第62話 俺、今、女子待ち合わせ中

 昼下がりの渋谷駅。もはや日本観光名物になっていると言う、駅前のスクランブル交差点の、まるで合戦が始まるかのような人の群の交錯を眺めながら、みんなの到着を俺は待っているのだった。

 昨日のプールでのパーティから帰り、水の中で遊んだ時特有の体の芯から滲み出すような心地よい疲労に、あっという間に眠りに落ちた俺だったが、一晩寝て起きれば、またすぐに出かけて、——こんな炎天下に人のごった返す街中にいるはめになっている。

 なんとも不本意な夏休み——その一日であった。俺には、この夏は、やるべきことが他にいくらでもあるのだった。

 もちろん、それは冷房の効いた部屋でゴロゴロしながらだけどな。

 見逃したアニメやら、積んだままで読んでいないラノベやら、気になるネット小説の続きやら……見られるのを待つオタクコンテンツの山。俺には、この夏に行わねばならない義務が散々残されているのだった。

 それに、休みの最初の十日とおか間くらいが地味オタク女子にして売れっ子同人作家の下北沢花奈と入れ替わった件で潰れていて、気づけば八月のもう上旬だ。

 これでもうすぐお盆がくれば、もうなんか夏休みももう残り少ない。新学期の影に怯える寂寥せきりょうの心持ちとなる。

 そうなったら、せっかくの娯楽作品を心底休みを楽しめないのではないか? そんな心情でコンテンツ嫁たちに接するのは申し訳ないのではないか?

 普段、高校生活と合わないリア充生活の疲れを癒してくれているコンテンツ嫁たちに夏休みくらいは逆に俺が心底楽しんで接することで、普段の癒しのお礼とするべきではないかと俺は思っていたのだった。これが夏休みが終わる恐怖に震えながらでは本末転倒。またコンテンツ嫁たちに癒してもらっている始末ではないか?

 だから、俺はこんなところにいるべき男ではないのだが……しかし今は男ではないのだった。

 パリポのお姉さんの体の中にいて、夏のリアルの中に放り込まれているのだった。もしこれが喜多見美亜あいつの中にいたのだとしても同じこと。リア充仲間にあちこち引きずり回されるは、男と合コン——俺は前世でなんの罪を犯したのかと思わざるを得ない責め苦を味合わねばならないのだ。

 と考えれば、このせっかくの夏休み、俺には、コンテンツ嫁たちに普段の恩返しをするなどと言う選択肢は残されていないのだった。

 やはり嫁たちに癒して貰いっ放しなのだった。

 それに気づき……。

 お前らにも苦労かけるな。

 いつかきっと楽させてやるから。

 なんて人情ドラマにでも出てきてそうなセリフを頭のなかで呟いていれば、


「うわ、なんかあんた今回ここにあってるね」


 喜多見美亜あいつの登場であった。

「あってる?」

「萌夏さんって、やっぱり渋谷とかこう言う街でキラリ光る雰囲気なんだと思うのよね」

 確かにそうだ。彼女は、なんと言うか、この街に良く似合う感じの人であった。ちょっとエキゾチックなモデル系の顔立ちに、長身ですらっとした体つき。それにシンプルだが色合いとか形とか、なんかちょっと変わった感じの服を着て街角にクールに立っていたら、まさしく若者文化をずっと育んで着たこの街——渋谷に立つべくして立っている人。そんな感じがするのだった。

 もちろん、おしゃれな代官山の街並みでも、ごちゃごちゃしながらもエネルギーがある新宿の街並みでも彼女は人目を引くことは間違いないが、ぴったりとくるのはこの場所——渋谷といった感じがした。

「……まあここらへんで遊びまくっているんだろうからな。それにふさわしい人になるだろうね」

「でも、単に渋谷に染まるってのだと、もっとチャラチャラした格好や雰囲気になっててもおかしくないじゃない? あの人にはなんというか……主義というか……思いというか……」

「ポリシー?」

「そうそう、それ。ポリシーがあるように思えるのよね」

 確かに、この土曜日の喧騒の渋谷。ざっと見渡して見て、この街に単に染まるってだけだったら、もっとウェーイみたない雰囲気になってもおかしくないなと、俺もそんな気がする。

 だが、萌さんは同じように能天気に見えてもちょっと違う。それがどういうものなのかは今の俺では良くわからないのだが、何か筋を通った生き方をしているように思えるのだった。

