第69話 俺、今、女子だんらん中

 これから売り出し予定だというガールズバンドのプロモーションビデオ撮影からの帰った俺。実は、またストーカーしてた彼女の従兄いとこ建人たける、彼に萌さんは喜多見美亜として話しかけられて……という事件が電車で別れてから起きていたらしいが、その時はそんなことはつゆ知らず、俺は萌さんのマンションに一人で戻ると、なんだかんだで結構疲れていたのかあっさり眠りに落ちる。

 そして……。


「ああ萌、起きたね」


 いつの間にかベットの近くの床に座ってスマホを見ていたよし子さんに声をかけられたのであった。

 時間は……目覚まし時計を見て——三時?

 夜の?

 いや、よし子さんは夜は彼氏のところに行って、「あれやこれや」のご奉仕って色っぽい目で言っていた。

「あれや、これや?」

「…………」

 まずいまずい。思わず声に出てしまっていた。

 いやいや、あれやこれやは俺の妄想だが、明らかに彼氏と大人のコミュニケーションを取りに行ったはずの彼女だった。そして、帰ってきたら、ツヤツヤしてなんだか上気したような顔は——やったか?

 いやいやいや、「やったか」禁止。主に俺の妄想止まらなくなるから禁止!

「ん? どうしたの難しい顔しちゃって?」

「……な……なんでもない」

 そして、俺の妄想を隠そうと厳しい顔しているのもかえって変に思われるから禁止。なので、俺はちょっと顔をそらし、表情を隠しながら、起き抜け早々の興奮を静めて言う。

「戻ってきてたんだ」

 すると、

「そうね一時間前くらいかしら、萌はまだぐっすりで全然目を覚まさなかったから横でだらだらしてたけど」

 まあ、彼氏のところ泊まるって言ってて夜の三時はないよな。このマンションに来たのが二時。喧嘩して、終電で帰ってきたとかならともかく、なんだかそんな感じでもないし、

「……カーテン開けるわね。もうそろそろ起きても良いでしょ」

 そう言ってよし子さんが夜遊び人には必須の装備の、厚い遮光カーテンをあけると、一気に差し込む午後の陽光。

 ——やっぱり昼の三時でした。

「なんか食べる? ご飯は昨日の残りあるから、チャーハンかお茶漬けにするといいかなって思うけど?」

 それじゃ、目が覚めたばかりですぐチャーハンはきついから、

「わかった。お茶漬けね。なら、塩鮭で茶漬けもいいけど、鯖の干物あるからそっちで茶漬けにしようか」

 首肯する俺。すると、さっと立ち上がったよし子さんは、相変わらずの引き締まったダイナマイトボディを無意識にエロティックにくねらせながらキッチンに向かう。

 俺は、その姿を見ながら、

「彼氏さん羨ましいな……」

 と、ぽつりと呟くのだった。

 ちなみに、今日もよし子さんは下はパンティー一丁だったが、羨ましいのはそう言うことでなく。



「え、今の彼氏と結婚するのかって? なによ、唐突に」

 俺は、朝(世間的には昼)食の席上で、よし子さんにそんなことを聞いてみる。

「なら、羨ましいなって思って」

「誰が? 彼氏が……?」

 首肯。

「なにそれ?」

「だって、とても美味しい」

「お茶漬けが?」

 首肯。

「そんな、余り物の寄せ集めでちゃちゃっと作っただけじゃない」

 それで、こんな美味しいものができちゃうのが素晴らしい。

 鯖の焼き加減も、お湯でさらに火が通るのを考えてか少し弱めで、でも皮の方は強火でパリッと焼いているので臭みもなく、三つ葉の量も多からず少なからず。昆布でとった出汁も塩加減もふくめて絶妙な味付けで、付け合わせのおひたしや野菜の煮付けも美味しくて、本当にこんなお嫁さんが自分のうちにいたらって世の中の男子なら思ってしまうような女の人。それがよし子さんこと、湯島佳奈ゆしまよしなさんであった。

