第63話 俺、今、女子昼パーティ中

 俺たちは、灼熱熱の渋谷駅前から宇田川町に入り、萌さんについてよくわからないまま路地をぐるぐる回って、当座の目的地であるレストランに入る。今日の最終目的は表参道方面に行って、そこで夕方から行われているパーティに参加することなのだが、その前に服とかクラブ向きのものを買いたいとか言い出した喜多見美亜あいつの願いを聞き入れて、とりあえずみんなで昼に渋谷に集合した。

 で、せっかく昼に集まったのならランチでもとなってたのだが、萌さんのすすめで入ったのは野外イベントなんかをよく行っている会社の経営するレストランだった。だから、店内では結構な音量でダンス系音楽がかかっていて、おしとやかな百合ちゃんを呼んだの失敗だったかなって思ったけど、

「いえ、私こう言う音楽きらいじゃありませんよ」

 とのことであった。

 普段は古いポップスとか、ジャズとかクラシックとか静かな音楽を聞いているらしい百合ちゃんであるが、こう言うダンス向け音楽が大丈夫なのは意外であったが、

「と言うよりも……そんなにうるさくないじゃないですかこの音楽」

 言われてみれば。音量は結構あるしドラムやベースもブンブンいってはいるが、その上で奏でるメロディーは緩やかで落ち着いた電子音で、Youtubeとか見てるとたまに行き当たるパリピ、パリポが騒いでいる動画でかかっているノイズみたいな音とは全然違う。

 俺は、パーティってみんながそんな風に騒いでいるのだと思っていたのだけど、

「ダンスミュージックとパーティの世界って、外から見てパリピとかパリポとか揶揄されてる類型ステロタイプで語れるような単純なものではないのよね」

 萌さんは、(今入れ替わっている喜多見美亜の)顔をちょっと難しげなしかめながら言う。

「もちろん、ステロタイプの人も多いし、そんなパーティももちろんいっぱいあって——でも、私が好きなのはそう言うんじゃなくて……」

 店内に流れる曲は、哀愁を感じるようなメロディーに絡みつくベースとドラム。

「君たちはこう言うのはどうかしら? 無理やり付き合ってもらっているんじゃ悪いから。もしもっと派手なパーティに行きたければそっちも考えてみるけれど?」

 うん。確かに今店内にかかっている曲はちょっと単調でいつも聴いているアニソンとかの方が派手だし、もし音楽イベントに行かなければならなくて、選べるのなら、俺は声優イベントとかに行きたい種類の人間であるけれど、

「私は、こう言う音楽をちゃんとわかっていて発言しているのではないですが……なんだか聞いていてとても心地よい感じはします」

 百合ちゃんの言葉に俺も頷く。一昨日、一晩クラブにいて、朝方までに感じた長い時間かかって醸成された快感みたいなもの。それをまた体験して見たい気持ちが俺の中に確かにあるのだった。今流れているような音楽(あとでそれはディープハウスとか呼ばれていると聞いたけど)を聞いてまたそれを感じたい。

「……うん。萌夏さんと知り合った時は、もっとパッと派手なイベントに連れてってもらうつもりだったけど……こう言うのも悪くないよね……」

 萌さんは、喜多見美亜あいつの発言を聴いて、その喜多見美亜の顔をパッと明るくさせて、

「……よし、君らの意思確認もできたし、今日は予定通り、ハウスのパーティいくからね! 期待しといて!」

 とても楽しそうに言うのだった。


   *


 さて、食事兼作戦会議の時間が終わり、外はまだ太陽が猛威を振るう午後に、予定の時間まで服屋やら雑貨やら店から店を渡り歩いた俺たちであった。基本的には、次から次へとビルからビルへと、なるべく外にでないように移動しているから、夏の陽気に茹だると言うことはなかったが、いつぞやのように女子の服選びにまた付き合わされてクタクタになった俺。やっと服が決まって、地下鉄で一駅移動して表参道についたころにはすでに精も根も尽き果てたといった様子であったが、

