3:荒んだ町Ⅳ

 憲兵たちを退けたあと、私たちはコーカスの町を目指す。同じように敵に遭遇するかと危惧したけど、呆気なくそんなことはなかった。





「今はまだ俺たちを絞り込めてないから、ピンポイントで出張ってはいないよ」





 というのがアルの見解である。だがそれは裏を返せば、そのうち特定されてしまえば遭遇する機会も増えるだろうということだ。


 前途多難という言葉がしっくり来るこの状況も、なかなかないと思う。


 ため息と共に鬱になるが、歩き続けたところ、何やら建物が並んでいるのが見えてきた。





「あれが?」


「そう。コーカスの町だよ」





 ようやく着いた。と思うと同時に疑問が湧いた。これが、本当に町なのかと。


 レンガを積み重ねた造りで家が並ぶ。だが、どれもこれも壁にはヒビがあり、酷いところでは穴が開いているような状態だった。


 農作業を営んでいるのか。畑らしき土地も目に留まるが、荒れ放題であるし、家畜を飼っていると思われる小屋もボロボロだった。活気もなく、人気ひとけも少なかった。





「言った通り、何にもないだろ」





 そのままゆっくりと足を踏み入れ、辺りを見回す私に、エルムが同意を求める。





「そだね」





 一目で寂れていることが分かる。その時、魔女姫による悪政が、小さな村や集落を潰していると言っていたのを思い出す。





「ここはまだマシなほうだよ。人が住む場所として機能しなくなった街もあるくらいだからね。それよりはぐれないように。それから目立つ行為もしないようにして……」


「なあなあ、アヤメ見ろよ。これ美味そうじゃないか?」





 呼ばれて近寄ってみると、露店の前でエルムは涎を垂らしていた。パンで挟んでいるサンドウィッチみたいな食べ物を売っているようだ。どういう食べ物かは分からないが、確かに見た目は美味しそうである。ただ……。





「あんだけ食べといてまだ食うか」


「君たち、少しは人の話を聞こうか」





 買ってくれるのかという店の人の期待を裏切って、私たちはアルに連れられてしまう。目立つ行動は控えるように注意されたあと、次なる行動を教えられた。





「まずは仲間のところに行くよ」





 アルはそう言って歩き出した。少ない往来のなか、私とエルムも後に続く。





 少し歩き始めた時、前から子供が走ってくるのが分かった。前を歩くアルもそれは確認出来たようで、子供の進路を妨害しないように横に逸れる。が、子供は気付いていなかったのか。せっかくアルが進路を空けたというのにそのまま突っ込んできた。





「おっと」


「ご、ごめんなさい」


「ちゃんと前を向いて気を付けて」





 アルが受け止めるように身構えたので、子供は転倒までには至らなかった。茶色い前髪が長く眼が隠れてしまっている少年は、すぐさま謝って先を急ごうとする。





「ちょっと待って」





 私は、その場を離れようとする少年の腕を掴む。服の上からというより、ボロボロの布切れの上からと言える。ぶつかったこと自体に特にどうこう言うつもりはない。けど、その際に少年が行った所業は看過出来ないと思った。





「盗ったもの返して」


「……っ」





 少年は私の言葉を聞いて表情を強張らせた。歳はせいぜい十くらいだろうか。小さな背丈に合わせて、私は腰を落として子供を見据える。





「何のこと?」





 子供は言葉通り惚ける。けど、嘘を吐いているのは明白だった。





「残念だけど見えてたから。やるならもう少しうまくやりなよ」





 そう言って逃がさないように掴んだ手に力を込めると、子供は逃げられないと観念したのか。小さく舌を打って本心を表した。





「ほら。これでいいだろ。放せよ。皆やってることなんだからな」





 放り投げられたのは小さな皮袋だ。それが何なのかは置いといて、アルの懐から抜き取られたのは間違いない。宙に舞う皮袋に気を取られると、子供は私の隙を見てスルリと抜け出した。私としても、別にそれ以上どうこうするつもりもない。子供が走って逃げ出そうとしたとき、アルがその子供に向かって声をかけた。





「待った」





 声をかけるだけじゃ収まらず、アルはあっさりと子供を捕まえてしまっていた。物を盗った相手に掴まったのだ。当然ながら身柄を拘束されたような状態である子供は、焦って抵抗を試みる。が、今度は抜け出せないでいた。





「な、何だよ。ちゃんと返しただろ」


「アヤメ。それを貸してくれ」


「……はい」





 取り返した皮袋のことだと思う。何をする気なのか分からないけど、私は言われるがままに手渡した。すると、アルは中を探り、キラキラと輝く金貨を取り出す。この世界の通貨を知らない私でも、その淀みのない金貨が価値のあるものだと把握出来た。様子を見ていたエルムも驚いたようで、「そんなもの持ってたのか」と口にしてしてしまうほどだ。


 子供も抵抗を忘れるほどびっくりしたらしい。前髪に隠れて目元は見えないが、口を開けたままになっているあたり、その様子が容易に見て取れた。

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