1:この世界は面白くない
空は快晴。雲一つなく、気分さえも清々しくなる。こんな日には寝るに限る。ちょうどお腹も一杯になったばかりだし。
しかし今は授業中。教壇では化学教師の赤坂先生が熱く授業を行っていた。黒板には、もう瞼が重くなってしまっているが理解できない化学式が散りばめられている。耳を傾けても解らない難しい授業。私の中の小悪魔が、さらに追い討ちをかけて囁く。
「無理。寝よう」
決心して机に伏せる。ああ、やっぱ人間寝ないと死ぬ。そんな心地好い瞬間を堪能すると、突然頭に衝撃を受けてしまう。
「いった……」
「神條、またお前か」
どうやら見付かったらしい。常連くらいになると、目をつけられるから厄介だ。衝撃の正体はチョークでも飛んできたか。
「眠いです。昨日遅くまで起きて勉強してましたから」
「嘘つけ。お前が勉強するか」
バレバレか。そこまで即答されてしまうと、嘘のつきがいがなくなってしまう。
「寝ないように立ってろ」
「やですよ。頑張って起きますよ」
そう言うと、ため息をついて授業を再開させた。私は肘をつき、顔をうつ向かせて寝る。これで寝ているのか、起きているのか分からないはずだ。
「神條!やる気ないなら帰れ!」
あれ、おっかしーな。何でバレたんだろ。あぁ、さっきので当てられてたからか。しくじった。でもまぁどうでもいい。帰れと言われれば、帰ろう。もともと、やる気なんてないんだし。
「お、おい……?」
ガタッと立ち上がる。格好だけでもと出していた、教科書、ノート、筆記用具を鞄に仕舞い込む。私が帰り支度を始めると、先生は面白いくらいに戸惑う。
「さようなら」
ザワつく教室の空気を気にすることなく、私は教室をあとにした。すぐ帰るんなら学校来るなよとか、そんなところだった。
疲れている。何かしたいわけでもない。私には生きる活力が欠けていた。趣味は何かと訊かれれば、答えることは出来ない。好きなものは何かと問われれても、いったい何なのか自分が知りたくなる。生きててもしょうがない。最近はそんなことばかり思う。ただ生きている。ただ死ぬのも嫌だから、ここにいる。今の私はそんな感じだ。自殺を考える人とは、ここで少し違うのかもしれなかった。
学校を出てくると、青い空がさらに広がっている。本当に今日は快晴だ。風も心地好く肌を擽る。私も風にでもなれたら良かったのに。
そんな一瞬だけ晴れた気分もすぐに消失した。
人が集まれば、気分は害される。皆馬鹿ばかり。人の迷惑を省みることなく騒ぐ奴もいる。法律で規定していても理解できない動機で罪を犯す奴。この世界は、億劫で仕方ない。
とはいえ、私もその辺と馬鹿と変わりない。学校をサボる奴が、果たしてどれだけ偉いのやら。
街中を歩いていると、携帯が鳴り響く。誰からと思えば、同じクラスの皆本さんからだ。一応出てみた。
「もしもし」
「今どこにいるの?」
か細い声が聞こえる。本当に心配してくれているようだ。
「帰ってる途中」
「え、だ、駄目だよ。ちゃんと授業出ないと……」
「そうだね。だから、あんたは頑張って出なよ」
そう言って私は電話を切る。何かまだ言っている節が伺えたがどうでもいい。電話番号を知っているのも、仲良くなったからではなく、ただ連絡事項のためにクラス全員交換する羽目になっていただけだ。気弱な委員長は、私とは正反対の頑張り屋さんだった。
何処までも広がる青い天井は私の存在をちっぽくさせる。まだまだ昼頃であるため、家に帰ったところでどうしようもない私は、ブラブラと街をかっ歩する。特に行く宛てもない私は目的も何もなかった。ただ時間が過ぎるのを待つだけだ。
何処に行こうなどと、意思を持たない私の足は、いつの間にか人の通りが多い道に来てしまった。人が多いのは好きじゃない。嫌いだ。ただ引き返すのも何だか面倒に思えた私はそのまま歩く。
「神條!」
後ろから誰かが呼ぶ声が聞こえた。誰かは分からないが、その怒声から面倒なことになるなと、内心憂鬱な気分で一応きびすを返した。そこにいたのは三人の女だ。三人とも私とは違うが、同じ制服を身につけている。くわえ煙草をしている、金髪の真ん中の奴がリーダーっぽい。いかにもヤンキーやってますって感じだった。
「この間の借りを返してやるよ」
「逃げられると思うなよ」
うわっ、本当に凄い面倒そうだ。うっとうしいほどいた周りの人たちは、面白いほど距離をおいた。それは有り難いしどうでもいいのだが、この三人は誰だろう?
もしかして私に言ってるのか。
「誰?」
「あ、あぁ? 忘れてやがんのかコイツ」
「なんてやつだ。お前には情けってもんがないのか」
「先日お前にボッコボコにされただろ」
はて?
「だあー!完全に忘れてやがる」
金髪煙草は頭を抱えて凄いオーバーリアクションだった。
「恭子さん!もうやっちゃいましょう!」
「馬鹿!そんなんじゃ借りを返したことにならんだろ!ほら五日前だ。白川通りでうちのアイスクリームこぼしただろ」
何でそこまで必死なのか。だがアイスクリームで思い出した。肩がぶつかったとか、ちょっかい出してきてしつこかったっけ。折角の三段がどうとか。
「どうやら思い出したみたいだな。まさかうちらレッドロブスターがやられるとは思わなかったよ」
いや全然知らないし。
「ていうか、レッドロブスター?」
「あ? 何だ知らねーのか」
「馬鹿だなお前。赤い蠍って意味だ。かっこいいだろ」
「馬鹿はあんたらだ。ロブスターは蠍じゃないし」
「な、なにぃ!」
三人とも衝撃的なリアクションだった。
「ほ、本当か?」
「いや嘘じゃないけど」
ロブスターは確かエビか何かのはずだ。いやよく知らないけど。少なくとも蠍はスコーピオンのはずだ。
「ぷっ」
「あぁ? てめぇ今笑いやがったなぁ!」
ギャラリーから聞こえた零れ笑いに反応したのは、取り巻きの茶髪の女だった。
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