第127話 俺、今、女子戦闘準備中

「お姉ちゃん、あれが敵?」


 と、幼女エルフ——ミューに言われて首肯する俺。

 この世界の女神(アルバイト)とのことである謎の少女——片瀬セナと、幼女エルフにとりついてうた悪魔(?)との想像を絶する戦いからあっという間に数日がたち、宣戦布告されていた魔法帝国の大軍が、ついに聖都に押し寄せて来たのだった。

 軍を率いるのは人造人間ホムンクルスサクア。帝国をべる悪逆非道の魔法使いローゼの従者にして右腕。この世界の魔導技術のすいをつくして作り上げられた彼女——サクアは、魔力量であれば創造者であるローゼをも凌駕する。聖騎士の長ロータスであっても勝てるとは限らない強大な相手であった。

 それが、配下の大軍を引き連れ押し寄せて来ているのだった。

 それならば、聖騎士こちらも緊張はいやが上にも高まる!

 ……はずであったが、


「いやあ……来ましたねサクアのしょぼい軍勢」

「本当ですね。何? あれで勝てると思ってるのかな?」

「……ぱっと見、魔王級の者はサクア以外いないようですね」

「こちらにはフラメンコ殿がいるし、もちろんロータス様も。で、その他の総力でも拮抗——いや少し上回ってるかな? エチエンヌ様も最前線で敵に打撃をあたえるべく待ち構えていることだし」

「なんだ、もしかして楽勝ですか……」

「こまったなあ、我が軍は強過ぎで、これじゃ、後方に控えた遊撃騎馬隊の我らに出番は回って来ないかもしれませんな」

「はは! こまりましたな、体が鈍ってしまう」

「昨夜の宴会の食事が贅肉になってしまいますな!」

「がはは! まったくですな。まったくローゼももう少しまともな連中を送り込んでくるべきですな」

「その通り! これじゃ我々のやりがいがないというものです」

「はは! しょうがありません……我が軍が強すぎるのですから」

「然り!」

「然りですな……」

「はははは……」


 まったく、ぬるみきっている圧倒的な我が軍。というのも、こちらには別世界から来た魔王フラメンコ——中の人は下北沢花奈——がいるからであった。

 この戦い、相手いかなサクアとはいえ、もともと聖女ロータス様とその第一騎士エチエンヌさんで押し気味であったのに、別世界から来た魔王が味方についたということで一気に楽勝モードである。

 昨晩も戦勝前祝いということで飲めや歌えやの宴会であったし、気を抜くにも程があるという状態であった。

 まあ、でも、

「白い方が勝つ?」

「そう、……だな」

 と、そんな聖騎士の制服姿白装束の我が軍を見ながら幼女エルフのミューに言われれば、普通に考えれば我が軍が勝つな、と思いながら首肯する俺であった。

 もちろん、

「……油断しちゃいけないけどな」

「あの人たちみたいに?」

 ミューが指差す、周りのだらけきった聖騎士の面々は確かに不安を誘うけどな。

 ——しかし、

「いや、油断しても勝つかな、今回は……」

「そうなら……いいけど」

「大丈夫さ」

 俺は、ミューが不安にならないようにとニッコリと笑いながら彼女の頭を撫でる。

 ミューはまだ少し納得いかなそうな顔であったが、微笑みを返すとそれ以上は何も言わずに、この後に戦場となるだろう、二つの軍勢が睨み合う平原を眺める。

 まったく、こんな幼女を戦場に連れてきたうえに不安にさせるというのも心苦しいことこの上ないのだが……。

 幼女エルフ——ミューは、自らの意思でこの場に来ていたのだった。

 セナが悪魔と呼んでいた超常の存在、愛音あやねがこの世界での依代として選んだ彼女は、神々のレベルの存在が入り込んでも大丈夫だっただけのことはある、とてつもない器であった。幼くして天涯孤独となり、都の最下層、スラムに身をやつしてその日をやっと生きるような生活をしていたために、今まで誰の目にもとまらないでいたが、このまま順調に成長するのならば聖騎士の次代を担う事ができるのはと思われるほどの逸材なのであった。

 俺が眠りこけた彼女を連れて神殿に行って、一夜開けた次の朝、幼女の治療を兼ねて彼女の霊力測定を始めた神官が一瞬で血相を変えてエチエンヌさんのところに報告に行ったくらい、ミューのポテンシャルはとてつもないものだったのであった。これは是非聖騎士陣営に加わってほしい、そうでなくとも絶対に敵対する魔法帝国陣営には行ってもらっては困る。そう思った聖騎士首脳陣はミューを神殿で保護することに決めたのだった。

 ミューにしても、どこか行くところがあるわけでもないし、彼女を悪魔から開放したのが聖騎士の俺であったので、少なくとも、聖騎士の保護を当面受けるのは異論もない。というわけで魔法帝国との戦いの始まったあとも、彼女は聖騎士と行動をともにすることになったのだが、更に積極的なことには、その戦いを自らの目で見たいと言いだしたのだった。

 なので、流石に最前線はどうかと思い、街の聖都を囲う城壁の上でチャンスを伺い、一気に突入して敵を殲滅する役割を担った我がランド小隊と一緒にいる、というわけなのだった。

