act.1襲来Ⅱ
昼食を終え、昼休みを堪能した輝たちを含む生徒たちは、午後の授業を受けていた。満腹と教師の講義による眠気を相手に懸命に闘っていた。
「……というわけで、ここはこうなるわけだ。重要だからな。たぶんテストに出るぞ」
そんな忠告もあったが、しっかりとメモをとる生徒たちもいるかどうか疑わしかった。
柾は授業開始直後に顔を伏せていて、まるでノートをとる気配はない。意識は完全にここにあらずといったところだった。
輝は頑張って起きてはいる。いるのだがコックリコックリと今にも眠りそうだ。瑠璃は真面目な生徒の見本と言えた。黒板の文字だけでなく、教師の述べたことも、重要なことならば書き残そうと懸命に耳を傾けていた。
試練とも言える午後の授業が終わった頃には、皆、枷が外れたように浮かれ始める。
部活や生徒会に従事する者もいたが、たいていは「放課後どこへ行こうか」と相談を始めているのが大半を占める。
輝たちもそのなかの一つだった。
「よ~し、や~っと終わったぁ~」
伸びをして固くなった体をほぐす柾。改めて言うこともないが、柾は終始寝てただけである。
「今日も暇だろ? どっか寄ろうぜ」
「そうだな。まぁ空いてるな」
「よ~しよしよし。お前のいいところは付き合いがいいところだな」
「柾は相変わらず調子が良すぎだな」
肩を組もうとする柾に対する眼差しは、飽きれ気味な輝だった。そのまま視点を翻して、瑠璃の姿を留める。
「瑠璃はどうする?」
「え? 私?」
予想していなかったようで、あまりの不意に瑠璃は戸惑っていた。
「行かないの?」
輝は帰り支度を進めながら訊いている。
「えっと……」
瑠璃は女子の友達を見る。どうしようか迷っている節がすぐにとれた。
「いいよ。行ってきな。相変わらず仲がいいんだから、あんたら三人は」
そう言ってペシッと軽いデコピンを繰り出す友人。
「わぷっ。うん。ごめんね。ありがと」
「そう思うなら今度何かおごれ。」
友達の子も、輝や柾とは面識が全くないわけではない。むしろクラスのお馴染みとして知っているほうだ。だから、その子が放課後は部活で忙しいのは承知済みである。
二人のやりとりは実に微笑ましいものがあり、つい輝も、柾も笑みを溢していた。
「で、どこ行く?」
輝が柾に尋ねる。三人は校門を既に抜けて、帰り道を辿っていた。
「特に考えてなかったな。カラオケでも行くか?」
「一昨日に行った」
「じゃ、ゲーセン」
「それは昨日」
悉く却下する輝に、ついには反論する。
「……かぁ~。ならお前も案出せよな」
「ん~。じゃあ駅前のカフェなんてどう? 最近新作出たらしくて、それがけっこう評判なの」
有頂天な雰囲気を醸し出しながら、瑠璃が提案する。
柾は正直あまりこの案に乗ることは本意ではない。なぜなら、駅前のカフェというのはなんともメルヘンチックな店であり、男が気兼ねなく入れる場所ではなかったからだ。
「えっと、駄目かな」
上目使いで、二人に確認をとろうとする瑠璃。柾は無言でただただ佇むばかり。その隣にいる輝が答える。
「ん。別にかまわないぞ。じゃそこに決定だな」
やたーと嬉しさを精一杯表す瑠璃をよそに、柾が輝の肩を引っ張る。
「うわっ。何だよ」
「馬鹿。お前は馬鹿か。いやきっと馬鹿に違いない。そりゃあもう他にないくらいの馬鹿だ」
「馬鹿馬鹿失礼だな。何のことだ?」
柾は説明する。それはもうことこまかに。輝は絶句した。
「ちょっと待った。それは本当か?」
「嘘じゃない。それはもう別空間だ。どこに迷いこんだのかと疑ったぞ。ここは日本なのか、とな」
ジェスチャーも交えた柾の説明は真に迫ったものがあった。少なくとも輝には充分すぎるほど伝わっただろう。だが、ここで疑問が残る。
「って、なんでお前が知ってるんだ?」
「姉貴に連れられたんだよ。面白そうだからってな。あいにく俺は行きたくないぞ。責任とれ」
「えぇ……!?」
責任と言っても、輝には何をどうすればいいのか分からない。今更、喜んでいる瑠璃に向かって、やっぱそこは却下とは言えなかった。
「ん? 二人ともどうしたの?」
長いヒソヒソ話となってしまい、瑠璃もついには割り込んできた。
「いや何でもないよ。……じゃあ行くか。」
一人帰ろうとする柾を逃がすまいと、手綱を握るように、柾の腕を掴んだ輝はいざ出陣する。
「お、おいコラ。は、離せ~」
「諦めろ。どこ行くか決めてなかった柾も悪いんだ。一割ならおごってやるよ」
「なら仕方ないな」
おごると言われ、心が動いた柾は瞬時に立場を覆す。華麗にスピンするように、柾は自ら歩く足を方向転換させた。
「……現金な奴だな」
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