第87話 俺、今、女子ドン引き中
さて、イケメンをコミケに連れて来て生田家との縁談は無い方向に持っていく。と言う基本方針は固まった。
まあ俺が生田緑としてキモさの天元突破を見せたなら、たいていの男は逃げていくだろう自信はあるが……。
でも、——そもそもだ。
どうやって、あのおぼっちゃんをコミケに連れてくる? コミケが、俺の孤高のキモスキルを見せつける絶好の機会なのは間違いないけど、相手がやってこないんじゃしょうがない。
俺は、そんな根本的なことを忘れていた。
どうする?
相手が来てくれたら成功間違いなしだ! ——と思うが、来てくれなきゃどうしようもない。
もちろん、会うことはすぐにできる。俺があの会食のあとに、「敬一さんとはまた会って見たい」と渋沢家に伝えたら、それならば早速若いものどうしでと、すぐにそんな見合いの典型的な返事がかえってきていた。
おまけに、その後具体的な合う日を決めないでいたら、早く、早く、善は急げ的な話が散々相手側から入ってきているようだった。明日にでも、いや今日これからでもと、息子の都合も聞かないまま毎日のようにじいさんの秘書のところに連絡が入っているとのことだった。
だから会うと言ったらどこへでも……でもコミケと言ったら来てくれるだろうか?
「待てよ……」
「…………?」
「お台場ってだけ言えば良いか——デートスポットだし」
「何をよ?」
「いや、こっちの話……」
秋葉原中央通り。お盆近くで人気の心持ち少ない都内であるが、コミケを前にしての上京組でも来ているのかいつもの週末以上の混雑である。その通りを俺と
「……?」
俺が脈絡なくつぶやいた一言に不審そうな様子のあいつ。
「いや、ちょっと悩んでいたことあったんだけど——大丈夫になった」
別にこいつに報告するほどの話じゃないしな。なんとかなりそうだし。下手に相談するといろいろ指示してきたり、ダメだししてきそうだし。
ほんと、こいつ能天気な割にへんなところでうざいくらいに完璧主義だったりするんだよな。
「……⁇ まあ、いいけど、それより、花奈ちゃんの方はうまくいってるみたいね」
「ああ」
下北沢花奈はコミケでおまけのプレゼントに配るイラストを一枚完成させると言って、俺たちから別れて、例のぼろアパートの仕事場に向かった。そこでは斎藤フラメンコの他のメンバーもいてそれぞれがプレゼント用イラストを作成中とのことだった。
下北沢花奈の他、
しかし、俺が体が入れ替わった時のあれやこれを通じて、また三人で協力しながら作品を作り出すことを初めた。それは下北沢花奈一人では決して達することのできない新たな領域に彼女自身をも押し上げることになった。
……と思いたいね。まあ、先に読ませてもらったコミケ出展用の作品は、まさしくニュー花奈ちゃんを思わせ出色のできであるし、お姉様方二人の影響もあちこちに感じられて、内情を知る者としては嬉しくかつほっこりするような作品であったが。
その後も、三人の良い状態は続いているようだ。それぞれがプレゼントイラストを書くなんて、ちょっと前までの斎藤フラメンコであれば考えられないことだと思われた。もちろん正直、絵のクオリティは下北沢花奈が図抜けているのは間違いないだろうけど、でも残りの二人だって世にでるべき実力は十分に持っていて……。
「いいわね、あの三人」
「ああ」
俺は感慨深げに首肯する。
ほんと色々あったけど、あの三人には今後も仲良く互いを高めていって欲しいと思う。それがきっと彼女らの作品もよくするのだろうという斎藤フラメンコの大フアンである俺の打算的な感情も含めてだけど、ほんと「他人」事ではなかったあのサークルのごたごたと解決は俺になんとも特別な感情をもたらすのだった。
というか、体の入れ替わるたびに「他人」でない人が増えていってしまう俺の現状だけど、
「まあ、あの三人はもう大丈夫として、次は緑の件よね」
「ああ」
今回の女帝の件は、あんまり感情移入できない「他人」事のままで終わる気がする。なんか住む世界が違うんだよね。
「……なんとかここでうまくイケメン撃退して、さっさと入れ替わらないと、あんたもつらいでしょ」
「ああ」
また深く首肯する俺であった。
やっぱり生田家でうまく立ち回るには俺では力不足だ。
いつも俺に厳しい
だからこいつの協力ももらって、コミケでなんとかうまく破談に持っていきたいところだ。
そのためには、この後残された時間で万全を期する必要がある。
俺のキモさを最大限にまで高める必要があるのだった。
だから、
「……じゃあ、秋葉をちらっと散策していくか」
「はあ?」
「エネルギーのチャージがいる。俺のキモさを高めるために萌エルギーをこの場所で充填する必要がある」
「……まあ、わからないでもないけど」
「別にいいぞ」
「へ? 『いいぞ』ってなにが?」
「ついてこなくていいぞ。ここから先は素人には危険だ」
俺は、これから
「なにを大げさなこと言ってるのよ! あんたみたいなヘタレオタクがいくところくらいで私がビビるわけないでしょ」
おお、そうか。その言葉に偽りはないんだな。俺はもう世間体も気にせずに全力をだすぞ。
俺は……やるぜ?
「はん? ヘタレの全力を見せてもらおうじゃないの。この私をビビらせることができるとでも思っているのかしら」
おお。その言葉もう取り消せないぜ。
「さあ、さっさといきましょうその、危険だとかいう真の
「そうか……なら」
なんだか、俺の脅しにビビるどころか、むしろノリノリの
が……。
「きゃー。なにこれ可愛い。このフィギュアほしい! アニメから抜け出してきたみたい」
「ううん、こっちは、これはキモい。キモいくらいに胸でかい。でもこれは良いキモさね。なかなかこんな造形できるもんじゃないわ」
「うわ、この夏アニメもう同人誌できてる。原作付きならともかく、アニオリの同人をこの時期出してるなんて随分仕事早いね」
「うわ。これはきてますぞ。大変ですぞ。拙者感服しましたぞ。このカバーイラスト期待できますぞ。うひ。妹ものですか。これは是非とも拝見せざるをえないですな。ひひひ」
「…………」
俺は、もはや隠すつもりもなさそうな
人が欲望に忠実に、恥も外聞もすてるこういう姿を見ると、なんだか一気に冷静になってしまう俺であった。もし、今日、俺一人なら、
でも、俺は、その曖昧で捉えどころがなく、少し複雑な感情をその時には紐解くことができない。その思いの真の意味に気づかずに、
「はあ……」
アニメキャラのフィギュアを持ち上げてにたにたと笑うあいつを見て、俺は、ただ大きな嘆息をするだけ。
夏の午後。ジリジリと照りつける太陽の下、蒸し暑い機構をさらに暑苦しくしている熱気あふれる
俺は、そのあいつの肩越しに見える秋葉の街の喧騒を眺めながら、そのいつもにも増して精強そうな
ああ、つまり、俺の本当の戦いはこれからだ……。
じゃなくて——。
もうすぐそこに迫ってしまっていると言うことなのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます