3:荒んだ町Ⅲ

「後悔ね。それは私じゃなくてそっちがすることになるかもよ?」





 エルムは赤いフードを被る。視界が狭めてしまうことになるが、本人にとって何か意味があるのかもしれない。


 事実、フードを被った途端に雰囲気が変わったように感じる。フードから覗く視線が一層鋭くなったのもあるが、幼い顔立ちが見えなくなった分、得体の知れなさが増したと言うべきかもしれない。





 そして、相対するシェイド隊長に向かって、エルムは腕を掲げた。親指を除く四本の指を、くいくいっと小刻みに曲げる。大胆にも、エルムはいつでも来いと挑発していた。





「良いだろう。我が力を見せてやる」





 剣を構える。エルムは何も獲物を持っていないが、シェイドは手を抜くつもりはないようだ。相手が来いと挑発するくらいなのだから、当然なのかもしれない。





 シェイドがまずは仕掛ける。距離を詰めてからの思い切りの良い突きはひとたまりもない。自分だと到底避け切れなかったと感じてしまう。だが、エルムはしっかりと見極めていた。





「隙だらけだよ」





 エルムはフードの奥から小さく零す。躱し切るだけではなく、エルムは懐に潜り拳を構える。鋭い突きとはいえ、腕を伸ばし切ったシェイドに対抗策はない。





「それは、誰のことかな?」


「……っ」





 シェイドが問いを投げたと同時に、エルムの動きが一瞬固まる。私の眼には、それしか確認出来なかった。何故反撃しないのか。何故、エルムのほうが怯んだのか。分からぬうちに、エルムは地面を蹴ってその場を離脱した。





「ごほっ」





 跳ねるように距離を取ったエルムが咳き込んでいた。私の眼には、エルムはしっかりと躱したように映ったのに。何かしらダメージを受けているエルム。一体何が起こったのか不可解だった。





「出た。あれが隊長の十八番。刺突グルードだ」


「だが、あの子供。あれを避けたのか」





 凄まじい突きだったのは間違いないと思う。すっかり観戦に回った憲兵たちは、シェイド隊長の技に感銘を受けた様子だ。そしてそれと同時に、エルムが只者でないことも、同時に感じ取ったようだ。





「……見切ったはずなんだけどな」


「見切れていない結果がそれだろう?」





 エルムが横っ腹を手で押さえる。剣先は当たってないはずだが、確かにエルムの服が破れていた。エルムの零す愚痴に、シェイドは剣を構えて応対した。子供とはいえ、油断はない。微塵も感じさせない、真剣な表情がそこにあった。





「それもそうだね」


「姫様への侮辱を撤回しろ。今ならまだ、厳重注意にしてやってもいい」


「冗談。ここからが面白くなりそうでしょうが。それに、私は打倒魔女姫を掲げることにしたんだ。こんなところで、降参するわけにはいかないね」


「まだ言うか。なら……次はもう少し、速く行くぞ」


「来い!」





 シェイドが駆ける。エルムが取った距離は一瞬で詰められる。本人が口にしたとおり、先程よりずっと速かった。





「アヤメ」


「あ……」





 木陰で様子を見ている私の元へ、アルがやって来た。すっかりエルムとシェイドの一騎打ちの場が設けられたこの場では、憲兵たちも見入ってしまっていて、アルのことも、私のことも周りは眼中にないようだった。





「止めなくてもいいの?」


「心配はいらないと思うよ。見ててごらん」





 アルに促されて、私も二人の戦いへと視線を移す。そこには、得意げな表情を浮かべたエルムがいた。





「く……」


「どうしたのさ。速くするんじゃなかったの?」





 シェイドは一突きだけでは終わらない。横に薙ぎ払い、上から振り下ろし、すかさず斬り上げる。凄まじい剣閃がエルムを襲った。しかし、エルムはその全てを見切る。だんだんとその動きはスピードを上げ、終いにはシェイドの背後を取る程だった。





「バ、バカな……」





 後ろを取られたシェイドが、旋回しながら剣を振り回す。全くエルムを捉えられなくなった事実を受け入れられないでいる。





「た、隊長……」





 周りの憲兵たちも、自分達より強い筈の隊長が振り回されていることに、少なからず絶望を覚えているようだった。





「さっきは確かに見切ったはずだよ。なのに、ギリギリを見極めたのにダメージを負った。ってことは、多分あんたの突きには、何か魔法を使ったカラクリがある」


「ぐ、っ……」


「それが何なのかは分かんないけど、多分剣に魔力を纏わせてるんだと思った。だから今度は、ギリギリでなくて、余裕を持って躱すことにしたよ」





 迫り来る剣筋を避けながらエルムが語る。理屈はシンプルだし、いとも簡単なことのように口にしている。だが、やってることは非常識極まりない。


 シェイドの剣は決して遅くない、それを悠々と避け続けるエルムのほうが異常だった。





「おのれ。舐めるなぁ!」





 隊長という任に就いているだけあって、シェイドはただ剣を振り続けたわけではない。徐々に素早いエルムの動きを見極め、少しずつエルムの隙を狙いすます。


 吠えると同時、シェイドは力を込めた一閃を振り抜く。エルムに届いたと思えた時、エルムの姿が消え失せた。





「残像……だと。何処に!?」





 また背後に回ったのか。気配を探るシェイドに影が刺さる。気付いたときには、既に勝敗は決していた。





「私の、勝ちだね」





 上に跳び上がっていたエルムがシェイドに向かって、旋回する勢いと共に、カカト落としを決め込んだ。





「ぐぼぁっ!!」


「た、隊長!」





 気を失って倒れ込んだシェイド隊長の元に、隊員である憲兵たちが群がった。





「さて、続きどうする?」





 憲兵たちにエルムが問う。





「隊長が敵わなかった相手だぞ」


「い、いやシェイド隊長の敵は……」


「違うだろ。今は、隊長はお守りしろ!」


「うおおぉぉぉぉ!」





 憲兵たちは、一人意識を失った隊長を抱えて、全員逃げていってしまった。


 それを確認したアルは、もう大丈夫だと私に木陰から出るように諭す。言われるまま出ると、エルムが一息ついて真っ赤のフードをめくり上げる。





「どう? 私強いっしょ?」





 ニッと笑うエルムは、フードを取ったために表情がよく見える。その満面な笑顔はやはり何処か幼なかった。

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