第116話 俺、今、女子ダンジョン探索中

「うわっ……」


 目の前にいるのは一匹の獰猛なゴブリンのオス。それを見てちょっと嫌そうな声を漏らすのは喜多見美亜あいつ——パチモン魔法少女のような格好をした、あいつのあやつるアバターであった。

 ただ、まあアバターといっても、このゲームの中に入り込んだ俺からしたら実際の人物にしか見えないし、ゴブリンにビビっているあいつの表情も丸分かりなのだが、

「俺が戦おうか?」

「いえ……戦う」

 いつもの強情で、見えっぱりで、——でも常に一生懸命で真面目で、なんか捨てておけないというか、——協力したくなる、そんなあいつはいつも通り。

「じゃあやってみて」

 覚悟を決めた顔で魔法ステッキっぽくゴテゴテと装飾をつけたワンドを体の前に構える。

「サンドストーム!」

 気合を入れて魔法名を叫ぶあいつ。

 だが、

「あれ?」


「…………?」

 

 勢い良い詠唱とは裏腹なしょぼい砂嵐、……というか砂つぶが飛んでいって,


「グアッ!」

 

 あ、ゴブリンの目に入った。


「今だ! 行け!」

「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 砂が目に入って、前が見えなくなった所に飛び出していった喜多見美亜あいつ。手に持つ得物はいつの間にかワンドから棍棒に代わり、そのまま殴る、殴る、殴る……。


「うぁ……」


 ちょっとひくわこれ……。

 ゴブリンさん。すみません。うちのつれまだ慣れてなくて、ただ一生懸命、訳も分からず殴ってるだけですから……。

 勘弁を……、ってわけにもいかないだろうな。


「ぎゅえええ……」


 ゴブリンさん涙目だよ。完全に猛獣に捕らえられた小動物風味で、なんだかかわいそうな感じ。でももちろん、テンパってる喜多見美亜あいつはそんなことを気にする余裕はない。


「死ね! 死ね!」


 微妙に急所を外しながら、ひたすら棍棒で、殴りつづけるパチモン魔法少女であった。単に攻撃が下手なだけで、わざとやってるのではないだろうが、やられているほうはたまったもんじゃないよな。

 本人は、今ハマってる、聖杯をもとめて戦う残虐幼女から魔法少女にジョブチェンジした幼女を意識したアバターっぽくしたつもりのようだが、これじゃその使役するサーヴァントの狂戦士バーサーカーのほうだよな。いや、それよりも未来から来て棍棒振り回すいかれた天使ちゃんのほうか……、いやどっちにしても、


「死ね! 死ね!」


 いや、死ねじゃなくてさっさととどめを……。

 ひっ、骨の砕けるおとしたよ。おまえ、そこじゃなくてもっと、上の、頭を……


「ギュアアアアアアアアアアアアアアアアア!」

「……?」


 おい、おまえ……。

 上じゃなくて、下を……。


「どうかした?」


 喜多見美亜あいつはゴブリンの惨状に、腰が引けている俺を見て不思議そうな顔で首を傾ける。


「いや……」


 股間を抑えながら泡を吹いて倒れているゴブリンを見ると、背筋にスッと寒いものが通り抜けるのを感じる俺であった。いや、今は、というかしばらく女に入れ替わっているから、そこで心配するものは付いてないのだけど、


「武士の情けだ、解釈いたそう……」


 俺は、剣を抜くと、それをさっと一閃。

 ゴブリンは絶命し、光の粒になって消える。

 やはり、人っぽいとはいっても、ゴブリンは魔物であった。魔物はあやかしであり実体を持たない。その命が絶たれれば、それは世界に溶けて消えて行く。

 ゲームでなくこの世界を現実リアルとして生きた場合も、魔物に関するこの設定は変わらないようだ。安心した。これで、首がポロリで生々しい死体転がってるんじゃ、俺はこの世界でやってけるか先行き不安だったが、そこは大丈夫なようだ。

 キャラクターと画面上でキスしてしまって入れ替わり、その中に入ってしまった、その異世界を現実リアルとして生きることになった俺。ゲームとは違う、この状況に戸惑いながらもなんとか順応して来たのだが、さすがにあんまりスプラッターだとPTSDなっちゃって元の世界に戻ることができても後ひいちゃいそうだ。

 もちろん、だからと言って安易に魔物を殺すのはどうかと思うが、らなきゃ、殺られるのがこの世界だからな。

 ——まあ、今は、この世界のルールに従えるだけはしたがっておこう。

 もっとも、今度の週末に予定されている魔法帝国の進行に対して戦うときには、相手はヒューマンやデミヒューマンとなるだろうからそんなことも言ってられないが……。

 それまでになんとか俺は元の世界に戻れないものか。そのためには現実リアルにいる喜多見美亜こいつと連絡を蜜にして、


「あれ?」

「…………ム!」


 なんで、こいつ怒ってるの。


「なんでとどめをあんたが刺すのよ」

「あっ」

「私にポイント来ないじゃない!」


 あ、そうだこいつのレベル上げに一緒にダンジョンに来たことをすっかり忘れてしまっていた。ゴブリンの惨状に気をとられて!


