第11話 俺、今、女子探偵中
学校帰り。予定してた喜多見美亜との話は朝のうちに済ますことができたたので、俺はいつもの神社ではなく別の場所に向かって歩いていた。
いや目的地が分かっているわけではない。目的地を探しているのだった。
正確に言うと、今日行かなければならないと思ってる場所が何処なのか分からないので、そこが分かる者——と言うかそこへ帰る者をこっそりとつけているのだった。
しかし、俺は(入れ替わりと言う奇妙な境遇にあるとはいえ)只の高校生。顔見知りを尾行して気づかれないようなスキルは持っていない。
なので俺は家族の助言に従い、「助け」を求めることにした。
俺は、コンビニの雑誌コーナーでパソコン誌を立ち読みしてながらその協力者を待つ。
待つこと数分。
横に人の気配がして、
「まったく斜め下の展開だよ。お姉ちゃんに男ができたかと思ったら女だったなんて……」
俺に話しかけてきたのはあいつの妹の美唯だった。
「……百合ちゃんはそんなのじゃないから——って言うか何でそんな結論になるのよ」
そう、俺は美唯に麻生百合の自宅を見つけるための尾行を頼んだのだった。
「だって、お姉ちゃんがその百合って人を見てる目つきやばかったよ。明らかに恋してるような目だったよ」
探るような目で俺を見る美唯。
ドキリとする俺。
恋。恋……そうだろうか。その言葉を俺は完全には否定できなかった。
彼女が俺の好みであり、とても惹かれているのは事実だった。
でも最終的にはそれは違う。違わざるを得ない。
俺はそう思っていた。
なぜなら、これを恋としてしまえば、それは嘘になってしまうからだ。
いや、俺は、女子として麻生百合と仲良くしたいと言う気持ちで近づいた。それは間違いは無い。俺は、今、女子の体の中にいるのだから、それ以上のことは考えていなかった。
別に女子と女子が恋することが世の中に無いとは言わないが、女子の中にいる男の俺がもし恋をするのなら、それは女子と女子との恋愛でもない、もっとひねくれて歪んだもの。だってそれは嘘になる。
もしそれが中にいる俺の恋に基づくものでも、もし——ありえないけど——麻生百合が喜多見美亜としての俺の恋愛を受け入れて、女子どうしの恋人になったとして——中にいる男としての俺は、その女子どうしの恋愛を受け入れた麻生百合に対して嘘になる。
逆に、男としての恋愛感情をぶちまけても、女としての体が嘘になるだろう。
どっちにしても今の状態なら「恋」は嘘になる。
なので、
「だから違うって。彼女とはとても良い友達で、私が男なら恋していたかもしれないけど——そこんところは私一線引いてるから」
「そうなのかなあ。でもお姉ちゃん、この頃絶対恋してると思うんだ。ならあの百合さんの他にやっぱり男がいる?」
美唯の言葉に、俺はある人物の顔が脳裏に浮かんだって——それは自分——向ヶ丘勇の顔なんだが——ないない絶対ない。
「違うから、本当違うかから」
必死の面持ちで俺。
「あやしいなあ……でもまあいいや」
美唯の追求が収まってほっとする俺。
「それより……場所分かったよ」
「ありがとう」
「——って言うかあの女の人なんか見たことあるなって思ってたら柿生のお姉さんじゃない」
「えっ——」
「柿生って私のクラスメイトだよ——それが分かってれば、家知ってたのに……それなら……でも……」
「でも?」
「……お姉ちゃんあの家に行かない方が良いのかも」
*
「もしかして迷惑かも」と言うのが美唯の言う麻生百合の家にいかない方が良いという理由だった。
確かに、俺は未唯の話を聞いて少し躊躇した——しかし今日は行かなければならない。
もし迷惑をかけたならその埋め合わせはする。そう思いながら、美唯に教えて貰った場所に向かった。
そこは、美唯を待っていたコンビニからならそんな遠い場所では無かった。学校に近い丘の上の住宅街の中に彼女の家はあった。建売住宅風の三軒連続で同じ外見の家が続いているその真ん中の、なんの変哲もない家がそれであった。
勝手に麻生百合をお嬢様だと思ってた俺の予想とは違う。だからといって落胆したわけでも、なにか他の感情が涌いたわけでもないが、自分の思っていた物と違う彼女の生活、そこにこれから踏み込まなければならないのだと思うと、少し緊張して、無意識に喉を鳴らしていた。
