第120話 俺、今、女子魔王遭遇中

 俺は、感動していた。涙をだただらと流しながら。本気で嗚咽をしながら、級友クラスメイトの森の妖精と抱き合っていた。

 ——俺は、舐めていた。

 この世界プライマル・マジカル・ワールドをゲームとして体験してた時、ミニゲームとして提供されていたルクスティン魔法学院の一幕。そんなのは、自分のジョブ聖騎士には関係ない、やってもやらなくても関係ない余儀であると、無視をして、ひたすら聖騎士としてのレベル上げに邁進まいしんしていたのだったが……。

 様々な種族、様々な階級や背景を持つ子供達があつまるこの学校ルクスティン——ああ、入学する時、俺らは強制的に子供の姿に変わるんだよ——で、体だけでなく、思考まで幼くなったような気がするこの魔法学校での生活。それは、育ちも考え方も違う様々な子らの集まる、——それは未成熟ないろんな価値観や思いが無造作に放り込まれた坩堝だ。

 ならば、当然始まる軋轢。言い合い、罵り合い。時にはつかみ合いの喧嘩になったり。クラスの雰囲気は時々最悪な状態になったり。でもそのあとに反発した相手の本当の気持ちがわかったり、自分の悪さにも気づいたり……。

 様々な、子供らしく騒がしい日常の中で俺は、激昂したり、後悔したりの中でも、次第に本当の友情や仲間というものを知っていく。とはいえ、世には——ここがゲームの世なのか異世界の世なのか知らないが——合う合わないというのは厳然としてある。クラスの中には、いつの間にか二つの大きなグループができあがっていた。

 俺の属する個性的な連中の集まる問題児だが軽妙洒脱な連中の一団と、真面目で性格も良いが少し固い優等生の一団。たかだがマッチ程度の発火魔法で失敗して爆発させたルイ……ちがった喜多見美亜あいつも、もちろん俺と同じ方にいた。

 この二つの集団は、優等生側が(子供にしては)大人な対応をすることから、大きな衝突には至らないものの、なんとなく俺らのグループの方が見下されているのは感じていた。そんな二つの集団が互いに微妙な関係のまま校舎裏の森の中での魔法実習の時にうっかりと踏み込んだ廃墟に現れた太古の悪霊。

 引率の先生も歯がたたずに昏倒させられてしまったその敵に対して、今までの確執もこえ協力し合う子供達(って俺もその一員だけど)。

 そして(中略)……。


 ——友情、努力、勝利!


「——ヒッ! ヒッ!」


 最後のとどめの虚無魔法を初めて成功させた喜多見美亜あいつはそのあと地面にへたりこんで感涙にむせび泣いていた。

 うん。あいつには相当のプレッシャーがかかっていたのだろう。失敗したらクラスは全滅だったのだから。

 しかし、魔法が成功することを信じて、いつもは調理魔法で目玉焼きを爆発させて黒焦げにするようなあいつのために、——たまたま集団の後ろにいたため、一人だけ悪霊の麻痺の力から逃れたそんな魔法少女のために、みんなは声援を飛ばす。魔法学院劣等生がその学校では認められない力を解放するのを級友たちは信じる。

 そして、そんなプレシャーの中、長い詠唱を続けるあいつ。失敗が許されない魔法がついに発動、


(画面右上の木の後ろに邪悪な精霊隠れているから、そいつをクリックね。その力ゲットできて魔法成功するから)


(……え?)


 まあ、俺がこっそり喋った(あいつにはチャットでとどいた)TIPS、俺が前にゲームの対策WIKIで見つけておいた魔法の発動条件を教えたおかげというのもあるが、その後あいつの前の浮かんだ魔法陣から放たれた、全てを無に化すという魔法の光によって、悪霊は浄化され無の中に成仏して行ったのであった。

 まあ、本当は、ここは自分で発動条件気が付いてもらうのが正しくはあるのだろうが、ゲームでリプレイになるだけの喜多見美亜あいつと違って、今この世界が現実リアルとなっている俺は本当に死んでしまうからな。まあ、この間幼女エルフに刺されて死んだ時は生き返ることができたが、何度も生き返れるのかは不明であるし、


