第123話 俺、今、女子決意中

 宴会が進み、——進めば進むほど惨状が広がる会場。

 要は、泥酔者大量発生である。

 普段はキリッとして勇ましい聖騎士の皆様がたの、普段の生真面目なイメージが一気に大崩壊であった。

 床に転がったまま動けなくなったり、ずっと壁に話しかけたり、気持ちが悪くなりトイレと会場の往復になってしまっていたり。信心深く、その強固な芯があるゆえのメンタル強者揃いの聖騎士たちがこんな有様なのは……。

 やっぱり、——そんな素振りはつゆほども見せていなかったが、間近にひかえた魔法帝国の大攻勢に、みんな緊張していたのだろうな。各地に散らばった聖都陣営の斥候からの報告では、その戦闘には、相手の総帥——残虐非道の魔法使いローゼは出てこない見込みであった。しかし、その右腕の人造人間ホムンクルスサクアが率いる大軍団がこちらに向かって進行中であるのだ。

 いかなサクアとはいえ、こちらには聖女ロータス様を筆頭に聖騎士団がいるとはいえ、ローゼよりも単純な戦闘力では上とも噂される人造人間ホムンクルスの攻勢に耐えきれるか、——ましてや聖都の住民に大きな被害を出さずに撃退できるか?

 聖騎士の皆さんは都を守り抜く決意も強固に、しかし心の底ではひどくナーバスになっていたのだろう。


 ところがだ……。


 異世界から来た魔王が味方についたということでホッとしてしまって、随分とはじけてた聖騎士の面々であった。

 というか、どうみても飲み過ぎである。

 今日ばかりは無礼講と、上司も部下も関係なく、飲ませ飲まされ酔い続け、気づけば意識朦朧な者が多数。地獄の底から聞こえるようなうめき声をあげて、青い顔して下を向いている連中や、テーブルに突っ伏していびきをかいている乱れた髪のてっぺんがちょっと怪しいおっさん——あれは俺の上司のランスロットさんか……。

 とまあ、飲み始めてもう数時間。konozamaな会場の様相であった。もうとっくに潮時を過ぎていた。ここはさっさとお開きにして、聖騎士のみなさんは、ゆっくり休んで明日への英気を養ってほしいものであった。

 しかし、久々に緊張からしばし解放された、このうたげが終わるのも名残惜しいのか、みんなだらだらズルズルと飲み続け、死屍累々、ゾンビ大量発生というような様相をなしてきたパーティ会場であった。いつ終わるともしれない饗宴。このままでは聖都じゅうの酒を飲み尽くすまでこの騒ぎは終わらないのではないかとさえ思われた。

 で、その中でも特にタチの悪いのが、


「へい、ユウ! どうなのよ? あんたどうなのよ?」


 PCの画面にキスをしてしまったことで聖騎士ユウ・ランドに入れ替わった俺——向ヶ丘勇——に絡みまくってくる聖女様であった。

「いるのかな? 彼氏いるのかな?」

「いえ、そんなものは……」

 ユウ・ランドの中身の俺は男だって! 彼氏なんているわけないだろ。ってうか……彼女もいないけど。

「そうかな? そうかな? 最近の子は油断ならないからね」

「そうですかね……」

「そうよ。そうに決まってる。恋人はいないかもしれないけど仲の良い子の一人二人はいるでしょう?」

「それはまあ……」

 まあ、最近仲は良いわな。喜多見美亜あいつとかあいつとか、あいつとか……。いろいろあって恋愛に発展するのはどうかなって状態だけど、百合ちゃんも憎からずは思ってくれてるだろうし、リア充コンビの生田緑と和泉珠琴だってまあ今となっては友達のようなものだし、下北沢花奈だってこうやって俺を助けに世界を越えて(彼女からしたらゲームのマップを移っただけとはいえ)やってきてくれたわけだし、やっぱり友達だよな。

「あっ、その顔!」

「はい?」

「その顔です。その顔」

「顔……?」

「わかるのです。聖女たる私にはわかるのです。それは異性の友達いっぱいいる者の余裕の顔です!」

「いっぱいなわけでは……」

「あっ! ゲロりましたね! ついに馬脚をあらわしましたね!」

「はい……?」

「いっぱいなわけではないということは、少し入るんですね! いいえ、わかってます。リア充のいう少し何て、抹香臭い聖女から見たら、星の数ほどの異性のことを言うんでしょう」

「いや、別にリア充では……」

 俺はひょんなことからリア充どもに巻き込まれていろいろひどい目にあってる被害者なだけで、

「いいえ違います! リア充はみんなそう言うんです。そんなちょっとした言葉で無意識に弱者を傷つけるんです!」

 その弱者が俺なんだが。言葉どころかリア充と入れ替わってしまって、精神力を常にガリガリと削られてしまっているのだが。

「で、友達とはどういう人のこと言うんですか? リア充様の言う友達って……ああきっとあれでしょ……」

「……?」

「……友達とかって……リアルで充実して……ああいやらしい! 不純に異性に交遊してる友達ですよね。オフでパ……」

「ロータス様。ちょと待って!」

 だめだこの人。聖女のくせに欲求不満なのかこのまま暴走させると何言い出すかわからない。

「ああ、そんな人たちは、パンを食べるようなもんなんでしょうね……」

 何が?

「……キ……」

「……?」

「……キ……キ……キ……」

「……?」

「……キスを……」

「……!」

「……キスをしたことはおあり?」

「そんなの無……」

 あ! あるな。たくさん。

「……」

「……」

「…………」

「…………」

「……………………」

「……………………」

「…………………………………………」

「…………………………………………」


「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………あるんですね!」


 はい。


「あああああああああああ! こんな小娘にも先を越され、——もう、聖女なんかやってるのいやああああああああああああああああああああああ!」


   *


「なんだか、すごい聖女様だったね」

「我も、びっくり」

「…………ああ」


 いつの間にかガランとしたパーティ会場。俺はパチモン魔法少女のアバターの喜多見美亜あいつと、魔王フラメンコのアバターの下北沢花奈と祭りの後の荒れ果てた様を眺めながら、ほんのついさっきまで絡まれ続けた、ロータス様の今日の騒ぎっぷりを述懐する。

 寝落ちするまで、ずっと、恋バナなのか愚痴なのか分からないような調子で心境を吐露し続けた聖女様。

 本当は、普通の少女として普通の恋愛をして普通に幸せになりたかった少女が、たまたまこの世界最高の霊力をもっていたために聖女として祭り上げられて、女性としての幸せを得ることができない。


 ——かわいそうな人なんです。


 今日は、聖女様にずっと付き合ってくれてありがとうと言葉の後にそう言ったのは、聖騎士軍団長にして彼女の従者エチエンヌ卿であった。

 ソファーに横になっていい夢を見ていそうなロータスを迎えにきた彼は、侍女達にロータス様を部屋まで連れて行くように指示した後、夢見る少女がその平凡な思いを遂げられないようなこの世界を変える——魔法帝国との決着をつけて世界に平和をもたらすのだと、その強い決意を俺たちに伝えるのであった。


 そうだな。


「頑張ろうか」

「我も頑張る」

「週末までにもっとレベル上げをしなくちゃね」


 さっさとこの世界から元の世界に戻って、週末の戦争はゲームプレイヤーとして参加したいと思っていた俺だったが……。

 今は、現実リアルとしか思えないこの世界に、いろいろと愛着も湧いてきた。この世界の仲間達を守るために、——俺は自分がすべきことをしなければと強く思い始めていたのだった。

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