第10話 俺、今、女子風評被害目撃中

 生田緑が言っていたことは、早くも次の日には現実になった。

 一番罪をかぶせやすいのは麻生百合。

 真犯人がそう思って噂を広めたのか、誰かがたまたま思いついた可能性が何時のまにか本当のこととして広がって行ったのか——はたまた両方とも同時並行で起きたのか?

 その辺ははっきりとしないのだけど……

 人から人へ、口頭で、メールで、聞きつけた噂話には尾ひれがついて、俺みたいに麻生百合の中学時代のことなんて知らない他校出身者にも——最悪のちくり女としての評判がクラス中に広まっていったのだった。

 俺が朝、クラスに入ったとき、教室の後ろにあつまった女子連中はその話題で持ち切りだった。

「まったく、ひどいよね。あの子こっそり見てたのかな」

「で、あのオタクの向ヶ丘と、天使の美亜ちゃんが二人でいるのを見つけてこれは話題になるって思ってちくってみたら生田女帝が頼んでいたのの早とちりで 逆に自分の性格の悪さばれちゃってざまあないわね」

「あの子、おしとやかで性格良さそうに見えるのに見かけによらないものね」

「あれ、あなた中学違うから知らないでしょうけど、あの事件の時の彼女なんてひどいもので……」

 話に夢中の女子達は横を通り過ぎる俺にも気づかない。

「おはよう……」

 俺の挨拶に振り返った女子達はハッとした顔で、気まずそうに顔をそらし、

「あっ、これ美亜ちゃんには関係ないことだから」と。

「私達、あんなことした百合のこと許さないと言うことだけだから」

「あ、あと向ヶ丘と美亜ちゃんなんて釣り合うわけ無いから全く疑ってないんだから」

 三人とも嘘や取り繕いで言っているというのでは無いと言うのが分かる、虚をつかれた時に人が見せる隠し事のない表情で話す。それって逆を言うと麻生百合が犯人だとこの子たちは信じきっていると言うことだけど……

「百合ちゃんが犯人だって誰が言ってたの?」

 俺は少し怒った顔。

「それは……」

「みんなそう話してるよ」

「私には人から聞いたってメール来たんだけど……」

 俺が怒った様子なのに少しびっくりしたような様子の三人。

「証拠もないのにそんなこと言っちゃダメだよ」と俺。  

 ——今回の事件の当人から言われて顔を伏せて少し恐縮気味の三人。

 とは言ってもこの連中、言われたからって絶対考え変えるわけもないけれど。

 現に反省した風に伏せた顔でもちらりと見えるその目は、まさしく可哀想な者を見る目であって、それは被害者が自分で無かったことの喜びと、被害者への同情の正義を持って自分以外の誰かを糾弾できるという喜びを隠しもしない嫌らしい目つきであった。

 いや、これって考えすぎかな? 邪推かなと? 少しは思うが、人なんてそんなもんだと言う諦めが、たまにこういうのの被害者になる経験が俺にはあった。

 いや被害者って言ってもオタク趣味やボッチを揶揄されるような、ライトなあざけりばっかりだけど、構造的にはこの状態と同じ。

 やってる方は悪意のつもりは無く、正義の前提がある——そんな時が一番危ないのだ。人は自分が正義だと思うと、何時も自分につけている常識のたがが外れて、普段ならやらないひどいこともしてしまうものなのだ。

 正義って、そう言う意味ではとても危険なものなのだ。

 しかし……

 とは言っても、そんなことを今この場所で言ったところでこの連中が何か変わるわけでなし。

 俺は深い嘆息をしながらそれ以上は何も言わず自分の席に歩き出そうとするが、

「美亜さんありがと。でももういいの……」

 後ろから聞こえた声に思わず振り返ればいつの間にか後ろに来ていた悲しそうな顔の麻生百合。

 するとさっと俺の前から消える悪口を言っていた三人組。

 それを見て更に悲しそうな顔になる麻生百合。

 俺はその寂しそうな顔に何か声をかけなければと思うのだが、その言葉を思いつかないでいるうちに、一礼し、今までに俺の生涯で一度も見たことのないような寂しい笑顔を残して、彼女は俺の前から歩き去る。

 そして、俺は、その後ろ姿を頭の中でずっと追いかけたままその日を、やりきれない気分のままで、終えるのだった。


   *


 放課後、俺は何時もの神社には行かずにそのまま家に——と言ってももちろん喜多見美亜の家に帰った。そしてベットの上で天井見ながら何もできないままただ寝転がっていたのだった。

