3 - リョータ
置いてあったPS3でトラと桃鉄をやってた。ボンビーがついて邪魔されると
「あー」
と言ってくすくす笑う。もともと大声で話したり大笑いしたりするタイプじゃなかった。せっかく集めた物件とかカードとか勝手に捨てられたりすると、ちょっと本気でイラッとしてしまう自分とは大違いだなと思った。なんでこんな穏やかでいられるんだろ? 画面を見つめて特急カードを使うかどうか迷ってるトラを、斜め後ろから見てた。スウェットの襟から伸びたうなじと短く刈り上げた襟足の、案外しっかりした首筋を見ながら、そうそう、細い割にけっこう筋肉しっかりしてんだよなと思った。ふわふわしたパーマの茶髪がちょうどトラの性格と似合ってると思った。
就職するときにもうほとんどゲームなんかやらなくなってたから家に置いてきた。年末から元日まで久屋の方の家にいて、元日から二日は峰口の方の家にいる予定にしたら、トラも同じ日程で合わせることになった。去年は結局、大晦日と元日だけ帰ってすぐ会社の借り上げ寮に戻ったんだった。まだ就職して一年も経ってなかったし、進学せずに就職したことでまだ何となく家というか親たちも変な感じだった気がして居づらかったけど、今年は父さんも母さんもばあちゃんも、どことなく帰ってきてほしいような雰囲気だったから。どうせ寮にいても一人だし暇だし。
「俺エレキギターの音ってちゃんと聞いたことなかったわ」
「そうなんだ。これ、この前の追い出しライブでやったやつ」
トラの演奏は思ってたよりずっと上手かった。桃鉄にも飽きて、トラがギターを出して弾いてた。アンプにつなげずに小さな音だったけれど、キュイキュイ鳴ってけっこう気持ちいい音なんだなと思った。
高校から始めたって聞いてたけど、四年くらい前に自分とこの高校の学祭で見た同級生のライブなんて、なんだこれってくらい下手くそだったからトラもそんなもんだと勝手に思ってた。
「あーもうぜんぜん覚えてないや。ライブ終わっちゃうとすぐ次の曲の練習しないといけないから忘れちゃうんだよね」
もともと全然知らない曲だったから気にならなかった。トラの中で出てきたフレーズをあてもなく弾いてるみたいだった。
「ここがねー。このリフがちょうかっこいいんだよ。めちゃくちゃかっこよくてライブで本人が弾いてるの見ちゃうともう泣けるくらいかっこいいんだけど、難しくて、ほんと自分とか全然だなっていやんなるよ」
謙遜しているというより本気でそう思ってるみたいにそう言ったけど、素人の自分が見るとすごく上手かった。トラの、長くてやや骨ばった指がすばやくコードを押さえてくのを見てた。
「その弦がキュイキュイ鳴るのかっこいいな」と言ったらトラは、んふふーみたいな笑い方して、
「俺も好き」と嬉しそうに言った。
「年明けにね、またライブがあるから冬休み中も練習しないと。俺だけできないとみんなにも迷惑かけちゃうし」
色んなバンドの曲をやると言って床に散らかしたスコアを手に取って見てみたけどどれ一つとして名前を知らなかった。トラの言う「みんな」っていうのがどんな人たちなのかも全然知らない。この前うちに泊まっていった「サークルの友達」なのかどうかも知らない。
「そうやって色んなバンドのコピーとかやるじゃん。で、そのフレーズ、リフ? とかどんどん覚えてったり、コード進行とか覚えてったりするじゃん。たくさんバンドのライブに行ってかっこいいなとか思ったりするでしょ。そしたらさ、こうしたらもっといいかもとか、こういうのが聞きたいなとか思ってきて、自然と自分でも曲作ってみたいとかってこと、ないの?」
「んーそういうのはあんまないかなあ。好きなバンドの好きな曲を演奏できて楽しいって感じで。サークル自体もオリジナルはやらないとこだし」
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