「——ヒッ! ヒッ! 良かった……あの女神に合わなくてよくて……本当に」


 そう、そう、あの蘇りの前に会う女神——片瀬セナ?——には俺もペースを乱されてしまうのであった……というか、お前泣いてるのそこかよ! と心の中でつっこみを入れる。


 でも、そんな事を思う間にも、あっというまに場面シーンは飛んで、卒業式の講堂で泣いている俺。

 喜多見美亜あいつは仲間から胴上げをされて……


   *


 というわけで、良くできたミニゲーム——俺には現実の出来事——ルクスティン魔法学院生活を終えて学校の外に出る喜多見美亜あいつと俺であった。

 学び舎を出て聖都の街路に戻ると経過した時間は数時間くらい。

 学校の中では数日どころか学期ひとつ過ごしたくらいの体感時間があったが、——ゲームの設定上はあの魔法学院は異なる世界の合なる場所にある時間の流れの違う場所ということになっていた(様々な世界マップの集合体であるゲームであるプライマル・マジカル・ワールドのどの世界からでも入学できる)ので、——この世界がゲームでなく現実リアルとなった俺にとってもその設定そのままの体感時間ということなのだろう。

 ともかく、思った以上に面白く感動的だった学園生活を思い出しながら万感の思いを胸に学院を振り返り見る俺。

 聖騎士のジョブの俺にとってはあまりレベルアップに繋がらなかったけれど、魔法使いジョブの喜多見美亜あいつは、最後に悪霊を葬ったこともあって5レベルのボーナスもらっていたし、そもそも良くわからないままに適当に使っていた魔法の技術的体系をしっかり学べたことは大きい。それは、魔法を使わない俺にしても、週末に予定されているサクア率いいる魔法帝国の侵攻に対抗するときにも役に立つ。


 どうやら、この世界の魔法は俺の元の世界の科学と同じような綿密な体系を組んでいるようだ。それは全ての魔法の元となる様々な魔素を分子、その魔素は魔素粒子により構成され、その性質は粒子のようでも波のようでもある、クオークに当たるさらに細かい魔の力の源泉に分解され、それは四つの根源的な力を作り出す。魔法は全て、その組み合わせから生まれ……。

 もちろん、こんな魔法の原理の全てはこの世界をゲームとしてみれば、コンピュータの上で計算される情報に過ぎないのだが、それを現実として感じる今の俺からすれば、ならば逆に、——俺の元いた世界も情報に過ぎないのでは?

 とかとか……。


 とまあ、級友たちとの青春模様の他、学校で教えてもらったことなど、——あれやこれ。様々な事を考える俺なのであったが、


「で、これからどうするの? また迷宮に行く?」


 喜多見美亜あいつに言われて、はっとなった、路上にぼんやりと突っ立ってしまっていた俺。周りの通行人の目は、学院から出てきたばかりでまだ現実に戻れないでぼうっとしている人とわかっているのか、随分と暖かな見守るような目であるが、通行の邪魔をしているのは間違いない。たまたま通りかかったムシャクシャした人とかにからまれても馬鹿らしい。

 俺がいた平和な日本と違って、ここは異世界。剣と魔法が跋扈する危険な世界だ。聖都の文教地区といっても決して気を抜いて立っていて良いわけではない。


「うわ!」


 そうそう。今も目の前、路上をこちらに向かって歩いてくる禍々しいツノを生やした危なそうな悪魔サタン。俺は思わず一歩横にずれて道を譲ろうとするが、するとそいつは方向を修正してやっぱり俺に向かって歩いてくる。

 なに、なに? 俺何かした? もしかしてあれ? この魔物、俺が前に立っていたってだけで気に入らないで因縁つけてくるとか?

 待って、待って。俺こんなのに関わり合いになりたくないから。謝るから、気に障ったのだったら謝るから。

 俺はさらに横にずれてちょっと俯き加減に横を向いて、敵意がないからなんとかこのまま通り過ぎてくれないかと思うのだが、


「よう。我、このマップにやってきたよ」


 肩をトンと叩かれて親しげに話しかけてくるそいつ。

 何? 俺、こんな怖そうなのに知り合いなんかいないんだけど。


「我、あ魔法フラメンコがな! ガハハ!」


 え。


「向ヶ丘くん。私も来ました」


 と、魔王の迫力にビビって気づかなかったその横の修道女も俺に話しかけてきて、


「名前はリリィにしました」


 リリィ? 百合? 百合ちゃん?


 するとその横のこの魔王様は、フラメンコ? ってことは……。


 そう魔法学院から卒業した俺たちを待っていたのは、要請に応じてログインしてくれた百合ちゃんと、同人作家の斉藤フラメンコこと——下北沢花奈なのであった。

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