2:魔女姫の世界Ⅸ

 エルムの向ける視線が変わった気がした。僅かではあるけど、私を見る眼が、獲物を見る眼に変わったように感じてしまう。





「そ、そんなことないけど。だいたい、私には魔法なんて使えないし」


「はぁ? 持ってる魔法に強い弱いはあるけど、そんな人間いるわけが……」


「アヤメは少し普通の人間とは違うんだ。それについては追々説明するとして、そろそろこの場を離れたいがいいか?」





 エルムの追及は、アルが間に割り込んだことで有耶無耶になる。私に何かしらの力があるかもしれない。アルに言わせれば、世界を救う。魔女姫を倒すことが出来る力だろう。悪い夢だと思う。そんな力を欲しいと思わないし、仮にあったとしても戦うなんてことはしたくないと思った。


 現状この場を離れたいと言うのも、アルが言うお客さん、もしくは鬼のことだろう。実際何があるのか不明だがここに留らないほうが良さそうである。





「おっけ。まぁ憲兵を危惧してんだろうけど。ハンターに、あとは魔獣とかもか。打倒魔女姫には障害は多いってことだね」





 アルが否定しないところを見ると、鬼と比喩したのは憲兵で間違いはなさそうだ。しかし、それだけ障害があるのなら、私がアルの頼みを面倒だと感じたのはやはり正しかったと言えるだろう。エルムはむしろ嬉しそうな顔をしてるけど。





「それじゃよろしく。アヤメ……でいいのかな?」


「別にそれでいいよ。私もエルムって呼ぶし。でもまぁ、よろしくしなくてもいいよ。どうせ途中までになるだろうけど」


「何だお前。社会性ないな」





 後腐れがないよう、最初に言っておくべきかと思ったのだけど。人のことは言えないが、この娘も遠慮がない性格のようだ。





「……事実だから先に言っただけなんだけど」


「そうは言ってもこういう時の空気ってあるだろ。素直によろしくって言っとけばいいのに。お前可愛くないな」


「可愛くないのは知ってるから。それより、自分こそ社会性とか言うなら、少しは年上を敬ったらどうなの?」





 今まで年上と接したことはほぼ皆無だけど、まさか相手の言い方一つでここまでイラっとくるとは思わなかった。


 けどここで意外だったのが、エルムが黙ってしまったことだ。まさか私の言い分に納得してしまったのか。それはそれで気分が良いけど、そんな性格じゃないと思ってただけに意外だった。





「……アヤメ、お前何歳だよ」


「十五だけど?」


「ふ、ふふふ。じゃあお前のが年下だな」


「はぁ?」





 マジで言ってるのだろうか。私より背が低いし、こんなに幼いのに。





「だって私十六だからな。何だ、アヤメはまだまだ子供だな」


「う、嘘付け」





 これみよがしに全力で煽ってきた。凄く腹立つ。





「何ならさっき渡した証明書を見ればいい」


「何それ」





 エルムは得意気の顔で、いやこれはもうドヤ顔だった。そんなもの貰った覚えはない。否定したい気持ちで口を開きかけた時、アルが進言した。





「これのことだな」


「そうそれ」





 アルが二つ折りにした用紙を見せる。それは、エルムと最初に会った時、アルに投擲したもの。エルム・T・シャルロットと長ったらしい名前が書いてあった紙だ。





「……アヤメ。これは個人を証明するものだ。これによると、確かにエルムは十六歳だよ」


「納得いかない!」


「まぁ気持ちは分かるけど」


「何で気持ちが分かるのか引っかかるけど。とにかくアヤメより年上なんだから、これからしっかり、敬いたまえ。何ならエルムさんと呼んでもいいんだよ」





 くっく、と笑いを堪えるエルム。随分と腹立つドヤ顔だった。





「はぁ? 絶対やだ。だいたいそんなちんちくりんなくせに。私より年上ってのが間違ってる」


「だ、誰がちんちくりんだー! 胸か。それは胸のことか。ちゃんとあるわ。色も形も、ついでに感度だって極上品だぞ」





 いや、そこまでは言ってない。でもどうやら、ちんちくりんであること。主に胸のぺったんこさは気にしていたようだ。ならば利用するしかないと思う。やられたらやり返せ。煽られたら煽り返せ。が私のモットーだ。





「ふぅん。そうなんだ。そうだよね。私なんてほら、年上のエルムより胸あるから肩こっちゃって、大きくても意味ないよね。いやぁ、めっちゃ胸が小さ……いや、胸がないエルムが羨ましいな」


「ほ、ほほう。よーし分かった。それは私に決闘を申し込んでいるんだな。いいだろう。このエルム様が直々に本気で相手してやる」


「……いいよ、分かった」


「良い度胸だ。今更泣いて謝っても許してやら……」


「ストップ! 移動したいと言ってるだろ。そんなことをしてる暇はない」





 ヒートアップするエルム。そこに割り込むのはアルだ。売り言葉に買い言葉で、私もつい勢いに任せてしまっていた。





「だってこいつが……」





 エルムと同時に互いを指差し合う。そんな私達に対して、アルはにこやかな笑顔を作る。けれど表情に似つかわない言葉を吐いた。





「年上を敬うと言うのなら、俺は君達二人よりも年上だ。いい加減言うこと聞いてほしんだがいいかな。先を急ぎたいんだ。とりあえず、さっさと準備しろ」


「……っ」





 顔は笑っているけど、内心穏やかじゃなさそうだ。何でかは分からないけど、城二兄と同じような、ただならない雰囲気を感じてしまう。エルムも何かしら感じ取ったのか、私に賢明な提案を申し出た。





「……よし、休戦といこうか。アヤメ」


「……うん。そうしようか」





 差し出された右手を快く握り返す。一時的とはいえ、アルを怒らせない同盟が結ばれたのである。

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