6.見えざる刺客

 遠くで炎が上がる。絶望の煙が空まで伸びていた。青い空を侵食するように、黒い狂気が広がっていく。





「こいつら刺客か」


「急いで町に戻るよ」





 事態は最悪だ。出発したばかりのコーカスの町に危機が訪れている。アニータの言うとおりに戻るしかない。





「ヒヒッ、おぉっと戻るのもなしだ。言ったはずだぜ。門番の俺らはお前らを通さねぇ」


「ならどいてもらう!!」 





 アルが手先から、エネルギーの塊と思われる紅い球が射出される。大きなエネルギー弾はまっすぐにホズミを狙うが、危機を察して飛び退いた。





「おぉっと、危ねぇ」





素早い身のこなしのホズミ。そこらの雑魚敵とは違うことがはっきりと分かる。





「タイミング良すぎだ。こいつら完全に雇われた刺客だ」





看破するドゥーガル。全員が事態を把握したと同時に、コーカスの町に戻らないといけないと直感した。





「刺客だ? 門番だって言ってんだろうが。ヒヒッ」





前にはホズミ。背後にコモリ。回り込まれた私たちは挟まれる形となってしまう。





「どうすんだ。こんな奴らに時間食ってる場合じゃないぜ」


「ドゥーガル、アニータ、二人は先に行ってくれ」


「……いいのか?」


「あぁ、こいつらなら俺とアヤメだけで十分だ」


「私!?」





 反射的に反応するが、状況的に反論できるとは思えない。ドゥーガルとアニータはさらに速い反応で行動へと移していた。





「了解! いくよ棍双龍ドラゴンダイブ・流炎龍翼ルミナリエ」





 アニータが叫ぶ。出現した炎の龍が膨れ上がる。辺りを一瞬にして炎で囲い込んでしまった。





「すご……」


「しまった……、おいコモリ。奴らを逃がすな。炎に紛れて町に戻るつもりだ」


「分かってる」





 コモリの腕が光る。白く鈍い輝きは次なる魔法の予兆を示していた。そこへ、ドゥーガルのブリキ人形が不意打ちを喰らわす。





「おっと悪いね。あんなやばいものは出してほしくないんだよ」


「ぐ……ぁ……」





 炎に紛れて背後からの一撃。本体であるドゥーガルは堂々と目の前で姿を見せているあたり、地味にいやらしい攻撃である。





「だったらまとめて仕留めてやるよ」





 ホズミの魔法は風。最大級の魔力の放出に合わせてアニータが白い龍を呼んだ。





「目には目を、風には風をってね」


「ぐっ……」





 強大な風の刃。それに合わせて同じ風をぶつける。早さも威力も全く同じ。悠々としたアニータに対称にホズミは思惑が外れて表情を歪めていた。





「!?」





 ホズミのもとへ、アルが拳を向ける。魔法を放出した隙を狙ったものだが、思ったより素早いホズミはこれまた躱してしまう。だが、ようやくその間に煌々と燃え広がる炎に身を紛らせてドゥーガルとアニータはコーカスへと翻すことができた。





「ちっ……」





 すごい、一瞬で立ち回る攻防。ただ魔法をぶつけているだけでない。敵との相性を考え、味方との連携を考えた心理戦があると感じさせられた。





「逃がしたか。けどまぁ、女がいればそれでいい」





 それは高く売れるから? それとも私がアリスだから?


 この際、理由はどうでもいい。





 そんな暇はもうなく、勝つしかないということ。





「アヤメ、君の魔力はもう蓋を開いている。あとは君がそれを使いこなせるかどうかだ」


「うん」





 訓練を思い出す。実戦をイメージするため、アルと模擬戦を行ったときのことを。


 手に、腕に、体全体に意識を集中させる。自分の中心からとてつもないエネルギーが溢れてくるのを感じる。これが魔力。私の力。





「ヒヒッ、さっきまで何もしてなかったのに、女のほうも戦う気マンマンじゃねえか」


「生意気な奴だ。あとでじっくり味見する」


「君は攻撃をさばくだけでいい。攻撃は俺がするよ」


「分かった」





 相手の魔力が感知できる。相手の動きを予測するんだ。


 敵二人が先に仕掛ける。ホズミはナイフを所持し、コモリはメリケンサックを填めた拳を構える。ホズミがアルを狙い、コモリが私を狙っている。相手が拳なら、まだやり慣れている。





「なっ……」





 攻撃を躱したことにコモリが驚く。そんなはずはないと息巻いて連続攻撃を仕掛けるが、私にも読める。見切れる。両腕から繰り出される攻撃を私は、手に取るように予見できた。





「うぐ……」


「代われコモリ」


「……!?」





 急遽ホズミが叫ぶ。コモリも予見していたのか、躊躇うことなく接近しながら二人はクロスした。アルのもとへはコモリ。そして私のもとへはホズミが立ちはだかる。





「ぅ……」





 予想していなかた事態。ナイフという獲物に変わったこと。また、完全にコモリの動きしか予測していなかった私は、虚を突かれてしまった。とっさに動けない。





「アヤメ!?」





 私の目の前を紅い弾が通り過ぎる。アルが放出した飛び道具の魔法。ホズミが足を止めて脱出を優先したおかげで、瞬殺を免れた。





「余所見してる場合か色男。てめぇを殺して、町の人間も全員売り飛ばしてやるよ」


「……」


「アルッ!」





 私のせいでアルが窮地に立ってしまう。その時、アルの視線が一瞬、酷く冷たくなったような気がして背筋が凍った。アルが腕を上げる。コモリがメリケンサックの拳を振るう。が、アルはギリギリまで引き付けて躱し、魔力で威力を底上げしたカウンターの拳をコモリの顔面にメリ込ませた。





「ぐぅぼっ……!」





 地面に叩きつけるようにコモリが打ちのめされてしまう。そして、そのまま動くことはなかった。





「く……コモリッ!」





 ホズミが冷や汗を垂らす。目の前の私への攻撃も忘れて、呆然としていた。





「やっぱり、俺はまだまだ甘いってことかな。ルークさん」


「なに言って……やがる」


「お前らに構っている暇はないんだ。退く気がないなら来い。殺す気で迎え撃つ」

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白い兎と七人の魔女姫 神谷佑都 @kijinekoko

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