4:凶行Ⅳ

 瞬間、アニータの周りから突風が生じる。風圧に圧され、男は攻撃の手を止めた。荒ぶる風は意思があるように、男へと狙いをすませて照準を絞る。回避に努め、跳躍とともに敵は距離を取った。





「それが、きさまの魔法か」


「そ、これが私の棍双龍ドラゴンダイブ」





 アニータの周りを白い風が蜷局を巻く。いや、ただの風ではない。視覚化している時点で普通じゃないが、龍を象った力強いオーラである。牙や爪、髭や鱗まで鮮明に表現している。気のせいでなければ、そんな白い龍がアニータが所持する棍棒から伸びていた。





「風使いか」





 男は態勢を整える。風の力を持つ龍。それが彼女の魔法だろうと思う。その風の力で相手を吹き飛ばしたのだ。ただの棒術ではないと認識したからには、攻め手は工夫しなければならない。





「ならば、少し強めでいくか」





 男は歩む。ゆっくりと。二本の剣を携えながら。そして距離を測る。近づきすぎれば敵の反撃を喰らう。離れ過ぎれば届かない。だけではなく、風の力でやられてしまうかもしれない。敵は間合いを見極め、なお自身の剣が届く距離を確かめていた。





 当然、剣よりも棍棒のほうが長い。獲物のリーチはさることながら、アニータには風を操る白龍がいる。それでも、仕掛けるタイミング次第では剣にも軍配が上がるかもしれない。





 アニータもそれは理解していた。いつ飛び込んで来るのか。どう仕掛けるのか。敵の出方を最大限見極めんと、構えてじっくり待っていた。両者の距離は三メートルほど。そこまで男が近付くと、目を見開き足に力を込めて剣を振るう。


 鋭い斬撃に対し、力強い棍棒で対抗する。まず一刀目を弾く。白龍の力によるものか。刃と刃が打ち合う甲高い音が鳴る。





一度剣を折ったのも、白龍の風によるものだろう。横薙ぎの剣戟を受け止めると、すぐに二刀目が刃を見せる。先端に近い部分で防いだあと、そのまま逆サイドの先端部分でいなす。押し返すように弾き返すと、そのまま遠心力を得る為、ぐるんっと回って打ち込む。敵も剣の腹で受け止める。が、威力は申し分ないのか。少々怯んでいるのが傍からも良く分かった。





 怯んだ隙を狙い、アニータは連撃を叩き込む。遠心力を加えた申し分ない棒術に、敵は防戦へと移行する。





「くっ……」


「ふっ」





息を吐き力を込める。タイミングを計り、足を運んだ。流れるように、舞うように棍棒を振るう。その連撃に、敵は徐々に追い詰められて行く。





「ならば!」


「……!?」





 意を決した様子で男は声を張る。後手に括った白髪を揺らして殺気を放った。アニータが一撃を入れるであろう瞬間、剣を弾き、空いた横腹に打ち込む際、アニータの動きがビタリと制止する。


 何故そのタイミングで止まったのか。分からないまま敵は態勢を整え、逆に攻撃の機会を得た。





「アニータ!?」





 知らずのうちに声が出る。心配したわけじゃない。むしろ、何をしているんだと発破を掛ける意味で声を出したのだ。





「っ!?」


「遅い」





アニータはようやく反応する。遅れた反応からでは離脱は叶わなかった。体を無理矢理に捻り、それでも躱し切れずに肩口を斬りつけられてしまった。





「くっ!?」


「ふっ、よく躱した。それに、まだ仲間もいたようだ」


「っ……」





 反射的に名前を呼んだからだろう。敵も馬鹿ではない。アニータが反応出来た要因として、私の存在を認めてしまう。敵意を向けられ、私は目を反らせずにいた。その折、視界の端に映るのはまたも桜のような桃色の花弁だった。





 ここは街中だ。緑がないわけじゃないが、桃の花は一切ない。妙な違和感とともに、私は言葉を紡ぐ。





「花びら……?」


「貴様からは妙な魔力を感じる。早々に消えてもらおう」


「アヤメ!?」





 妙な感覚に襲われ、頭が働かない。数メートルは離れていた相手がいつの間にか目の前に君臨していた。なんて早さだろう。いや、でもこれは……。


 剣が迫る目の前が紅く染まる。血飛沫によって視界が濁ったのではなかった。ただ目の前を、燃え盛る炎が通り抜けたのだ。





「うぉ、くそっ」





 目の前に現れた敵は炎に包まれる。目の前に迫った兇刃は向きを変え、炎から脱出することに懸命となる。ゴロゴロと地を転がり、何とか抜け出た男は、息を吐きながらアニータを見据えた。





「はっ……はぁ……今のも、きさまだな」





 火傷を負った恨みか。ギロリと睨む。私も遅れて視点を移すと、今度は紅い龍がアニータの周りで蜷局を巻いていた。白い龍と同様、爪や牙、髭や鱗が鮮明に揺らめいていた。





「えぇ。仲間をやらせるわけにはいかないからね。早々に出させてもらった」





 同時に、白い龍も姿を見せる。アニータの側で二匹の龍が大きく口を開いていた。





「風だけでなく、炎をも操るか」


「正解。それが私の魔法。けど私も分かったわよ。あんたの魔法。アヤメのお陰でね」


「なんだとっ」

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