3:荒んだ町Ⅶ
アルの返答を耳にした途端、店員が僅かに反応を示す。咥えるタバコに視線を落としていたが、ふと一暼してアルを見定める。対してアルは落ち着き払っている。
「……形は?」
「女物。ヒールがあるやつだ」
「……色は?」
「透き通るくらい綺麗な色がいいな」
「そうか。……それならここへ行きな」
店員はそう言って、紙切れを手に取って書き殴る。青い羽がついたペンはすっかりと薄汚れていた。少し灰色に近い。書き終えた紙切れがアルに渡る。ゴツゴツした指から職人肌を感じさせた。
「分かった。ありがとう」
「……いいのか?」
店員が確認するのも無理はない。アルは紙切れに目を通すと、くしゃくしゃに握り潰して店員に返したのだ。
「また元の場所に戻ったんだ。知ってる場所だったよ」
アルは得意気に零すと、行こうと私に言ってその店を後にした。
「さっきの、何だったの?」
店でのやり取りがいまいちよく分からない私は、アルを追いかけるようにして尋ねた。
「魔女姫に見つからないようにするための工作だよ。不穏な動きが見えたら場所を変えるんだ。あの店は連絡網だよ。魔女姫を明示したガラスの靴を暗号に、仲間の居所を教え合ってる」
アルの説明を受けて、漸く得心がいく。仲間の場所が時折変更されてしまうから、まずは場所の確認をしたということだった。
「でも、仲間の顔くらい分かるんじゃないの?」
「さっきの店員は俺のことを知らなかったよ。多分俺の知らない内に加入したんだ。仲間を募っているとそういうこともあるし、何より魔法で別人に化けることもできる。知っている顔でも油断は出来ないんだよ」
もはや何でもありである。だからこそ、こういった工作を張らなければいけない。先ほどの流れは理解出来た。ただ、気になるのはガラスの靴というワードだ。酷く聞き覚えのある言葉だった。
「ガラスの靴ってことは、もしかしてシンデレラでもいるってこと?」
「うん? そのシンデレラってのは名前? それが何なのかは分からないけど、ガラスの靴は、何故かリディア姫が大事にしているという噂があってね。部屋に飾るガラスの靴に触れると極刑になるなんて噂もある」
「極刑って……」
どこかのハートの女王のような考え方だと思った。けど、何となくこの世界の在り様が少し分かった気がする。アリス。白い兎、ガラスの靴。有名な童話に出て来るキーワードである。となれば、この世界は、童話のもとになった世界とでもいうべきなのかもしれない。あるいはその逆か。
まだ確実じゃないけど、そのリディア姫ってのはシンデレラのことなのかも。
あれ? ということは、エルムの赤いフードって、もしかして赤ずきんなのだろうか。いや、あんな赤ずきんがいてたまるか。とてもじゃないがイメージとかけ離れているのでそうは思いたくない。
そんなことを考えていると、いつの間にかアルはボロい家の前で立ち止まる。
「ここだ」
そこは、先ほどのガラス細工店と離れているが、裏通りに面しているのは変わらなかった。ただ、いくつも並んでいる人気のない家の一つである。珍しい特徴は何もない。白かった壁は黒く汚れおり、少しひび割れていた。左右対称の石造りの家で、両端に縦長の窓がそれぞれ黒い仕切りで供えられている。屋根も黒く、モノクロ調のデザインだ。二、三段の階段の先、奥行きを進んだところに古びた扉があった。
アルがノックを三回行う。
「誰だい?」
返ってきたのは間延びしたような声。男のものだ。
「アルだ。アルフレッド・グラデミス」
「用件は?」
「魔女狩り」
「待ってな」
ここでもやはり暗号めいたやり取りが為される。魔女姫を倒すことを暗示した「魔女狩り」がそうなんだろうと思う。かしゃん、かしゃんと、鍵を開けたのが分かると、軋む扉がゆっくりと開かれた。
「久しいな。アルフレッド」
「そうだな。とりあえず入れてくれ。ドゥーガル」
「ああ、悪い」
出てきたのはアルと変わらないと思える男だった。金髪というより、黄土色のような髪色だ。少しもみあげを刈り上げていて、すっきりした印象ではある。ただ、少し色の入った眼鏡は視線が読みにくい。
「この娘は?」
ドゥーガルという男は、施錠するために私が入るのも確認する。アルと違って見覚えがないのだから、警戒するのも当然と言えた。
「今度のアリスだ」
「へぇ。そうか。今度は女の子なんだな」
ぱあっと破顔する変貌ぶりに少し圧倒されてしまう。
「ある程度聞いてるだろうけど、俺もこいつの仲間でな。俺はドゥーガル・フェイズってんだ。よろしく」
「……よろしく。神條彩芽です」
扉を閉めながら、ドゥーガルは自己紹介してきた。アルとは違い、少し調子が軽く思える。けど、不思議と悪い気はしなかった。
「今まで連絡がなかったから、殺されたんじゃないかと心配になってたところだ」
「連絡できる余裕がなかっただけだよ」
「まぁこうして再会できたんだ。他の連中にも顔を見せてやってくれよ」
「もちろん。そのために来たんだからな」
部屋の中は薄暗かった。生活感はあるが、掃除したほうがいいだろうと思える空間で、居心地の良いものではなかった。正直、こんなところで魔女姫を倒そうとしているのかと他人事ながら心配になってしまう。
ドゥーガルは一直線に部屋の奥へと進む。台所と思わしき部屋まで突き抜けると、しゃがみ込んで床下の収納庫を開ける。何を取り出すのかと思ったらそうじゃない。床下の引き扉は観音開きになっていて、人が入れる大きさだ。中は空洞。梯子が備わっており、地下へと降りて行けるようになっていた。
「歓迎するよ。彩芽ちゃん。俺たち聖十字セイントクロスのアジトへようこそ」
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