第121話 俺、今、女子魔王同行中

 俺が入り込んだゲーム——か本物の異世界なのか判然としない——世界は、始原魔法世界プライマル・マジカル・ワールドという根元の世界から枝分れしてできた様々な剣と魔法の世界マップから構成されている。

 世界マップは本当に様々だ。ギリシャ神話や北欧神話に想を得たようなマップやコナン・ザ・グレート的な古代文明マップなどメジャーな感じのものもあれば、和風の日本神話時代マップとか銀河戦争マップとかちょっとひねったもの、あるいは筋肉マッチョだけが戦うマップとかコミケ戦場が舞台のマップとかのかなり変わったもの、カツオドリとペンギンの陣営に別れて戦う鳥類大戦マップとかひたすら平らな平面世界フラット・ワールドでずっと競歩競争するマップとかのなんでこんなのを考えたのか製作者の頭の中を覗いてみたくなるようなものまで、本当に多種多様な世界マップがある。

 そして、ゲームプレイヤーは、この世界マップ間を移動することができるのだった。ギリシャ神々の世界で得たゴルゴンの首を持って日本神話世界でヤマタの大蛇の退治してみても良いし、戦国の剣豪がミョルニル・ハンマーと斬り合いをすることもできるのだ。このゲームが流行ったのは、このマップ間移動を可能としたことが大きい。別の世界で得たスキルをもって初見に無双できる序盤の爽快感と、中ボスぐらいからのその世界の固有スキルがないと突破できない難易度のバランスが良くて、ハマるものを続出させたのだった。 

 で、この夏、ヴァラエティ豊かな世界マップ群の中に追加されたのが、意外となかったオーソドックスなヨーロッパ中世風魔法世界、ブラッディ・マジカル・ワールドであったのだが、——もちろんここにも他の世界から移動してくることはできるのだった。


 よく考えてみれば、たまに、この世界に不釣り合いなのがいるなと俺は今更ながらに思い出す。中世風の街路に着流しの侍がいたり、ペンギンが歩いてたり、グレイ風宇宙人が歩いていたりしてた。これは、別の世界マップからの移動者であったのだろう。そもそも、中世風魔法世界という現代日本と全く違った世界に来て、獣人だ吸血鬼だエルフだとか現れても、大抵のものはまあそういうものかと気にしないようになっていたので、そこに少々中世の世界観に合わないような者がいてもとくに驚くこともなく見逃していたのだ。


 だが、


「おまえ、……もっと人目の無いところに行こうか」


「わ、……我?」


 そうだ、お前だよ!

 俺は、別の世界マップからやってきた魔王フラメンコ——中の人は下北沢花奈——に向かって言う。

「確かに、……なんか私たち周りの人から避けられているような感じがしますね」

 修道女リリィ——中の人は天使、じゃなくて麻生百合ちゃん——が言う通りであった。

「こんな真昼間の街中の天下の大通りにそんな強面魔王様が現れて、みんな引きまくってるじゃないか!」

「…………?」

 ピンと来ていない下北沢花奈であった。こいつは極度の天然女なのでたぶんさっぱり気づいていないのだと思うが、レベル99カンストで怪しげな呪いのアイテムを体いっぱいにつけた魔王が聖都の中心部までズカズカと歩いて来たのだとすると街は相当の混乱が起きていたのだと思う。

 実際、周りの街中のびびりかたは相当なものだ。俺らの周りからはさっと人気がなくなってしまい、間違って近寄って来てしまった村人……じゃなかった都民Aさんなど腰を抜かしてしまい、


「種もみだけは、……この種もみだけは」


 なんでそんなものを持ってるんだと思うようなものを守ろうと必死だが、


「ふふ、我、……なおさらその種モミを食いたくなったぜ」

「たのむ後生じゃ、見逃し……」

「はあ、我、聞こえんな……」

「種もみが希望じゃ、……今日より明日なんじゃ」

「ふふ、我、汚物は消……」


 ……そろそろか。


「——どこの世紀末だ!」


 ノリノリでモヒカン悪党の小芝居をする魔王に、聖剣でなぐってツッコミをいれる俺であった。


   *


「向ヶ丘くんひどいです。あれでHPごっそりもってかれましたよ」


 いやいや、聖騎士小隊長の本気の斬撃でコブ作るくらいですんでるお前が異常だ。さすが魔王である。俺が何人いてもこいつを倒せる気はしない。聖騎士全員でなんとかというレベルかもしれない。

 一対一で魔王フラメンコ——下北沢花奈と戦えるのは、聖都では聖女ロータス様かその従者エチエンヌ、魔法帝国側でも支配者ブラッディ・ローゼかその作り出した人造人間ホムンクルスサクアくらいのものなのではないか。下北沢花奈はこのゲームプラ・マジをやり込んでいるとは聞いてたが、ここまでのものとは思っていなかったのでびっくりであった。