「でも、それよりも……」

 その違って見えるわけをもう少し深く考えてみようかと思った俺の考えを遮って喜多見美亜あいつが言う。

「ん?」

 目線の方向を辿ると、

「みんなもう着てたんですか。遅れてすみません」

 駅から手を振りながら小走りで近づいてくる百合ちゃんが言う。

 麻生百合。俺が二番目に入れ替わった女子。中学時代にクラスのみんなに悪質な嫌がらせをしたり、みんなで育てていた花壇の花をめちゃくちゃにしたりをした犯人として触れられない者アンタッチャブル、除け者になっていた女の子。

 もちろん心優しい百合ちゃんがそんなことをするわけもなく、全ては沙月と言う女のせいであった。だが、それも単純に悪戯をされたとは言い難い、相互の愛憎入り混じる思いがあって……。

 俺は、結局、この子を助けようと奮闘した結果、全てぶちこわしてしまっただけなんだよなと、後悔とも謝罪とも分からないモヤモヤとした感情が、腹の底からぐっと込み上がってくるのだった。

「まだ集合時間まで十分くらいあるわよ。私たちが早くつきすぎてるだけだから」

「でも、こんな暑いところで待っててもらって……」

 しかし、そんななんだかんだをくぐり抜けて百合ちゃんは俺と、いや俺たちと仲の良いままになってくれていた。俺がしでかしたことも、自分ではどうしようもなくなっていた状況を動かして、正しい方向、嫌でも向き合わねばならない真実を見ることになっただけ——それにむしろ感謝してると言うのだけど……・

 やっぱり俺は、結果として、小さい頃からの親友と絶縁状態に追い込んでしまったというのは間違いないのであって、少なくない罪の意識を感じてしまうのだった。

 おまけにこの騒ぎで百合ちゃんがほのかな恋心抱いている沙月の兄との関係も疎遠になってしまたら……。いや、実は、それを浅ましくも望んでしまう自分の感情を抑えられないことにさらに俺は自分を軽蔑してしまい、

「あれ、向ヶ丘くんなんですよね?」

「あ……はい」

 俺は百合ちゃんの目が自分に向いていたことに気づかないでいてしまったのだった。

「今度は美人のお姉さんに入れ替わったと聞きましたが……その話きいてなくてもなんか一目でわかりましたよ」

「そうかな」

 やっぱり中身って外見に出るものなのかな? でもそれだと萌さんのすっとした雰囲気を俺のグータラ気質が台無しにして見えてしまっているのかもしれないが、

「だって、向ヶ丘くんって人と話すときに腰の右のあたりを指先でポンポンと叩くくせありますよね。動きが特徴的だからすぐわかりました」

「うわ、百合さん。こんな奴のことちゃんと見てあげてるのね。私なんてここ何ヶ月の間、毎日のように会ってるのにさっぱり気づかなかったわ」

「そりゃだって気をつけて見ますよ。向ヶ丘くんは私の……」


「お待たせ!」


 百合ちゃんが言おうとした言葉を遮るかのように、ちょうどタイミング良くなのか悪くなのか登場した萌さん・イン・ザ・喜多見美亜であった。

「……こんな暑いのに外のの待ち合わせは失敗だったかな……ってまた新しい女の子! もしかしてこっちの子が話してた百合さん?」

 もちろん萌さんには今日の同行者は昨日のキョロ充ゲスかわ女でなく百合ちゃんであることを伝えていた。

「はい麻生百合と申します。今日はよろしくお願いします」

 昨日の和泉珠琴の値踏みするような物欲しげなような、ゲスい雰囲気を醸し出していた挨拶とは違い、百合ちゃんは下心のない天使のような微笑みを浮かべながら軽く礼をしながら言った。

 すると、

「うわ。いいねえ。まぶしいねえ」

 なんか大げさに手で目を隠しながら言う萌さんであった。

「はい……?」

「君のその清純さがまぶしい。まぶしすぎるよ。お姉さんこう言う清楚な子大好きだよ。なんと言うか自分が失ってしまったものを持っていると言うか、こう言うところからもしかして私もやりなおせないだろうかとか……そんな風に思っちゃうんだ」

 萌さんが百合ちゃん路線でやり直すとしたなら、多分女子高生からでなく赤ちゃんか前世からやり直さなくてはだめかと俺は心の中で思ったが、もちろんそんな言葉を口に出すわけもなく、

「あの、話は後にするとして、みんな揃ったんで出発しませんか。やっぱりここに突っ立っていると俺も暑いんで……」

 一番最初からここにいて、そろそろ茹だりそうな俺は、話が長くならないように話題をそらす。

「お、そうだね。早く涼みたいね。じゃあ話すなら歩きながらにしようか」

 首肯した俺たちは、とりあえず今日の作戦会議をすべく、まずは最初の目的地。萌さん行きつけだと言うレストランに向かうのだった。

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