act.1襲来Ⅲ
カランカランと鐘が鳴る。薄い緑色に塗られた木製の扉である。
「うわっ」
間抜けな声をあげた輝は、店内をキョロキョロと見回す。柾の言うとおり、それはなかなかのメルヘンぶりだった。可愛いぬいぐるみや、妙にファンシーな装飾が全体に施されていた。客も従業員も女の子が占めており、輝は自分がかなり場違いな場所に訪れたと痛感する。
「いらしゃいませ」
にこやかに店員の女の子が接客にやって来た。メイド服のようなゴシック系の制服。可愛いのは間違いないが、免疫がないためにどうにも戸惑ってしまう輝と柾である。
「はぁ」
席を案内され、窓際の四角いテーブルに三人が座ると、柾は溜め息をする。たまらず輝は注意した。
「おい、あからさまに嫌な顔するなよ。瑠璃に悪いだろ」
座る位置は、柾と輝が並び、向かいは瑠璃が席を占める。もちろん会話は瑠璃には聴こえない程度だ。
「注文は何になさいますか」
メニューを手渡され、そのままポニーテールの店員に注文を訪ねられる。瑠璃はもともと決めていたのか。直ぐ様、商品の名を告げた。
「ストロベリーダブルサンデーパフェを一つ」
正直どれがいいか全くわからない輝は、つられて同じものを頼もうかと思う。だがメニューで確認すると、すぐに心の中でその思いは撤回された。
新商品のせいか、あまりの金額の高さに輝は声が出ない。しかも写真を見る限り、なんて甘そうな彩りと量だろうか。これには、とてもじゃないが手が出せない。
隣に座る柾は何を頼んだのだか気になると、何とブラックコーヒーのみを頼んでいた。
(おい……それはまずいだろ)
腐れ縁の付き合いとなると、大方どういう反応をするのか分かってくるものだ。瑠璃はこういう時、相手の注文を気にする。頼み過ぎだったり、またその逆だった場合、自分が気を遣わせてしまったのでないかと病んでしまうのだ。
瑠璃の様子はどうかと視点を変えると、瑠璃はさっきまでの歓喜に満ち溢れたオーラがなくなっていた。何処か視線を泳がせているようにも見えた。
「えと……やっぱここだとまずかった?」
おまけに恐る恐るこんなことを言い出す。
「……」
柾もさすがに、自分が誤った行動をしたのは理解したようだが、自分で解決する気はないらしい。横目で輝に合図を送る。そしてテーブルの下では、足で輝の足をつっつく次第だ。
「いいや。まずくなんかないよ。俺もここには来たかったし」
輝はあからさまな嘘を言ってしまう。
「ほんとに?」
瑠璃は疑っていた。誤魔化そうとしているが、輝は嘘が下手だった。だからさらに付け足す。
「ホントだって。俺もこれ食いたかったし」
顔は頑張って笑顔だが、内心は汗だらだらだった。
「あ、そうなんだ。じゃあ二つで」
瑠璃は調子をあっさりと取り戻し、注文を追加した。
「以上でよろしいでしょうか」
「はい」
「では確認させていただきます。ストロベリー……」
言ってから輝は後悔していた。もうちょっと言い方があったかもしれない。と。
「ん。よくやった」
背中を叩きながら、親友の奮戦を誉め称える柾。
(……おまえな)
テーブルにのせられたパフェは、写真よりもボリュームが凄く、輝は絶句した。
(おぉう……)
あまりの甘さと量に輝は気が危うくなる。なんとか平らげようと、目の前の強敵と戦いを続けていた。
「聞いたんだけど、B組の小山と桜井が付き合ってるんだって」
「え、マジかよ」
学校の裏情報を話題に花を咲かせていた頃、輝はびくっと体を震わせる。
「……んぁ!」
揺れの正体は携帯のバイブだった。ディスプレイを見ると、メール受信だと知らせている。
「え……」
内容を目にした輝はつい声をあげてしまう。
(な、何だこれ……)
メールは、登録していない相手からのもので、その内容はとても奇妙なものだった。
『外出は控えること。家で大人しくしてなさい』
これだけだった。あとには何も続かない。とてもではないが、意味を理解することなどできなかった。差出人も一体誰からなのか分からない始末だ。
「……おいどうした」
動揺を隠せていなかった輝を心配する柾の呼び掛けも、輝には不意に感じられる。
「え……あ、いや。何でもない」
気にしてもしょうがない。そう輝は考え直す。瑠璃も「ホントに大丈夫?」と気遣ってくれていたのだ。あまり二人に心配をかけては悪いと考えた。輝はそういう人間だった。
「いや何でもない。メールはただの広告だったよ。ほら、もうすぐテストをあるからちょっと気になっただけだよ。板先からの評価は悪いし、今日もあんまり授業で聴けてなかったから」
嘘でごまかす。全くテストを気にしていないわけでないが、今考えているわけもない。ただの間違いメールだろう。輝はそう考えることにした。
「そんな気すんなよ。俺なんか赤点覚悟だってーの」
「もう。ちゃんとテスト間近になったらノート貸してあげるって」
「じゃあ、またになるけど頼むよ」
「じゃいつも通りに柾は輝からね」
「おぅ。サンキュ」
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