第126話 俺、今、女子幼女エルフ

「まったく、お父さんは……無茶するんだから……」


 幼女エルフに憑依していたヤバい奴をセナが倒した。その直後、結界が解け、直前まで激しい戦いがあったことなど、まるで夢だったかのように、人気のない、静かな夜の闇に包まれる、聖都の裏通りであった。

 しかし、夢や幻ではなく、あの戦いは確かにあった。あんなのが本当にあったとはとても信じられなような凄まじい戦い——神々の戦いであったのだけれど、俺は、あれ・・はたしかにあったのだと確信を持って断言できる。

 なぜなら、その証拠に、俺は今、幼女エルフとなってセナと二人きりで対面しているのだ。俺が幼女エルフにキスをして、聖騎士ユウ・ランドの身体と入れ替えることによって、セナは悪魔——愛音あやねを倒すことができた。そんな戦いの結果として、今、俺は幼女エルフの体の中に入っているのであった。

 我ながら、とっさによくもあんなことをやれたものだと、自分でもびっくり、というか少し自慢げな感じがしていたのだが、

「あと、ちょっと迂闊というか、考えが足りないわよね」

「……?」

 女神(アルバイト)のセナにあっさりとダメ出しをされる。

「……入れ替わる心が、あの悪魔じゃなくて、憑依されていたエルフのも一緒だったらどうしたつもり?」

「——あっ!」

 もし、そうなったら、セナは悪魔とエルフの魂を一緒に滅することができなくて、詰んでしまったかも。

「それに、なんとかなった良かったけど、相手の力が沙汰に強くて、お父さんが自ら——というかユウ・ランドの体に仕掛けた麻痺が効かなかったら? すると悪魔は、幼女じゃなくて、強靭な聖騎士の体を得て、私が何も加減なしに戦ってもやばいくらいの敵ができあがったかもしれないのだけれど……」

「……」

「どう?」

 言われてみれば、それもその通り。結果オーライでなんとかなったから良かったが、確かに、俺は一歩間違えばかえってセナを窮地に陥れかねない危うい行動をしていたのであった。

 だが、

「……もしかして、お父さんは、なんとかなると思ってた? いえ、知ってた?」

 その通りなのであった。

 いや、そんなはずはない。俺は知っているわけがない。キスで入れ替わるのは、意識の表層にいる魂だけであること。あの悪魔もしばらくは体を制御するのに時間がかかるであろうこと。

 しかし……。

 首肯する俺。

 俺は、なぜか・・・知っていた。それ・・が成功するだろうということを。体を入れ替えれば、セナがなんとかしてくれるだろうと言うことを。なんでそんな風に思うのかさっぱりわけがわからないのだが、

「……やっぱっりね。——覚えているののね、ちょっとは……」

 なんだか謎めいたことを言うセナ。

「へ?」

「……いえ、今はお父さん知っていなくて良い、……知っちゃいけないわ」

「?」

「うん。今の話は、忘れて、知ってても、いまさら何かかわるわけでもなし……それよりも……」

 確かにセナの良く意味のわからないつぶやきよりも俺には喫緊の問題がある。

「お父さんは、このままエルフの体にいなきゃならないか? ってこと心配してる……かな」

 ご名答。

 俺は、このまま、入れ替わった幼女エルフの体の中で過ごさねばならないのか? それともユウ・ランドの中に戻ることができるのか? ということが気になっていた。

 ユウ・ランドの体は蘇るだろうと思う。それは、すでに、中の人として俺は経験済みだ。この世界での転生者、転移者の持つ特性というか、能力というか、彼ら彼女らは死んでも蘇ることができる。まるでゲームのキャラクターのように。俺がゲームの中のキャラクターとしてプレイしていた時のように。

 彼女ユウは、

「……もうすぐ現れるわ。ここにユウ・ランドが……」

 なのであった。

 セナが指差す地面が薄ぼんやりと光り始め、それは次第に人型となる。

「復活の神殿じゃ遠いから、今日は特別にサービスしてここ・・でよ」

 とのことであった。

 セナの話す一瞬の間にも、その光——人型は、手や足がはっきりとした形となって、目鼻立ちも明確に、髪の毛がさらさらと動くのも認識できるようになって……。

 そこに現れたのは、間違いなく俺が入れ替わった聖騎士ユウ・ランド。闇夜に、彼女——聖騎士ユウ・ランドは、ぼんやりとした表情で、復活の光をまといながら、無表情でぼんやりとただたたずんででいた。

 まるで、

「……彼女には今、心が、魂が無いわ。あの悪魔は私の復活の対象じゃないというか、そもそも、この世の存在じゃ無いし」

 ということなのであった。

 セナにより殺された悪霊——愛音あやね——は復活せずに滅っしたが、ユウ・ランドの体は復活した。だから、そこにいる体には魂が入っていない抜け殻が現れたと言うことのようであった。

「……後はどうすれば良いかわかるでしょ? お父さん」

 ならば、——俺に何ができるのかというと、そりゃ一つしかない。

 俺は、ユウ・ランドの体に近づくと、今自分の入っている幼女エルフの顔を目一杯めいっぱい背伸びして……。


 ——チュ!