「向ヶ丘くん……」

 駅に続く地下道を歩いている途中、百合ちゃんに話しかけられて、

「今日は楽しかったです」

 ニッコリと笑いかけられる。

 と、もう一日が終わったような言い方だが、実は、百合ちゃんは、今日はここで帰ってクラブにはついて行かないのだった。

 お母さんを亡くしていて、一人で家事を切り盛りしている百合ちゃんは、お父さんと弟の夕ご飯をつくるために戻る。いや、一食くらいなら外食でも作り置きでもなんとかなるのだろうが、彼女にとってそれは譲れない、家族——いや自分を保つための絆……なのではないだろうか? と俺は思うのだった。

 親友に陥れられて学校での生活が破綻してしまった中学時代の彼女が、自分を自分としてつなぎとめるための唯一の礎といての家族。その日々の習慣。それは百合ちゃんにとって、俺が考えるよりずっと大きな意味をもっているのだろう。

「うん。今日は来てくれてありがとう。本当に助かった」

 萌さんと喜多見美亜あいつの能天気コンビに一人では対抗できないと言うか、暴走したら俺一人では耐えきれない。それにこの新しい体入れ替わり状況の相談——百合ちゃんからのアドバイスをもらいたい。と言うことで今日は昼の部につきあってもらったのだが、

「……大丈夫だと思います」

「……?」

「今度はパリポ? と入れ替わったとか聞いて心配しましたが、……萌夏さんもさすが向ヶ丘くんと入れ替わる人です。私たちと同じような人と言うような気がしました」

 同じ……?

「楽しく前向きに一日を生きながら……同時に悩み……探し続ける人なんじゃないでしょうか?」

 探す?

「……自分自身を。それは……」

 百合ちゃんは、少し考え込むかのように、言葉を切って、一度ちょっと顔を伏せてから起こすと、俺のことを優しく見つめて言う。

「私が忘れていたこと。向ヶ丘くんが思い出させてくれたことなのです……」

 俺は、自分のやった結果的には百合ちゃんの生活をまた壊してしまった行動を思い返し、そんな感謝の気持ちをもらう資格などない者であると言おうとしたが、

「大丈夫です」

 俺の言葉を制するように、すっと一歩近づいた百合ちゃんは耳元でささやく。

「向ヶ丘くんは……向ヶ丘くんであれば良い……と思います」


 俺にちょっと謎めいた助言をくれた百合ちゃんは、そのあと、前を歩いていた萌さんと喜多見美亜あいつを呼び止めると、今日はこの辺で帰ることを伝えて地下道を元に戻って駅に向かった。それなら最後に少しお茶でも、と話がでたが、家で弟と父親が待っていると言う百合ちゃんが言えば、無理に引き止めるわけにもいかず、俺たちは彼女が手を振りながら改札に消えるのをじっと見守っていたのだが、

「なになに君ら……」

「「…………?」」

 百合ちゃんの姿が見なくなった瞬間に萌さんが面白そうに言う。

「君たちってもしかして三角関係?」

「「…………!」」

 なわけないでしょ!

