第64話 俺、今、女子リア従妹

 萌さんのマンションの建物の前で立っていた、ちょっと強面風のお兄さんは、俺(萌さん)の姿を見つけるとつかつかと歩いてくる。なんだか随分物々しい——思いつめたような表情だが。

 ちょと。なんだよ。大丈夫かこれ。受信には「兄」って出てたよな。

 ——兄なんだよな?

 なら、この人、俺に変なことしようとしているじゃないんだよな?

 でも、なんか本能的にゾクッときちゃうんだよな。

 どうにも、危険を感じる。それも性的なの含めて。

 この人もしかして妹に欲情しちゃうようなやばい人じゃないだろうな?

 いや、この人、そんなラノベの主人公? っていった感じの風貌じゃないけど。だからと言って安心できないというか、そもそもオタクが安心できるような風貌のお兄さんじゃないのが、そもそもが怖いというか、このまま逃げ出してしまいたくなるというか……

 どうしよう。萌さんに電話してどうすりゃいいか聞いてみようか? でも電話しているうちに俺のところまで来ちゃうよな? そしたらなんで兄の対処法を他人に聞いてるのか? わけわかんないよな? 

 話しかけて来るのを無視して電話なんかしてたら、失礼に思って起こり出さないかな? そしたら怖いお兄さんがもっと怖いな。もっと怖いとさらに怖いな。そう思うと俺、怖くて動けないな。

「萌!」

 あれいつのまにか目の前に来ちゃたな。

「…………」

 声かけられると固まっちゃうな。

「怒ってるのはわかる。でも、話を聞いてくれ」

 ——ドン!

 ひっ! 壁ドンされちゃったよ。

 お兄さんが目の前で鬼の形相だよ。話を聞いてくれって目じゃないよ。無理やりでも聞かせるって顔だ。

 こんなの——なんか嫌だ。

 萌さんの体もそう思っているのか、無意識にジリジリと横に動き、このお兄さんから逃れようとするが。

 ——ドン!

 ひっ!

 両手で壁ドンだよ。

「聞いてほしい。俺は……」


建人たけるさん。そのへんでやめといたら? 萌夏にむりやり謝ろうたって、それじゃ逆効果だと思うわよ」


 突然の声の方向に振り向けば、

「よし子ちゃん……」

「……ちっ!」

 そこにいたのはよし子ちゃんこと湯島佳奈ゆしまよしなさん。

「萌夏はいやがっているにみっともないわよ。それじゃまとまるものもまとまらないと思うわ……それでも続けたいなら——お兄さん? 通報しちゃう?」

 スマホを手に取りながらそう言うよし子さん。

「……わかったよ」

 顔を悔しそうに歪めながら俺の両肩の上を塞いでいた腕をどけて、

「でも……俺はこれしかやりかた知らないから……」

 そう言うと俺に後ろを向けてそのまま歩き去る萌さんの兄さん(?)であった。


   *


「まあ、本当は悪い人じゃないんだけどね」

 マンションに入ってから、よし子さんが言う建人たけると呼んだ男の人についての評であった。なるほど悪い人ではないのか。でもこの言い方をされるのは大抵問題がある人のことばかりであるのは気のせいだろうか。それに悪い人でないにしても、少なくとも怖い人ではある。

「まあ、あんたもいくら従兄いとこだからってもう少し気をつけなきゃ。あの人のことあんたはお兄さんだと思ってるかもしれないけど、あっちは女として意識しているよ絶対」

 へ? 従兄? 確かに俺も親の田舎の実家の従兄姉のことをお兄さんとかお姉さんとか呼んでたな。

「従兄っていったら結婚だってできるんだから——ちゃんと身を守ること考えてよ」

 そうなのか。あの人——兄と言っても、そういう兄なのか。確かにあれは妹を見る目じゃなくて……それが法律的も倫理的にも日本で問題視される親等でないとすれば……。

 ——ぶるっ!

 俺はすっと背中に走った寒気に体を震わせる。

 あのお兄さんに連れ去られて、押し倒されて、そして……。

「まったく……親戚の間柄で何があったのか知らないけれど……ん? 萌夏、聞いてる?」

「う……うん」

 俺は一瞬脳裏を掠めた身の毛もよだつ想像から、よし子さんの声で現実に戻ってくる。

「……親族の間の話にはあんまり立ち入れないし、聞く義理もないけれど……なんか親族の枠を超えた問題があんたたちに起きてるとしか思えないのよね……」

「う……うん」

「——話したくないなら話さなくてもいいけど……なんと言うかねあなたは隙だらけなのよね……それもこれも……」

「う……うん」

「こんないい年になるまで後生大事に守って……」

「う……? うん?」

「——処女だからよ」


「え!」


「あれ? もしかして……」

「……?」

「私の知らない間に捨てちゃった? 具体的には、この二日くらいの間だけど」

 ——ブルブル。

 俺は首を必死に振った。少なくとも俺がこの二日でそんなハレンチなことをするわけがないと言うか……うぷっ……またそんなことを想像させられると腰が弾けると言うか……。

「まあ、そうだよね。そんなわけないわよね。でも、あんた、このままじゃ、ますますこじらせちゃって三十路までそのままだよ。男が三十路まで童貞だと魔法使いになるとか聞くけど、女は何になるのかしらね……魔女いやそれじゃ妖艶なイメージね……魔女っ子? 魔法少女?」

 なんだ、三十路の女の人が魔法少女のコスプレしないといけなくなるのか? さすがにどちらかと言うと若めの顔の萌さんでもそのころにはそう言うのは似合わなく……

 じゃなくて処女?

