2:魔女姫の世界Ⅶ
おかわりを求めたエルムに、アルは一応あると答えた。そのあとのエルムの食べっぷりはなかなかなものだった。非常食とはいえ、アルが所持していた量を、エルムはぺろりと腹に収めてしまう。
さらには、アルがもしもの時のためとして、異空間に貯め込んでいたという分にまで及んだ。
「ふぅ、食べた食べた」
「……気が済んだか」
アルも、まさかここまで食糧を食い尽くされるとは思ってなかったんだろう。石の上に腰を下ろして項垂れるアルに、少しばかり同情してしまう。
「いやぁごめんね。あんたら命の恩人だよ」
すっかり満足気のエルムはからからと笑みを零す。とてもさっきの戦いの時と比べると同一人物とは思えない。獣の如く俊敏な動きを見せた時とは真逆で、今は私よりも幼い子供のようにも映る。
「何か恩返しでも出来たらいいんだけど。今お金も手持ちがなくて……」
エルムは自らの服を探る。何か代わりのものでもないのか確認しているようだが、アルはその様子を見て止めに入った。
「礼はいらない。別に見返りがほしいと思ってたわけじゃないんだ。もうさっきみたいに仕掛けて来なければ……」
「あ、そうだ。この狼男を殺ったらまとまったお金入るから、それをあげる」
「……」
エルムの手持ちにあったのは、先程口にしていた狼の獣人だと言う手配書だった。それを思い出したのだろうが、アルの言うことを全く聞いてない発言である。アルはと言えば、参ったと言わんばかりに顔を手で覆っていた。
「……俺たちは別に金が必要なわけじゃない」
「じゃあ何が目的なのさ?」
「それは……」
アルが僅かに言い淀む。魔女姫を倒すこと。とは口にする気はないようで、私が口を挟まないほうが良いと思えた。
「旅をしてるんだ。世界を見て回ろうと思って」
「それならどっちにしろ、金は必要だと思うけど」
「まとまった金はある。それには心配は……」
「旅をしていると言う割には、足があるわけでもなく、えらく軽装のようだけど?」
「……!?」
エルムの眼が僅かに細くなる。同様に、鋭い指摘に私もアルも驚いた。
「世界を回りたい? にしてはこんなところを馬もなく乗り物もないのはおかしいし、野宿するような荷物もない。おまけに金がないわけでもないときた。私には世界を回るために旅をしているとはどうしても思えないんだよね。まぁ違和感程度のものだったけど、今の反応で確信したよ。素性を隠したい人間だってわけだ。もしかしたら本当はお尋ね者なのかな?」
エルムの疑いの眼差しが強まる。アルは押し黙ってしまった。私はもう、話してしまったほうがいいのではないか。そんな考えを元に口を開こうとする。が、アルを呼んだところで、アル自身に腕で遮られてしまった。
「思ったよりあざといな。だとしたらどうする? さっきの続きをするか?」
思った以上に物騒なことを口にするアル。エルムも同様に、すぐには口を開かなかった。重い空気が漂う。だがそれも、エルムの開口が和らげた。
「……いや、 続きをしたいのは山々だけど。少なくとも命の恩人を取っ捕まえるようなことをするつもりはないよ」
「ハンターなのに?」
「私は食いっぱぐれないようにやってるだけで、そこらの正義感に満ち溢れたようなのとは違う。それに何より、借りはちゃんと返す主義だからね。恩は仇では返さないよ」
私の質問に、エルムはあっけらかんと言いのけてしまった。
「なら俺たちに対して深く訊かない。それで借りを返してくれればいい」
「えぇ? そんなんじゃ返した実感ないんだけど」
その辺にエルムはこだわりを持っているようで、それだけでは不服らしい。腕を組み、頭を傾げて考え込む所作を行ったかと思うと、エルムは何か思いついたのか名案だとばかりに話す。
「旅はブラフだとしても、何か目的はあるだろ。それを手伝ってやる」
「いや、いい」
アルにとっては願ってもない申し出ではないのか。魔女姫を倒すという目的であれば人手はいると思うのだが、アルはピシャリと断った。それでも引き下がらないエルムはなかなかしぶとい。
「なら交換条件といこう。手伝わせてくれないと言うなら、さっきの続き……、いや、憲兵を呼ぶ」
「っ……」
アルが苦虫を潰したように顔を歪める。さっきの続きというより、憲兵を呼ぶと言われたことに反応したようだ。
だが考えてみれば当然だと思えた。これから魔女姫を倒そうとしているのだ。どういう作戦があるのかは知らないけど、憲兵と言うとおそらくは国の、いや魔女姫の下にあたる兵士だろう。敵に知られるわけにはいかないはずだ。
「……エルム」
「何?」
「分かってないようだから言っておこう。君は、恩を仇で返すタイプだ」
「失敬な。ちゃんと借りは返すって。ってなわけで、あんたらの目的を教えてくれ。まぁ、憲兵を呼ばれたくないってあたり、大体予想は出来たけどね」
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