第107話 俺、今、女子再開中

 ここがゲームの中なのか本物の異世界なのかはわからない。しかし、少なくとも、そこに現れた喜多見美亜あいつは本物のように見えた。まあ本物といっても、今はあいつは俺——向ヶ丘勇の体の中にいるのだから、その中身が本物——が入ったパチモン魔法少女が目の前にいるということなのだが。

「お前も入れ替わったの?」

 俺は、この世界の住人であるかのように滑らかに喋り、動くあいつに向かって尋ねる。

「はあ? どう言う意味よ」

 なんか違うみたい。

「モニターの中のキャラにキスしてこっち・・・にきたのかって……」

「なわけないでしょ。あんた一人で大変な騒ぎ・・・・・なのに、私までパソコンの中に入ってしまったらもう収集つかないわよ」

 なるほど、こいつも、さっき会ったドワーフのルンと一緒だな。パソコンの向こうでキーボード叩いてチャットをしているのだが、俺にはこの世界の住人がしゃべっているように聞こえるということか。どうやら、俺の世界からは、今いる世界はゲームとして認識されているのは間違いないようだ。

 ただそれでも、元の世界とのつながりが絶たれていない。そして、今回の入れ替わりの事情を知るあいつとコミュニケーションができる。そのことに、——突然異世界に放り込まれたが元の世界と連絡がとれて今後の対処策を練ることができる状態にあるということがわかったのは間違いなく朗報であった。

 でも、俺は、その喜多見美亜あいつの朗報の中でちょっと気になるところがあるのだった。俺は、その疑問を声に出してみる。

「騒ぎ……?」

 ——ってなんだ?

「はあ? わかんないの?」

 わかりません。

「あんたがゲームの中のキャラと入れ替わったんだから、元の体の方は代わりに何が入ったんだと思うの?」

 へ?

 そりゃこのキャラの中の人……、っていったら俺自身になっちゃうな。それじゃ、俺が俺自身と入れ替わったらそれって今までと同じだから、騒ぎ・・っていう表現にはならないとおもうな。

 でも、それなら?

 まさか……。

「入れ替わったのは、——私喜多見美亜の体の中に入ったのはあんたの作ったキャラよ。隊長になりたての美少女聖騎士ユウ・ランド嬢、あんたにかわって私の体に入ったのはあんたの使っていたゲームのキャラそのものなのよ」

「まさか?」

 俺は、パチモン魔法少女あいつに向かって、そんなわけはないだろうとあからさまに疑わしげな顔をしながら顔を横にふる。

「まさかじゃないわよ。本当よ。あんたが夏休みの最後の一週間を潰して育てたレベル50の騎士様よ」

「でも……」

 その聖騎士様はゲームを始めるにあたって、俺が作り出し、設定したキャラクターなのだった。彼女は、あくまでも、俺が作り出した架空の存在。それがなんで入れ替わって俺の世界に現れる?

「その女騎士が私に向かって自分の半生を語ってくれたわよ。下級貴族の娘として生まれたランド嬢は、田舎での退屈な生活に飽きて冒険者稼業に身を投じ、享楽的な生活を続けるうちに身を持ち崩して、一度はスラムで生活をするまでになるも、聖都の危機を身を呈して救ったことから聖女ロータスに認められて聖騎士になったことから運命はまた一変し……」

「待て、待って!」

「はい? 何よ。話はまだ途中なんだけど」

「それおかしいよ」

「おかしいって何が?」

「それって全部設定だよ」

「設定?」

「俺が勝手に考えた脳内設定だよ。ユウ・ランドが聖騎士に至るまでの物語は俺が勝手に心の中だけで思ってたことなんだ。ゲーム的にはユウ・ランドは、聖騎士のジョブを選んで名づけして、——そこから始まったんだ。その前の半生なんて無い」

「知らないわよそんなこと。今行ったことは全部彼女が話したことよ」

「はあ? 彼女って、ユウ・ランドが話したのか?」

「だからそう言ってるでしょ? あの聖騎士様があんたと入れ替わって、そして……」

 そして?


「私を縛り上げてからとくとくと彼女自身のことを語ってきかせられたのよ!」


   *


 ユウ・ランド。彼女は、俺がこのゲーム、プライマル・マジカル・ワールド始めるにあたって作り上げたキャラクターだった。

 だから、彼女の歴史、背景、家庭事情なんかは、全て俺が勝手に作り上げたものだった。そして、別にどこかにその設定を公開していたりするわけでなく、テクストとかに書き出してさえおらず、——あくまでも脳内設定だった。

 彼女の生い立ち、その後の人生は、全部、俺が心の中で思っていただけの物語なのであった。それは、せっかくゲームをするなら、彼女に感情移入してプレイしようと思って、いろいろと妄想を膨らませて作った入念な設定なのであった。で、その俺しか知らない彼女の半生を、入れ替わったユウ・ランドが語りだしたということなのか?

