act.1 襲来Ⅴ

「君はどう思う?」


 不意にそんなことを男は尋ねてきた。


「何が……ですか?」


 何についてのことなのか。男の言葉は決定的に欠けていた。男は輝を一瞥したのちに、欠けていたものを付け加えた。


「……この社会さ。日本という枠組みに囲まれたね。君はどう思っている?」


 輝は質問の意図が全く理解できない。この人は何が言いたいんだろうか。


「なに、深く考える必要はない。率直な意見が聞きたいんだ、八神輝君の意見をね」


 少し考えたあと、輝は答えた。


「他の国と比べると、随分と豊かな国だと思う。戦争はいまだなく、望むものは大抵手にはいる」

「あぁ、なるほど。君はそう考えたわけか。では今度は僕の考えを教えよう」


 輝はたじろいだ。さっきまでは喜々として話をしていた。

 だがどこに向けられてかわからないものの、睨みつけ、歯を食いしばり、恐ろしい形相と化した。


「この国は腐っている」


 男が言った。


「確かに豊かではある。だが豊かすぎて、事実上の力はない。他の国に追い上げられ、いつまでも他国に従属の態度を見せる。自身を守る力さえない。これが本当に豊かだと言えるのか」


 輝は静かに聞いた。男はそして本題に入る。


「そして、僕たちは愛想が尽きてしまった。この国に、この社会に。ならどうすればいい。僕たちは考えた。あぁそうだ、なら強くすればいい。この国が……頂点に立てられるように。だが…それには邪魔なものがある」


 ここで輝は察した。車道では、スピードのある車が往来を繰り返していた。


「……あんた、まさか……」

「気付いたね。そう、今の政府、社会、民の思想、全てが邪魔だ。途中からつくり直すのはとても難しい。一旦全てを潰してから、ゼロから始めるのがてっとり早い。その手伝いを君にしてもらいたいんだよ」


 男は輝を見定めた。こっちに来いと言わんばかりに、手をさし伸ばしていた。


「……ははっ、無理に決まっている。そう簡単に今の日本が潰れるわけが……」


 輝は瞬間的に言葉を塞ぐ。男がさし伸ばした手から、水色に光る球が浮かんでいたのだ。ボゥッと鈍い光ではあったが、強い閃光だった。


「なん……だ、それ」

「確かに無理がある。普通の人間ならね。だが僕たちは普通じゃない。そして君も」


 茶髪の男は生み出した球を斜め上に撃った。それだけで、街の中枢ビルが崩壊を始めた。


「なっ!? ……う……嘘だ。俺にはそんなもの……」

「いや……、あるね。」


 輝の必死の否定を、男は躊躇することなく、さらに否定する。


「君はまだ自分の力に気付いていないだけだ。一緒に来るといい。本当の自分を発見できる」

「……断る」


 歩む足を止めた。輝の堅い意志を表していた。


「……残念ながら、君に選択の余地は全くない。来るんだ」


 男はなおも、手をさし伸ばす。銀縁の眼鏡の奥で、眼光が鋭くなる。


「……断る」

「わからないヤツだ。選択の余地はないんだよ」


 右手をポケットへ突っ込み、左手は……。


「……!?」


 男が掌から光を放ったかと思うと、光球は輝の腹部に撃ち込まれた。


「……か、はっ!?」


 その勢いのまま吹き飛ばされた。


「痛いだろう。死なないように力は弱めていたが、きついはずだ」


 だが吹き飛んだことで結果的に男との距離が開いた。


「くっ!?」


 本能的に逃げ出す。震える足を何とか支配し、定期的に動かす。周りには突然崩壊したビルから避難する人々がいた。

 突然浮いた輝のことに驚く。大丈夫かと心配する人もいたが、輝は気にする余裕など持ち合わせていなかった。ただ逃げる。それだけだった。


「ったく、面倒なことさせるなよ」


 男は飛んだ。宙に浮いている。人々がいることも、目撃されていることにも気にしなかった。そして、一気に輝を追い掛けるべく、その差を詰めていった。


 輝は人々をかきわけてを退路つくっていく。


「逃げんなっていっただろうが」

「なっ!?」

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