第122話  俺、今、女子宴席中

 薄い絹の御簾ヴェールの向こう、浮かび上がるシルエット。この世界の頂点に立つ者たちの一人、聖女ロータス。聖騎士の全てを束ねる者であった。

 その影、美の化身ともいわれ崇拝されるその人の影がしなやかにくねり、歩き出し……。


 ——え?


「……いっ!」


 聞こえるロータス様の声。

 だが、声はすれども姿は……?

 と床から立ち上がるシルエット。


 まさか、——聖女様こけたのか?


「あ!」


 ——へ?


「きゃあああ!」


 なんだか御簾ヴェールの向こうで、次に次に小さな影が降ってきて、ガラガラガッシャーンすごい音をたて、



「ロ、ロータス様!」


 慌てて、立ち上がり声をかけるランスロットさんだが、


「だ、——大丈夫だ。私はロータス。聖騎士の長。このくらい……、ひゃあ!」

「「「「…………」」」」


 御簾ヴェールをビリビリに破り、壮大に前コケしながら登場の聖女様。


「——!」


 そして、体は伏せながらも顔を上げ、ちょっと涙目で懇願するような顔。

 これはあれだな、突っ込んじゃいけないやつだ。

 ランスロットさんは苦虫を嚙み潰したような顔というか、——多分笑いを堪えて必死に敬意を向けている様を保とうとしている。

 しかし、後ろ金の皿や燭台が落ちてごろごろ転がり、その前に突っぷすロータス様、——この後いったいどうやってこの場を取り繕うというのか? 笑うより先に俺はその心配で頭がいっぱいになるが、


「私はロータス。聖騎士を束ねるおさとなります。ようこそ異世界からの魔王よ!」


 何事もなかったかのように立ちがると、天井の笑顔を俺たちに向けながら魔王フラメンコに向かって話しかける聖女様なのであった。


 ——で、


「フラメンコ殿は太古世界エイシェント・ワールドからここへ」

「うむ、我、友に呼ばれここにやって来た」

「あら、ランドさんのご友人でしたか……」

 さっきランスロットさんとやてったような会話がそのまま繰り返され、

「我、この世界に動乱の匂いを嗅ぎつけた」

「それで世界を転移してきた? ——と?」

 今度は聖女様からジロリと睨まれる。いや、そんな情報をつかましたのは、俺じゃ……なくはないな。

「うむ。我、戦い大好き」

「なるほど、さすがは魔王というところですが、——問題は……」

 緊張した顔の聖女様。中の人は下北沢花でも魔王は魔王だ。こいつの動い次第でこの後の戦いの趨勢は大きく動く。ならば、その真意を探るためにロータス様は天才的な思考力で深謀遠慮、様々な話術で真意を引き出したうえで、自分の陣営に取り込むことをことを考えていたのだと思うのだが、

「我、御身の側に立とう」

 あっさりと答えてしまう魔王フラメンコ。

「——! あ! って、……え、そうですね、ありがとうございます」

 あまりにあっけない交渉成立に一瞬あっけにとられたが、すぐに立ち直って、とりあえず握手をするフラメンコとロータス様。

 どうやら会談は、実質、これで無事終了というところのようだ。

 巨頭会談にしてはちょっとあっさりしすぎのような気もするが、魔王フラメンコ——というか中の人の下北沢花奈がコミュ障気味なのでこのくらいが彼女の会話の限界だろう。

 それでも、


「……」


「……?」


 まだ流石にもう少し会話するだろうとアイコンタクトを送るロータス様だが、それに気づくことのない魔王フラメンコというあ下北沢花奈。そして、その魔王の沈黙に何か意味があるのかと勘ぐって、それ以上何も話せなくなってしまうロータス様であった。


「……!」


「……?」


「……!」


「……?」


「……!」


「……?」


「……!」


「……?」


「……(汗)」


 二人は、握手したまま顔に脂汗を浮かべながら睨み合って、——友好的に見えた話し合いの最中にいったい何が起きたのかとランスロットさんとかははらはらしてしまい、無意識にかきむしった髪の毛が何本も宙を舞ってしまっている。


 ならば、上司ランスロットの頭がハゲる前に俺の出番であった。


「同盟は成立というところのようですね」


「あ……」 

「……へ」

 俺の言葉にハッとなった二人。ただ沈黙に堪えるのに夢中となって、自分たちが何を交渉してたのか忘れたかなこの連中。

 でも、

「魔王殿……いかがでして?」

 あらためて問いかける聖女様に、

「うむ、……僕、じゃなくて我は構わんぞ」

 と、魔王フラメンコ。

 ホッとしたようなロータス様の顔。

「フラメンコ殿、御身と同盟を結べ、たいへん嬉しく存じます」


 こうして、この時、この場所で、異世界にやってきた別の異世界からの魔王フラメンコと聖騎士との同盟が成立となったのであった。


   *


「はは、これで魔法帝国との戦いでは勝利間違いないですな」


 というわけで、同盟成立を祝って、聖騎士の本部神殿の接太陽ホールに移ってパーティーが始まったのであった。

 聖都に魔王出現の大事件を、目前に迫った魔法帝国との大戦闘に向けての同盟成立という形で解決、周りの評価も爆上がりで上機嫌のランスロットさんであった。いつもより額のテカリもつやつやとして、直視すると眩しいくらいだ。そんなことは絶対に言わないけど。