 いや、俺のびっくりですめば良いが、この魔王フラメンコ——下北沢花奈の登場は、世界マップのパワーバランスを崩しかねないような大事件なのであった。


 で、そんな大物VIPともなれば、


「なるほどフラメンコ様は、太古世界エイシェント・ワールドからここへ」

「うむ、我、友に呼ばれここにやって来た」

「ほう、ランドのご友人でしたか……」


 ひっ! 通された神殿の豪華な迎賓の間で、上司にあたる騎士大隊長のランスロットさんにジロリと睨まれる俺であった。その目は、明らかに、面倒事を持ち込みやがってと非難する様子である。それでなくても魔法帝国の進行が間近と噂される忙しい時期に、魔王などという余計なものの対応が必要となり、日頃の心労で薄くなり始めた髪を更にぼりぼりとかきむしりながら、恨みがましい表情をする俺の上司であった。

 ただ、魔王フラメンコが来たのが一方的に悪い事かといえば、

「それでは、ぜひ今後、御身とは友好的な関係でありたいですな」

「うむ、我、魔王とはいえ話はわかる方であるぞ」

 要は使い方である。

 この魔王フラメンコをうまく取り込めば、魔法帝国と聖騎士団で拮抗するこの世界のパワーバランスをうまく崩すことができるかもしれない。つまり来たる対戦の際に聖都側に魔王についてもらおうというのである。そして、もしその調整をうまくできたならば、魔王との交渉にあたったランスロット大隊長の手柄になる。

 それなら……。

 ——魔王来訪という、起きてしまったことはもうどうしようもない。でも、やって来た危険はできる限り有効に利用してチャンスに変えていこう。そう考える、できる男ランスロットなのであった。

 しかし、

「なるほど、それは僥倖。で、……この世界では何がご入用で」

「? ……好物はメンチカツだが?」

 どうにもいつもの老練の交渉術が魔王フラメンコには通じない。

「またまた、——ご冗談を。そんなものならいくらでもですが、本当の目的は何なのでしょうか」

「本当の目的?」

「この世界にきた目的ですよ」

「? そこの向ヶ丘……でなくて、ユウ・ランドに我は呼ばれて来ただけだが」

「またまた、——失礼ながら穿うがつようなことを申させていただきますが、あなたほどの者が、我が部下の頼みだけで、来ることはありますまい」

「ん? それ・・で来たのだが……」

「いやいや、あなたは、自分が世界を渡ることの重大さをわかっておられるでしょう。自分が現れた世界にどんな影響を及ぼすか。たかだか知り合いに請われて来るような安易な真似を……」

「…………(汗)」

 突然現れた魔王フラメンコの真意をはかるのに必死な大隊長ランスロットさん。しかし、中身が天然女子高生——下北沢花奈であれば、それはずっと空滑りを繰り返し……。


 というわけで、路上で、魔王出現の大騒ぎになっているところを通報されて、現れた聖騎士の精鋭部隊に問答無用で本部の城塞神殿まで連行され尋問中の俺たちであった。

 魔王出現の騒ぎが、だんだんと、シャレにならないくらい大きくなってきた街中から、さっさと逃げ出さねばとは思っていた俺であるが、種もみじいさんとノリノリで世紀末ごっこしている魔王フラメンコへツッコミしてたりするうちに、いつの間にかこの聖都でも有数の強さを誇る騎士達に囲まれていたのであった。

 もっとも、いくら選りすぐりの聖騎士でも、魔王が暴れ出したらどうしようもないのであるが、本当に俺に呼ばれてやって来ただけの魔王フラメンコには、別にこの街で暴れる理由もないし、なにか略奪しようと思うものもまるでない。

 俺にしても、今はこの世界を現実リアルとして生きる聖騎士小隊長たるユウ・ランドなのであるので、ここは穏便にことを進めたいところだ。魔王と一緒に暴れて逃亡して、今後聖騎士から追われるようなまねはしたくない。

 なので俺は魔王——下北沢花奈に素直に連行されて、事情聴取に応じるように頼んだのであったが、


「……と言いましても、具体的に要求をいただかなければ、こちらも何をすればよいのか」

「…………(ギロ!)」

「はは! 魔王に意見するなど、不敬な言葉、まことに申し訳なく存じます!」


 単に、中の人下北沢花奈がコミュ障で、このおじさんにどう対処して良いか分からずオドオドしてるだけなのが、まるで脅してるように捕らえられてますます混迷の度が深まる、……尋問というか、事情聴取というか、実質はランスロットさんが一方的に友好を懇願する土下座外交状態の現場、——なのであった。

 このままだといつまでたっても話がまとまりそうにない。

 俺にはそんな風に見えたのだったが、


「ランスロット、魔王殿のお相手、あなたには荷が勝ちすぎます。ここからは私に任せなさい」


 進まぬ交渉現場にじれったくなったのか、部屋の奥の一段高い台座の向こうからはなたれる声。そして、この部屋とつながる、神像の間とのあいだを隔てる薄いベール越しに浮かび上がるシルエット。

 ん? その天上から鳴り響くかのような美声と、女神のようなその美しい体のライン。これは、


「ここからはこのロータスに任せなさい!」


 聖騎士の頂点に立つ、この世界最高の霊力の使い手、聖女ロータス様の登場であった。

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