第117話 俺、今、女子ドラゴンスレイヤー

 で、迷宮ダンジョンドラゴンを前にして俺は、気軽に言う。

「まあ、まずはお前の最大の魔法でもかけて見なよ」

「はあ! そんなの、効くわけないでしょ! どうするのよ! これ、どうするのよ!」

 絶対強者ドラゴンを前にして、パニックで逆ギレ状態の喜多見美亜あいつであった。

「それで倒せなくても良いんだ。俺たちは相棒バディだって言っただろ?」

「……? 相棒なら何なのよ?」

「二人なら倒せるってことだよ。協力して……」

「協力……ひゃあ!」

 竜が吐いたブレスが俺らの横を通過する。

 というか、俺があいつを抱えて横に飛んだんだけど。竜の口のあたりから漏れた妖気、やばそうな雰囲気を察して、間一髪間に合った。

「どっちにしても、——覚悟決めろよ。もう竜は俺たちのこと見逃してくれないよ」

「に、逃げればいいんじゃないの……」

「竜の方が早いと思うぞ」

「…………そうかな?」

 なんだか、疑わしげ、というか未練がましい口調のあいつ。多分この竜なら逃げれるんじゃないかと思っているのだろう。ドラゴンといっても、俺たちが、今、向き合っているのはそんな高レベルの竜でなく、いかにも鈍重そうな体型の小型の地竜であった。もしネコ科の動物に例えて、天竜とかのトップドラゴンをライオンとかトラとかとすれば、——せいぜい家の近くの野良猫クラスの竜であった。

 でも、野良猫と言っても竜の野良猫だから人間からしたらライオンどころの騒ぎでないし、

「それ!」

「……!」

 俺が、喜多見美亜あいつを抱えたまま、聖騎士の持つ加速能力で後ろに飛びさって見てもそれに負けずにさっと地を跳ねて追いついてくる竜であった。


「何よ! あの体型であんな動き反則よ。何? あれ? 動けるデブっていうこと?」


 ——グッルウウウウウウウウウウウウ!


「ひゃあ!」


 デブと言われたのに怒ったのか咆哮するドラゴン

 立ち止まる俺たちに向かってジリジリと近づいてくる。


「もう! もうわかったわよ! やればいいんでしょ。やれば……アシッド・クラウド!」


 覚悟を決めた喜多見美亜あいつが唱える魔法名。

 とたんに竜の上に小さな雲がもくもくとわいて……。


 ——?


 酸の雨を浴びてキョトンとした表情の竜であった。

 これは攻撃なのか? そんな風に疑問に思っているような表情であった。

 なぜなら、


「あ、なんか綺麗になった」


 酸の雨を浴びて、体の汚れが落ちてピカピカになった竜であった。

 なんか、心持ち、気持ち良さそうな様子である。

 ——結論。

 全く効き目無し。


「ポイズン・スモッグ!」


 今度はワンドの先から毒の霧を竜に向かって噴出するあいつであった。

 だが……。


 ——グゥアアアアアアアアアアアア!


「——つ!」

「ごほ! ごほ!」

 

 竜の叫び声の圧力にあっさり、逆流してこちらに流れてくる毒霧であった。

 まったく、——たいした毒でなくて助かった。

 でも、それ、人間でもむせるくらいでしかない毒なんて、竜にはまったく効かないだろうけど。


「カーボン・デオキサイド・アタック!」


 今度はワンドの周りの空気がゆらゆらとしてきたが……。カーボン・デオキサイド——二酸化炭素? そういや、二酸化炭素だけの空気作り出して相手を窒息させる魔法がヘルプにのってたな。ゲーム始める時魔法使い選択しなかったからあんまりちゃんと見てないけど、これ……。


 ——ぐるぅるるる……?