「…………?」

「って! おまえなんで黙る……!」

「んっ……ああ? ごめんなさい、ちょっとぼうっとしてて……」

「はは。なんか良いな。初々しくて」

「だから、こいつとはそう言うんじゃなくて……」

「じゃあ、今帰った清楚系の方なのかな?」

「いや、あの子とは訳ありというか……俺にそんな資格はないというか……」

「ふふ……面白い……なんだ悩みがあるならお姉さんに……」

 誰が話すか。相談には確かにのってくれそうだが、その何倍もおちょくられそうな気がする。ここは、だんまりを決め込むしかないが、

「……ほら話してみなって」

 だが、カエルを見つめる蛇のごとく、俺=カエルを逃がすつもりはなさそうな萌さん。

「まあ、まあ、萌夏さん。そんな話は、こんな道の真ん中でやらなくてもこのあとずっと一緒じゃないですか」

 そこに助け舟を出したのは喜多見美亜あいつ

「こんな蒸し暑いところで話さなくても……」

 で、それもそうだとなった萌さんは、地下道から地上に上がり、少し渋谷方面に歩いて戻り、青山大学の見えて来たあたりで路地に入り、地下に入る。

 入り口で千円を払ってワンドリックチケットをもらい、俺たちはそのままダンスフロアに入る。

 そして、俺をみてニヤリと笑う萌さん。それを見て、——ああ、このあといろいろ萌さんに追求されるなとちょっと憂鬱な気分になるが、


「ヒュー! ヒュー!」


 能天気お姉さんは、人の恋路への興味など一瞬で忘れて、瞬く間にパーティの熱狂に身を任せてしまうのだった。


「「…………」」


 そんな様子をみて、俺と喜多見美亜あいつはちょっと呆れ顔で互いに見つめ合い、

「行くか……」

「……うん」

 なんだか萌さんの追求なんて心配していた自分たちが、おかしくなって笑い。そして、薄暗い中を切り裂くように照明がくるくると回るフロア、十人ほどの人たちが熱狂するその中に、俺たちも自然と入り……


   *


 気づけば、あっという間の数時間であった。夕方、入ったのは五時前だと思うが、九時前。パーティは、もうちょっと続くとのことであったが、そろそろ喜多見家の門限が怪しくなりそうなので俺たちはクラブを出て、まだまだ人出の多い土曜の夜の表参道に出る。

 のぼる階段の途中から喜多見美亜あいつは今日のパーティの楽しさと、連れて来てもらったことの感謝をずっと話し続け、それを聞いて萌さんも面白そうに微笑む。

 俺もほんわかと良い気分。何か強烈な刺激や、面白おかしい事があったわけではないけれど、終わってみれば良い映画をみて感動した時のような、積み上げられた感動の連続が別の大きな感動をつくっていた。そんな感じ。

 俺は、今回の入れ替わり、最初はパリポに入れ替わったなんて一体どうなってしまうのだろうと思ったのだが、こうしてみるとリア充女子高生生活おくらされるよりずっと良いものなんではないかと思うようになっていた。

 入れ替わり相手が、萌さんなのもよかった。さばさばしててみんなに好まれる性格の彼女。周りの人間関係もややこしくなさそうだし、このパーティ漬けの生活も最初の日のハードなの除くと、このあとは昼中心で予定組むそうだし。このままずっとこんな生活続けるとか言われたらさすがに俺のグータラバカ一代的な生活信条に反するが、まあ萌さん自身がずっとこの入れ替わり状態のままいるつもりは無いようだし……。

 それならば、リア充女子高生生活に疲れた俺のいっときの気分転換。そう思えば、このパリポ生活も少し楽しく感じられなくもないかな?

 なんて思いながら、俺は多摩川を超えて帰る二人より早く電車を降りると、萌さんのマンションに向かって結構幸せな気分で歩いていたのだが、


「あれ?」


 マンションのちょっと前でスマホに着信。

 誰だろ?

 タイミングからして、ちょうど駅についたあたりの萌さんか喜多見美亜あいつかなとか思ってスマホをポケットから取り出すと……。


 ——兄?


 という表示。

 なんだ?

 肉親から?

 ならば出た方が良いのか?


 そう思った、俺は深い考えなくその電話をとってしまうが、


「萌! やっと出てくれた」


 その声はこの間プールで萌さん(中身は俺)に声をかけて来たあの怖そうな男の人であったのだった。

 これは……まずいのとってしまったのかな?

 俺はそう思いながら顔をあげるのだが、


「えっ……」


 俺はその場で固まる。なぜなら、俺は、マンションの前につったってまっている、その電話の当人強面の男と目があってしまったのだから……。

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