第61話 俺、今、女子ナイトプール中
さて、ここに俺達を送り込んだパリポ、
「俺たちもとりあえず休んで良いですよね」
と
「ええ、構わないわ」
それに適当に根拠なく答える俺は、萌さんの中にいるから女言葉である。最初は気恥ずかしかったこんなやりとりも何ヶ月も女子やってればもう自然体でどうにはいったもの。でも、少しどうに入りすぎで、体が元に戻った時に気持ちが戻れるのか、うっかり女言葉で喋ってしまわないかと心配になるが、まあ今気に病んでもしょうがない。
とりあえず、萌さんんから何も指示がないし、本人も休んでいるんだから良いのだろうと、プールサイドの椅子の空いている一角に向かって歩き出す、俺らであった。
でも、本当に休んでいて良いのだろうか? と、歩きながら俺は思った。
今日は俺たちはパーティを盛り上げるために呼ばれた。だから、ただで入れてもらった。——その話からいえば、今のこの状態でのうのうとしているのはよくないのかもしれない。なぜなら、正直、パーティはまだそんなに盛り上がっているとはいえなかった。
プールの横に建てられた大きなテントの下にDJがいて、その周りのスピーカーからは昨日の夜に聞いたようなダンスミュージックが結構な音量で流されているけれど、まだほとんど踊る人もいない。
踊っているのは、このプールのシチュエーションに似合わないヒョロヒョロで真っ白いメガネ男子と、こちらも場にそぐあわなさそうな感じの真面目そうな雰囲気のポーニーテールの小柄な女の人だけ。二人にはスタッフの名札ぶら下げた人が声かけたりしているから知り合いかなんかなのかな?
他の人たちはだいたい、まだだらだらプールサイドを歩いていたり、椅子に座っていたり。まだまだ、パーティの本番は始まっていないといった雰囲気であった。人の数も多くない、と言うか、むしろさっきより減ってる感じさえする。
そりゃ今日は、学生は夏休みだが、平日だもんな。社会人はまだ会社終わってないだろうし、さっきまで昼からプールにいた、たまたま仕事が休みだったのか毎日だらだらしてられる恵まれた身分の人たちなのか——どっちかはわからないが——そんな人たちが昼の部は終わりとばかりに消えてしまえば、残っているのは俺たちの他には今日のスタッフとその知り合いだけかな? っていった感じのこの場であった。
なら、やっぱり、まだあんまり盛り上げるとかしないで休んでいても良いのじゃないかな? 俺はそう思いながらプールとその周りを見渡す。
すると、
「あらためて……今日はこんな良いところに誘っていただいてありがとうございます」
偶然目があった和泉珠琴がニッコリと笑いながら話しかけてくる。
「いえ……」
俺は、いつもどおりの、こいつの明け透けに媚びた様子に、ちょっとうんざりしながらも笑顔を返す。
ああ、この女的には、萌さんと知り合ったのは嬉しんだろうな。かっこいい年上のリア充と知り合って自分のステイタスが一歩上がったラッキーみたいな感じ。私は周りの高校生と違うのよ的な。
しかしなあ、
パーティ中毒と言うか、そのため全てを投げ打って、過剰にのめり込む。エピュキュリアン——快楽主義者と訳されるこの言葉は、単にのんべんだらりと安楽に気持ちよく過ごすような人をさすのでなく、スポーツとか芸術とか楽しみための全身全霊で打ち込んで過剰に努力していくような人々のことをさすらしいが、萌さんはまさにそれ。
つまり、手段じゃないんだよな。と俺は思う。パーティは他の何かを得るための手段ではなく、それそのものがちゃんと萌さんにとって目的になっている。
逆に、この和泉珠琴が想像しているのは手段なんだろうなと思うんだよね。大人なパーティに行ってる他と違う高校生みたいなステイタスが自分について、自分が周りよりさらに差別化して見せるための手段。
****
まあ、でも、俺ら高校生としては、まだそんな風に目的でなく手段を求めてしまうのは仕方ない時期なのだとは思う。勉強だってスポーツだって、他の趣味だって、まだまだそれで何か為すと言うよりは、自分が何者か探るためのあがきみたいなものに思える。
勉強が得意なら自分は何になれるのか? スポーツが得意なら何になれるのか? そんな将来の自分を作っていくための手段として日々の生活が過ぎ去っていく。
そんな中、俺は、体——自分というものが入れ替わってしまうと言う、ちょっとどうすれば良いのかわからないような極限状況に置かれているわけだが、
「どうかしましたか?」
「ああ……ごめんねちょっとぼうっとしちゃって——寝不足で」
俺は、色々考えているうちに、少し厳しい顔つきになってしまっていただろう。それを、空気を読むのにだけはクラス一番と言っても良いくらいに
「ごめんなさい。なら、まだあんまり話しかけないほうが……少し休んでいたほうが……」
さっと申し訳なさそうな表情に変えて気遣いの言葉を吐く、フォローの迅速さはさすがだが、
「ねえ、
「向ヶ丘くん! 何、萌夏さんは疲れているって行ってるのに!」
そんな流れは無視をして話しかけてくる俺の体の中に入った
「ああ、構わないから。疲れてっていっても、もう一回寝ちゃうほどじゃないから。ただぼんやりしてるよりこうやって話しているほうがむしろ良いから」