「あっ……」

 俺は一瞬の後、いきなり高くなった視点から二人の幼女を見下ろしているのに気づいた。

 俺は、ユウ・ランドの体に戻ったのだった。

「うん。今回はお父さんは、無——の魂と入れ替わったから、そっちのエルフっこもこれで余計な魂の干渉がなくなって本来の自分が目覚めると思うよ」

 とセナが言うやいなや、

「……ううん? え? ここは?」

 あっという間に本来の自我を取り戻した幼女エルフ。周りを見渡して、なぜ自分がこんな場所にいるのかわからずに、呆然としてしまっている模様だった。

「あ、君。大丈夫よ。悪い夢から覚めただけだから」

 そんな彼女にセナは優しく声をかけるが、

「夢……あっ……あああ!」

 幼女は、思い出した。思い出さない方が良いことを。

 悪魔——愛音あやね——に憑依されて犯した罪の数々。

 もともとスラム育ちのこの幼女は、それまでも、決して褒められたような生活をしていたわけではなかった。生きるためにやむをえずやった必要最低限の悪行といったところでっあった。

 だが、悪魔に乗り打ちられたからの彼女のやったことといえば……。

 悪質な強盗、殺人——それは悪人相手のこともあるが、罪のない一般市民のささやかな幸せを踏みにじるような真似も多数あり、


「うあぁああああああああああああん!」


 それらをすべて思い出した幼女であった。

 愛音の意識の下に押さえつけられていたとはいえ、全て見聞き、体験した、それら・・・を全て思い出して、溢れ出る罪の意識に押しつぶされそうになる彼女。


「大丈夫……」

「えっ……」


 しかし、セナが、女神の慈愛のオーラを振りまきながら幼女エルフを抱きしめて、

「言ったじゃない。あなたは悪い夢を見ていただけだって……」

「……」

 幼女の表情は次第に安らかに、落ち着いたものになり、次第にトロンとしてきた目つき。

「……眠っちゃった。でも、これで起きたら、ほんと全部夢に思えるようにしたから大丈夫」

 セナは、そう言いながら、自分とほとんど背丈の変わらない幼女をお姫様だっこしながら立ち上がる。それはまるで彼女の周りだけ、重力など存在しない別世界であるかのに軽々とした様子であった。

 そして、

「お父さん、少し頼みがあるんだけど……」

「はい?」

 セナは俺に、幼女エルフを渡しながら言う。

「……この、このまま元の生活に戻しても、悪魔にとりつかれるようなことはこの後ないにしても……」

 なるほど、セナは、どうもあることを俺に頼みたいようだ。

 それ・・に気づき、渡された幼女が意外に重く、ちょっとよろけそうになるのをこらえながら、セナが俺に頼みたがっていると思われることを口にした。

「このエルフを……聖騎士に?」

 すると、首肯するセナ。

愛音あやねの入れ物となりえるような、魔術量キャパをもった幼女なのよ。成長したらきっとすごい傑物になる。でもスラムに置いたままだと……」

 セナは、この幼女エルフをスラムに返すのではなく、聖騎士になるようにして欲しいようであった。このまま、元の生活にもどせば、その強大な容量を狙い、また悪しきものの入れ物と彼女はなってしまうかもしれない。あるいは、自らが、自分の広大な空虚を、悪で埋め尽くし、——悪そのものとなってしまうかもしれない。それをセナはおそれているようだった。

「でも……彼女が望めばだぞ」

「もちろん……でも、大丈夫よ」

 セナは、なぜか全て、もう未来もわかっているような表情で自信ありげに言う。

「その子は、大丈夫。きっと私たち・・の未来に協力してくれる」

「……?」

「ふふ、これもまだ知らなくて良いわ。お父さん! それじゃ、名残り惜しいけど、この場はこれまでに、最後に……」


 ——チュ!


「——!」


   *


 というわけで、キスしても体が入れ替わらない特異体質(いや、普通は逆だろというツッコミはわかるが)のセナ——片瀬セナは、最後に可愛い唇の感触を俺に残して忽然と聖都の暗闇から消えた。

 そして残されたのは幼女を抱きかかえる俺——今は女子聖騎士ユウ・ランド。

 何がなんだかわからないまま、ともかく眠る幼女を通りに放り出すわけにいかず、自宅につれていっても、幼女誘拐と勘ぐられて騒ぎになるのも困る。


「どっちにしても、連れて行くしかないか……」


 そう呟きながら、聖騎士の夜番のいる、神殿の詰所まで向かうことにするのであった。実は、これは、後にこの世界の聖騎士の四天王の一人として活躍するにとどまらず、世界を超え、多元世界での活躍することになり、さらに世界の深淵を目指す探検にまで参加することになるエルフ聖騎士ミューの誕生の瞬間とも言えるのだが、——それは随分と後の物語となる。

 今はただ、幼女を抱きかかえ夜の街をただゆっくりと歩きながら、安心してどっと押し寄せてきた眠気をこらえるのにただ必死なだけなのであった。


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