「我、戦う。ゆえ、心配はない」

「まったくそのとおりですよ。ロータス様だけではなく、フラメンコ様まで戦うとなればサクアどころかローゼが来ても敵ではありません」

「これ、ランスロットよ、勝って兜の緒を締めよと言うではないですか。油断してはいけませんよ」

 いやいや、まだ勝って無いから。戦い始めてさえいないから。

「はは、ロータス様は心配症で。我軍は圧倒的ではありませんか」

 おいおい、なんだか死亡フラグっぽい言葉をしゃべるランスロットさんたが、まさか老け顔二十代前半の妹とかいないよね。

「そんな時にこそ気を引き締めて行かなければいけませんよ。驕る平家は久しからずとも言いますからね……ウフッ」

 まてまて、それってもう驕ってるんだな! もう勝った気になって驕っているんだな。——っていうか、それより、いるんだな。この世界にも平家いたんだな! 絶対だよな! 

「まあ平家の意味はよくわからないですけどね、……フフ、さあ皆さん、ともかく勝利を祈念して乾杯としましょうじゃないですか。乾杯!」


 なんだか勢いで押し切られた感じもするが、魔王フラメンコが仲間になって、もう祝勝気分の周りの熱気に水をさすのも無粋だと、余計なことは言わずに、盛大に始まったパーティの中に入るのであった。

 で、まずは、瓶ビール——でなくエールか——を持って立席パーティの各丸テーブルの諸先輩方に酒を注いで挨拶にまわる。

 聖騎士の小隊長になり、このまま行くと中隊長も遠くない俺であるが、いくらランクは高くなったといっても聖騎士としての経歴的にはまだまだひよっこ。先輩騎士たちにちゃんと礼を示したほうが良いというのは、世界が違っても変わらない常識であるとともに、この世界では、直接自分の命にも関わってきてしまうような大事な行動なのだった。

 結局、戦いは個人技だけでは勝てなくて(魔王や勇者みたいな規格外の存在は除いて)集団の力がものをいうのだ。そんな協力を得ないといけない人たちに、俺——この世界では、今、聖騎士小隊長ユウ・ランド——がレベルが上がって天狗になっているとか思われたら? なんとなくいけすかないやつだとか思われて、戦闘時に助けてもらえなかったら?

 もちろん、そんな感情のちょっとしたもつれ程度で、戦いの時の連携行動を乱したり、あからさまに俺の邪魔したりするような人は聖騎士にはいないと思うが、あえてそう思ってやっていないのだとしても、無意識に出る僅かな差ギリギリの戦いの中では生死を分ける大きな違いとなるかもしれない。

 そう思えば、俺は、こまめに酒を取ってきたり、料理を運んだりする。マグロの解体ショーでゲットしたトロを一番の長老騎士に持って行ったり、列に並んで焼きたてを手に入れたステーキをお局の総務騎士に譲ったり、出張の寿司屋か丁寧に仕事した握りを……。(って、ほんとここ異世界のくせに何でもあるな)

 俺は気を抜くと異世界に来ていることを忘れかけたりしながらも、せっせと聖騎士の潤滑油となるべくあちらこちらのテーブルをぐるぐるとまわり続けていたのだが、


「あんた異世界では本当にマメね。クラスでもそんな風にしてたらボッチになんかならないでもすんだんじゃないの?」


 あらかた挨拶が終わってやっと一息ついたところに話しかけてきたのはパチもん魔法少女——喜多見美亜あいつだった。


「……クラスではわざとやってんのほっといてくれ」


 俺は、ただのボッチじゃないのだよ。孤高の聖なるホッチなんだよ。この頃は、体入れ替わりのせいで、リア充チームと関わりかできてしまって心外であるが、そこのところわかってほしいものだ。


「まあ、好きでボッチやってたのは知ってるけど、こんな風にもできるのならやればいいじゃない……って思っただけ」

 喜多見美亜こいつが俺の体に入れ替わってから、女装して踊ってみた動画アップしてた事がクラスのみんなにバレてるから、今更何やっても俺の評判が変わるわけもないと思う、——それは、ある一件の解決のために、あいつにバラすように指示したのは俺自身だから、後悔はしてないけどな。

「ともかく、——元の世界に戻ったあとの話は、戻ったあとにすれば良いとして。今日のパーティのことね……」

 喜多見美亜あいつはぐるっと広いパーティ会場を見渡しながら言う。

「花奈さん——魔王フラメンコが仲間になったくらいでこんなお祭り騒ぎで大丈夫なのかしら。もう勝利間違いなしみたいに浮かれて……」

 現実での頼りなさから、この世界での強キャラ具合が信じられないんだろう。

 だが、

「ああ……」

 俺は、あいつとは別の観点から言う。

「心配だな」


 ちょうど目の前、数メートル先にいるのは上機嫌のロータス様。聖衣のあちこちにこぼした酒や料理のシミを作りながらも、陽気になって修道女たちと一緒に(百合ちゃんも巻き込まれていた)肩を組んでラインダンスを披露している。その勝利を信じきった顔の向こう、困ったような顔でランスロットさんとはなししているコミュ障魔王を見ながら俺は思うのだった。


 果たして……。


 あれが最後の魔王なのだろうか?


 と。

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