「そうですか? それじゃあ……」
自分の気遣いが空振りに終わって、一瞬だけ少し残念そうな様子の和泉珠琴であったが、萌さんといろいろ話したいとは思っていただろうから、そのあとはすぐに気持ちを切り替えて、矢継ぎ早にいろいろな質問をして来る。
それに俺は朝にあらかじめ聞いておいた知識を元に答えていくのだが、
「へえ! すごいですね!」
キラキラ目の和泉珠琴。
あれ萌さん、海外DJとかも何人も知り合いって言ってたっけ? まあ、いいかDJの知り合いも多そうだし。和泉珠琴がそんなDJと話すこともないだろうし。
「憧れます」
ウルウル目の和泉珠琴。
ん? 夜遊びにくる業界人とも仲が良いって? なんだろ業界人って? どこの業界のこと? でもまあ遊びに来る人とは仲良いだろうから、どっかの業界の人とは仲良いよなきっと。
「素敵です!」
グルグル目の和泉珠琴。
はい? モデルとかも知り合い多い? そうなのかな? 本人もモデルスカウトされた? そんな話は聞いてないが、そういうこともあるかもな? 萌さんは、美人だし、確かに、その上モデルっぽい個性的なかなり目立った容姿してるからな。
「もう、師匠と呼ばせてください!」
なんだが俺が適当に答えて出来上がってしまった、萌さんの虚像にゾッコンの和泉珠琴であった。
ああ、この女、こういうのにころっと騙されんだなって、俺はこのッキョロ充の今後が少々心配になるが……まあ、騙されても気にしない。というか気づかないで、そのままポジティブに生きていきそうなところがこの女のおそろしいとろではある。
でも、
「そろそろ、踊りに行きましょうか」
これ以上適当に対応しているとボロがでそうなので、俺は立ち上がり質問責めから逃げるようにプールサイドを歩き出す。
——が、
「あ! あれ……」
「——!」
「あんた——じゃなくて萌夏さんいきなり止まってどうしたんですか……」
歩き出したのについて来た二人が、俺が行きなり立ち止まったので後ろでぶつかってびっくりしてしまったようだった。
「どうかしたんですか」
立ちすくむ、そんな俺を不思議そうに見つめる和泉珠琴。
「いえ……なんでも……」
「あ! あれ……」
そして俺に続いてそれに気づく
「? やっぱり、何かあったんですか?」
「「いえ……なんでも……」」
目配せをしながら、ユニゾンで答える俺とあいつ。
オタク化が進んでいるらしき、あいつもやはり「それ」を知っていたのかと改めて思う。声に出さなくともお互いが何が言いたいか分かっているその言葉。
俺らはお互いに顔を見合わせながら、
——声優にナイトプール流行っていると言うのは本当だったんだ!
目の前を歩く女性二人組を見ながらそう心の中で呟くのであった。
*
そんなこんなで、いつのまにか日もくれて、やっと本当にナイトプールとなった今日のパーティであった。人もだいぶ増えてきて、あちこちで盛り上がってる人も増えて来て、俺らもなんだか良い気分で踊ったり、プールに飛び込んだり思い思いにこの場所を楽しんでいた。
夜のプール。なんとなく日の下で泳ぐイメージがあるこの場所に、夜にいることで生まれる非現実的な感覚。人工的な照明に照らされて浮かび上がる水辺の風景。水面がいろんな色に照らされて揺らめく。歩く人々もどことなく人工物めいた感じ。
目の前でしなやかな肢体をくねらせて踊る見ず知らずのお姉さんはなんかアンドロイドっぽく思えて来るというか、今、自分も現実から離れて仮想の世界の中で踊っているというか……・
集まった人たちも思い思いに楽しくこの場を過ごしているようだった。
ナイトプールって聞くともっと猥雑でナンパ目的の男女が騒ぎまくっているようなイメージがあったが、少なくても今日のこの場所はもっとパーティをこの場所を楽しもうといういう人たちが集まっているように見えた。
盛り上げ要員としてタダで入れてもらった俺たちが、変に何にかしなくても、十分にこの場は盛り上がっていた。俺たちは、むしろその良い雰囲気を邪魔しないように、自分たちなりに精一杯この場所を楽しんだ。
するとあっという間に時間は過ぎて行った。
気づけば、もうすぐに九時。終了時間も間近であった。
昨日、一晩踊ったのからくらべるとあっと言う間に終わってしまった感があるが、なんか何倍も一気に楽しんだ感じがして、これはこれでなんか充実した感じがしながら、最後一人プールから離れて、喉が渇いたのでドリンクでも買おうかなって思ってバーの方に歩いていくのだったが……、
「萌!」
俺は、後ろから声をかけられて振り向く。
そこには、いかにもパリポって感じの、金髪で派手めな外見で、ちょっと怖そうなお兄さんが立っていた。
「…………」
誰この人? 俺はどうすれば良いのかわからずにその場に固まるが、
「俺、お前のこと諦めてないから!」
そのお兄さんはそれだけ言うとさっと立ち去って行く?
そして、
「……気にしなくて良いから。無視して」
また振り返れば、俺の前には、いつのにか喜多見美亜=萌さんが立っていて、彼女は悲しそうな表情で、能天気パリポにはなんだかとても似合わない、冷たい顔で冷たい言葉を吐き出すのであった。
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