 何時もの日課が抜けると妙に時間がすかすかになったような気がするが、問いっても何かしようとも思えない、俺は手持ち無沙汰のままあいつの言ったことを思い出していた。

 曰く、今日は放課後寄るところがあるから神社には行かない。曰く、それに特に話すことも無いし。と言うことだったが、何時もは、用がなくても俺の毎日の生活チェックをするためだけでも必ず神社に呼び出すのに、今日だけ何も無いと言うのは、明らかにあいつは今俺と話したくないんだろうと思えた。

 俺が麻生百合のことを話すことが分かっているから、俺と話したくないのだ。

 それは——たぶんあいつは混乱してるのだろうとは思う。

 罪の証拠も無い人を加害者にしたてあげているその反論できないような集団の雰囲気の中で、中心人物として事件に関わっている。

 そしてその事件の真ん中にいながら何もできないでいる。

 あいつも、それにイライラするのだろう。

 俺がイライラしてるのと同じように——麻生百合は評判とは全然違う良い子であること——少なくとも俺たちが夜の学校に忍び込んだことをチクるような女の子ではないはずだ——そのことが分かっているのに何にもできない。それがとてももどかしい。

 俺たちがあの夜にやったことをそのままばらしたって解決にはならない。

 本当のこと——心が入れ変わったのでそれを戻す為に夜の学校でいろいろやっていた——を皆が信じてくれないのはもちろんとして、そもそも今の問題は、俺たちが夜の学校で何をしていたかではなく(それは生田緑が言ったことが正解としてだいたい皆に納得されていた)、それを覗き見してチクルと言う嫌らしい行動をしたのは誰なのかと言うことなのだ。

 いや、その誰か、真犯人を見つけたなら解決するのかもしれないが、何も手がかりの無い今の状況でどうしたらよいのか?

 夜中の学校に忍び込んだと言うことが絡んでいるから、先生達なんかに相談するのもはばかられるし。自分達にできることなんて……

 俺は、考えに行き詰まって、

「ああ〜あ」

 と言いながらベットから体をおこし叫ぶ。

「やれることやるしか無いよな——なら、やるか!」

 すると、

「そうだよお姉ちゃん」

「美唯! いつの間にそこに」

 ベットから起きた俺の目の前にはあいつの妹の美唯が立っていた。

「さっきからいたよ。でも全然気づかなくて……難しい顔しているから考えるの邪魔しちゃ悪いのかなって……」

「悪い、悪い、気づかなくて」

「いいよそんなこと、それより……やるしかないよ!」

「……? 何を?」

「何をって、お姉ちゃん今言ってたじゃない。悩んでた顔が一瞬明るくなって、やるしかないって」

「……言ったけど……何のことか分かってるの」

「全然!」

「……」

 無言でずっこける俺。

「でも、分わかんないけど分かるよ。昨日からお姉ちゃんずっと暗い顔してたじゃない。でもさっきやるかって言った時にすごい明るい顔になっていた——だからやるべきなんだよ」

