白い兎と七人の魔女姫
神谷佑都
プロローグ
暗い暗い箱の中。一筋の光は道標になる。
その光の原点は男の手から溢れていた。一点の淀みもない真っ白な光。汚れを知らない無垢で純粋な光だ。
閉じ込められた箱の中のような暗闇で、男は丘の上に立っていた。風が吹く。心地好い涼しげな流れだ。
「……お前か」
男は気配に気付き、声をかけるだけで反応を示す。男の背後から現れたのは女だった。
「こんな夜更けに何をしているのかしら?」
「愚問だな。時は来たのだ。そのためのアリスを呼ぶんだ」
アリスという言葉に女は興味を見せた。口に手を当てて格好だけ上品に振る舞う。笑みが溢れたようだ。
「ふふっ、悪い人。これ以上何をしようっていうのかしらね」
「お前の頭では理解できぬだろうよ。アリスは重要な鍵となるのだ。始めるぞ」
男が手を差し出すと、鈍い光が地に浮き出てくる。何重にもそれは重なり、空へと打ち出される。風が巻き起こり、地が震える。
「ぐ、ぅ……っ」
男は苦しみ始めた。さっきまでの余裕ある表情は消え、歯を食いしばる。徐々に地の震えは激しさを増す。光は大きく天にまで伸びた。
「素敵」
異常とも呼べる状況の中、女は男の後ろで悠然と立つ。吹き荒れる風にも、暴れる地にも囚われない。ただ登る光を見つめた。
数分ほどで、それらは止んだ。台風とも、地震ともとれる事態は、光が消えると同時に一瞬にして止まったのだ。
「ハァ……ハァ……」
男は膝をつく。酷く疲労にみまわれ、呼吸が激しかった。
「凄い魔力ね。さすがってとこかしら」
その姿を見下げながら女は笑った。自分の肩以上に下がる銀髪をいじくる。
「無駄口を……叩くな。奴を……呼べ」
「彼に行かせるの? 私嫌いなのよね。ひょうひょうとして何を考えてるのかわからない」
「……いいから行け」
女の態度に苛立ち、男は敵意を向ける。殺意と呼ぶには随分と薄れていた。しかし、女にはそれで十分だったらしい。
「分かったわ。そこで寝ないようにね」
最後に皮肉を漏らし、女はこの場から消え失せる。空間から空間を移動する魔法を用いたのだろう。魔力の光が少し跡を照らした。
「これで繋がったな……」
息を少し整えると、つい笑ってしまう。男は座り込み休むことにした。
女は指名された者のもとへと赴いた。その者は変わり者だった。
「いつ来てもおかしな部屋ね」
来たのは城の内部。先程の男も、この女もここに根を下ろしていた。その中、件の者の部屋だ。奇妙なことに、来るたびにこの部屋の装飾が変わっている。その装飾がまた、ひとくせもふたくせもある。人の顔にも見える、異質に描かれた壺や、一体何を表現しているのか、殴り描いたような額縁など。女には到底理解できないものが必ず複数存在するのだ。女は理解したくもないだろう。
「おや、ミリアネール様ではないですか。こんな夜更けに何用で?」
気配なく立っていた者こそ、件の者にほかならない。この男の名はアルフレッド。女、ミリアネールはキッと睨んで言い返す。
「分かっているのにわざわざ聞くなんて無粋な真似はやめなさい。あなたのそういうところも気に食わない!」
アルフレッドはカップを片手に前へ出る。ほのかに甘い香りが立ち込めた。紅茶か。ミリアネールは密かに予測を立てた。
「も、ということは、あなたは他にも私に気に食わない箇所があるという風に聞こえますね」
「そう言ってるのよ」
何を今更とミリアネールは思う。前々から知っているはずではないかと、苛立ち始める。
「ふふっ、そうか。いや私自身も短所は十分承知しているのですが」
不愉快に感じたミリアネールは認識する。やはりこの者とは合わないようだ。短所の有無を分かっていようが、それを改めようという意思が全く無いのだ。
「だいたいその頭が気に入らないわ!」
「あぁこれか。様になっているでしょう」
アルフレッドは素顔を晒さない。頭に随分リアルな兎の頭部のかぶりものをしていた。どうやって紅茶を飲んでいたのか気になる。が、女は何より顔の表情が伺えないのが気に入らないようだ。しかし、それを指摘するのも今更だったと彼女は後悔した。
「それより、いよいよ繋がったわよ」
「あぁ、もちろん気付いていますよ。で? 私が行くのですか」
「分かっているなら、悠長に構えないで早く向かいなさい!」
「いやいやごもっとも。しかし今は紅茶を楽しむ時間でね。了解はした。心配せずとも後でいくとしましょう」
「……そう。あまり動くのが遅いと立場が危うくなるわよ」
直接命を受けたのはミリアネール本人だ。アルフレッドが動かないとなると、実際はミリアネールが危ういだろうが、そこはどうにかする自信が彼女にはあった。
それよりもだ。やはりこの者とはそぐわないとミリアネールは痛感する。確認したくもないことを再認識したミリアネールは、これ以上会話するのも煩わしくなったのか。扉を開けて出ていってしまった。
「今度のアリスは、どんな奴かな」
アルフレッドは一人、紅茶に移る兎の被り物を見つめて呟いた。
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