第124話 俺、今、女子後片付け中
ところで、宴会の最中、ふと疑問に思ったことがある。俺はこっちの人たちと、現実の人たちとと同じような本物の会話をしていた。
それは、——当たり前だ。俺にとってはこっちが現実なんだから。
しかし、
「えっ? 余り考えていないというか……、普通に自然体でチャットしてただけよ」
「うむ、我も、——じゃなくて、……僕も、止め絵や流れてくる会話文から雰囲気や行間を察してチャットしてただけだよ」
まるで、俺がこの世界にやって来て、ロータス様たちとどういうやり取りをするのかを、まるであらかじめ全部違いなく予想しておいたみたいだ。それをセリフや止め絵として用意していたかのように。
でも、そんなことを、俺の世界のゲーム制作者ができるわけがない。じゃあ、偶然にスクリプトと俺の反応が不自然なくぴったりと合った? いや、それこそ、そんな極小の確率の事象がおきたことなんて考えにくい。俺が、全身全霊、粉骨砕身、この謎に取り組んだところで、こんな不可思議な話がなんでおきているかなんてさっぱりわかりそうもなかった。
でも、——これは何かある。ゲームの中の世界と思っていた、プライマル・マジカル・ワールドは、俺の世界の
「まあ、よくわからないけど、そもそもあんたがゲームの中に入ってしまうということですでに常識を外れているのだから今さら何が起きても驚かないけどね」
「それを言うなら、キスで体が入れ替わる事態が起きている事がそもそも常識はずれじゃないかな」
「そうだな……」
確かに二人の言うとおり。体の入れ替わりなんて言う超常現象に巻き込まれている時点で何をいまさらなのであった。ここはよくわからない現象のひとつやふたつ起きてもどーんと構えて、気にしないで……。
「おーい、ランド! お話し中のところ悪いがこっち手伝ってくれないか」
「え?」
と、一応気持ちの整理もついたところで、二人と話すのもそろそろやめて会場の撤去の手伝いに戻ろうと思ってい時、——ちょうど呼ぶ声に振り向けば、俺の所属するランスロット大隊とは別の大隊の長、トリスタン卿がホールの反対側で手招きしていた。
「ちょっと、手伝ってくれないか?」
言われて近づいて見れば、ラモラック卿とユーウェイン卿が泥酔して床に寝転んでいる。
「この酔っぱらいたちをベットに運んでいきたいんだが、手伝ってもらえないか?」
「はい。もちろん」
今、宴会が終わっても正気のものは、みんな後片付けに大わらわで、この寝転がった二人の騎士の従者たちも近隣から出た騒音の苦情に菓子折り持って謝罪に行ってるとのことだ。
で、会場でざっと見て手があいてそうに見えたのは。パチもん魔法少女や異世界の魔王と無駄話してるように見えた俺だけだったのだろう。ってことは、やべえ、俺だけサボっているように見えてたのか? 失敗だったな。
「す、すぐやります!」
でも、——ならば、これからでもちゃんと働いているということを大隊長に見せよう。
と、俺は、少し焦りながら、ラモラック卿を引き起こすべく、さっと足を踏み出すのだった。
が……。
「う、あああ!」
こぼれた酒で濡れた床に滑って派手にこけてしまった俺であった。
そして、
「う、おおお!」
立ち上がろうとしたら今度は壁だと思って手をかけたのが立て掛けてあった折り畳みテーブルで、それが倒れたせいで壁際に置いてあった他のテーブルやらワゴンなどやらを巻き込んで……。
ドミノ倒しのようにガラガラガッシャーンっと……。
「ランド!」
机やら椅子やらワゴンやらが倒れこみ、組み合わさって、ちょうどよくできた隙間に閉じ込められた俺であった。
「もう、良いから……やっぱり客人の相手を……」
そんな俺は、救出したトリスタン卿に、呆れた目で睨まれながら追い払われて、すごすごと
「ランド……」
「はい?」
足を一歩踏み出したところで呼び止められて言われた言葉。
「お前は転生者だったんだな……」