 美唯はにっこりと笑った。

 その顔に俺はとても勇気付けられるが、

「でも実は何をやればいいか分からないんだよね」

 少し弱音。

 しかし、

「大丈夫だよお姉ちゃん!」

 美唯はあくまでも強気ボジティブな口調。

「それは……私もそう思いたいけど、なんで美唯はそう思うの?」

「だってお姉ちゃん変わったよ」

「変わった?」

 う、やはり肉親には中身変わったのばれるのだろうか。

 俺は真剣に俺を見つめる美唯の目に、なにかぼろをだしてないかと内心ドキドキしながら、

「そんなことはないと思うけど……」

「そりゃ、もの凄く変わったわけじゃないよ、お姉ちゃんはお姉ちゃんだよ。でも……」

「でも?」

「ううん、うまくは言えないけど、お姉ちゃんってこの頃柔らかくなった……と言うか弱っちくなった」

「弱く? うっ……そうかな」

 目をそらしながら俺。

 美唯の言葉に少しショックをうける。

 駄目じゃん俺。

 やっぱり、あのがんばりやの喜多見美亜に比べると、自分では頑張っているつもりでもだらけてるのが家族には分かってしまうのだろうか。

「でも——だから大丈夫なんだよ」

「だから? なんで?」

「それは美唯にはうまく言えないけど……なんというか……」


「弱いから人に頼れるのよ」


「お母さん!」

 またいつの間にか、喜多見美亜の母親が開けっ放しだったドアの戸口に立ち、俺を優しく見つめていた。

「さあ、二人とも晩ご飯よ。今日はお父さんは飲み会で晩ご飯いらないみたいなので、早くすまして片付けてしまいたいから、美亜も悩むなら食べてからにしなさい」

 俺と美唯は立ち上がり、母親について一階のリビングに降りて行く。

 途中、

「弱いから……」

 俺が漏らした言葉に、

 立ち止まり、

「……あなたはこの頃、良く弱くなったわ。お母さん、本当はあなたがあまり完璧目指すので心配だったんだけど、あなたの頃ってね、注意しても反発するだけだから待ってたのよ。きっとそのうち解決するって思ってね」

「そのうちに?」

「頼る人ができると変わると思ってね……」

「頼る人?」

「……美亜、やっぱり男でしょ。あなた彼氏で来たのね」

「ええ、お姉ちゃんそうなの?」 

「違うって」

「あら、前にも言ったけど私は美亜に彼氏できたって許すわよ。もちろん相手次第だけど、そろそろあなたもそう言う年頃でしょ」

「だから違うって」

 俺は、このまま誤解されたらあいつに殺されると思って必死に否定する。

 それを見てますます面白そうな顔になったあいつの母親は、

「あら……そんな否定するなんて、もしかしてまだ片思いなのかな? でもそれでも良いわ。少なくとも、あなたは心のうちを打ち明けられるよい友達以上の人ができたんだとおもうけどどう?」

「……っう」

 確かに今のあいつとの状態、友達と言って良いかどうかはともかく、尋常じゃない関係なのは確かだ。

 運命共同体として——友達以上の関係とは言えるだろう。

 と思っていると……

「ほらやっぱり……」

 俺の顔を見てあいつの母親。

「ふふふ……今日はご飯さめちゃうと嫌なのでこれ以上追求しないけど……本当、家に一度連れてきなさいね」

「だから違う……」

 俺のその後のい分けは無視されて、美唯にも「彼氏、彼氏」とはやし立てられながら、俺は食卓に行き、出されたトンカツを全部平らげる。

 ああ、またやっちゃった。どう言い訳しようかと一瞬暗い気分となるが、しかし直ぐに俺は気付く。

 ——ああ、これを使える。

 これをネタにあいつに反応させられるなと思いつつ俺はメールを書き……


  *


「ふざけたことしないでよ!」

 まだ太陽ものぼったばかりの早朝、喜多見美亜からの電話の罵倒で俺は目をさました。

「——出されたカツ全部食べるなんて何考えてるの。何キロカロリーあると思ってるの! ああ信じられない! 朝のジョギング今日は十キロよ。さあ、早くさっさと起きて走り……」

「かかったな……」

 俺はにやりとしながら言う。

「なに? カツ食べたの嘘なの?」

 少し期待に満ちたあいつの声。

「いや、本当だが」と淡々と俺。

「なによ、ちょっと期待したじゃない。嘘つかれて倍ショックよ! ああ、じゃあ十五キロよ。学校に間に合うようにいつもの倍のペースで走りなさい。死んでも走りなさい。いえ、腹が少しでもぽっこりして学校に来たらあなたを殺してあげるから」