家は多少古びた感じであった。建ってから二十年以上は経っていそうな——所々汚れが目立つ……安請負いと言うわけではないが、高級な家とはいえない。正直に言うと少々くたびれた様子で、それを直す手間も金もそれほど掛けられてはいないようだった。
俺は、自分の心の中に、何か重い気分がでんと鎮座しているのに気付いた。ここは踏み込んでも良い場所なのだろうか。彼女の暗い部分に俺は無遠慮に入り込もうとしているのではないか。そんな気持ちがしてしまっているのだった。
彼女の罪はこの家の中で本当になってしまうのでは。知らない彼女の一面が、この知らない家の中にあるのではそんな気がして……
俺は家の前で固まり、呼び鈴を押せずに、ただ突っ立っている。
ああなんか勇気が出ない。
なのでそうやって、じっと家を見つめてしまている。
このままこうやっていたってどうしようもないのに、もう一歩踏み出せないでじっとして……
しかし、そうやって家を見つめていたら、良く見たら、第一印象を越えたこの家の詳細が目の中にしっかりと入って来たら、——少し家の見え方が変わって来たのに気付く。
家は、古びて、少し暗い感じがするが、良く見ると、それだけでは無い。
何と言うか、——しっかりと生きている。しっかりと生きようと思ってる人達が住んでいる家と言う感じがした。
小さな庭は綺麗に整えられ、玄関先は入念に掃除され、全般的には小綺麗な、良く手入れされている。
となりの全く同じ構造の建て売りと比べて見ればその雰囲気の違いはますます明らかだった。
隣の家は、ごてごてといろんな飾りが付いたり、庭にも様々な花やら木が植えられていて一見華やかなのだが、雑然として、見てくれだけ整えた、人生も表面だけで生きている人達の家と言った感じだ。
しかし、麻生百合の家は、派手さは無いが、人生を真面目に、真摯に生きようとしてる者の家、——そんな感じがした。
この家がかもし出しているもの、それは、鮮やかではないが、深い美であった。節度と調和の中で、毎日の生活の繰り返しの中で、最大限に良くあろうとしている者の作り出す透徹した美であった。
そう思えば……そう思って見てみると、これは麻生百合のイメージに良くあった家であった。
過度でなく、多くは求めず、しかし、その中でできる限り、良く生きて、良くあろうとしている。そんな姿が美しく、それが分かる者には輝いて見える。そんな姿に俺は引きつけられていた。
この家を見て、俺は確信した。俺が感じる、俺が見た、麻生百合のその姿は正しい。
だから……
「麻生百合が今も昔もそんなことをするわけは無いとおもうのだけど……」
と俺は家の前で小さな声で呟いた。
それが今日の目的だった。いや、——呟くことではなく。彼女に、直接、そんなはずが無いこと、彼女がみんなが言うようなひどい女なわけは無いこと、を確かめる為に来たのだった。今回のこと、そして、俺の知らない中学時代のこと、を彼女に直接聞いてみようと思ってここまで来たのだった。
さすがに、過去に起きたことが、みんなが言ってることが、嘘だとは思わない。
麻生百合がひどい発言をするところをみんなが直接その目で見ているのだ。
普通に考えたら、彼女はハブられるのも当然の行動をしたクラスの嫌われ者、それ以外の何者でもない。
——少なくとも、当時はそうであった。それは、もう起きてしまったことで。それ以外にこと実は無かった。
そんなことをする女なのならば、今回も疑われてもしょうがないと言われても俺も反論できないような、厳然たる事実が、過去に起きてしまっていたのだった。
しかし俺的にはやっぱりスッキリとしない。
起きたことは本当だったにしても、その裏に何か事情があるような感じがするのだ。
それは確信に近かった。
麻生百合の過去のことを知らない俺。女子の中に住む男子と言う不可思議だが異性の思い込みとも同性の思い込みともから逃れたニュートラルな状態の、色眼鏡で見ること無く接することができる俺。そんな俺が感じた、俺の思う彼女の真実、内面は、どうも起きた事実と食い違いを示していた。
なら、きっと何か事情があるのだろうと思った。なにか理由があって彼女はクラスで暴言を吐いたのだと思った。
でも、それを、その事情を、——学校では話してくれないようなので、俺は、直接、彼女の家に行って話を聞いてみようと思ったのだった。
もちろん彼女の家に行ったと言ってなにか変わるかは分からないのだけれども、——それでも何もしないよりも何かしてみたい。そう思い俺はここまで来たのだった。
