2:魔女姫の世界Ⅹ

一目散に準備をして歩き始める。いつの間にかアルの雰囲気は収まったようで、温和な様子だった。ようやく肩の荷が下りた私は、道中、そういえばと思いエルムに耳打ちで尋ねた。





「ってか、エルムのほうが強いんじゃないの?」


「どうだろうね。さっきの力試しなら、多分アルは手を抜いてたよ」





私はそれを聞いて驚いた。危うく殺されかけてたように思ったけど。





「私に本気で殺す気はないことを分かってたからじゃない? 程よいところで負けて、私の興味から外さそうって魂胆だったんでしょ。まぁ、魔女姫を倒そうなんて考えてるってことが分かって逆効果だったけど」





見た目は虫も殺せないくらいのもんなのに、アルって結構凄いんだなと思った。だからこそ、魔女姫を倒そうなんて考えてる。まぁ、私には関係ないことだけど。





「ところで、何処に向かってるんだ?」





アルのプレッシャーに圧されるまま出てきたので、エルムは何処を目指しているのかまだ知らなかった。私も木々が並ぶ小道をついて行ってるだけでよくは分かってない。確か何とかという町だったはずだけど忘れた。





「コーカスの町だ。まずはそこで身なりを整える」


「えぇ? コーカス? あそこ何もないだろ。何しに行くんだよ」





どういう町か分からないけど、エルムの反応を見るに、どうやら都会ではなさそうだ。





「あそこならまだ魔女姫の目もそんなにない。それに、俺の仲間だっているんだよ」


「仲間?」





つい口に出してしまったけど、確かにまさかこのメンバー、いやこの二人だけでってのは無謀だろう。けど、既に仲間や拠点があるのは意外だった。





「あぁ、頼りになる仲間さ。きっとアヤメの力にもなってくれる」


「ふーん、ならしょうがないか。けど、魔女姫なんか私だけでも充分だと思うけどな」





エルムは頭の後ろで手を組んで、少しだけ唇を尖らせた。わざわざ寄り道するのが不服なのだろう。その様子に気付いたアルが、説くように尋ねた。





「エルム。直接魔女姫を見たことは?」


「二人、いや三人かな。直接と言っても、遠目だったけど。確かに揃いも揃って化け物じみた魔力だったのは覚えてる」


「その認識で間違ってはいない。それに、魔女姫はどいつもこいつも、大戦の時より強くなっているはずだ。油断は禁物だよ」


「上等。それでこそ倒し甲斐があるってもんだ。それで、まずは誰を狙う?」





乗り気になったエルムは、さっそく最初の獲物を見出したいようだ。後ろで組むのを止め、幼い容姿とは対照的に、獲物を求める姿は獣に近い。





「コーカスの町へ行ったあと、そのまま北西へ進む」


「……となると、まずはリディア姫か」





二人はしっかり把握してるようだけど、この世界のことを知らない私には全く分からなかった。リディアというのが、魔女姫の一人なのか。





「そのリディア姫ってどんな人なの?」


「アヤメも気になる?」





前を行くアルが振り向いて尋ねる。微笑んでいるような表情だったのだけど、それが何だか、からかわれてるように感じた。





「まぁ、少しは……そもそも魔女姫が七人いるのはきいたけど、どんな姫様がいるのかはきいてないし」





何だか面白くないが、興味がないと言ったら嘘になる。戦うつもりなんかないけど、国を牛耳る七人のが、どんな人なのかは普通気になるはずだ。


私の返事に納得したのか。アルは前に向き直して説明を始めた。





「そうだね。まず、砂漠の国を統括しているミネルヴァ・カートニット。倭国を統括しているカグヤ。氷雪の国を統括しているスノーベル。海の国を統括しているメルディ・アクラグール。他にシーク・ザ・パラステイン。セシル・ローズ。そして、リディア姫だ。魔女姫の七人の力はほぼ拮抗していて、七国とも同盟を結んでいる関係にはある。表向きにはだが」


「その、まずはリディア姫はどんあ姫なの?」


「リディア・ブリュッセル・ワークセイド。ここ、インディビア国を統治する魔女姫だ。魔女姫のなかでも、王位についた歴は浅い」





そして、補足をするようにエルムが付け加える。





「そのせいか政治能力は皆無。民から高い税を徴収し、小さな村や集落をいくつも潰してる魔女だよ」


「ふぅん」





七人いるなかでも経験が浅く、政治能力もない。そう考えれば、最初に叩く標的としては順当だと思えた。少なくとも魔女姫のなかでは、まだ倒しやすそうに思う。


ただ、私のなかで疑問が芽生える。国を治める仕事がどういうものかなんて、私にはさっぱり分からない。けれど、魔女姫として王位に着けたこともそうだけど、そんな状態ならもっと反乱が起きてもいいと思う。





「その、国の人たちは怒ったりしないの? アルみたいに抵抗しようとか」


「良い質問だね」





アルは足を止めて振り返る。そんな反応をするほど、的確な指摘だったかなと少し戸惑う。自然と、私もエルムも足を止めた。





「まず、そもそも魔女姫。これは蔑称だけど、王位に着くには、途轍もない魔力を有している必要がある。つまり、魔女姫に打ち勝てる奴がそもそもこの世界にはいないと言って良い。魔女姫一人を倒すには、百万の兵が最低いると言われているくらいなんだ」


「百……万?」





数の暴力を持ってようやく倒せるかどうか。そして、その兵というのも、当然選りすぐりの魔力を有した兵であるとアルは言う。





「じゃあ、リディア姫って、アルやエルムより強いの?」


「あぁ、俺より強い。残念ながらね」


「いやいや、私のほうが強いっての」





冷静に、重い言葉を吐くアル。その横で、慌てたようにエルムが撤回を求めていた。





「あともう一つ言えるなら、実はリディア姫は政治能力が皆無というわけじゃない。民を無視した暴利な徴収。それにより、国の軍事力を上げることに力を注いでいてね。百万の兵なんか目じゃない軍事力をリディア姫は有しているんだ」

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