3:荒んだ町Ⅷ
床下は暗い穴倉だった。ドゥーガル、私、アルの順番でゆっくり降りて行く。ちょうど、梯子のように取っ手が壁に埋め込まれていたので私でも下ることは可能だ。アルには心配されるが、思ったより苦ではなかった。
降り始めたときは暗闇で、手元すらもおぼつかない。だけどそのうち、穴倉の壁には小さなランプが灯っていて徐々に明るく照らしてくれていた。
長かったようなそうでもないような、地下に降り立つまでの間に、真っ暗な空間により時間の感覚が失われる。奥底に辿り着くと、そこから先に地下通路が伸びていた。
壁の明かりが道を照らす。ただ地下を掘り進んだとも思える凸凹した道である。
「さすがアリスだ。女の子だがタフだな」
「……まぁこれくらいは別に」
ドゥーガルに感心されてしまう。少々むず痒いが、エルムの例を考えると、やはり大したことではないと思えた。
「まだこの世界には馴染んでないだろうからね。いずれアリスとしての力を見せてくれるさ」
「そいつぁ楽しみだな」
「いやそれは……」
すっかり私が、アリスとして協力する体になっている。そういうつもりではないと言おうとしたところ、アルに口止めをされてしまう。
「すまない。今だけ合わせてくれないかな」
「え?」
「アリスは魔女姫を倒すための希望なんだ。そんなつもりがないのは承知だが、皆の士気に関わってしまう。せめてここにいる皆には隠しておいてほしい」
「まぁ、それくらいなら……」
エルムの時のように、仲間に世界を救うつもりはないと言うと、がっかりさせてしまう。それだけは避けたいということだ。別にそれくらいなら構わないかと思えたので、一応了承する意味で首肯した。この時会話はドゥーガルに聞こえていなかったようで、先を行くドゥーガルの後を追おうと、少し足早に駆けた。
奥へと進むと道が開ける。凹凸の多かった道はしっかりと人工の手が加えられて補正されていた。石板で覆われたような通路が、装飾のある壁とともに風変わりする。同時に、視界も明るくなった。最低限歩けるように灯されていた明かりが、通路全体を照らすようになっていた。ランプではなく、まるで電気のように明るい光が、天井と壁際に備えられていた。
「さぁ着いたぜ。俺たちのアジトだ」
ドゥーガルが上付いた調子で宣言する。色眼鏡を中指で上げる仕草はキザっぽかった。通路はさらに開かれ、大きな地下部屋へと繋がっていた。そこには数人の大人が集まっていた。
「おぉ、どうした。ドゥーガル」
いち早く気付いたのは白い口髭の男だった。もともと髪の色がアルと同じで白く、おじいさんというわけではなかった。ガタイの良いおじさんというほうがしっくり来る。
「朗報だぜ。セネガルさん。何と、アルフレッドが帰ってきた」
「なにっ。おぉ! アルフレッド。久しぶりだな。よく帰ってきた。ということは、この娘が……」
「ええ。アリスですよ」
セネガルという男は、私を見て確認する。アルが答えたと同時、セネガルは大声で皆を呼び掛けた。
「おい皆! アルフレッドが帰ってきたぞ。アリスも一緒だ!」
此処が地下であるからか。セネガルの声は大きく響き渡った。何かしら作業していたと思われる連中は皆、中断して一斉に集まって来た。
「よー! アル。無事だったんだな。待ちくたびれたぞ」
「本当にアルフレッド?」
「アリスも一緒なの?」
「待ってたよ。本当に」
「ちゃんと帰って来たのね。良かった」
子供はいなかったけど、年季の入った男や若い女と、年齢も性別もバラバラだった。アルが歓迎されるなか、私も「アリス」ということでよく来てくれたと握手をされてしまう。
「来てくれてありがとう。私たちだけじゃ魔女姫には敵わないから助かる。あ、私はアニータ・メイティス。アニータでいいわ」
「……どうも。神條彩芽です」
圧倒されるほどポジティブな女の子が私の手を取る。少し肌が焼けていて、黒髪をポニーテールに纏めていた。朱色の服と半ズボンは、そのまま彼女の活発さを表していると言える。
「あ、俺シモン・ジッドってんだ。君がアリスなんだな。魔女姫なんか俺たちでぶっ倒してやろうぜ」
横からシモンと名乗る男が親指を立てる。若干アフロのシモンは、その髪型だけで目を引くが、髪から青い眼鏡や櫛やら見え隠れしていて、初対面から色々とぶっ飛んでいる印象である。何とか合わせるだけでこっちは精一杯だ。
「あ、うん」
「ほ、本当にアリスなの?」
もちろん半信半疑の者もいる。それこそ当然の反応だと思えた。まさか世界を救うアリスが私みたいな子供とは思わないだろう。ただアルには合わせてくれと言われている。ここで違うと否定すると、エルムの時以上に面倒になりそうだと判断したので、肯定することにした。
「一応」
「う、おおおぉぉぉぉ!?」
認めた途端、周りから賞賛の声があがる。
「アリスだ」
「アリス様だ」
「これで勝てるぞ」
「魔女姫なんか目じゃないな」
その熱に圧倒されていると、アリスかどうか聞いてきた女の人が謝ってきた。少し申し訳なさそう。というよりも、もともとこの人はそういう人柄に思えた。委員長に似ていると思えたその人は、明るい金髪を後ろで二本にくくっていた。青いリボンが特徴的だった。
「ご、ごめんなさい。疑ってしまって。私、ロレーナ・ヴァレリって言うの。来てくれて本当にありがとう。一緒に頑張りましょう」
「あ、うん」
両手で手を掴まれてしまう。少し泣きそうになっていることにも驚いたし、周りの歓声にも似た熱気に気圧されてしまう。
ここまでなんて聞いてない。伝達不足のアルを少しだけ恨んだ。
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