5 - リョータ

 歯磨きしながらもう一本の歯ブラシを見てた。もともと俺が着てたジャージはトラ専用みたいになってるし、コーヒー入れるマグカップも使い分けが定着してきたし、俺のiTunesはトラがせっせとCDを持ってきては入れていったバンドの曲を今も流してる。

 そろそろ遅いから、と思って部屋をのぞいたタイミングでトラがちょうど音楽を消した。目があったトラがにやっと笑って親指を立ててきた。

 土曜の夜に合鍵で勝手に入ってくる。日曜に部屋でだらだら過ごして夜に外で飯食ってそのまま帰ってく。完全にパターンになってる。

「これ俺のホームステイ」

「なんかそれ意味ちがくない?」

「じゃあなんだろ。疎開?」

「もっとちがくない?」

「まあとにかくリョータんちが一番落ちつくってこと。あと大学から近いし」

 トラはギター練習したり俺のパソコンで学校の課題やったりLINEとかツイッターとかしたりテレビみたりして、俺はベッドで寝転がってネット見たり漫画や本読んだりして、それぞれ勝手に過ごしてるのが半分で、もう半分は冬のボーナスで買ったPS4とStar Warsバトルフロントで遊んでる。最初のころはトラもやってたけど「むずい」と言って俺がプレイしてる横で見てる。たまに気が向いてちょっと借りてプレイしてる。トラはベッドに横になって布団にくるまって画面の推移に合わせて間投詞と効果音をずっとしゃべってる。「うおっ」とか「どーん」とか勝手に言ってる。俺がベッドでネット見てて面白いの見つけて呼ぶと上から「どーん」とか言って子供みたいにのしかかって肩越しにスマホを覗いてくる。

 なんか別にそれだけなんだけど、俺の生活がすげえうるおってるって感じがする。大学行かずに就職してから高校の友達とも全然会ってないし、職場には同世代もいないし、高卒の同期もほとんどいないし、よく考えたら友達づきあいがなくなってた。こうやって家に一緒にいて楽しいやつがなんとなくいるってだけでこんないい感じなんだなってことはじめて知った。

「そういえばトラって彼女とかいないの。学校とかサークルとか……」

「いたけど別れちゃった。一年の秋に先輩から告られて付き合ってたけど夏ごろフラれちゃった。なんか私のことほんとは好きじゃないでしょって言ってその人浮気してた。ってかリョータは? 高校のころからのとか会社の人とか」

「いないよ! 仕事でもほとんど女の人いないし、いてももう自分の母親くらいのおばさん……なんかね、職場の人がさ、『おばさんじゃない、おねえさんって言わなきゃだめ』って言ってくるんだよね」

 2月になって「ごめん俺あんま金なくて」ってトラがマフラーをくれた。トラから誕生日プレゼントもらうなんて中学生以来だなと思った。

「ってかついにリョータも二十歳だねー。今度どっか飲みいこうよ」

 あっ俺トラの誕生日なんもしてないって一瞬焦ったけど、去年の十一月なんてまだトラと疎遠だったんだよなと思って、半年もたってないのに自分の生活にこんな風に友達っていうか家族みたいのがいてすごく楽しいっていうの、全然想像もしてなかった。

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