第70話 俺、今、女子弁明確認中
俺が電話をかけた時に、ちょうどジョギングを終えたという
が、こういう重い話するのに慣れてない俺は、うまく言えずにかなりしどろもどろ。正直、意味がさっぱり伝わっていないだろうってくらい話は要を得ていなかっただろう。
「ああ、その話ね。私も昨日知ったとこよ」
「へっ?」
しかし、伝える前にあいつはそれをすでに知っていたのだった。
それも、昨日?
「本人から聞いたわ」
「萌えさんから?」
なんで、タイミングよく、萌さんはそんなことをこいつに話したのだろうかと俺は不思議に思ったが、
「違うわよ」
「……ん?」
こいつはさらに不可思議なことを言う。
じゃあ誰から聞いたんだ?
「加害者本人から聞いたのよ。その、萌さんの従兄という
「……はい?」
絶句。俺は、
*
と言うわけで、俺が動揺し、絶句してしまった朝の電話のあと、「この」件については、電話だと話がちゃんと伝わらないかもしれないから、会ってちゃんと話そうとなった、俺らであったが、徹夜でパーティに行って、多摩川まで向かう元気はない俺を慮ってくれたのか、今日はあいつの方で来てくれることになった。萌さんのマンションにである。
とはいえ、比較的涼しい早朝でも、夏の河原を走って、汗だくになったそのままでやってくるわけにはいかない。
あいつは多分、一回家に戻って、シャワー浴びて、朝のグリーンスムージーを飲んで、腹が落ち着いたら、ちょっとだけストレッチして体のこわばりをとったなら、今度は体が冷えすぎないようにあったかいハーブティーでも飲んで、ソファーに身を任せて身体をゆっくりと休め、スマホで動画サイトでもチェックして……まあ多分ずっとだらだらしながら——その時を待つ。
でも、待つのは、何の時かって……?
決まっている。それは社畜である両親が始業一時間前を俺のめざして会社に向かうその時間だ。
まだ七時にもならないうちにあいつ以外はもぬけの殻となった家の中で、あいつはきっと顔を気持ち悪くほころばせ、さっとリビングのテレビの前に寝転がることだろう。
そして、録画した昨晩の深夜アニメをリビングの大画面で見始めるのだ。
学校の休みの時にだけ許される至福のひと時。長期休みで心に余裕があればなおのこと。朝にダラダラと今季の嫁を愛でる。至福のひとときであった。自分の部屋の小さなテレビでこそこそ見るのではなく、親が去年冬のボーナスを叩いて買った大画面を満喫させてもらうのだった。
もちろん、普通の日だって、帰りの遅い共働きの両親が帰ってくるまではそのテレビは俺のものとなるのだが、夜に親がいつ帰ってくるのかと気にしながら見るのとは違う。
最近、どこの会社も働き方改革とか言い出して親も妙に早く帰ってくることあるからな。別にアニメやオタクに偏見がある親ではないのだが。帰って来た時に息子がニタニタしながらテレビに向かって独り言でツッコミをいれている姿を見られるのはバツが悪い……
って、いつのまにか、俺のかつての夏休みの日常をカミングアウトしてしまっているだけになっていたが、
俺はあいつのオタク化はそこまで進んでいると考えていた。
まだ恥ずかしいのか多くは語らないが、俺が部屋に残した
「……結構時間かかったね。何してたの?」
「色々……」
まあ、こいつが来るのが遅れたおかげで結構眠れたので問題ないのだが、この「色々」は化粧動画みているとかおしゃれスポットチェックとか彼女のリア充準備活動とかではないのは、そのふとした目のそらし方からでも明らかだが、ここであまり突っ込んで
うん。こいつはまだ生まれたての
「何、ニヤニヤしてるの?」
「色々……」
ハードディスクの一件のせいもあるけれど、生き馬の目を抜くリア充界で鍛えられたこいつと俺の人間力の違いが何かとやり込められることも多い。そんなこいつに対して俺が優位に立つ機会が来た。そんなことを考えている俺の顔が少々下卑た表情となるのもしょうがあるまい。
「……? まあいいけど……それよりも」
そう、それよりもであった。今は、俺が、というか萌さんを悪い顔にして、こいつに対して優位に立つ妄想をしている場合じゃない。
「例の話だけど……」
俺は、一瞬で真面目な顔に戻ると、こいつがゆっくりと話し始めるのを聞くのだった。
「誤解だって言うのか?」
「そうあくまでも加害者の弁によれば……だけど」
昨日聞いたことの詳細を話し始めた喜多見美亜の話は要約するとこういうことだった。
——ふざけて襲うふりをしたらレイプと間違えられた?
