3:荒んだ町

 途轍もない強さを持った魔女姫に、途轍もない数の軍事力。そんな国を相手に、アルは国のトップである魔女姫を討つと言う。


 先程まで感じていた自分の考えを撤回したくなった。最初に叩く標的として、何処が順当だと言える。百万の兵以上の戦力を前に勝機などあるのか。





 いや、私が気にしても仕方ない。勝機がない戦いなんてしても意味はない。さすがにアルも分かっていることだと思う。





「いいね。俄然やる気が出てきた」





 ただ、エルムは私と違い、障害が大きいほど燃えるタイプのようだ。その頼もしくも、危なっかしい様子を、歩き始めたアルが牽制した。





「やる気を出すのはいいけど、余計な戦いは避けたい。くれぐれも勝手な真似はしないように気をつけてくれ」


「分かってるって」





 にひっと笑みを浮かべる。どうも年上に思えない無邪気さがあるが、口には出さないでおいた。





 ひとまずはリディアという魔女姫を叩く。最初の標的を確認し終わった頃、歩き始めようとするアルは、何かに気付いたように、目配せしてきた。





「……憲兵だ」





いち早く気付いたアルに続き、私も続いて木の陰に潜んだ。鬼と称していたあたり、出くわしたくない存在であることに予測はつく。とはいえ、私には一つ疑問が芽生えていた。





「見つかったまずいの?」


「そうだね。あの格好を見る限り、言うなれば、リディア姫に忠義ある兵たちだよ」


「でも、私たちがその姫さんに刃向かおうとしていることは分からないんじゃない?」


「良い質問だ」





私の投げ掛けた疑問に、アルは嬉しそうに応える。





「おそらく俺たちのことは、魔女姫たちには知れ渡っているはずだ。最初に襲ってきたゾニスとは別に、魔女姫たちも俺たちを探しているだろうね」


「は? 何でそんなことになってんの?」





ただでさえ狙われているという事実は厄介であるのに、どうやら思っていたよりやばそうである。


ゾニスとは別に、まさか魔女姫からも狙われている事態になっているとは。


しかも話を聞く限りでは、アルよりもさらに強い魔女姫にだ。正直、私自身魔女姫を討とうとしてないわけで、何故私が魔女姫にまで狙われないといけないのか分からない。





「それはね……君はもともとアリスとしてではなく、魔女姫としてこの世界に来るはずだったからだよ」


「え?……むぐっ」





どういうことなのか。驚嘆する声を上げたところ、アルに声を出さないように手で抑えられる。人差し指を立てるアルに倣って確認すれば、憲兵たちに動きがあったからだ。





「本当にいるのか。兎の被りモノをした男と、見慣れない服を着た女の二人組なんて」


「本当にこの辺なのかね。もうどっか行っちまってるんじゃ」


「文句を垂れるな。リディア様のご命令だ。何でもいい。手掛かりがないか全員で探れ」





憲兵たちは統率した部隊で動いているようだ。兎の被りモノと聞こえたあたり、間違いなくアルのことだろうなと思う。てか、アルはもう兎を被ってないけど。


なら見慣れない服の女というのは私のことか。羽織りの下に来ている学校の制服を確認する。うーん、確かにこの世界だと見慣れないだろうし、この羽織りは必要だったなと思う。





「念のため少し遠回りするよ」





アルの提案に、私は指で丸を作って答える。わざわざリスクを冒すことはない。見つからなければそれが一番良いはずだ。音を立てないよう移動を始めた頃、ふと何かを忘れていることに気付く。





「あれ? エルムは?」


「ん?」





あれほど存在感があったのに、何処に消え失せたのか。いつの間にか姿が見えなくなっていた。アルも今思い出したようで、そういえばなんて口にする始末だ。キョロキョロと見回した後、何と憲兵たちの元へ、堂々と近付いてゆくエルムの姿が見えた。





「あ、あれっ!」


「あいつは何をやってるんだっ……!?」





アルが面白いくらいに取り乱す。いや、確かに言う通りだ。敵だと分かっているなら、見つからないようにするべきだろう。だというのに、エルムは憲兵に話し掛けていた。





「こんなところまでご苦労様」


「ん? 何だお前は?」





憲兵は皆同じ格好をしていたが、その中でただ一人だけ目立っていた。他とは違う立派なサーベルと、煌びやかな勲章を胸につけた、ちょび髭を伸ばしたおじさんだ。立ち位置的にも恐らく隊長だと思う。エルムはその人に向かってにこやかな笑顔を向けた。





「ここは危険だお嬢ちゃん。ママはどうした? おい、誰かこの迷子を……ぶはっ!」


「た、隊長っ!」


「誰が迷子だ。これでも私は十六だ。結婚だって出来る歳だぞ」





子供扱いされたのが気に障ったのか。早くも隊長をぶっ飛ばしてしまった。腰を屈めていた隊長は、綺麗に後ろに飛んでしまう。





「き、きさま。子供といえど私に手を出したな。我らに手を出すということは、リディア様に刃向かうのと同義だぞ」





部下に手を貸してもらいながら隊長は吠える。一気に憲兵たちは、エルムを取り囲むように徒党を組んでしまう。





「上等だっての。私はそのリディア姫を、ぶっ倒してやるんだからな」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る