 萌さんってそうなの?

 この遊んでそうな様子の人の乙女に俺は驚くが、

「まあ、そんなことならないように。ちゃんと彼氏つくるか、なんならさっさと余計なもの捨てちまいなさいよ……なんなら優しくて上手い人を紹介するから……」

「…………え」

 続けて言われたよし子さんの際どい話に、どぎまぎとしてそれどころではなくなる。

「って、萌夏はこう言う話も苦手なのよね。女同士で心置き無くエッチな話もしたいとこだけど……」

「…………」

 いや萌さんの中にいるのは俺——女同士じゃないし。

「まあ、そんなの無理強いしちゃったら……私もあの従兄みたいに嫌われちゃうと嫌だからしないけど……でもね……やっぱりね……こう言う話は女同士だから……あっ……ちょっと待って」

 床に置いてたスマホが震えたのを手に取るよし子さん。

「んっ……あれミリちゃん……どうしたの?」

 ちょうど、誰か友達からの着信らしい。これで話がそれれば良いけど、

「うん。大丈夫だよ。萌夏のマンションにきてるとこ。うん……横に彼女しかいないよ……うん……気がねなく喋っていいよ……何……彼氏と喧嘩した……セックスでひどいことされた……なにそれ……大丈夫……ってかそれ普通じゃない? 違う? 私はそれは変じゃないと……」

「…………」

 大人の女の人たちは男がいないときは結構わい談するとか聞くけど、本当なんだな。と言う現場に遭遇してしまった。

 話しているうちに興が乗ってしまったのか、友達の相談というか愚痴の電話のはずだったのに、すぐに会話は、大人の女同士の軽いエロトークと言う様相になってしまう。

 と言ってもゲスくも無用にいやらしくもなく、ほんとに自然に気軽な会話で、どうも何か落ち込んでいるらしい電話の相手(ミリさん?)の気分を紛らわさせている様子のよし子さんであったが、

「えっ。バイトで一緒のあの子、そんなこと言ってたの……結構エロいんだね週じゃなくて一日三回なの? 自分でするのが……」

 男がいないと思って、気取らずに話すその内容は生々しくて、俺は思わず下を向いて、今の女の身体的には必要ないのに前かがみになってしまい。時々振られる話に、弱々しく相槌を打つくらいしかできなくて、

「うん。じゃあ……んっ? 何? 話してスッキリした? え? もっとスッキリしてくるって……何言ってんのよあんた。あ、シャワー浴びるってこと? え、一緒に? はは……もう大丈夫そうね? 彼氏と仲良くしてきなさい……じゃあね」

 よし子さんの電話が終わった時にはほっと胸をなでおろすのであった。

「萌夏、わるいわるい。話途中で電話出ちゃって」

「いえ……」

 よし子さんは顔の前に手を合わせての謝罪のポーズ。俺は、本当は、困ってしまっているような、お姉様型がエロトークしているのに興味ないわけもない、なんとも微妙な感情であることを表情に出さないように努力しながら、首を軽く横に振る。

「うん。じゃあ……話戻してと、言いたいところだけど……」

 よし子さんは腕時計をみながら、ちょっと焦った顔をする。

 あれ、そっち系の話はもう終わりなのは良いけれど、なんか予定あるのかな? 確か、よし子さんは今日家族旅行から帰って来たはずだけど。確か沖縄に行ったっていてったけど。そんなのから帰り次第まさかね……。

「あっ、そろそろ行かなくちゃ」

 いや、そのまさかのようで、

「今晩ゲストにしてくれた小鳥遊くんのDJに間に合わないと悪いわよね……もう時間ないわよ、すぐ出るわよ……三茶だからタクシーで行っちゃおうかなら絶対間に合うよね」

「…………」

「ほらグズグズしないで」

 夕方から夜まで一度パーティに行ってクタクタになっていた今日の俺なのだが、よし子さんとの前からの約束であったと言う今晩のパーティに、そのまま問答無用で連れ去られてしまったのであった。


 でも……。

 

 なんだか、あの部屋で一人で従兄、建人タケルとか言う人のこと、いったい萌さんとどういうことで揉めているのか? そもそも従兄と言う以外にどんな関係なのか? とかを考えてしまって過ごすより、


「イェエエエエエエエイ」


 クラブで大声で叫びながら騒いで帰った朝。泥のような眠りに落ちながら、こんな夜の方がましだったなと思う俺なのであった。


 そして夜通し騒いで帰って来て、夢もみない深い眠りのままに昼になり、

「あれ? 今日は昼は何もないって行ってたんじゃ?」

 喜多見美亜あいつからのスマホの着信音で目を覚ますのだった。

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