにわからないこと言ってきたな桜さん。

 俺の怪訝そうな顔を見て、

「あれ、初美知らないの? 新橋の裏側、すぐ近くまで銀座なんだよ。銀座八丁目というのがすぐ近くまで延びているんだよ」

 ええ、そうなんだ。銀座って、有楽町の先にあって、デパートとか高級ブティックとかが立ち並んでいる場所。歩行者天国とかやっていて、爆買いの海外からの旅行者なんかが闊歩するあたりのことかと思ってた。

「銀座の中心部は一駅先だけれどね。地名的にはこの先の高架橋の下をくぐれば、もう銀座よ」

 なるほど初めて知った。

「……そこまで行けば、店の名前に『銀座店』って名乗る資格でるってこと。……もっともそこまで行かなくても、新橋駅の真裏でも銀座店を名乗っていたりするけれど」

 確かにな。

 今、駅から見える汚そうな居酒屋で銀座店とか看板に書いてあるとところがあるな。

 まあ、所在地名が銀座でなくて銀座を名乗れば罰金を取られるわけでもないだろうから、名乗るのは勝手だろうけど、別に無理に銀座名乗ってもイメージがあがるとも思えないような店まで名乗るのって、銀座ってやっぱりブランドなんだと思うな。

 まあ、ボロ車にベンツのエンブレムだけつけてるみたいな滑稽な状況になっている店も多そうだけど。

「さあ、じゃあ今日は、せっかくの女子会だから、今、OL的には一番ホットな銀座行ってみようか?」

 ん、それ何処?

「初美もさっさと行きたいでしょコリドー街」

 あ、そこが、さっき桜さんが言ってた今日の女子飲みの場所か。

 そのとき、俺は、その場所の何がホットなのかまるで知らなかったのだけれど……。

 ともかく、俺らは、さっさと、そのコリドー街とやらに移動することになるのであった。


   *


 コリドー街。

 新橋と有楽町の間の山手線高架下に作られた飲み屋街とそれに面した通り周辺を指す言葉だ。

 この場所、昔は、住所は銀座といっても、その中心部の繁華街からはほど遠く、付近のサラリーマンの飲み会などによく使われる親父オリエンテッドな場所であったそうだ。

 そして、まあ、今も付近の会社の飲み会に使われるような場所であると言っても間違いではない。

 ただ、それだけではなくなったということだった。

 それだけでない・・・・・・・男女が集まる場所になったということなのだった。

 きっかけは、さっき俺たちが見た、新橋の海側に位置する汐留地区の開発にあるようだ。

 それは十年以上前のこと。

 有名な広告代理店が本社を移転したのがこの付近の変化として象徴的に語られるようだが、他も日本を代表するような有名な企業の本社が続々とこの付近に集まり始める。

 そして、すると、その有名企業の若手社員なんかが新橋近辺の昭和テイストの飲み屋よりは、清潔感もあって、手頃な飲み屋の集うコリドー街付近で飲み会や合コンなんかをやるようになる。

 で、そんな将来有望な若いエリート社員にナンパされたとか、その後恋人になったとかの話も出始めて、するとそれを聞きつけた玉の輿ねらいの女子が集まったり、今度は集まった女子ねらいの男子が集まったり……。

 いつの間にか、日本一とも称されるナンパスポットの出来上がりであった。

 ちょっと、単純化して語りすぎているのかもしれないが、俺が後で調べてわかった、男と女の交差点コリドー街ができるまでの物語がこれだ。

 まあ、通りを歩いている時には、ナンパスポットのできあがるまでの歴史なんていう、俺にとってどうでも良い話、まったく知らないで歩いていたのだけれどね。

 とはいえ、思い返してみれば。確かに、道中、そんな雰囲気も随分と感じられた。

 歩道に立ち、歩く女性のことじっと見つめている男たちとか。いかにもといった、ちょっとエロ目の格好で視線気にしながらたっているような女性とか。

 ——でもね、そういう人も多かったけど、そうじゃない人も多いんだよね。

 というか、そっちの方がやっぱり大多数だ。

 普通に会社の飲み会らしきおじさん、おばさんの集団とか。日本観光中と思わしき外国人の人たちとか。会社の接待らしき、ぺこぺこお辞儀してるぴしっとしたスーツの人たちとか。

 桜さんと、俺——今は稲田先生——の妙齢女子二人が歩いていても、『今日はそういうのと違うんですよ』ってオーラ出しまくってれば、ひっきりなしに声かけられるってこともない。

 一人だけ、今日は予定決まってるって答えてもしつこく食い下がってくるヤンキー風味のサラリーマンがいたけれど、興味なさそうな顔をしてそのまま歩いて行ったら、さすがに追いかけてくるまではなかったし。

 まるで嘘でもないけれど、世間の噂で単純化して語られるような

単調な場所でもない。

 そうだね。俺は、体入れ替わり現象に巻き込まれてからの数ヶ月で、他人の人生をいろいろと体験するはめになって、何事も、たとえば喜多見美亜あいつのことなんんかもリア充とひとくくりにしてはいけないという考えになった。

 どんな評判がたっていても、結局は人間のやること、そこに飛び込んでみたならば、結局は何とかなると。

 なので。このコリドー街も、アラサー女子としてやって来てみても……。

 ——何するものか!

 別に何の危険もないと、俺は過信していた。

 つまり、その時、俺は、まだ良く知らぬ大人の世界を甘く考えていたのだった。

 というか酒の魔力を。

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