   *


 というわけで、喜多見美亜あいつと一緒にダンジョンにやってきている俺であった。

 俺——向ヶ丘勇の体に入れ替わって、つまり俺として生活していながら仮病で学校休むという太てえことをやりやがったあいつであったが、——まあ、やっちゃったもんはしょうがない。夏休みの最後を不眠不休で同じゲームプラ・マジに捧げた俺であれば、その追求のやいばも少々鈍くなるのはいたしかたない。というか、あんまり本気マジで怒れない。

 であれば、どうせ休んじゃったのなら、こいつのレベル上げに協力した方が合理的。この後、この世界を現実マジで生きる俺を手伝ってもらえる相棒バディには強くなってもらった方がよい。いや、俺は、週末のイベント、魔法帝国との戦いまでには戻るつもりだよ。俺の元いた世界へ。ここをゲームとして楽しんでいたそんな世界へ。

 でも、もし戻れなかったら? 仲間には強くあってほしい。というか、俺を守ってほしい。

 この世界を現実として生きることになっても、殺されても生き返ることはわかったけど、——下手にわかっちゃうと何度もあんなのはごめんだよ。復活のときに出てくる女神もどうも苦手だし。


 まあ、なので、ゲームにはまりはじめ、レベルをあげたい喜多見美亜あいつと利害の一致した俺は、じゃあレベルを上げるためにもっとも合理的な手段——ダンジョンへと出会い……モンスターとの出会いを求めてやって来たのだった。

 場所は、俺の今住む聖都ルクス近郊。廃棄された元の都のあった場所。なんでも、今を去ること数百年前、こっちのほうに神殿があり、その周りに都市が発展していたのだが、その当時の腐敗した神殿組織の中に入り込んだ魔族によるクーデターに、一度は人間族の絶滅に至るのではないかというぐらいの危機を迎え(中略)、新たな聖騎士の組織を作り上げた初代聖王レオにより復興した聖都。しかし廃棄された旧都の聖堂の廃墟の下にはダンジョンが発展し……。

 とまあ、ゲームのヘルプに書いてあった通りであれば、このダンジョンの馴れ初めはそんなものとなるのだが、今までのところ、この異世界は百パーセント、ゲームの時の設定そのままであるので、きっと間違いないだろう。


 そして……、


「ちょっと、待って、こいつがなぜここにいるの!」


 喜多見美亜あいつが驚愕の表情で固まる。

 たかだか五階層目の浅い場所に突如として現れるそいつ。

 本来はもっと深層にいなければならない怪物モンスター


「設定通りだよ。お前、マニュアル読まないタイプだろ」

「そうよ。それが悪いっていうの!」


 現れたそいつ・・・に焦って、少し逆ギレ状態のあいつ。


「悪くはないが……、でも覚悟は決めるんだな。この階層には時々深層と魔法陣が自然発生で繋がっててね、転移してくる怪物がいる。それを倒せばボーナスポイントだが、それが嫌なら、この階層は飛ばして次の階層にさっさと行くことってマニュアルには書いてある」

「ってか、マニュアルに書いてある……って、わかってるならなんでこの階層さっさと飛ばして行かないのよ」

「飛ばす?」

「当たり前よ。あんな・・・のまだ私には無理よ」

「そうだろうな。お前に倒してくれとはいわない」

「ん……? そうか、あんたがあれと戦いたいの? そうか、随分このゲームやり込んでるって言ったもんね。あんなの楽勝ってこと?」

「いや、まだ戦ったことはないし、正直今の俺のレベルで勝てるか勝てないかギリギリってところだな」

「へ? なによ! 勝てないの? 勝てないのよね! どうすんのよ。逃げるの? 逃げるのよね?」

「まてまて、あいつ・・・を見ろよ。俺たちを完全にロックオンして、もう逃げるなんて相手が許さないよ」

「じゃあ、どうするのよ! ああ、死ぬのね。死ぬ。ああ、あの小憎たらしい女神にまた会わなきゃいけないの? うわ、いやだ、どうするのよ。なんで私あんな罵倒されなきゃならないのよ!」

「……?」

 なんだか随分と復活の女神を嫌っている喜多見美亜あいつだったが、まさか俺みたいに女神に『お父さん』とか意味不明のことは言われていないだろうとは思うが、いったい何を言われたんだろう?

「どうするのよ? ああ、またあの女神に、『お前なんて死ねばよいのに』とか『どろぼう猫』とか、意味不明にディスられるのよ! いやよ。あの子なんか苦手!」

 俺も、あの女神(アルバイト)はどうも対処に困る感じなのだが、

「……まあ待て。俺は、お前に死ねなんていってないぞ。また、俺も死ぬ気はない」

「でも、どうするのよ……あれ、あれを……」

 喜多見美亜あいつは俺たちを、か弱い虫けら以下にしか見なしていない、冷徹な眼差しに怯えながら言う。

 しかし、

「大丈夫だ。俺は確かに、あいつ・・・に勝てるかは怪しいものだが……」

「……?」

「俺たちはチームだ。そうだろ相棒バディ?」

 と、俺は、喜多見美亜あいつにむかってサムズアップをして、目の前のドラゴンを睨みながら、言うのであった。

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