「殺すって、自分の体を殺す気か?」

「そんな不摂生になった怠け者の体なんて殺すしかないわ。で、私の体が無くなって心だけ行きてても仕方ないから、あなたの体を殺して私も死ぬわ」

「無意味に二人も殺さないでくれ——言われた通りに今日は走るから……でも条件があるんだけど」

「なによ! 条件なんてえらそうに。私の体は私の言う通りに節制しないといけないんだから」

「……まあ、まて、言われた通りに走るから、その替わり今日放課後少し話に付き合ってくれないか」

「……話? 百合さんのこと? 昨日言ったように話すことなんて無いわよ。今日もあなたがトンカツ平らげるなんてバカなことしなければ電話もしなかった……あ!」

 俺の策略に乗って電話をしてしまったことに気づく喜多見美亜。

 にやりとする俺。

 罰の長距離走と引き換えにだが、

「……まあひっかかったついでに話を聞いてくれよ、いつもの所で、話がすんだら行きたい所があるから学校終わったら直ぐに集合しよう」

「……ちょっと、私は」

「じゃあ……頼んだからな」

 俺はあいつに反論の隙も与えず電話を切る。

 まだ五時前だった。なんだあいつはこんな時間に目を覚ますのか。老人かと思いつつ——でも本気で十五キロ走るんならもう寝てる暇は無い。

 俺は、そのままベットから飛び起きて、ジョギングの格好に着替えをすますと、流石にまだ誰も起きていない家族にむけて小声で、

「ジョギング行ってきます」と玄関口で言うと早朝のさわやかな空の下に出る。

 丘の中腹の閑静な住宅地。通勤通学時間帯ともなれば駅やら学校へやら向かう人でごった返すここも、まだ外にはだれもいない。

 俺はそんな街、通りをそのまま少し歩いて、小さな公園までいくと、そこから見える朝日に照らされた街並を眺めながら準備運動にちょっとストレッチをする。

 そしてそれも終え——さてどちらに向かうか?

 上か? 下か?

 丘を登って尾根伝いに走るのか? それとも下って川づたいに走るのか?

 ああ、あいつとの約束で今日は長く走るのなら——川かな。

 と平坦で少しでも楽できる方を選んで俺は走り出す。

 丘を下って、駅前を通り過ぎ、現れた運河にそって少し走って——川に着く。

 土手に昇ると、心地良い風が吹いていた。

 ああ気持ちよく走れそうだ、と俺は思いながら足は自然に早くなる。流れ出して来る汗も、まぶしい太陽も心地良く、入れ替わる前の俺じゃとても考えられない、走ることの気持ち良さを喜びながら、俺は川の流れとその上を飛ぶ鳥を追いかけながら更に足を早める。

 長く緩やかに曲がる土手の上の道。ここは、この辺のジョギングの定番ルートなので、こんな朝早くても、もうちらほらと走っている人もいる。自転車や散歩の人も、河原に目をやれば釣りをしてる人とか……

 こんな朝早く、健康的に活動して過ごすなんて、入れ替わる前、真性オタクの俺には考えられなかったが、始めて見ると意外と楽しく、あいつに強制されてると言うよりは、自分でも進んでやりたい日課の一つにいつの間にかなっていたのだった。

 やってみると意外と楽しいことってあるんだなと、俺は思った。体が入れ替わってからのあいつのリア充ライフを壊さないと言う、慣れないことばかりやらされる大変な日々の中で、少しはそう言う発見もあった。

 ジョギングとか……

 あと、しっかり勉強するのもやってみると悪い気持ちじゃないし、直ぐに自室に閉じこもらないで家族とちゃんと触れ合うのも悪くない

 ——なんかあいつが自分の欲求にしたがって無理しないでやってたと思えることって大抵は悪くない。体が元に戻ったら、その後でも、俺もできる限り真似しようと思えることばかりだ。

 しかし、逆に言うとあいつがちょっと無理してやってると思える女子リア充ライフは、なんかやっぱりもうちょっと……

「少し、失敗しても良いくらいの気持ちでリラックスしてやてってても良いのにな」と俺が呟けば……

 

「何がよ!」


 突然どなられて、慌てて、後ろを振り向く俺。

「お前……」

 俺——の体——喜多見美亜だった。

「ほら、そんなゆっくり走ってたら学校行く前に十五キロなんて走れないわよ」と横に並び走りながら喜多見美亜は言う。

 俺は突然現れたあいつにびっくりしながら、 

「なんで、ここに……」

「何か悪い? ここはあんたの専用の道って分けじゃないでしょ。私も毎日朝にジョギングしてるの知ってるでしょ。それならたまたま会うことがあってもおかしくはないでしょ」

 いつもどおりの道?

 たまたま? 

 俺が川沿い走るか他を走るかはヤマをかけた偶然かも知れないが、完全に偶然な訳は無いだろ。あいつは俺が良く何処を走るか知ってるから、ここで待っていたに違いない。

 あいつは俺を捜して話しようと思ってくれたのだ。

 しかし、そう言うと絶対素直にはそのことを認めないだろうから、

「で、たまたま会ったのは良いとして、このまま一緒に走る気か?」と偶然と言うことに乗ってやる俺。

 すると、

「……走ってる方向が一緒なんじゃたまたま同じ速度で走ったらそうなるわね。でも、あんた私に着いて来れる?」

 少し走る速度を速めたあいつ。

 俺もそれについてゆく。

 精神力はあいつの方が数段上にしても、何年も走り込んでいるあいつの体と、ここ最近で走り始めた俺の体、入れ物の鍛え方の違いか、結構必死そうな顔のあいつにも俺は何とかついてゆく。