 さすがに少し息苦しくなったようだが、


「ああ、動いちゃだめ!」


 ちょっと横に移動する竜。

 それだけでこの魔法の効果は無効ナッシング

 これ、基本、寝ている相手に向けての暗殺用の魔法なので、少し移動されただけで効果は台無しなのであった。


「…………」


 こまった表情で俺の横に立ちすくむパチモン魔法少女あいつ。どうやら、喜多見美亜あいつが今持っている攻撃魔法はこれでネタ切れのようである。


 しかし、こいつの魔法、酸性雨にスモッグに二酸化炭素って随分地球環境に優しくないのばっかだな。まあ、どれもたいした威力じゃないから良いけど。というか、ここ地球じゃないけど。異世界だけど。


「うぁあああ! だめ! だめ! 何にも効かないよ! どうするのよ! どうするのよ!」

 

 そして、攻撃魔法のネタ切れでパニックが復活のあいつであった。

 まあ、ゲーム始めたばかりでデフォルトで選択できる魔法しかもっていないから、竜相手ではこんなもんだろうけど。

 ——言ったではないか。

 俺たちは相棒バディだって。


「俺が……行くぞ」


 今度は俺の番であった。

 聖剣を竜の前で構える。


 ——グゥルルルル!


 すると、少し、キリッとした感じになる竜。

 さっきまでの駆け出し魔法少女とは違う。——敵として俺を認めている感じだ。

 うん。夏休みの最後を一週間を全て費やして、レベルを50まで上げた俺だ。

 レベル値がゲーム開始当初はインフラ気味のこのゲームプラ・マジといっても、聖騎士の小隊長を任されるレベルと言うのはもう初心者という域はとっくに超えていると言って良い。

 それに、この世界ゲーム現実リアルとして生きることになった俺にはある恩恵がある。それは、


 ——グゥア!


 切り込んだ俺の剣をかわしきれずに、前足の中程に傷ができる竜。


 ——グゥオオオオオ!


「ひゃあ! あんた、大丈夫なの?」


 心配そうな喜多見美亜あいつの声。

 しかし、大丈夫だ。

 うん見えている。

 そのあとも、間髪入れずに飛んできた尻尾の攻撃をギリギリでかわす俺。

 あれ当たればやばそう。『パン!』って言う炸裂音したけど、尻尾の先音速超えてそうだけど。

「何? 何、何? そんな近づいて、危険じゃないの?」

 相変わらず心配そうに話しかけてくる喜多見美亜あいつ

 うん、確かに危ない。

「危険かどうかっていうと、——ギリ危な……おっと!」

 尻尾に気を取られていたら、竜がすごい勢いでダッシュして噛み付いてきた。俺は、それをなんとかバックステップでかわしたが、今、本気で危なかったな。ブレスはかれたらやられていたところだった。

 いや、ブレスを吐かれなくても、これがゲーム・・・だったらやられていたところだった。そう、ゲームならば。ところが俺は今はこの世界プライマル・マジカル・ワールドを現実として生きている。

 ならば、

「実は、チートでギリイケるかなって思ってたけど——きついかな」

「チート?」

「ああ、俺は今この世界を現実として生きてる、それがもうある意味チートだ」

「——?」

 俺は自分が得たチートをあいつに説明する。

 この世界を現実として生きる、認識し、体を動かすことそれ自体がチートなことであるということを。

 つまり、——操作性の圧倒的違いと思ってもらえれば良い。

 この異世界での戦いをゲームとしてやっていた時、俺はパソコンのキーボードやマウスをインターフェースとしてアバターであるユウ・ランドをコントロールしていたけど、今はその聖騎士と入れ替わったのでインターフェースは俺自身——というか俺は自分の体となったユウ・ランドを、自分の体・・・・・として動かして戦っているのだ。

 その戦いやすさは天と地ほども違う!

 少し大げさに言うと、クレーンゲームでなかなか景品取れなくてジリジリしているときに手を突っ込んでぬいぐるみ掴んだ、そんな感じの違いがある。それを俺は昨日の夜の街での悪漢との戦いや、今日のダンジョンでの低レベルの魔物との戦いで自覚していたのだった。

 だから、そんな俺の動きを見て、


「うわ!」


 喜多見美亜あいつはびっくりしたような声をあげる。

 俺は竜の前足のスタンピングをダッシュで交わす。

 そして、そのまま横にステップ、一気に腹を大きく剣で切りつけた。

「何? そんな早く動けるの?」

 いや、早いのではない。正確で最小限なだけなのだ。自分の体であれば当たり前の身のこなし。それが直線的で無駄の多いゲーム操作での動きに比べれば早く見えるのだろう。

 俺は竜の横に飛び出して、そこから背中に駆け上がると首筋のあたりに剣を差し込む。


 ——グルルル……。


 竜の嫌そうなうめき声。

 それと一緒に俺をはたき落すように振られた尻尾の斬撃からまた間一髪で逃げて、喜多見美亜あいつの立つ場所まで戻る俺。


「すごいじゃない! れるんじゃない? 竜倒せるんじゃない?」


 俺の、戦いを見て興奮した表情で言うあいつ。なんか少し笑顔になって、——うん、俺が竜を圧倒しているように見えるんだろうな。

 だが、

「いや、……ギリ無理そうだ」

「へ?」

 俺は、竜を目で指し示す。

 その魔物が俺に切られた場所は三箇所。前足、腹、首の裏。特に最後の攻撃なんかは、聖剣をずっぽりと差し込んでいたので相手の致命傷となっていてもおかしくないものであった。普通の魔物ならば。

