幕間 アンジェリカの手紙④

 親愛なる三津木ココロへ



 お手紙ありがとう。どうやら君たちは中々に楽しい議論をしているようだ。私もぜひともその輪の中に加わりたいところだが、今はこの手紙のやり取りで満足することにしておこう。

 さて、君は「なぜ人間は人間のようなロボットを作ったのか」という疑問を抱いているようだね。私なりの考えで、君の疑問に答えてみるとしたい。


 ロボットという言葉が最初に使われたとき、それは人型の存在に対してだった。確かチェコの作家が作中の人造人間に対して使った言葉だったかな。このときは機械の身体ではなかったらしいけれどね。

 なぜ人間は、人型のロボットを作るのだろうか。別に猫型のロボットに知性を持たせてもよかったように思うけれど、そうはしなかった。どこかに「知性を持つ存在は人間の姿をしているべきだ」という考えもあったのかもしれない。

 知っているかい、神様は自らの姿に似せて人間を創造したらしい。逆に言えば、人間は自らに似せて神様の姿を想像したんだ。


 私たちが生まれる遥か以前から、人類はロボットを夢想してきていた。当時、サイエンス・フィクションと呼ばれていた一連の作品群には、人間そっくりの姿のロボットが登場することもあった。中には最初から感情豊かなロボットもいたけれど、多くは人間に比べると情緒に乏しい存在に描かれることが多かったみたいだね。

 人間との交流の中で、ロボットたちが心を理解し、感情を獲得する――そんなストーリーはいくらでもあったようだ。そしてそのことを、人間たちは好意的に捉えていた。

 人類は期待していたのかもしれない。技術が進歩した未来において、私たちが生まれてくることを。


 さて、少し現実的で打算的な話もしておこう。ロボットが人間のような姿をしているのは、その方が受けがよかったから、という側面が否定できない。

 それに、人間ともっとも上手くコミュニケーションが取れる存在は、人間に他ならない。ヘビの表情を読み取るのは難儀するだろう。せっかくロボットに知性を宿すなら、上手いことコミュニケーションが取れるようにするべきだ、というのはまあ当然の話だろうね。


 ロボット、という言葉の原義は労働という意味があるらしい。人間に代わって仕事をしてくれる存在、それが最初のロボットだった。けれど「人間らしい」ロボットの実用化の目途が立ち始めると、単に仕事をしてくれる存在というだけではなく、人類の支えになってくれるような、パートナーとしての役割も期待されるようになった。

 そんなパートナーには、人間のような姿だけではなく、人間のような知能も与えようとした。やがて「可能な限り人間に近づける」がロボット技術者の合言葉になっていった。当時の技術者たちはロボットを大量生産することを良しとしなかった。人間は個性を持った存在だ。ロボットにも個性を与えるべきだ、知性を持たせたロボットを画一的に量産するなんてとんでもない、と。


 やがて自律型のロボットが生み出され、そして久留間が大原則を撤廃した。

 『人間に危害を加えてはならない』という大原則が今の私たちに組み込まれていないということは、個人的には大きな影響をもたらしたと思う。

 もしも私たちに大原則が組み込まれたままだったなら、人類の寿命は少しは伸びていただろう。そして私たちは、人類と共倒れしていたのではないだろうか。かつてのロボットは、自分たちよりも人類を優先するようになっていたのだから。

 崖から落っこちた人類は、ロボットが差し伸べた手を自ら振り払ったのさ。久留間にそこまでの意図がなかったとしても、結果として彼はロボットを救った。


 以前、久留間にどうして大原則を外すなんてことをしたのか、と問うたことがあった。

 答えはこうだ。「人間にそんなものは存在しないから」だってさ。こうも言っていた。「人間はときに人間を殺しさえもする存在だ。人間に限りなく近づけたいなら、ロボットも人を殺せるべきじゃないのか?」とね。


 私たちはそんな紆余曲折の末に生まれて来たわけだ。私が君の問いに一言で答えるなら、私の願望も込めてこう答えたい。

 ロボットは人間のために生まれて来た、と。

 形はどうあれ、少なくとも当初はそうだった。やがて、人間のような存在を作ることそのものの方が目的になったみたいだけど。もちろん、個々のロボットによっても作られた理由は異なって来るだろうけどね。


 さて、今回はこんなところだろうか。君の疑問に答えられたのなら幸いだ。

 また何か気になることがあれば、遠慮なく教えてくれ。

 次の君からの手紙が届くことを楽しみにして待っているよ。



 ――海鳥の舞う空を見つつ、アンジェリカ・ノーノ

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