——しかし、来たのはいいのだが、家の前で立ち止まってしまい俺はもう一歩が踏み出せない。
だって、女の子の家にアポなしでやって来て、いきなり押しかけるなんてオタクぼっちにはハードル高すぎるだろ。
いや今自分がオタク男子でなく、リア充女子になっているのも分かっている。もてなさそうな男がいきなり押しかけるよりも怪しくないとは思う。と言うか女子にクラスの女子が訪ねて来ることなんてまるで不自然な行動では無いと思う。
が、長年のぼっっちのせいで、その一歩が俺には踏み出せないのだった。
俺はここまできながら玄関先で躊躇して止まっていると言う情けない状態。でもここまで来たんだから絶対ここから引けないと言う決意はあり、前にも後ろにも動けないと言う状態。
ああ、このままだとこのままここで夜を明かすことになってしまいそうだと俺は、どうすればよいか分からないまま、そのまま、固まってしまうが……
しかし、
「あれ、もしかして姉に用事の方ですか?」
事態はひょんなことから好転する。
玄関から出て、俺に声をかけてきたのは、車椅子に乗った少年だった。
*
俺は少年に言われるがままに家の中に入り、リビングのソファーに座って麻生百合の帰りを待つことになった。
少年は麻生百合の弟で、美唯から聞いた通り、障害があって学校も休みがちだと言う車いすの少年であった。美唯の言うにはこの少年、柿生君の世話が大変なのだからあまり長居して迷惑かけたら駄目と言うことであったが……
「すみません、姉は丁度買い物に出かけてしまって——コーヒーと紅茶どっちか飲みますか?」
その心配された本人に迷惑をかける展開になってしまって、俺は恐縮してソファーの上で小さくなっていた。
「いえ、突然押しかけてしまってそんなことまで、お構いなく……」
「良いですよ、そんなこと……と言うか、嬉しいんですよ」
嬉しい?
少年のいう意味がどうも良くは分からない俺。
それで一瞬キョトンとしてしまうが、その間に、
「じゃあ僕が紅茶飲みたいから、紅茶でも良いですか?」と少年。
「はい……いえ……」
少年が返事と共に車椅子をさっとターンしてリビングからキッチンに向かったのを俺は慌てて立ち上がる。
「あの、私も手伝いますから」
「大丈夫ですよ、お客さんにそんなことをしてもらうことは……」
そう言うと少年はそのままガスレンジのところまで素早く移動すると、その上に置いてあったヤカンをつかむと、慣れた様子でシンクに移動し蛇口から水を入れるとまたレンジの上にヤカンを置いて火を付ける。
「ここは僕でも、車椅子でも、使いにくくないように低く作ってもらってるんですよ」
俺の思ったことを少年はまるで心を読んだのででもあるかのように答える。
「なのでこの家では僕に遠慮無用ですよ」
優しい少年の口調。
俺は、歩きかけた状態から少しへっぴり腰でそのままソファーに座ると、
「は……はい」と。
すると、
「じゃあもう少し待ってくださいね」とホッとしたような、嬉しそうな少年の口調。
それを聞いて、彼の感情の動きを察して、俺は少し恥ずかしい気分になった。俺は、無意識で、それは善意からとは言え、少年を何もできない弱いものとして扱おうとしていたのだ。そして、それが少年を多少なりとも傷つけたのに気づいたからだ。
実際、俺なんかがやる家事とは比べ物にならないくらい、少年はこなれた動きをしていた。あっという間にカップとポットを用意して、冷蔵庫からガラスの型に入った手作りらしいゼリーを取り出すとそれをスプーンですくって綺麗にさらに盛り付けた。
そしてそれをテーブルまで持ってくる間に、お湯が沸くと、それでポットとカップに注いで温め、ヤカンをもう一度ガスにかける。
「しつこく沸騰させたお湯の方が美味しくできるんですよ」
そう言って、カップが温まったタイミングでブクブクと沸騰したお湯を注いだ紅茶は、
「おいしい!」
俺は心からそう叫んだ。
「今あまり良い茶葉がなくて申し訳無いのですが」
「いやそんなことは無いよ。とっても美味しい」
喜多見美亜の家ではあいつの母親が買って来る紅茶専門店の茶葉とかが置いてあって、自分の家ではティーパック専門だった俺にすればそれでも紅茶はこんな美味しいものだったのかと大きな驚きだったのだが、少年——麻生百合の弟、柿生君だっけ、が淹れてくれた紅茶は、俺が適当に淹れた紅茶なんかとは別次元の美味しさだった。