 そして、それは料理だけのせいではない。

 今食卓の横の席で俺のなにもかも受け入れてくれそうな、至福の笑みを浮かべているよし子さんがそこにいる——その安心感。

 彼女がいてくれれば、世の中がいくら辛くともなんとかなるのでは? そう思うわせてくれる癒しの雰囲気。

 そんな、あれやこれが重なり合って、彼女は、こんな食事の一瞬に、一生一緒にいてほしいとふと思わされてしまう、なんとも素敵な女性となっているのだった。

 そんな彼女なので、

「まあ、確かに、彼氏はこのまま結婚したいようなこと言ってくることはあるわよ……」

 無論、そう言うことなのであった。

 だが、

「けど、まだきっといろいろあるじゃない人生。ううん、私が今の彼氏捨てて他の男と遊びたいとか思ってるわけじゃないわよ。でもね、自分は二十歳になったばかりで、相手だって学生だし、まだ二人とも、のほほんとしたモラトリアムの途中で……このままだなんて思えないのよね。人生。だから、そうなったらいいなって私は期待しつつも——まだまだ安心しないでしっかりした関係を作ろうって思ってる……って前にも言ったよねこの話?」

 うん。もちろん、萌さんに話したのなら俺が聞いているわけもないが……とりあえず首肯。

「私も本当はもっと彼と一緒にいたいななんて思わないでもないけど……二人とも若くて、こんな人間できてないうちから依存しすぎるときっと相手に頼りきった人間になりすぎるような気がする……だから同棲みたいに過度に入り浸るのはまだやめとこうかっておもってるんだ。そのせいで都内に来るときは萌のマンション入り浸りになってるけど……」

 まあ、美味しい食事を毎回作ってもらってるなら萌さんも問題ないのかもしれない。

「そうね。でも、入り浸る代わりに食事作っていて、萌の腹を握ってたのは意外だったわ。じゃあ、もしかして私が彼氏に振られて……」

 いや、それはよし子さんから振らなければない。と俺は首をブンブンと横に振る。

「そのまま誰にも結婚できなかったら、萌と一緒に住むことにして……」

 あっ、それ俺このまま萌さんの体から入れ替われないなら悪くないかも。俺、女の体に入れ替わったからといって、さすがに男と結婚はないからな。

「でも、握るのは腹だけじゃダメだぞ萌。それは君がわかっているかな?」

 そう言うと、すっと俺に体をぴったりと寄せ耳元に息を吹き掛けながら耳元で艶っぽい声で、

「体も捕まえないと。パートナーは逃げて言ってしまうかもよ」

 

 ゾク!


 俺の体を駆け抜ける電撃のような快感。首筋をちょろっと舐められただけなのに。体が一瞬でとろけるように力が抜けてしまい、

「はは、冗談冗談。君はほんとちゃんとした男を見つけないとだめだぞ」

 あっけらかんと悪気なく笑いながら俺を見るよし子さんを俺は悶々とした気持ちで見つめる。よし子さんは、今のを女の子どうしのちょっと際どいスキンシップくらいにしか思ってなかっただろうけど、中身が男の俺にしてみれば、据え膳というか、寸止めというか、欲求不満が貯まること甚だしきであったのだが、

「いくら、兄同然と思ってた従兄にレイプされかけたからって……もうそんなこと忘れてしまうべきだって思うわよ」

 次に放たれた爆弾のような言葉に、俺はエロい気分どころではない、衝撃をうけて固まってしまうのだった。


   *


 その夜、終電近くで向かった新宿でのパーティは、二丁目のクラブであたっため、ああ男の体でこなくてよかったと思った、ホモホモしい雰囲気の中での開催であって、正直ちょっとびびっていた。

 だが、少なくとも、女二人組としてやってきた俺とよし子さんは、何人かいた、いままでクラブで挨拶したこともある知り合い(この人そっち系の人なんだ)と楽しく会話したりしながら、いつのまにか時間が過ぎて、終わってみればなんだかとても楽しい一夜を過ごす。

 というか、かなり平和でウキウキした素敵な空間に俺はいたんだという高揚感と満足感を感じながら帰る。

 しかし、そんな素敵な夜なのであったが、マンションに帰り着いて見ると、昨日よし子さんが漏らした言葉「レイプされかけた」が、どうしても気になって頭の中で何度も何度も繰り返し唱えてしまう。

 ベットに寝転がり、天井を見て、静かな部屋の中に響いいてしまうような気がして、心の中の声をひそめる、みたいな滑稽なことをしながら、俺は何度も何度もそのことを考える。

 ああ、今晩から週末までは行くパーティがないからってよし子さんが実家に帰ってしまって、一人でいるのも余計にいろいろと考え込んでしまう原因だろうな。と、俺はシンとした部屋の中を見渡しながら、

「ああ、なら相談してみよう」

 なんだかんだで、いつのまにか一番信頼している喜多見美亜あいつに電話をかけてみることにしたのだった。きっと、もう起きてジョギングをしているだろうあいつに……。

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