「あら、以外と頑張るわね。これなら走り終わっても、学校に行く前にちょっと話を聞くくらいの時間はできるかしら?」

 ああ、そう言うことか。あいつは今日の放課後まで待てないんだな。俺が何を話すのか気になって、でも自分から教えてとは言い出しづらい。

 なのでたまたま会って、たまたま時間ができちゃったからという演出で、話をするっていうことか。

「まったく、素直じゃ……あれ」

 俺は、横のにいたはずのあいつに話しかけようと首を降るが、

「うぉおおお!」

 あいつはいつの間にか俺を振り切って、十メートル以上先に行ってしまっていた。何だよあいつ、本気で俺を振り切る気か?さっきのペースでも十分話す時間は取れると思のだけれど……

 俺を振り切ってしまったら、話もできなくなってしまうと思うのだけれど……

 しかし、

「うぉおおお!」

 走り始めたあいつは、多分当初の目的を忘れ、ただ競争相手の俺を振り切ることについ全力を振り絞ってしまったのだった(後から聞いた話だけれど)。


   *


 川原の土手のコンクリートに腰掛けて、俺たちは話を始めた。

 予定どおりの距離を走って、家の近くまで戻ってきて、まだ七時前とは言っても、そろそろ、朝早いクラスメイトが部活の朝練とか犬の散歩とかで外に出ているかも知れない——そう思えばこの河原で話をすませるのが適当と思えたのだった。

 しかし直ぐに始めようと思った話は、十キロ以上も本気で走った後遺症で二人とも疲れきって数分土手に寝転がった後、

「で、話ってなんなわけ」

 と言うあいつの言葉で俺たちの会話は始まった。

「……助けが欲しい」

「助け? 百合さんの件で? 私に? 何を? 私に何かできると言うの?」

「できるよ。俺じゃ無理だけど、お前ならできることがある」

「私にできること……何なのそれ? そんなことあるの?」

 俺の真剣な様子に、真面目な顔つきになりながらも、どこか半信半疑の表情のあいつ。

 俺は首肯しながら、

「あるよ。お前——と言うかお前が中に入ってる俺——向ヶ丘勇にしかできないことがある」

「それって何なの?」

 俺は手を差し出して、喜多見美亜の言葉を制すると、

「それを答える前にだけど……確かめておきたいことがある。麻生百合が犯人だなんて思ってないだろ?」

 無言で首肯するあいつ。

「……俺たちの夜の学校へ侵入したことをばらすなんて、彼女がやるのはリスクが高すぎると思うんだ」

 また首肯するあいつ。

「まず夜の学校に忍び込んだと言う事実を公表するのがおかしい。夜の学校に忍びこんだのは……俺たちを助けるためとはいえ、麻生百合も同じだ。教師に知られたら、停学とまではいかなくても、それなりの説教や処分がなされるかもしれない。

 それに自分も巻き込まれる可能性がある。それなのに夜の学校に忍び込んだことをばらすのはありえない。

 あと……こういう正体不明人物からのちくりみたいな真似したら自分が一番先に疑われるだろうと言うことも彼女は分かってるはずだ。ならば少なくとも、あんなやり方を彼女はしない。

 ……あと、おまえ——と言うか向ヶ丘勇——のホモネタをを出さないのも不思議だな。俺らの醜聞を暴露したいなら、学校に忍び込んだとかより、そっちの方がよっぽど面白い……そうは思わないか?」

 と一気に話すと、一度言葉を切る俺。

 すると、あいつは首肯しながら、

「……もちろん、そんなことは分かってるわ——彼女は犯人ではないわ。私達にはそんなの自明のことじゃない。でも、それを他の人に証明する手段がないじゃない。偶然に真犯人でも見つからない限り、彼女への注目が収まることはないわ。それを私達はどうしようもできないのよ」

 と、なるほど予想通りの反応だ。

 しかし、予想していたおれは用意していた言葉を返す。

「そうかな?」

「そうかなって? そうよ」

「いや注目が収まったら良いんだろ。それなら別に真犯人を見つけなくても他に方法がある」

「どう言う意味?」

 頭の中は疑問符で一杯の様子の喜多見美亜。

「そうだな……」

 俺は一呼吸おいて、少しの後悔と自己嫌悪を感じながら——しかし言う。

「それが、おまえ——向ヶ丘勇の体と喜多見美亜の心にしかできないことなのさ!」

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