 しかし、

「……ピンピンしているな」

「——!」

 竜の鱗はなんとか貫けても、厚く硬いその下の体を突き抜けて急所まで至るには、俺の今の攻撃力では不可能なようだった。それに、こうやってインターバル取っている間にも、

「あれ、傷ふさがってしまってない?」

 そう、竜の自己治癒能力によって、傷はあっというまに治って、今はもう、ちょっと跡が残ってるかなというくらいであった。つまり、今の俺では、竜の攻撃をかわすことはできるが、この竜を倒す攻撃力は持っていない、ということであった。

 これでは、——負けないが勝てない。いや、勝てないままに、負けない・・・・ようにしつづけないといけない。ずっと竜の攻撃をかわし続けなければならないのだった。

 正直、竜の攻撃は、尻尾の動きにさえ気をつけていれば、まだ回避に余裕はあるのだが、永遠に倒せない相手なら永遠に攻撃をかわし続けないといけない。それは無理だ。

 人間、——いつかはミスをする。

 そうしたら終わりだ。

 永遠には、——有限の人間モータルは勝てないということだ。


「じゃあ、どうするのよ! 何! やっぱ死ぬの? られるの? あの女神にまた合わなきゃいけないの? ああ、嫌! 罵倒されるの嫌!」


 竜に俺が勝てないことがわかって、またパニック状態の喜多見美亜あいつであった。しかし、復活のときに女神に何言われたんだ、こいつ? こんな嫌がるなんて……。あの、アルバイトと言っていた片瀬セナ、俺の復活の時に出てきた女神が、ゲームの復活の時も喜多見美亜こいつの前に出てきて、——でもなぜ罵倒を?


「ねえ、どうするのよ! どうするのよ!」

「あ、——ええ……」


 と、また、おれを『お父さん』と呼ぶあの不思議な少女のことを考えかけていたが、あいつが俺に向かってさらに焦って叫ぶので一旦中断。


 で、振り返ると、竜は油断なくこちらを睨みながら妖気を口のあたりにためている。また、ブレスが来るな!


 じゃあ、その前に決めないといけない。

 そのためには、

「ああ、……そうだな。俺は言ったよな」

「何を?」

「俺たちは相棒バディだって」

「そう……だけど、私の魔法なんて全く効き目ないじゃない。何か、目くらましくらいにはなるかもしれないけど、あんたの攻撃も通らないんじゃどうしようもないじゃない」

「そうだが、相棒ならこんなこともできてな」

「はい?」

 俺は喜多見美亜あいつに向かって聖騎士の持つ加護の力をかける。

 一緒に戦う相棒にのみかけることのできる絶対防御アイギス。瞬く間に光に包まれ金色に輝くあいつ、——のアバターのパチモン魔法少女。

「これは、聖騎士が集団で突撃する時、敵の攻撃を防ぐため互いに掛け合う力だ。これでこの後一分くらいは、あんな竜の攻撃なんかではお前はかすり傷ひとつおうことはない」

「……え、ありがと。でも、私を守ってくれるのは嬉しいけど。このままでは竜に致命傷あたえる攻撃がないのは同じなんじゃない?」

 ああ、やっぱり誤解したな。

 確かに、この力は何物からの攻撃も防ぐ聖騎士の秘術であるが、その本質は何物にも砕けない硬い結界ということであり、——それを別に盾にしか利用しちゃいけないということはない。

 なので、

「あ、あれ?」

「さあ、行くぞ相棒!」

「へ?」

 俺は何が起きているのか理解できないまま俺に抱え上げられた喜多見美亜あいつを肩にのせ駆け出すと……。


「きゃあああああああああああああああああああああああああああああ!」


 そのまま、ブレスを吐く直前の竜の口の中に、勢いをつけて思いっきり差し込むのであった。

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