だから良いとも悪いとも言っているわけではないが、異世界の魔王と知り合いだったことがみんなに知られて、すると俺は世界を超えて転生した——ということしかありえないということも知られた。
もちろん、真実は、
「…………」
俺は、どう反応して良いものやらと困って黙り込みながら、なんとも複雑な表情をしたトリスタン卿の次の言葉を待つのだが、
「俺の母も転生者だった」
「えっ……」
それは予想もしなかったような意外なものなのであった。
*
祭りの後というか、戦終わって矢もつき刀折れといった様相を呈していた
俺は、さっきのトリスタン卿の言葉も含め、この世界の転生や転移を巡る状況を整理してみる。
まず、ゲームとしての
ゲームは
俺は。今いる
トリスタン卿の言った、親が転生者だった? というのはちょっとびっくりした。
だって、始まって一週間ちょっとの
ありえない——。
転生者がゲームプレーヤーしかいないとすればだが。
ゲームが始まってからの一週間で、転生者が生まれて成長して、子をなして、その子が育って聖騎士の大隊長になる、そんな親子二代にわたる人生が繰り広げられるわけがない。
ならば、——ということは、この世界には、ゲームとしてログインした俺の世界の人間の操るキャラクターでなく、他の世界からの転生者がいるということだ。
それは、いったい、どこからやって来たというのか? もちろん、ゲームの設定として多元世界が前提になっているのだから、他の世界からゲームプレーヤー以外の転生者がやってくるということも設定として織り込まれていてもおかしくは無いのだが……。
——どうにも、俺にはそうは思えない。
やはり、余りに自然すぎるのだ。
この世界が。
幼少の時から、あまたのオタクコンテンツの中につかりながら育った俺だからこそ言えるのだが、俺が入り込んでしまったこの世界は、ゲームの中にしては創作物特有の作り物の感覚が欠如している。
自分が創作物を楽しむ時の独特の感覚。作り物とわかりながらも作品に次第に没入する。でも、やはりフィクションである作品世界と自分の
簡単に言えば、偽物くささがまるでないのだ。
もちろん今後、VRMMOが実現されてゲームが現実と区別がつかないようになったり、NPCもAIで制御され本物の人間としか思えないようになったりした時もそんな感覚がまだ残るのかはわからないが、——少なくとも俺がいた世界でそんな
さっきの、俺がぶっこけたあとのドタバタ劇だってそうだ。わざわざあんなのをスクリプトとして作り込んでいるとも思えない。ログアウトする前のあいつらに聞いてみたら本当に俺が体験したままの光景が止め絵で繰り広げられていたそうだが、——俺の姿(ユウ・ランドというプレイヤーのキャラクター)を背景やNPCの間に挿入して止め絵を作り出す。できないことはないだろうけど、あんなどうでも良いような場面で、あえてそんな作り込みをする理由が思い付かない。
つまり、——やはり本物にしか見えないのであった。この目の前の世界は……。
「ふう——」
人気のない夜の聖都の裏通り。いろいろと思うと頭が痛くなるので、まずは何も考えるのをやめて一息ついた俺だった。
そうだな。今日は、もう考えるのはやめよう。と俺は思った。これ以上考えても煮詰まりそうな予感がするし、いろいろあって疲れた一日だったから、
「ああ、さっさと帰って寝るかな」
俺は、誰に言うともなくひとりごちると、そのままさっさと宿に向かおうと歩き始めようとするのだが、その瞬間、
「——!」
俺は後ろから音もなく迫ってきた殺気を、冒険者上がりの聖騎士、ユウ・ランドとしての本能で、間一髪で避ける。
「おっと、お姉さん……いや、中身はお兄さんかな? これを交わすとはすごいね」
「君は……」
そして、振り返って身構えた俺の前にいたのは、
「でも次は、逃げれないよ。これで生き返ることもできないように、完全に滅して……あげる」
俺を復活の神殿送りにした、あの幼女エルフなのであった。
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