 なんとも不思議な話だが、でも、事実なのだとしたらしかたない。俺が心の中で思っていただけの情報が聖騎士ユウ・ランドの真実をたまたま言い当てていたのだとかいう偶然がありえないとしたら、——それっていったい?

 まあ、俺の心の中がこの世界に反映される仕組みがあるとか、逆に俺がこの世界の干渉を受けたとか、そもそも、逆に俺がユウ・ランドの妄想の中の人物なので彼女の半生を知っているとか……。可能性はいろいろと考えられるが、——しかし、まだまだ情報不足もあり、今考えても答えは出なさそうなので、俺は、この件はとりあえず深くは考えないことにした。

 それよりもだ、

「縛られた?」

 俺はその不穏なワードを問いただす。

「そうよ。聖騎士様は、あんた、——というか私の体に入れ替わるなり、いきなり振り向きながら立ち上がり、私を組み伏せて、そばの床に転がってたスマホの電源コードで私を後ろ手に縛り上げたのよ」

 なるほど、本物・・のユウ・ランドが、もし俺の脳内設定のままの人物だとするならば、なんども死線をくぐりぬけ、剣術だけでなく様々な格闘術に長けた人物であるはずだ。それがいきなり襲ってきたのなら、いくら男子の体の中にいるとはいえ、現代日本の女子高生たる喜多見美亜あいつは手も足も出ないことだったろう。

「そして色々と聞かれたわ。ここはどこかだとか、なぜ自分はここにいるのかだとか。入れ替わった体の持ち主はどういう人なのかとか」

「随分と落ち着いてるな」

 それに行動も素早い。こっちにきて何がなんだかわからずに呆然としてしまった俺とはえらい違いだ。さすが魑魅魍魎が跋扈ばっこして、百鬼夜行が繰り返されるそんな世界の騎士様は、危機対応力が俺とは段違いのようだった。

 でも、すると、そうやってしばられたあいつは今どうやって話している——ゲームのチャットをしているんだ? 事情がわかったユウ・ランドが喜多見美亜あいつを解放してくれたのか? 

「……で、私は話した。体の入れ替わりのこと。ここは地球と呼ばれる星の日本と言う国であること。そちら・・・の世界はこっちからはゲームの中にあること。だけど、——いろいろ説明したのだけれど、そもそも中世風世界のあっち・・・は環境が違いすぎて中々理解できないみたいで。——しょうがないから、私は、入れ替わったその体の持ち主の喜多見美亜という女子高生がいかに素晴らしいかをずっと語り続けてたら……十数分もしたらいらいらした顔になって……」

 まあ、それはそうだろう。俺もあいつの外面のリア充ぶり聞かされてもいらいらするだけだからな。

「で、まだまだ語ることはいっぱいあったのだけれど、『もういい。私はこの世界を偵察してくる』と言って、私の話を遮ると、聖騎士様はそのまま窓から出ちゃったのよ」

 ん? それならあいつは縛られたままだよな。どうやって今パソコンのキーボード叩いているんだ?

「困った私は、なにか手を縛ったコードを切るか外す方法ないかと思って、ジタバタとのたうちまわっていると、突然部屋のドアが開いて、あんたのお父さんが『なにやってるんだ?』って……私は『大丈夫だから。単に遊びだから』って答えて」

 …………!

「そしたら、あんたのお父さんは手のコードを外しながら『若い時はなんでもしてみたくなるのかもしれないが、変な方向に行くのは感心しないな』って……」

 …………‼️

「——まあ、ちょと誤解されたかもしれないけど、やっと私は解放されて、……やっとまたゲームにログインできたってわけ」

 おいおい。それ、ちょっとじゃないよ。女の子がいつのまにかいなくなって、息子が手を縛られて放置されてるって、それ絶対そういう性癖のひとのプレイか何かだと思われてるよ。変態だと思われちゃってるよ。俺の家族内の評判がガタ落ちだよ!

 と、俺は話を聞いてうろたえるが、

「まあ、そう言うわけで、家族からあらぬ誤解を受けることになったのはちょっとかわいそうだけど、あんたの評判なんて今更でしょ」

 喜多見美亜あいつは俺の動揺などあっさりと切り捨てると、

「それよりも、作戦会議しましょ。あのランド嬢を元のゲームの中に戻ってもらうために、私たちは何をするべきなのか、偵察から戻ってきたあとのあの子にどう対処したら良いのかって」

 まあ、確かにその通りの正論を言う。

 でも……。

 とはいっても、なあ……。

 俺はどうにも論点をずらされたような、納得できない感情を心の中で、もやもやとさせるのだが。

 ——しょうがないか。

「わかった。それじゃ……」

 俺は、目線を合わせないでこのままやり過ごそうとしているパチモン魔法少女あいつの顔を見ながら、嘆息をしてから言った。

「腰を落ち着けて詳しく相談するか」

 これで帰ってきたユウ・ランドがまた喜多見美亜あいつ——俺の体を縛って、地に落ちた俺の評判をさらに地面にめり込ませないようにするにはどうしたら良いのか? それを考えるのが先決だと俺は理解したのだった。

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