「信用できるのかそれ?」
「そこなのよね。犯人の虚偽の弁明に過ぎないのかもしれないわね」
「で、嘘かどうかはともかくとして、彼の言う誤解を解く手伝いをお前らにしてほしいって?」
「そう。昨日、あんた、つまり萌さんが電車降りたら、隣の車両にいたらしいその従兄がやって来て、萌さんのことで私達と話がしたいっていうのよ。私は、その人が萌さんの従兄なこともまだ知らなかったから、突然強面のお兄さんからそんなこと言われて、事情は知らないものの、これはろくなことじゃないって予感がして、やんわりと断ろうとしたのだけど……」
萌さんが『良いわ』って言い出して、二人はたけると話をすることになったということだった。話を聞かせてもらうなら何かおごるというので、地元の駅で一番高いという寿司屋での会話は、まずは一方的にいとこの方からの説明で始まったとのことだった。
実は自分は萌さんの従兄だということ。割と近くに住んでいたこともあり、本当の兄のように慕われて仲良く、一緒に育った。二人とも相手の家に我が家のように入り浸り、それぞれの家族とも仲良く、毎日のように一緒に遊んだ幼年時代だった。そんな話から会話はスタートしたとのことだった。
しかし、そんな子供自体はいつまでも続かない。やはりそのままとはいかない。
小学校の高学年あたりから、少し異性を意識するようになってくれば、兄妹同然に育ったとはいえ、結婚もできる従兄妹という関係である。一緒に風呂に入ったり、ベタベタと抱きついたりするようなことは、もうそろそろ微妙なラインを越えそうになってきていることをなんとはなしに悟り始める。
すると、二人の関係はちょっとよそよそしくなり、そしてそれは中学で学校が別れて、勉学だスポーツだとしなければいけないことが段々と増えていけば、互いの家を行き来することもしだいにまれになっていく。気づけば正月やお盆とかの親族の集合した時でもなければ合わないという関係になっている。
でも、そんな状態に寂しさを感じないでもない二人。そして、たまたまお盆で親族が萌さんの実家に集まった夏。昔みたいに一緒に過ごしたら? もしかして昔みたいに、一緒にいるだけで楽しかった関係が戻るかも。そう思って話し始める、二人の他に誰もいない萌さんの部屋。
きっと、話し始めれば、ぎこちなさも取れて、昔みたいな気のおけない関係に戻れる。そう思って、少し無理にくだけた口調で話し始める二人。
だが、二人は昔のままではない。ともに中学三年。それなりに大人になった二人。そうなるまで……それまでの歴史が二人を分かつ。無邪気に楽しい子供時代はもはや遠く、話しても話しても、あるのは違和感ばかり。
そして、夜もふけて、他の家族が寝静まったころ、もうこれ以上話しても昔のような関係に戻れない。むしろ思い出はますます遠ざかる。それが二人とも思い知ったころ、
「昔に戻れないなら、別のたり方で仲良くなれば良い……なんなら萌が恋人になってくれれば……」
正直、その言葉は冗談半分、本気半分というところだったらしい。家族のようでいて、ちょっと違ういとこという関係性。家族と恋愛なんかできないと思う反面、高校生にしてすでに大人っぽい、魅力的な美人となっていた萌さん。その姿に少しも欲情していなかったと言うと嘘になる。でも理性を保っていたという建人。
この告白めいた言葉もおちゃらけた感じで断ってもらって、そのままこの日は話を終えよう。そんな風に思っていたという。
だが、
「いや!」
静かな深夜の萌さんの実家に叫び声が響き渡る。
言葉だけにすれはよかったのに、やはり冗談半分、本気半分で萌さんを抱きしめキスをするふりをした彼。そのしぐさに、恐怖を覚えついつい叫ぶばかりか、平手打ちでいとこの頬を叩く萌さん。
するとそれにムッと来たたけるは押し返すと、恐怖に力が抜けていた萌さんを押し倒すような形となってしまいまい、また上がる悲鳴を、家族が起きるとまずいととっさに口を塞いでしまい。それにさらに恐怖してジタバタと、ベットから落ちる二人。
その音に家族が起きだした音がして、慌てて正気に戻った二人だが、
「いや、そんなつもりじゃ……」
「出て行って……二度と私に近寄らないで」
そのままこえることができない深い溝がその間に刻まれてしまったのであった。
「まあ、たられば、みたいな話になっちゃうけど、思春期ざかりの高校生であったその建人さんが、正直萌さんを女として見てしまっていたというのはあったと思うけど……理性は保っていたというのはある程度信じてあげても良いような気がするわ」
しかし、
「冗談半分の行動に過剰に反応されてついかっとなってというのが真相なんだとは思う」
そう断言する言葉に迷いは無く、
「……で彼は今はそんな誤解された関係からなんとか昔みたいな気のおけない仲間のような関係に戻りたいと思っている……だからよし子さんと違って余計な先入観も無いだろうこの頃萌さんの周りに現れた私達に、関係修復の間を取り持ってもらおうと思ったみたいなの。話している当の本人の中に萌さんがいるとも気づかずに」
関係修復を取り持ってやるのもやぶさかではないような感じ。
でも、
「お前はそれを信じたのか?」
俺はちょっと躊躇する。
正直、従兄のその話は、まるで嘘ではないにしても、まるまる信じるにはまだ抵抗がある。
「うん。確かに……完全に信じられたかと言うとそうじゃないけど」
それはあいつも同じのようだった。
しかし、
「本当かもしれないけど、これだけだと信じられない。萌さんも信じられない——関係も戻らないだろう。だから……」
「……?」
俺はなんだか良いこと考えついたみたいに、面白そうに口の端をきっと上げながら俺を見るあいつの顔を見つめ、
「……間を取り持つ労を取る代わり、条件を出したのよ。ひとつはその寿司屋で一番高い大トロを食べさせること」
なんだかめんどくさいことやらされそうだなと思いながら、
「そしてもうひとつは……」
今は萌さんになっている俺がやらなければならない、その条件とやらを聞くのであった。
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