4 - トラ

 めちゃくちゃ腹一杯で階段のぼって俺の部屋むかう途中で上から、リョータが振り返って「多すぎだろ」って言ったから二人して、ゲラゲラ笑ったのはもう年末からずっと久屋の方でも、めちゃくちゃ豪華なめしだったのにこっちの家も、めちゃくちゃ豪華なめしが出てきてぜんぜん、食べきれない量が出てきたから。そりゃそうだよだって、久屋のおばさんにとっても母さんにとってもリョータは自分の子供なわけだしぜんぜん、リョータもふだん会社の寮にいて帰ってこないし去年も大晦日と元日しかいなくてすぐ寮に戻ったし。「あり得ないでしょあんな量」ってうれしそうな顔で言うからほっとしたってとこあってやっぱ、大人たちみんな大学行けって言ってたの無視して就職したからなんか、ぎくしゃくしてたのかと思ってたし。

 元旦だし年始の挨拶ってことで今朝は、父さんも母さんも久屋の方にきて昼過ぎにリョータも一緒に車でこっちの家に帰ってきたその、車の中で峰口のお父さんなんかテンション高くなかった? ってリョータに言われてそういえばそうだったかもしれない。なんか今日父さんの車乗ってたらはじめて、峰口のお父さんが運転する車乗ったとき変な感じしたの急に思い出したってことリョータが話してた。こっちはだいぶ早く離婚してて自分の遺伝上の父親って知らないから父親の、車に乗るって経験なかったしそれでって。そういえばリョータあの日帰り妙に静かだったもんね、それまでは初対面なのにめちゃめちゃ俺としゃべってたのにって言ったらリョータはぜんぜん覚えてないって言った。

 小五のときはじめて俺と会ったときのことぜんぜん、覚えてないってリョータが言うからおかしくて笑ってた。俺の方はめちゃくちゃ緊張しててだって、これから母親になるかもって人と兄弟になるかもって人に会うとか言われて緊張しない方が変だと思うのに親たちが、ドリンク取りに行って二人きりになってちょう気まずいじゃんって思ったらいきなりそいつがねえそっち行っていーい? って。自分のとなりに来たと思ったら急にDS出してゲームとかするのって聞いてきてこれ、やったことあるって言い出したのがテトリスで急にやりはじめたと思ったらこっち渡してきて遊ばせてもらったってこと。ぜんぜんリョータは覚えてないけどテトリスにはまってたのは覚えてるとか言うからおかしくてめちゃめちゃ笑ってた。「トラのことはなんか最初っから友達だったって記憶しかないんだよ。」そのあと、峰口君って呼ぶのもさあ、だってたぶんこの後俺も『峰口君』になるわけじゃん、そしたら虎彦君? だっけ? って呼ぶの? でも呼びづらいしトラでもいーい? 俺のことは『亮太さん』でいいよ、とか言い出してそれずるくない? って俺が笑ったらリョータも笑ってそれからリョータ、トラって呼ぶようになったんだったってこと思い出して、笑ってたけどそれもリョータはたぶん、忘れてる。

 結局リョータは兄弟に、ならずにおじさんとおばさんの養子になったからいとこになったけどその頃の大人たちとのやり取りの方ばっかりリョータは覚えててそれで、俺とは最初っから友達ってことになってるみたいだって。子供の自分よりおじさんおばさんや母さんの方が緊張しててもちろんいつだってお母さんにも会えるしもし嫌になったら峰口さんちの方へ移ってもいいのだしおばさんもおじさんも子供もいないしお母さんが亮太のお父さんと離婚してこっちに戻ってきてから亮太と一緒に暮らしたこと自分の子みたいで本当にうれしかったしもし、このまま一緒にってすごく顔こわばらせておばさんが言ってたのとか、峰口のお父さんが虎彦と、全く同じくらいに君のことは自分の子供だと思ってるからこれからは、亮太君じゃなくて亮太って呼ぶよって言ってくれたときもなんか緊張しててリョータは、学校変わるのも名字変わるのもちょっといやだなと思ってそのときオッケーしたけどでも、そのあとも時々もし、あのとき峰口の子になってれば俺と兄弟になってたんだよなとか同い年の、兄弟ってことは双子になるのかなとかでも、そのまま完全に他人のままだったってこともあったんだよなとか思ってたってこと俺の、ベッドの上でごろごろしながら話しててリョータのそういうのはじめて聞いたなと思った。

 こうやって両親が二組いるっていうの悪くないなって今だと思うよでも、めちゃめちゃ飯が出てくるけどってリョータが言った。二人でけらけら笑ったけど俺にとっては両親とおじさんおばさんでしかないんだよなと思った。午前二時だった。

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