3:荒んだ町Ⅸ
その場にいるほぼ全員から握手を求められてしまう。「アリス」である私に期待しているのだろう。本心ではその気はないのだ。少し悪い気もしたが、私は最後まで何とかうまく取り繕った。
そのままアニータに連れられ、まず私は服装を着替えさせられる。アルの提案によるものだ。羽織っている布の下に着ている制服を見たアニータが、訝しげな表情を浮かべた。
「確かに見たことない服だね。それだと、一発で憲兵に見つかっちゃうよ」
奥の別室に連れて行かれると、衣装室のように女物の服がズラリと並ぶ。ドレスなんかもあったが変装用だろうか。アニータが私に、どんな感じが好きなのか尋ねてきた。
「何でもいいけど。ほとんど制服これしか着たことないし」
「え、マジで? もったいないなぁ。結構可愛いのに。この青みがかった黒髪もさらさらしてるしさぁ」
そう言ってアニータは人の髪に触れてきた。
「……別に可愛いとかないし」
「お、何、照れた?」
「照れてないっ」
アニータは何を勘違いしたのか。私のことを見てカラカラと笑う。仲良くなれそうだね。と勝手に納得していた。もう何でもいいや。
結局、普段服なんか選んだこともないので、私に好みなんかあるはずもない。アニータに適当に見繕ってもらい(危うくヒラヒラした服を着させられそうになって遊ばれるところだったが)、私はこの世界っぽい格好に着替える形になった。
白いブラウスの上に青いチョッキみたいなのを羽織る。チョッキは下の方にだけボタンがあったので閉めてみる。スカートを手渡されたがかなり短かったので、動きやすい茶系の短パンを選ぶ。変に大きい赤いベルトを通して、靴下にハイカットスニーカーのような黒い靴を履いて完成だ。
「あとこれもどう?」
「それはいらない」
「えー」
えーじゃない。アニータが持ってきたのは赤いリボンだ。そんなものいらない。別にそんなに髪は長くないし、つける必要性が全く感じられない。
「絶対可愛いのに」
「絶対につけないっ」
私より年上であることは間違いないが、ここまで押しが強いのは驚きだ。さらに追加するアクセ等の提案を全て却下して、ようやく長かった着替えが終了した。
部屋から出て、元の大広間に戻る。すると、皆が再び集まってきた。セネガルさんに、シモン。ロレーナたちだ。
「おぉ、いいな」
「似合ってる、似合ってる」
「可愛いですね」
「……どうも」
皆が皆、賞賛する言葉を投げるので少し困惑してしまう。どう反応したらいいのかが分からない。ドゥーガルとアルも、他の皆と同じようなものだ。
「お、いいじゃん。似合う似合う。アルフレッドも何か言ってやれよ」
「あぁ。アヤメに似合ってるよ。凄く」
「……あ、そう」
アルは臆面もなく笑顔とともに言いのける。それがまた、この整った顔立ちには釣り合っていた。少し憎たらしい。私はと言えば、こういう時どうすればいいのか分からず、顔を背けるだけで対抗した。後から、何か文句でも言ってやれば良かったかと後悔する。
そんな時、広間の奥から誰かが飛び出してきた。
「おい、大変だぞ!」
酷く慌てた様子にこの場にいる誰もが注視した。私と変わらない背丈の男の子である。緑のハットから茶髪が見え隠れしている。白シャツに黒ズボンというシンプルな格好で、大広間の中央まで駆けてきた。
「ケイム?」
「何? どしたの?」
セネガルさんとアニータが尋ねる。
「ブルトスだ。奴が来たんだよっ!」
ケイムと呼ばれた男の子は、息切れしながらも端的に話す。最低限、皆に伝わるように言ったのだろうが、私には何のことなのか、さっぱり分からない始末だ。
「ブル……? 何?」
「ブルトスだ。ここの領主さ。リディア姫の命を楯に破格な税を取り立てに来るんだ」
ドゥーガルがいち早く答えてくれた。その形相からも敵に当たる存在であることが伺い知れる。
「けど、ついこないだに来たばかりだろ。何で今頃……」
「いや、多分それが目的じゃない」
大きなアフロ頭を揺らすシモンの疑問にアルが答える。
「おそらくアリスの存在を確かめに来たんだろう。この町にいることを既に掴んでいるのかは分からないけど、魔女姫が送り込んで来たのなら、目星を付けていてもおかしくはない」
「マジかよ」
両手で頭を抱えるドゥーガル。セネガルさんが冷静に、次なる行動を考え始める。
「来てしまったものは仕方ない。できるだけ穏便に帰ってもらうようにしないとな。この町で暴れられるわけにもいくまい。ケイム。何人だ?」
「ブルトスの他に三人だよ」
「ということは、例のお気に入りの騎士は不在か。とにかく、奴らの目的がはっきりしないことにはな」
セネガルさんが顎に手をやって考え込む。そこにアルが進言した。
「確かにそうですが、念には念を入れたほうがいいでしょう。俺とドゥーガルが様子を見ます」
「え、俺かよ」
「そうだな。頼む。ケイムは此処にいない連中にも知らせてくれ。シモンとロレーナも準備をして出張ってくれ」
「はいよ」
「わ、分かりました」
ドゥーガルの小さな抗議を無視して、セネガルさんの指示は続く。この場にいるなかで、名前が挙がっていないアニータが自分を指刺して尋ねた。
「ん? それじゃ私は?」
「アリスであるアヤメと一緒に、お前たちも状況を確認してくれ。もしかしたらアリスの力が必要になるかもしれんしな」
「オーケー。がってん承知!」
「えぇ?」
私もなのか。私はもともとそんなことをするつもりはないし、だいたいアリスの力と言っても何かが出来るとは思えないのだけど。
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