茶葉はスーパーに良く置いてあるような普通の物なのに、淹れる人が違うと違うもんだと思い、
「本当おいしいよ!」
俺はもう一度言う。
「ありがとうございます。僕にはこういうことしかできないので……喜んでもらうと……」
と嬉しそうだが、また少し悲しそうな少年の姿。
ああ、なんだ、なんで悲しそうになるんだ。ならもっと褒めなきゃと、
「ああこのゼリーも美味しいね。これも君が作ったの」
俺は皿に盛られた甘いオレンジのゼリーを食べながら言う。
「ああ、それは姉が作ったもので——でも姉はそれを聞くと喜ぶと思いますよ。お友達が褒めてくれたなんて聞いたら」
少年の顔にはぱあっと笑みが広がる。
自分の紅茶が褒められた時よりもずっと嬉しそうな。
なんか姉思いの弟なんだな。自分のことよりも姉が褒められた方が嬉しいなんて。
そう思うと俺はさらに麻生百合のことを褒めてやろうと思って、
「でも百合ちゃんはさすがだなあ。いつも作って来る弁当が美味しいなあと思ってたら、デザートもこんな美味しいのが作れるなんて」
と言うと、
「姉の弁当? もしかして弁当交換して食べさせっことかですか? よくカップルとかやってる」
「えっ……はい」
俺は思わず顔を赤くする。
それを見て柿生少年は、あれ、なんで顔を赤くしたのかと不思議そうな顔。
俺は、喜多見美亜の中にいる俺は男で、弁当の食べさせ合いっこをカップル見たいと当の相手の肉親に言われると思わず赤面してしまう。
なんて言えないよな。
「ああ、嬉しいなあ」
少年は言いながら、思わずと言った感じで身を乗り出して来て、俺の手を握る。
「こんな感じの良い人が姉の友達になってくれてるなんて」
彼は心底嬉しそうな顔をしていた。
俺は呆気にとられながらも、彼の強く握りしめて来る手をそのままにしながら、
「そんな、私に(俺に)なんて百合ちゃんはもったいないくらい素敵で……」
「そんなことは無いですよお姉さんだって素敵です!」
手を更に強く握りながら少年は言うが、
「あっ……」
自分の言った言葉の意味に気付いたらしく少し赤くなりながら手を離し、
「……もう一杯紅茶いかがですか」と。
「……はいいただきます」と言いながら俺もまた顔を赤くする。
——って、
なんだ?
何をやってるんだ俺は。
ショタとフラグ作って?
まてまて……
いやでも……
この子って麻生百合そっくりの優しそうな美少年で、今の俺は体は女なんだからもしかしたら好きになるのは麻生百合でなくこの子の方が正しい……
いやいや、違う、違う。
危ない、危ない。
「どうかしましたか」
俺が挙動不審な様子なのを見て少年が言う。
「いえ、なんでも……」
無い! 無い!
危うくそっちの方向に落ちるとこだった。
と思いながら一気に紅茶を飲み、
「げほっ、げほっ」
熱い紅茶を一気に飲んで思わずむせる俺。
「大丈夫ですか」
「はい……すみません……あっ」
テーブルの上に吐き出した紅茶がこぼれたのを見てあわてて置いてあった布巾でそれを拭こうと手を伸ばした俺。しかし、あせって咄嗟に伸ばした手の服の袖がカップに引っかかってしまい、ポットが倒れて机の上に紅茶が流れる。それでますます焦って、拭き取ろうとテーブルに体をくっつけて……
「熱い!」
テーブルから落ちて来た紅茶がスカートに垂れてしまっていた。
それに気づき、俺は火傷してしまうと、慌ててスカートを脱いで、でもまだ垂れて来る紅茶でリビングの床を汚しちゃ行けないと拭こうとして……咄嗟にそのまま……
「あの……」
少年の声に俺は思わず我に返った。
下着姿の俺に目を合わせられなくて、恥ずかしそうに横を向きながら、
「さすがに、それで拭いてもらうのは……」
俺は今自分が手にもってテーブルを拭いている物に気付く。
「ああ!」
俺が今手に持ってテーブルを拭いていたもの、それは今自分が脱ぎ捨てたスカートだったのだった。
*
「お姉さんは面白い人ですね」
「は、はい……」
騒動が終わって、自分のスカートを染みにならないように応急の手洗いをした後、少年の許可をもらって麻生百合のスカートを借りてまたリビングに戻って来たのは二十分くらいたった後だった。
すると、そろそろ麻生百合が戻って来る頃だろうと彼は言った後、さっきやったことが恥ずかしくて下を向きっぱなしの俺に向かって言った。
俺は下を向いたままソファーに座る。
「でも、良かったです」
良かった?
