4:凶行Ⅲ

「くそっ……」





 不意を突かれた急所への攻撃。顎元に打ち込まれた拳は鋭い一撃だった。確かにあれは立てないだろう。敵はがくがくと体を震わせてから仰向けに倒れてしまった。





「こっちは片付いたぜ」





 ドゥーガルはまだまだ余裕そうだ。魔法だというクレイマンも、腕は切り離されたが何のことはなく、切断面に腕を当てると接着できたようで、ほとんど無傷だった。








 一方、最初の一振りを躱したアニータは苦戦を強いられているようだ。アニータに剣を向ける敵。対称的に長身の若い男である。アルと同じ白髪。だが、伸ばした髪を後ろ手に括っていた。さらにこの男は二刀流のようで、巧みにサーベルを二本操り、アニータを切り伏せようと攻撃を繰り返す。あまりに違うリーチの差。そして隙のない剣術に、アニータは退くことしか出来ていなかった。





「あのまま出て来なければ死なずにすんだものを」


「心配には及ばないわよ。私はまだまだ死ぬわけにはいかないからさ」





 そう言ってアニータは大きく跳躍する。迫る刃を躱し、一旦距離を取る為だろう。





「時間の問題だ。逃げてばかりのお前ではな」


「確かにそうね。それじゃあ、逃げるのはこれでおしまいかな」





 距離を取っていたアニータが地を踏み締めてブレーキをかける。足で押し返し、逆に敵との間合いを詰めた。白髪の男は驚きの表情を浮かべる、が、それも一瞬のこと。すぐに冷静さを取り戻し、双剣を交差させて斬り結ぶ。


 交差した両者。瞬間、弾け飛んだのは敵の刃先だ。見れば男の握る片方の刀剣。八十センチはあるだろう長いサーベルが折られていたのだ。





「……きさま、今何をした?」





 瞳孔を開き、信じられないと驚く男は問い掛ける。見れば、アニータの手には棒状の武器を有していた。徒手空拳だったのが、いつの間にだろうか。


 半分は赤。もう半分は白い棒である。その長さは敵の長剣よりは短い。だがそれでも、十分なリーチである。アニータは手慣れたように棒を振り回す。カンフー映画であるような淀みない棒術を披露した。





「そんなもので俺の剣を……」


「そんなものとは心外ね。これでも私のとっておきなんだけど」





 アニータは棒を相手に向けて構える。その際、僅かに武器から魔力が溢れているのが見える。ドゥーガルが戦った敵より力強いオーラだ。ただ奇妙なのは、紅い魔力と白い魔力が溢れていた。





「武器を具現化したのか。それとも、空間から持ち出したのか。いずれにせよ、普通のものとは違う特性があるようだな」


「さぁ、どうでしょ?」





 わざとらしく惚けるアニータ。彼女の飄々とした様子に、敵も本気になったようだ。





「ならば俺も、真髄を見せよう」





 左手に握る折れた刀剣を前に、右手に握る長剣を上部へと男は構える。アニータを視界に留め、一時も見逃すまいと表情も険しいものに一変した。


 空気が変わる。より重く、より息苦しい圧がのしかかる。アニータも同様に、態勢を低くすると、真っ直ぐに武器を構える。白色側を敵に向け、すぐに対応出来るようにと意識を集中させる。





 ここで不思議なことが起きた。白髪の男は折れた刀剣も武器として用いている。その折れた刀剣がみるみるうちに修復されていく。白い光の粒子とともに再生してしまったのだ。


 折られた刃先は当然地に伏したままだが、それとは別に、敵が持つ二本の剣は一対のものとして、元の姿を取り戻したのである。





「……とんだチート魔法をお持ちのようで」


「なに、真髄はこれからだ」





 これだけでは何の魔法か判断が付かない。剣の具現化。もしくは剣の修復であれば、まだ大したことはないかもしれない。


 けど、アニータはチート魔法と口にした。アニータは可能性として、その上を予測したのだと思う。


 時間回帰。あるいは剣だけに留まらない再生能力の可能性だ。


 互いに構えたまま動かない。両者の間にだけ、無音な空間が生まれた錯覚が生じる。ピクリとも動かず、出方を伺う二人。長い硬直時間が続くと思われたが、先に仕掛けたのは敵側のほうだった。





「さらばだ」


「……っ」





 目を疑う。一瞬にして男はアニータの背後に回る。前後に伸びる長い棒でアニータは何とか防ぐ。そのまま後ろを取ったアドバンテージを男は見逃さない。敵は双剣を用いて、高速の斬撃を繰り出す。








「いつの間に。けどこの程度なら……」


「受け止められると?」





 アニータは巧みに鍛え上げた棒術で受け流す。堅固な武器は刃をしっかりと受け止める。





 近接戦において、私にもアニータが優勢だと感じた。背後を取られても、しっかりと攻撃を受け切り、そのうちアニータが攻勢へと転じる。激しい剣戟を捌き、遠心力を乗せた棒術は敵の手数を超えた。けれど、まともに一撃を与える寸前、アニータは一時的に動きを止めてしまう。その隙に、当然ながら敵は勢いを取り戻す。





「浅かったか」


「なに? 今の……」





 隙を狙った斬撃を対処しつつ、アニータは自身が感じた疑問を口にする。奇遇ながら私も同じ思いである。何故アニータが動きを止めてしまったのか。いや、それ以上の疑念が生まれていた。


 距離を離した私にも一瞬見えたのは、桜のような桃色の花びら。間違いがなければ、白髪の男を中心に生じたように微かに見えた。


 何だったんだろうあれは。





 一旦距離を取り、互いに再度構える。男は至って冷静だ。アニータも同様である。けど、またもや先ほどと同じように垣間見える桃色の花びら。見間違えではないと思う。けど、一瞬だけ映るこれが何なのか分からない。





「集中できていないぞ」





 そして、気付けば男はアニータの眼前にて双剣を振り下ろすところだった。

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