 で、本来ならここは、いつ出動となってもおかしくない緊張感に満ちた場所になっていてもおかしくないはずなのであったが……。


「フラメンコ殿、いや、先生。調子はいかがですか?」

「うむ。我、絶好調」

「おお、それは安心でございますな」

「うむ。我、さっさと敵粉砕」

「まあまあ、先生からしたら、相手はカトンボみたいなものでしょうから、さっさと倒してしまいたい気持ちはわかりますが、もう少しお待ちください。敵が集結して、ここぞというタイミングで攻撃していただきたく思っておりまして。まだ敵は集結しきれておりませんで、今攻撃してもまだ無駄が大きくて……」

「うむ。ただちょっと、僕、急いでるんだよね……」

「僕?」

「……ぼ、撲殺、……我、さっさと敵、撲殺」

「おお! さすがフラメンコ先生! 全体マップ攻撃で逃れた敵なんて撲殺してしまえば良いってことですな」

「う、……うむ、そう……かな?」


 揉み手をせんばかりの様子でご機嫌を取るランスロットさんに、余裕をかました返答をする魔王フラメンコこと下北沢花奈であった。彼女は、このゲームプライマル・マジカル・ワールドを相当やりこんでいて、別世界マップで魔王にまでなっていたその力は確かに相当なものであるようだ。味方についたとわかるや、聖騎士の皆様があっさりと楽勝モードになるくらい。

 フラメンコの力は、ロータス様に拮抗するか、下手したら超えているかもしれないというのが上級神官たちの見立てであった。

 ならば、魔法帝国のトップのローゼを温存、従者サクアのみで攻めてきた今回の侵攻においては、魔王フラメンコの参戦により、聖都側が圧倒的に有利であるのだった。まあ、合理的、論理的考えれば、今回の戦いは、相当下手打たない限りはこちらの勝利は間違いないと言えるのであった。

 とはいえ、俺が唯一心配したのは、魔法帝国側に他の世界の魔王クラスのプレイヤーがつかないかということであった。

 多元世界を行き来しながらプレイするこのゲームプラ・マジ——今の俺には現実——であるから、下北沢花奈以外の、別の世界の魔王がこの戦いに敵として参戦するという可能性がないわけではない。というか、この世界をゲームとして認識する俺の世界では、この間ゲームに追加されたばかりのここブラッディ。ワールドでの初めての大規模な戦闘ということで、別世界で腕を磨いた強者たちが興味をもって参戦して来てもおかしくはないのであった。

 だが、今のところ敵に魔王クラスの高レベル者は軍を率いるサクアのみのようだ。この後で、戦いが始まってから突然転移して来て参戦する可能性もあるが、


「……先生、もう少しですな、奴らが集合して突撃の陣形をとったところで、一発ドカンとかましてやってください」

「うむ。我、メテオアタック、準備OK……」


 魔王が隕石メテオをぶち込んで敵をあらかた殲滅してから参戦して来ても後の祭り。というか、戦いの趨勢が決してしまった後、そんな負け組にあえて味方して、ポイントを下げるのをあえてやるたがるような奴がそんないるとも思えない。

 という意味では、魔王フラメンコが攻撃の準備終えた今の時点で、この戦いの勝敗はすでに決してしまっとさえ言えるのだった。


 しかし、


「……急がないと、もうやばいかも」


 なんか魔王、——下北沢花奈の様子が変なんだよな。

 そわそわしているというか、戦いの他に、何かきになる事がありそうだというか……。


 と思っていたら、


「あれ、誰か出てきたよ?」


 幼女エルフ、ミューの言葉で敵軍の先頭に立った過剰に色っぽい怪しげな妙齢の魔女の姿に注目するが、


「おい、魔王フラメンコ! いや花奈!」


 あれってもしかして、


「お前、締切守らないで逃げ出したと思ったらこんなところで油売ってて、……見つけたらどうなるかわかっているわよね!」


 うん。あれ、きっと、中の人は代々木のお姉さんだ。下北沢花奈といっしょに同人作家斉藤フラメンコをやっている、一見色っぽい女子大生、その正体はショタコンのガチヲタの代々木公子お姉さま。

 どうやら、下北沢花奈は、同人誌の締切をぶっちして、異世界にいる俺のために戦いに参加してくれていたようなのだった。


 もちろん、そんな、大変な時に、この戦いに来てくれたのは嬉しいのだが、


「我、もうだめ、見つかった……僕、落ちるね」


「「「「「「「「「「えっ!」」」」」」」」」」


 もう少しなんだから、もうちょっと粘れよ!


 忽然と目の前から消えた(ログアウトした)魔王フラメンコ。


「あ、花奈のやつ、ここからも逃げたな! くそ! 現実リアルで追い詰めるからね! 待ってなさい!」


 それを見て追いかけるように消える代々木お姉様のアバター。

 残されたのは、あっけにとられたかのように呆然と立ちすくむ両軍であったが、


「……臆するな! 突撃!」


 そんな、時にいち早く気を取り直して戦いの火蓋を切ったのは、聖騎士の最前線に軍を構えていたエチエンヌ大隊。

 それを見て、周りの聖騎士たちも、さっきまでの緩み切った表情が一変して、周りは一気に戦場の緊張感が高まる。

 敵軍も先頭の魔法使いたちが火炎魔法を放ちながら突撃を始め、——こりゃ、俺もマジで現実マジの戦争というやつに参加するのだなと、興奮と不安で心臓がばくばくとしてしまうのだが、


(あ、君、そのまま動かないで)


「え?」


(画面に私の顔うつってる。なんか変な感じ。これにキスすれば良いの?)


 なんか、心に聞こえて来た声のその主は……。


 ——チュ!


 俺がパソコンの画面越しに入れ替わったその相手、聖騎士ユウ・ランドその人のものであったのだった。

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