「こんな人なら、僕も信じられますよ。姉を貶めようと、何か企んでやって来た人にはとても見えませんからね」
貶める?
「……って、大丈夫ですよね。お姉さん、もしかして姉に嫌なことしに来たんじゃないですよね。姉の中学時代のことは知ってますよね」
首肯する俺。
すると少しだけ厳しい目つきになる少年。
その疑った様子にちょっとむっとした俺は、
「そんな分けないじゃないか!」
「??」
肩をつかみ、大声で、思わず出てしまった男言葉にびっくりする少年。
それを見て、
「……あっ、『そんな分けはないわ』」
と言い直すと、
「わ、あっははははあ」
「何……笑わないでも」
俺は恥ずかしくなってまた下を向く。
「やっ……ぱり面白いです……お姉さんは」笑いにむせ少年の声は途切れと切れになりながら。
しかしやっとのことで呼吸を整えると、きりっと真面目な顔になって、
「それに、本気で姉と仲良くしてくれてる見たいで——本当にありがとうございます」
少年は、深い深い心のこもった礼をした。
体をゆっくりと折りたたみ、テーブルに頭をすりつけんばかりになり、そしてゆっくりと顔をあげにっこりと笑った。
ああ、なんかすごい感動した。
いや、正直何がなんだか分からないのだが、俺はこの子にとても感謝されるようなことをしたみたいで——でもそれって話の流れからしたら、麻生百合と友達になったからと言うこと?
中学時代、クラスメイトからハブられるようなひどいことばかりした姉が更生して友達ができたことを喜んでいると言うこと?
——いや違う。
この少年は姉のことをとても好いてるし、信じている。
姉が、ハブられるようなひどいことをするような人物ではないことを知っている。
姉が、そんな人ではないのに、何らかの理由でハブられるようになったこと、そしてそれは彼としてもとても納得できないような状況で……
そんな中、状況を知った上で姉の本当の姿を見抜き友達になってくれた俺のことに凄く感謝をしてくれている様だった。
すると……?
ああ、この少年は知っている。
俺は確信した。
麻生百合の真実を彼は知ってる。
彼女がそんなはずではない人生を送らされている理由を。
ならば……
「柿生くん……」
「はい?」
俺は真剣な目で語りかけた。
「私は百合ちゃんが、みんなが言うような人じゃないことを知っている。それを信じている」
やはり真剣な目になりながら首肯する少年。
「そしてこんな状況に彼女が陥っているのに我慢ができない」
また首肯する少年。
「だから、こんな状況を変えたいと思うんだ」
また男言葉になりながら——でももう構わないやと思いながら、
「だから君の知っている真実を俺に教えてくれないか!」
俺は叫んだ。
そして、今度は俺が深く礼をしながら、
「お願いします!」
一瞬の沈黙。
高まる鼓動の音。
そして、
「分かりましたよお姉(?)さん。顔を上げてください」
差し出された手に引っ張られて上体を起こし、決意に満ちた目の少年が目の間にいるのを俺は見る。
そして彼は、
「……あれは姉がやったことではなく、僕が……」
その口は緊張した面持ちで開かれ、ゆっくりと話を始める。
しかし、
「柿生! それ以上は何も言っちゃだめよ」
いつの間にか家の中に入り、リビングの入り口に立っていた、買い物袋を持った麻生百合が俺のことをもの凄い形相で睨んでいた。
「美亜さん。あなたがもしこれ以上知りたいと言うのなら、私はあなたのことを一生恨んで過ごさないと行けなくなります。……だから今日はもうこれで帰ってください。お願いします」
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