3:荒んだ町Ⅱ
「き、きさま。事もあろうに、リディア様に刃向かうと口にしたのか。万死に値するぞ」
「だーかーら。上等だって言ってるんだけど」
手を出されたことよりも、リディア姫に対しての謀反に対して、隊長は顕著な怒りを見せる。一方取り囲まれている状況だというのに、エルムは全く意に介していなかった。
「くっ……。どうやら教育が必要なようだ。そいつを拘束しろ」
「はっ」
周りの憲兵たちがサーベルを抜く。見た目子供のエルムに対して容赦がない。とはいえ、エルムには脅威ではないようだ。
二人ほどサーベルを振り抜くが、間合いを見切るエルムが、瞬時に距離を開けて後退する。空振ったために隙だらけの憲兵を蹴り飛ばした。
「ぐはっ」
「こいつ、強い」
「そりゃ私は強いけど、あんたらが弱すぎるんだよ」
多勢に無勢ではあったけど、様子を見る限りでは問題なさそうだ。このまま任せてもいいのではないかと思ったが、アルはそうじゃないらしい。
「アヤメはここで隠れてくれ」
「加勢するの?」
「あぁ」
アルが答える頃には既に立ち上がっていた。見つからないように腰を落としていたのに、もうその気はないようだった。
「あれなら問題なさそうだよ。それにエルムが一人で突っ込んだだけだし」
「それでも、エルムが俺たちに付いてくると決めたからだよ。俺たちに会わなければ、エルムはあんなことはしなかっただろうさ」
アルの考えを聞いて少しだけ納得する。確かに、魔女姫を倒すことに賛同しなければ、あんな行動も取らなかったかもしれない。
とはいえ、納得できたのは少しだけだ。エルム本人の意志には違いない。それに、アルのお人好しさのほどのほうが窺えた。
「……それなら私も」
一人だけ影に隠れるというのはあまり気分の良いもんじゃない。エルムのあの戦い振りを見るに、アルも参戦するなら大丈夫そうに思えた。だがアルは、そうじゃないらしい。
「いや、アヤメはここで隠れていてくれ。ここでの戦い方をまだ教えてないから、まずは見ていてほしいんだ」
「……ん、分かった」
兎の頭を被っていた頃には分からなかったが、アルが素顔で優しく微笑む。その線の細い笑顔は、どことなく言うことを聞いてあげたくなる魔力がある気がする。
「じゃ行ってくる」
アルはそう言って草陰を飛び出して行った。
ドキドキ……。あぁもう、鎮まれっての。
「な、なんだ貴様」
「ただの反逆者だよ」
突然現れたアルに、憲兵が反応する。アルはさっきと打って変わって、鼻で笑うようにして答える。
「おのれ〜。二人ともだ。拘束しろ」
「はっ」
統率の取れた憲兵たちは、すぐに参入したアルにも対応する。エルムを取り囲んで牽制しつつ、アルにもサーベルを向けた。
「どうしたのさ。これくらい私一人で充分だってのに」
「確かに君の力量なら大丈夫そうとは思う。けど、君はどこか危なっかしいからね。念には念を。それに、こんなところで時間を浪費するわけにはいかない」
「なるほど、納得。それじゃあパパッと片付けますか」
剣を向けられた状況だというのに、何処か二人は余裕ある会話を交わしていた。そこを隙ありと見たのか。憲兵たちが仕掛ける。
けれど、エルムはそれ以上に素早い動きで憲兵を吹き飛ばす。アルは腕を伸ばして憲兵を沈ませてしまう。
「これは……重力グラビティの魔法か」
「つ、強い」
「隊長!」
見た目は少女と細い印象の青年。だというのに、仲間たちが次々に倒されていく様を見て、憲兵たちは恐れをなしたようだ
「仕方ない。俺がやろう」
ようやく隊長が前に出る。スゥとサーベルを抜くと悠然と構えた。
「光栄に思え。俺の剣を味わうことが出来るんだからな」
「さっき私にぶっ飛ばされたくせに、何をかっこつけてんだか」
「やかましい!」
見た目子供のエルムにやられた醜態を思い出したのか。隊長は激昂した。そして、サーベルで空を斬る。いや、これは剣裁きを見せているのか。遅れて気付くと、隊長のそばでは、二つに分かれた木の葉が舞っていた。
「見たか。さっきのは子供と見てのただの油断だ。俺はシェイド・ブラデス。リディア様が統治するインディビア帝国第三部隊隊長だ。命が惜しくば投降しろ」
隊長という地位に就いているだけあって、その他有象無象のモブキャラとは違うみたいだ。剣術もそうだが、アルとエルムを見据える視線は、射抜くように鋭いものだった。何か言いようのない雰囲気を醸し出している。アルとエルムはどうするのか。
「だってさ。どうする?」
「もともと魔女姫を斃すつもりでいるんだ。部隊隊長相手に退くわけにはいかないさ」
「ということだよ。隊長さん」
「なるほど。残念だ。多少痛い目に遭わせる必要があるようだな。来い」
シェイド隊長は二人を相手にするつもりのようだ。二人の戦い振りを目にしても、自分のほうが強いという自信の表れかもしれない。けど、アルたちはそうじゃないようだ。
「俺がやろう」
「は? 何でさ。私がやるっての」
一歩前に出るアルを、エルムは遮るように声を張り上げる。
「相手は獲物を持ってるが、大丈夫なのか」
「関係ないね。私の魔法。覚えてるでしょ。それに、私の力量を見ておきたいでしょ」
「……そうだな」
パーティの力量を知らないではこの先作戦の立てようもないだろう。アルの内心を見透かしたエルムは得意気に笑みを浮かべた。図星だったアルは、渋々認めたようである。
「ってことで、私が相手だよ。さっきの蹴りのお返しが出来るかもしれないよ?」
「まさか一人で相手するつもりとは。後悔するぞ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます